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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
16/22

三度目の邂逅

 掘立小屋のような教会の中で、スノウはサナに髪を切ってもらっていた。カイムはここにしか鏡がないので、剣ではなくナイフで適当な長さに整える。

「なんでしたら、この村にも床屋で働かされていた人もいますが」

「結構だ。人に頭を触られたくない」

 ぼさぼさに伸びていた髪をバッサリと切り落とすと、スノウの方へ視線を向ける。そこにはサナが興奮していた。

「ああ、なんてサラサラな髪なの? それにこのリボンと、幼げな表情が合いすぎて……食べちゃいたいわ」

「食べられるの、いや」

「食べ物のように食べるんじゃないのよ。お姉さんがゆっくり教えてあげるから、二人っきりの時に楽しみましょう?」

「なんだか、怖い」

 身震いするところも可愛いと、サナは少々常軌を逸した愛情をスノウに向けている。

「お前の妹は、近親相姦どころか、女まで食い物にしてんのか」

「はは……恥ずかしながら、そうなんです。この村を作る前――天使の力が上手く扱えなかった頃、大人の男たちに何度も無理やり襲われていましたから」

「そこを、お前が毎度助けたわけか」

「はい、今のようにアーチェリオンもソードリオンも扱えませんでしたから。翼だけは現れてくれたので、それで脅して、逃げる生活を十年近く送っていました」


 その逃げるための旅で、二人はいつしか求め合うようになり、今の関係に至るらしい。そしてサナは男嫌いになり、女好きになった。

「サナのことはわかったが、もう一つ気になることがある。あのガラクタは何のために置いてある?」

 祭壇を模しているのか、平らな岩の上に並べられた、千切れていたり欠けていたりするゴミのようなものを指差せば、かわいそうじゃないですかと、しんみりとした顔つきになった。

「僕には、どんなに辛くてもサナがいてくれます。でも、あそこに置いてある物は、どこか欠けているか、千切れているか、そんなものだけなんです。僕にはサナがいつも隣にいてくれるのに、あのぬいぐるみや本たちは、失った片割れを取り戻すことができない。それがどうしても、かわいそうで」

 だから、せめて残った部分だけでも、大事にしてあげたい。そのために、人の集まる天使の教会に安置していると。


 こいつは、悪い奴では決してない。この村も、奴隷となっていた人々を解放して、結界まで張って守っているのだ。カイムにはとても真似できないと、スノウの顔を舐めようとしているサナを引っぺがしてから、少しだけ尊敬してやった。

「誰しも、苦労しているな」

 己の人生を振り返り、いつも一人だったと思い返す。だが、それも――

 と、物思いにふけりそうになれば、左目が反応した。この感覚は、もうそろそろ飽きてきたものだ。

「お前たち二人はスノウと住民たちを安全なところへ避難させろ」

 突然なんなのですかと鈍いニードは困惑しているが、敵が来たとそのまんま口にした。

「敵って、いったい」

「シックスの手先だ。なにかと俺を殺そうとしている奴が来る」


 カイムは外が見える出口に走ると、左目の眼帯を取ってどこにいるのかと探す。すると、ワンを先頭に置いたエルフたちの一団が村の中をこちらへ向かって歩いてきている。結界も破れており、鋭い目つきのワンが見てとれた。

 そんなにカイムを殺したいのだろうか。それとも、別の理由でもあるのだろうか。考えていてもしょうがないので教会を出て剣を抜くと、ワンの方が驚いていた。

「なぜ、貴様が」

「それはこっちの台詞だ」

 互いに睨みあうと、左目がいつにもまして痛みを発している。ワン如きを相手にして、悪魔の血が危険だと知らせているのか?


