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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
12/22

争いのない世界

「一つだけ、あなたに願ってもいいでしょうか」

 スリィの屋敷を出ようとしていた直前に、しわだらけの顔でカイムを見据えて、お願いしますと頭を下げた。

「どうか、あなたが白水晶を手にしたら、争いには使わないでください」

 心からの願いなのだと、三千年を生きてきたスリィが頭を下げたことで察した。もう旅の準備はできているので、玄関から僅かに覗く鈍色の空を見ながらキセルを咥えると、一服だけする。

「元々、そんなことに使う気はねぇよ」


 争いも、奪い合いも、規模は違うが喧嘩だって嫌というほどやってきた。白水晶を手にしたら、そんな世界から身を引こうとすら考えている。

 戦いは飽きたのだ。

「あんたや、他のエルフやドワーフ。そいつらのことまで面倒を見るつもりはねぇが、あんたが気にしている支配だとか闘争だとかには使わない。手に入れるためになら、どんな手段だって使うがな」

 分かったら、年寄りはとっとと休んでいろとキセルの煙を当てないように吹かす。カイムも心の中では、悪魔だからだとか、ナンバーズだからだとか、そういう風に特別扱いしてほしくない。大切な人と、静かで穏やかな場所でそっとしておいてほしい。そうなっても、きっといつかは退屈になって、刺激を求めるのだろう。だが、カイムはここまで生きてきて、寿命は人並みなのだと知っている。もう二十四で、数か月もすれば二十五だ。結婚して、子供ができて、家を買う。退屈でも、そんな当たり前の生活を送りたい。そこにはきっと、スノウもいて、ニオも遊びに来て、みんながいて――

「これは、雪か」


 鈍色の空から舞い落ちてきた小さな氷の花弁は、カイムとスノウが行く先を光として祝福しているのか、寒くして邪魔しているのか。そういえばスノウは雪を見たことがなかったので、不思議そうにシンシンと降り注ぐ雪の花を眺めていた。

「同じだね」

 白い息と一緒に、スノウは吐き出した。

「なにがだい?」


 そんなスノウの言葉を拾ったスリィは穏やかな声音でスノウに問いかける。そうしてスノウは、空を見上げて両手を広げた。

「私の生まれた場所と同じ、真っ白なお花が沢山咲いている」

 それはきっと、美しく、神秘的な場所でしょうねと、スリィは幼いスノウを孫かなにかでも見るような目つきで、優しく接していた。

 ――生まれた場所……?

「白水晶が別の誰かの手に渡っても、せめてこの子だけは幸せにしてあげてください。あなたの力なら、できるはずです」

 思考を遮られ、ハッとして相槌をうった。


「しかし、俺たちは悪魔だが、いいのか」

「そんなものは、些細なすれ違いでしかありません。きっといつか分かり合うことができます。あなたやスノウの子供たちが、何世代もかけて、亜人社会に溶け込む。かつて人間社会に紛れ込んだ、エルフやドワーフの様に」

 それじゃ、末代まで命を狙われるか奴隷になるかだとも思ったが、案外うまくいくかもしれない。アインヘルムでさえ、カイムとスノウはハイエルフたちと分かり合うことができたのだから。

「剣や斧で戦う時代はいつか終わります。でなければ、かつての悪魔の様に、神から見放されてしまうのですから」


 それはとても辛いことで、まるで太陽がなくなる程に冷たい世界になるらしい。カイムの父、サタナキアが人間を知り、人間界で教えてくれたそうだ。

「白水晶を手にするまでは、ご武運を。その先は、どうか幸せに」

「またいつか、遊びに来るね」

 いつでもいいわよ。目を細めて微笑んだスリィは、寒いからもう休むと、玄関から屋敷の中へと戻った。

「俺如きに願うなんて、ボケた婆さんだ」

 それでも、ちょっとした願いくらい頭の隅に置いておこう。雪も降って寒くなってきたので、両手をポケットに入れて歩きはじめる。行くぞと言わずとも、スノウはついてきた。

「また、来ようね」

「気が向いたらな」

 そうして、アインヘルムからの旅は一つの終着点を超えた。次は、水晶の教会大聖堂のある、エレナへ向けて行くだけだ。


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