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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
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始まる二つの物語

 こんなところに客人とは珍しい。瓦礫に囲まれた快晴の空の下、左目に黒い眼帯を付け、大剣を腰に括り付けている男を見やり、僕は立ち上がった。


「何か探し物でも?」

 こちらに気づいていなかった男は琥珀色の右目で僕を睨むと、ここに来てくれと頼まれたとぶっきらぼうに口にした。赤いロングコートを着込んだ長身の男はカイムと名乗り、お前の存在が俺をここによこした理由なのかと問いかけてきた。僕は少し考え込んでみるも、そんな理由に値するものなどないし、ここに来たのは別の理由からだと否定した。


「それにしても、ここら一帯は禁域と呼ばれる――かつて、人間が世界を支配していた時に、神が住まう神界へと繋がるために造られたバベルの塔の残骸だけれど、いったいなんの用があるのかな」


 さっきも言った通り、ここに来いと頼まれたからとカイムは瓦礫に腰かけて膝を組むが、なにもないのかと落胆しているようだった。だから教えてあげた。誰にも話さないと決めていたことだけれど、魔が差したのか、それとも気まぐれか、この地に眠る神秘について。こうして崩れているけれども、遠い昔には本当に神界までとどき、新たな命を創りだす神の力が残っている地なのだと。その力が目的じゃないのかと。しかし、カイムは赤色のキセルを取り出し、刻みタバコを火皿に詰めてマッチで火をつけ、一口吸ってからプカリと煙を吐き出し、神など信じていないと呟いた。


「なにかが俺を待っているはずだ。お前じゃないのなら、他をあたる」

 低く、まるで殺し屋の様な鋭い声音でカイムはもう一口吸ってから灰を瓦礫に落とすと、立ち上がってどこへともなく歩いていった。だが、目的のなにかはそう簡単に見つからないだろう。なにせ、神界、つまりは空の果てまで続いていた塔の一階部分の残骸なのだから、ちょっとした国よりも広い。数奇な出会いをこれから始まる僕の物語のプロローグとして捉えれば、善行を積んでおいた方がいいかもしれないと思い、去って行くガッチリとした背中に語りかけた。僕より先にここへ訪れた先客がいると。口では説明しづらい相手なので、瓦礫の上だというのに咲いている真っ白な花弁のスノーフレークを指差した。

「神の力で土も水もなく咲いているスノーフレークを辿っていけば、その花言葉――純粋に相応しい女の子がいるよ」


 もっとも、わけありではあるが。とにかくそれを伝えると、カイムは頭を掻きながら、不器用に礼を告げてスノーフレークが続く道を歩いていった。

 さて、僕の方も準備はだいたい整った。これで、ようやく始まる。僕の物語が。





 禁域、というより、どこから瓦礫が崩れてきて潰されるかわからないから封じられていたバベルの塔の残骸で、妙な薄緑色の髪をした細身のハーフエルフのおかげから、やけに広いこの地を迷うことなく進めている。カイムは足元に広がるスノーフレークにキセルの灰を落とさないように捨てると、次第に真っ白な花弁が咲き乱れる花畑の様な広場へとたどり着いた。あのハーフエルフが言うに、神の力の残るこの地では、瓦礫の上にも新しい命は芽生えていて、丁度その花畑の真ん中に、真っ赤に染まった刺々しい岩がある。それを見ると眼帯をしてある左目が疼き、おそらくそこに、目的の誰かがいるのだとわかった。


「ようやく、か」

 ここに来るまでの二十四年の人生の中で、野良犬の様に暮らして、大切なものを失ってきた。まるで人生そのものがパンドラの箱の様に災厄ばかりだったが、ようやく一欠けら目の――正確には二欠片目だろうか。とにかく箱の底にある希望が待っているのかと歩み寄れば、言葉を失った。


