Lv99カンスト勇者「魔王倒した後は何しようかな……」
勇者。それは闇を打ち払う人類の希望。
1年前、仲間と共に魔王を倒すべく旅立った彼は王都へと戻ってきた。
彼らを出迎えるのは王都に住むものたちからの歓喜の声だった。
「勇者様、平和な世界をありがとうございます!」
数日後、彼らは疲れた体を休め、王へと謁見をはたす。
「勇者、戦士、聖女、賢者、みな良く頑張ってくれた。あの悪しき魔王をよくぞ討ち果たしてくれた。国王として、そして、一人の人間としてそなたに礼を述べたい」
王座から降りた王は勇者に歩み寄りその手をとった。
「魔王は強かった。しかし、これは道中多くの人々の支援によって成し得たものです。勇者なんて大層な名前、オレにはふさわしくないですよ」
「はっはっは、まったく謙遜が過ぎるぞ。おぬし以外にあの化け物を倒すことなどできなかっただろう」
王の笑い声に玉座の間はなごやかな雰囲気につつまれていく。
「しかし、そうした謙虚な姿勢に、民一人一人を考えることができる器、見事である。魔王を倒したとはいえ、いまだ王国は混乱の最中だ。そなたが立てば民衆も安心しよう。……わが娘、王女をそなたに任せたい」
「おお、王よ。ということは」
列席する大臣たちからざわめきの声がもれる。しかし、そこに反対の声は混ざっていなかった。
玉座のとなりに控えていたドレス姿の王女が、艶を帯びた目で勇者を見つめる。
ただ一人、勇者の背後に控えていた聖女だけが暗い表情をしていた。
「陛下、オレのような平民には身に余るお言葉です」
「では、勇者よ。次代の王として、国民を導いてくれるか!」
期待に満ちた言葉に勇者は静かに首を振る。
「平民出身のオレなどが政治に口をだせそうもありません。それに、オレは一人の男としてやりとげたいことがあります。どうか、わがままとして聞いていただけないでしょうか」
「そうか……残念だ……。しかし、魔王討伐の報酬にそれを選ぶとはな。そなたが身を削りながら戦っていた理由が少し分かった気がするな」
勇者の背後で華やいだ笑顔を浮かべる聖女を見て、王は仕方ないといった様子で口元を緩めた。
やがて、勇者たちは王の前を辞し、とある酒場に集まっていた。
4人は一つのテーブルを囲み、リラックスした顔で酒盃をかわしていた。
「はぁぁ、肩こった」
「まったく、あんな肩肘はった口調なんてお前にあわないよな」
「ほう、粗野な勇者がそんな言葉遣いをしているなど見に行けばよかったかのう」
「まったく、賢者のじいさんはずるいぜ。一人だけ不参加を決め込みやがって」
「持病の腰痛がひどくてのう、こうして酒を飲みながら癒しておったのじゃ」
賢者は顎からたらした白いあごひげをなで、どこ吹く風といった感じであった。
「しかし、よかったのか? 正直、おぬしなら良き王になれたと思うがのう。おぬしが治める国を見てみたかった」
「賢者のじいさん、よしてくれよ。オレにはイスに座ってペンを握っているよりも、剣を振っているほうが性にあっている」
うんざりした顔をしながら勇者はぐびりと酒をあおる。
「勇者様、おかわりをどうぞ」
「お、ありがとな、聖女」
勇者に笑いかけられると、聖女の白い肌がぽっと色づいた。
その様子を見ながら、戦士と賢者の二人が笑みを浮かべる。
「しっかし、勇者も男だったってことだな。オレはてっきり、オレと同類のただの戦闘バカだとばかり思っていたのにな」
「そうじゃのう。まあ、旅の道中、あれだけあからさまにしていれば、朴念仁の勇者とて気づくであろうさ。砂漠の国の女王なぞ、聖女が睨みつけるもので声をかけるのを断念しておったからのう」
「戦士様に、賢者様、よしてくださいよ!」
顔を赤らめむくれる少女を微笑ましいものを見たように目を細める二人。
しかし、一人だけいつもどおりの男がいた。
「ん? なんのことだ?」
「いまさら隠すなよ。王様に聞かれたときいってただろ、一人の男としてやりたいことがあるって」
「ほう、人前でそのような赤面ものの言葉を吐きおったか。勇者の名に恥じぬ大胆な行為だな」
「ん~? お前らに話したことあったっけ? まあいいや、近いうちにまた旅にでるだろうし今のうちにいっておくよ」
にやけ顔の戦士と賢者は、勇者の態度はただの照れ隠しだと思っていた。