「どんな手品かしらねぇが、強くなったみてぇだな」

「私を誰だと思っている。『ゼロ』を超える『ワン』だぞ」

「数値だけならな。とはいえ、この数のエルフはなんだ?」

 アインヘルムを襲ったときのドワーフの様に、皆が赤目になっており、威圧感も感じ取れた。

「すべては我が主のため。これから死に行く貴様に教えるつもりなど、毛頭ない」

 そうして、白い光沢のある剣を引き抜いた。

「結局、こうなるか」

 カイムも剣を構えて、いつでも来いと挑発してやった。それに乗ってくれたのか、ワンは以前戦ったときよりも数段速い速度で距離を詰めると、剣を振り下ろした。所詮はワンだと油断していたカイムだが、明らかに込められている力が増大している。

「天使どもを捕まえるのは後だ。まずは貴様を――ゼロを超える」

 そう言ってさらに力が増すと、片目では無理だと悟り、力づくで弾いてから眼帯を投げ捨てた。だが右目は琥珀色のままだ。本気で戦えばどれだけ持つか、まだ曖昧なので、片目を解放して戦う。

 剣で斬りつけて、飛び退いて、距離を詰めて、そんな攻防が続いていると、赤目のエルフたちが、教会へと足を踏み入れていた。


「カイムさん! この人たちはいったいなんですか!」

 言いながら、迫りくるエルフたちを退けているニードとサナに、正真正銘の敵だと叫んだ。

「お前らは周りのエルフたちを黙らせろ! こいつは俺が相手をする!」

「できるかな。半分悪魔の血があるだけの、中途半端な力で」

「てめぇ、それをどこで知った!」

「言ったはずだ。死に行く者に答える気はない」

 そうして、鍔迫り合いが続く。ニードとサナは殺さないようにアーチェリオンを放っているが、数が多すぎる。本気で行くか。と、一瞬の迷いをワンは見逃さず、カイムの腹を蹴ると、ゴロゴロと地面を何回転も転がり、血を吐き出した。

「そこまで痛みつければ、邪魔はできまい。任務を遂行する」


 もろに食らった一撃から動けないでいると、ワンがなぜここまで強くなったのかと疑問が浮かぶ。アインヘルムでも、サンストでも、相手にならなかったというのに。

 そんな、痛みに耐えながら立ち上がると、ニードは頭から血を流し、サナはワンに首を掴まれて、持ち上げられていた。ニードと同じように頭から血が滴るサナを助けようとニードは立ち上がるが、赤目のエルフたちに囲まれている。せっかくの助っ人を殺されてたまるかと右目も深紅に染め上げれば、傷も痛みも引いていく。

「まだ終わってねぇぞ。こっちを向け」

 振り返ったワンは目を閉じると、アインヘルムの時の様に、任務完了と口にして、サナを離した。

「ここからは任務ではない。この天使どもはともかく、あの悪魔は、この先の計画の邪魔になる。エルフたちは天使を押さえておけ。悪魔は私が殺す」


 スタスタとにじり寄ってきたワンに、まだ回復しきっていないからか、スノウが立ちふさがった。

「私たちの、邪魔しないで」

 瞳孔が開き、アインヘルムの時よりも強くなっていると肌で感じた。スノウがどういった事がきっかけでこうなるのかは本人も分かっていないが、今は頼れる時間稼ぎ役だ。

「一、二分でいい。休ませてくれ」

 分かった。それだけ言うと、目にも止まらぬ速さで突撃して、ワンの体勢を崩した。しかし踏みとどまったワンは剣を振り下ろすが、それも白い閃光の様に避ける。


「貴様は、どうやら純粋な悪魔のようだな。それも、かなり強力だ」

 ならば、殺す人数が増えたと、ワンは今までより格段に速く剣を振り回す。スノウも避けているが、攻撃に移れない。ジリ貧の戦いが続いていたが、ようやくカイムは動けるようになると、怒りを込めて、思いっきり振りかぶった拳を顔面へと叩きこんだ。

「今度はてめぇが転がる番だ」

 その通りに、ワンは地面を転がっていくと、視線を開けてある結界へと向けた。


「仕方ない。任務は完了している。決着は預けるぞ、ゼロ」

 俺の名前はカイムだ。そう口にする頃にはエルフを連れて結界へと逃げられており、馬にまたがって吹雪の中を駆けて行った。いったいなにが目的で、こんなことをするのか。見当もつかないが、雑魚だと見下していたワンがシックスに届くかもしれない程に強くなっていた。それに、アインヘルムでもそうだったが、なにかの目的――もしかしたら、ニオやサナに接触することが目的なのかもしれない。理由など知ったことではないが。