「あなたは、だれ?」

 真っ赤な刺々しい岩の中に、純白の髪をして深紅の瞳の女の子が座っていた。灰色のボロを着て、鉄格子の様に岩が伸びて少女を閉じ込めている。そんな謎の少女に、カイムはどういうわけか親近感を覚えていた。とはいえ、


「深紅の瞳とは」

 落ち着いて少女をよく見ると、混じりっ気のない深紅の瞳は人間のものでないと解釈した。

「それは、俺も同じか」

 キョトンとしている少女を見下ろしながら、キセルに刻みタバコを詰めて一口吸うと、煙をくゆらせながら、どうしてここにいるのかと聞いた。答えはわからないだった。親はいないのかとも聞いた。答えはまたわからないだった。ならばいつからいるのかとも聞いた。それだけは、半年くらいだと答えられた。

「半年……丁度あの時か」


 キセルをもう一口吸い、灰を捨てると、外に出たいかと聞いた。その答えには、時間がかかった。

「私は、名前もない。記憶もない。なにが好きで、なにが嫌いかわからない。私自身のことも、なにもわからない」

「だから、ここに引きこもっているのか?」

 少女は首を振ると、自身なさげに俯いた。

「外での生き方がわからない。きっと、一人じゃ生きていけない。だって、知っているから。この目の色は、『悪魔』のものだって。悪魔は亜人族に殺されるって」


 そうでもない。カイムはキセルを懐にしまうと、左目の眼帯を外した。

「俺も悪魔だ。半分だがな」

 少女と同じ混じりっ気のない深紅の左目を露わにすると、今度は聞き方を変えた。一緒に来るかと。少女は戸惑っていたが、カイムはこれこそが自分に託された約束だと、昔を思い返す。

「俺のような悪魔を受け入れてくれる場所がある。お前一人くらいなら、増えた分にも入らないだろう」

 だから来るかと手を差し伸べれば、少女は迷いながらも岩の隙間から真っ白で細い手を差し出した。二人の手が交わると、少女を封じていた赤く刺々しい岩は崩れていき、潰される前にその身を引いて抱きとめた。


「あなたの、名前は?」

 胸の中で、少女は見上げてくる。カイムは名前をそのまま伝えると、少女は少し唸ってから、自分のことを指差した。

「私の、名前は?」

「あ?」

「私、名前ない。私も、名前欲しい」

 無垢な瞳で見上げながら、雑貨屋で売っているおもちゃが欲しいという子供のような声音で、無理難題を突き付けてきた。


「名前ってのは……いや、簡単に決まるが――大事なものなんだよ」

 カイムにはかつて名前がなかった。名無しのカイムの名付け親を思い出しても、この名前は偶然決まったものだ。しかし、名前を貰うと、暗闇の様に続いていた道に一筋の光が差した様な、そんな気がした。

だからもっと語彙や知識のある奴に頼めと言い聞かせるが、少女は首を振ってカイムにつけて欲しいとねだった。

「カイム、ねぇ、カイム」

「しつこい野郎だ……野郎ではないか」

 ならばしつこい娘だなと、丁度残っていた最後の刻みタバコをキセルに詰めて一服すると、白い煙は風に舞って、純粋を意味するスノーフレークの純白に溶けていく。その中にいる少女もまた、純白な髪と純粋な深紅の瞳をしていた。


「純粋ねぇ……」

 もう一口吸って、少女を閉じ込めていた岩の残骸に灰を落とすと、懐にしまって名前を決めた。自分の名がついた時もこういう風な感じだったと、懐かしさにふけりながら、少女の頭に手をポンと置く。

「スノウ。これでいいだろ」

「スノウ?」

「お前の名前だよ」

 スノウ、スノウ。そう何度も繰り返していると、年相応の笑顔を浮かべた。

「私はスノウ。あなたはカイム。だからカイム、ありがとう」

 子供の笑顔にはどうしても勝てないとため息を付きながら、とっとと行くぞとロングコートのポケットに手を入れてこの場を後にする。スノウのため、今までより、すこし歩幅を小さくして。


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