「どこにいくんだ?」
「ひとまずは故郷の村に帰って、両親に無事な姿でも見せてくるよ」
「両親への挨拶!? そ、そうですよ。大事なことですよね」
「聖女も来るか? いいぞ、あそこでとれる野菜はうまいからなぁ」
しかし、続く言葉でだんだんと自分たちと勇者の食い違いに気づき始める。
浮かれる聖女を気の毒そうに見つめる賢者、そして戦士は嫌な予感がしながらも勇者に話の続きをうながす。
「村でそのまま穏やかな生活をおくる……ってわけじゃなさそうだな」
「ああ、そこで今度こそお別れだ。村に立ち寄ったあと世界を見て回る。そして、オレは……Lv99の壁を突破する!」
ため息が盛大にもれ、お通夜のように静まる。
聖女にいたっては魂が抜けた抜け殻のような有様である。
「せっかく、魔王まで倒したっていうのにレベルが99のままなんだぜ。これ以上先はないなんていわれても、オレはその上を目指したい。だからよぉ、オレは魔王よりもっと強いっていう敵を探しに行く。なあに世界は広い、まだまだ行っていない場所もある」
「やっぱり、こいつは戦闘バカだったか……」
「まあ、知っていたことだったことだったがのう……。聖女の嬢ちゃんも気の毒に」
「そういうわけで、寂しくなるが今度会うときはLv100になったときだ」
勇者の脳裏に魔王の元にたどり着くまでに過ごしてきた日々がよみがえっていく。
聖女が村に訪れ勇者だと告げられた日、勇者の旅が始まった。
魔物に囲まれ孤立した町を守るために、先頭に立って剣をふるい続けていた戦士との出会い。
世捨て人として荒野をさすらっていた賢者を説得し知恵を借りた。そして勇者たちの旅の行く末を知りたいといって仲間となった。
「旅をしている最中はいつ終わるかなんて先は見えなかったが、終わってみると短いもんだな。だけど、旅の間にあったことは絶対に忘れないだろうな」
しみじみとつぶやく勇者を見て、戦士と賢者も同じように旅の間のできごとを思い出ししんみりとする。
「……だめです」
「聖女? ……どうした?」
抜け殻と化していた聖女から地の底から響くような声がきこえ、魔王相手にも一歩も引かなかった戦士が身構える。
「わたしもついていきます!」
ぐいと身を乗り出した聖女は勇者の目をまっすぐに見つめる。
青く澄んだ瞳がひたりと見据え、陶磁器のような白く滑らかな額の上でしなやかな金髪がゆれる。勇者にとって道中の彼女は仲間であり女性として意識したことはなかったはずであった。
「……聖女、おまえは残っていていいんだぞ。魔王を倒した後、勇者を先導するっていう使命にはもう縛られていないんだから」
「そうです。生まれてからずっと教会でそれがわたしの生きる意味だって教え込まれてきました。でも、勇者様の生き方を見て、わたしも自由に生きていいんだって知ることができたんです。だから……だからぁ……」
「わかったわかった! ついてきても何しても好きにしたらいいから、泣くなよ」
うつむき肩を震わせる聖女を、勇者はいたわるように頭をなでる。
勇者が聖女と出会ったとき、使命を第一に考えていた少女の態度は硬かった。次第にそれが仲間となり、信頼という絆で結ばれていった。
そして、泣きながら甘えてくる少女の姿は勇者にとって初めて見るものであった。
「……ひっく……ひっく、一生ついていきますからね」
「……っ!? むう……、まったく、酔いすぎだろ。おーい、店員さん、水をもってきてくれ」
「酔ってなんかないです。本気なんですから!」
そんな二人の様子を見ていた戦士と賢者も顔を見合わせる。
「しょうがねえな、お前に差をつけられるのはくやしいからオレもその限界ってやつに挑戦してやるよ」
「おぬしらだけでは迷子になりかねんからのう。わしもついていこう」
「なんだよ、結局この4人でいくんじゃねーか」
そして、4人はパーティー再結成を祝してまた酒盃を上げる。
後に語られることになる勇者の伝説。それは魔王討伐を端にして、多くの功績を各地で残していった。
同時に、彼のその仲間3人の名前も英雄として語り継がれていくのであった。
勇者が人間の限界を超えてLv100となったかはしばしば議論の的とされていたが、いまだに結論はでていない。