 とはいえ、危機は去った。しかし、これから四人で向かうのは、あのワンとシックスの待つエレナだ。本気で戦えば、どちらか一方は釘付けにできる。だが、もう片方への対処が思いつかない。

 もう危なくないと知ってか、隠れていた村民や怪我をしているニードとサナが出てくると、作戦会議だと、二人の家へと戻った。



 剣で薄く切られたのか、ニードとサナの頭からは血がしたたり落ちていたので包帯を巻く。カイムの傷はサタナキアの血が回復してくれたので問題ないが、別の問題が生まれてしまった。

 ワン。アインヘルムでまみえた時は全力の半分もいらない相手だった。サンストでも、カイムに蹴り飛ばされていたが、若干強くなっていたと、今なら認められる。なにせ、この短期間でカイムに全力を出させるほどに力をつけたのだから。重苦しい沈黙に、スノウがなにをそんなに困っているのと、無邪気に不思議がっていた。

「あのワンとシックスの相手をどうするのか。それくらい分かるだろう」

 んー、と、スノウは首を傾げている。

「打開策、とまでいくのかは微妙なところですが、あのワンという男も、シックスも空を飛べません。隙を作るか、時間稼ぎくらいはできます」

「もっとも、正面からは戦えないけれどね。ソードリオンの出番はなさそうだわ」

「つまり、お前たちが片方を引きつけている間に、俺がもう片方を殺して、そのままもう一人と戦うわけになるか」


 やはり、殺すのですね。カイムを殺そうとしていたニードだが、好んで人殺しをするわけではないらしい。あくまでも脅威だからとカイムを襲ったわけで、その瞳には迷いが見える。

「幸せになるにも、なにになるにも、代償は必要だ。それが今回はシックスとワンだった。それだけの事だ」

 仮にも天使なので、そう簡単に割り切れないと拳を握りしめている。そんなニードへサナは寄り添い、拳に手を重ねた。

「もう、私たちだけの問題じゃないわ。シックスはドワーフの世界を創るのよ? 今まで以上に差別が広がって、苦しむエルフと人間が大勢出る。力のある私たちにしか止められないのよ」

 分かっている。ニードは分かっているが、ならどうしたらいいのかと頭をクシャクシャと掻きまわした。


「天使の子として、正しいと思ってきたことをやってきた。だからシックスの望む世界は正しくないから、僕だって戦いたい……でも、僕たちだけで足止めできると思うのかい?」

 それには、サナも黙ってしまった。実際、シックスなら大斧を振りまわしてアーチェリオンの矢を弾くだろうし、ワンは俊敏な動きで当たらないだろう。カイムも二人いっぺんには戦えないので、作戦会議はあっという間に沈黙が流れてしまった。

「ねぇ、カイム」

 こんな時になんだとスノウを見やれば、ちょっと待っていてと両目を閉じて、数秒すると深紅の瞳を見開いた。瞳孔も開いており、ワンと対峙した禍々しい悪魔の力が感じ取れる。

「お前、それをいつでも使えたのか?」

「ううん、アインヘルムにいた頃は使えなかった。でも、カイムの戦いを見ていたら、いつの間にかできるようになっていたよ」


 感じられる力は、ワンと同等だろうか。武器を持っていないので素手で戦うことになるが、そこにニードとサナの援護が加われば、時間稼ぎどころか、片方が片付くかもしれない。

「光明が見えたな」

 三人にワンと騎士共の相手を任せて、シックスとは一対一で戦う。拳を交えたから、シックスが騎士をつれてカイムと戦うとは思えないからだ。

「でも、長くは使えないからね。カイムの本気より短いかも」

「短期決戦、ということか」

 白水晶を求めてアインヘルムを出た結果、結局は殺し合いで奪い取るしかない。そんな現実に嫌気がさすが、夢を叶えるためならば、亜人の一人や二人、殺す覚悟でここまで来た。

「お前たちも、なにかないのか」

「なにか、とは?」

「天使特有の手品だ。光の弓と矢、それから剣と翼。それ以外には戦いに役立ちそうなものはないのか」


 答えは、返ってこなかった。そうなると、空中からの援護射撃だけで手を貸してもらうしかない。いくら強くなったワンでも、二人の天使から放たれる光の矢と、同党の力を持つスノウが相手では、シックスに助勢はできないだろう。

「かなり運任せで力任せだが、策は決まった。お前たち三人でワンを押さえて、俺がシックスを殺したら、ワンも殺して、白水晶を奪う。これだけ聞けば強盗となんら変わりないが、俺もお前たちも、支配や争いを求めていない。これは、世界のための戦いだ」

 それで、ここからエレナまではどれくらいかかると聞けば、徒歩で三日ほどらしい。

「今回ばかりは死んでもおかしくねぇ。俺は別れを告げる相手がいねぇが、お前たちは違うだろ」

 各地で解放してきた人間の奴隷たち。ニードとサナがいなくなれば、守る存在がいなくなる。

「各家を回って、僕たちが戻るまで、できるだけ外に出ないように伝えておきます。それに、この季節にこんなところを通る人なんて、そうそういませんから」

 その、そうそういない人に、ニオとカイムとスノウがいるわけだが、こんな雪しかないところに奴隷商や山賊の類は来ないだろう。

「出発は明日の朝だ。持って行ける最低限の物資を補給したら、エレナへ向かうぞ」

 そこに、白水晶がある。後は邪魔する奴らを殺して、奪い取って夢を叶える。

 やってやる。やってやるとも。カイムは左手に刻まれたゼロを握りしめると、こんな自分にナンバーズの証を与えたことを神に後悔させてやるほど、いいように使わせてもらおうと意気込んで、その場は解散となった。



 三日分の食糧よし。置いてきたスノウのリュックも拾ってきたからよし。鈍色の空は晴れて、最後の旅立ちに相応しい陽光が天から注いでいる。

 夢を叶えるため。愛する人と一緒になるため。まだ決まっていないが、強欲に何かを願うため。それぞれの想いが集って、覚悟を決めている。だが、カイムはキセルを吹かしていた。


「緊張感に欠ける男ね」

 サナの冷ややかな視線と声も慣れてきて、これくらいが丁度いいのだと教えてやった。

「生きるか死ぬか、勝つか負けるか、それしかねぇのなら、本当なら緊張を酒で誤魔化したい。だが酔っていては、待ち伏せかなにかで戦う羽目になった時に剣をまともに震えねぇからな。このキセルは、長いことまともに飲んでいない酒の代わりだ」

 とはいえ、そろそろ刻みタバコも尽きる。この三日と、数日もつかどうか怪しいほどだ。

「そういえば、こんなものもあったな」


 鞄にしまっておいた、スノウがくれた高級な刻みタバコ。旅立ちを前に吸おうかとも迷ったが、元に戻した。これを吸うのは、勝利の美酒を浴びるように飲みながらだ。

「では、一週間以内には戻ります。もしも叶うのなら、あなた方純血の人間が差別されずに生きることのできる世界に変えます」

 世界を変える。どいつもこいつも、白水晶に無理をさせ過ぎだ。元々はカイムの夢を叶えるための旅だったというのに、スノウがついてきて、ニベルで火刑台から人間を助けて、サンストでシックスと殴り合って、天使の双子までもついてきた。もうここまで来ると、自分ばかりを優先していられないかもしれない。


 ――それでもいいか。仮に死んでも、死ぬ前に夢をスノウか天使の双子に託そう。叶ってくれるのなら、死んでしまってもいいのだから。なにせこれは、恩返しのための旅なのだから。

「死んでも文句言うなよ。あと、スノウを死なせてもゆるさねぇからな」

「覚えておくよ」

「こんなかわいい子、悪魔でも死なせるわけないじゃない」

 なら、よし。とうとう一歩目を踏み出すと、四人に増えた最後の旅が始まった。

「もう虚空は、掴まない」

 空へと伸ばした手を握りしめて、カイムは決意した。行くのは、シックスとワンの待つ、エレナだ。

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