巻き込まれて異世界
『あの子が君も一緒じゃなきゃ嫌だって言うから連れてきてあげたんだから感謝してよね。あの子の邪魔にならないようにおとなしくしてて』
そう言い捨ててソレは私を白い世界から放り出した。
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目を開くとそこは石造りの部屋。足元には俗に言う魔方陣。
隣には西洋人形のような【自称】私の親友。
日本人にしては色素の薄い髪をボブにして緩くウェーブをかけている美少女。眼の色も薄いが、ハッキリ言ってドウデモイイ。
日本時間は深夜なのにバッチリメイクして夜遊びでもしてたのだろうか。
次いで視線を巡らせると古代エジプトのようなヨーロッパのようなきらびやかな服装の人たちがひざまづいていた。
(テンプレな異世界召喚……の、強制巻き込まれ(人為的)か……)
【自称】が何か騒いでいるけど無視。
おとなしく観察をしていると【自称】は部屋の隅に控えていた人たちにどこかへ連れられて行った。
おそらく勇者か聖女としてもてなされるんだろう。
それに続いてきらびやかな集団も部屋から出ていく。
「それで……貴女は、」
「私はなんの関係もないわ。巻き込まれただけ」
とりあえず、残ったオッサンが何かを言おうとしたところを片手をあげて制してみた。
「それで?私はこのまま帰してもらえるの?」
「いや……それは……」
「……そう……」
裸足の足を踏み出して魔方陣から出る。
寝るところだった私の格好は寝巻きがわりの浴衣だ。当然足袋も草履も履いていない。
「それじゃぁ、めんどくさい話は明日にしてくれる?こっちはどうだか知らないけど、私の国ではいま深夜で私はこれから寝るとこだったのよ。こんな寒いところじゃぁ湯冷めしちゃうわ」
暗に『休む部屋ぐらいは用意してくれるわよね?』と含んで言えば、オッサンは固い顔で頷いた。
そこからは典型的なヒロイン聖女様だから割愛。
当て擦りやら嫉妬やら嫌がらせやらいろいろあったけど、全部スルー。私には関係ないし興味もないもの。
私は城の片隅でこの世界の知識を学びながら何故かオッサンとお茶したりしてのんびり過ごした。
そうして1月ほどを準備期間に当て、数日後には聖女について浄化の旅に出る(強制)という深夜に〈それ〉がきた。
『吾子』
「あら、かあさま?」
『突然そなたが消えたと聞いて探していたのよ。何故そんな所にいるのです?』
「この世界の神と言うモノに強制的に送られたのです」
『他所の神が?強制的に?そなたの意思の確認もなく?』
「はい」
『通常、神の移動は相手の意思を確認して慎重におこなうわ』
「特に、私にはお役目がありますもの」
『そうね。では何故すぐに戻らないの?』
「それが……ここではうまく神力が使えず、法具を通して神力を送るのが精一杯なのです」
『滅びかけている世界だから神力が足りないのかしら?』
「それにしては少しおかしな感じが。私の意思とは関係なく流れていくような……」
『…………少し調べてみる必要がありそうね』
「3日後には浄化の旅に出るそうです」
『わかったわ』
そして3日後。
出立のために集まった謁見の間に、今度は父さまが降臨された。
『その世界を創ったのは神族のなりそこない……ハグレであった』
『ハグレは神族でないが故に歪んだ世界しか創れず、維持ができない。そのために神となる存在を核に歪みを正そうとした』
『初めからそなたの神力が目当てだったのだよ。そなたをこの地に繋ぎ留めることで神力を奪い、土地を潤し、闇を祓って世界の歪みを正す。そしてそれがそこな娘の功績となるように仕向けたのだ』
つまり、私は巻き込まれた訳ではなく、最初からこの世界の人柱として連れてこられたのか。
「しかし聖女が……!」
『そこな娘に世界を救う力など有らぬ。あの神モドキには授ける力すら有らぬのだから』
「なんとか……」
『我ら神族の眼には滅ぶ運命のモノは崩れてしまい形をとって映らぬ』
「それは……」
『神モドキは神界ですでに粛清され、そなた等の滅びは確定した』
「この世界の崩壊を止めるすべはありません。私には貴方達の顔が最初から見えていないのですから」
そう告げると、彼等は沈黙した。
聖女モドキが何かを喚いているが知ったことじゃない。
父さまが消えると私は彼らに背を向け、その場を辞した。
中庭に出ると少し歩き、お気に入りの場所に座る。
「行くのか?」
「……ええ。貴方にはお世話になったけど、私には向こうの世界でのお役目があるもの」
「そうか……元気でな」
「貴方も元気で。長生きしてね?」
「この世界でか?」
「この世界でよ。……じゃぁね」
別れの言葉を告げ、私は立ち上がった。
お気に入りだったオッサンの耳を一撫でして背を向ける。
もうこの世界に居る必要はない。
聖女モドキの【自称】親友?
彼女はこちらで関係を持った時点で既に【崩れて】いたので連れて帰れなかったよ。
後の事は神界から沙汰があるだろう。
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『この世界の民に告ぐ』
『この世界の神と言われていたモノは神界において大罪を犯したがゆえに隠れた』
『異なる世界の神に列なる神子を拐かし、この世界の人礎にしようとした罪は重い』
『よって、神界はこの世界を放逐する決定を下した』
『これより世界は滅びへと向かう』
『最後まで抗え。その先に在るものを掴むために』
『それが唯一の償いとなるだろう』
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目を開くとそこは石造りの部屋。足元にはいつぞやの魔方陣。
私は静かに魔方陣から離れ、誰もいないその部屋から外に出た。
回廊を渡り中庭に向かう。
荒れ果てた城の中でそこだけが美しく整えられ、中心に一際大きな樹が立っていた。
それは芽吹くはずのない神の樹。
私がこの世界を離れる際にここに埋めた御守りに入っていた世界樹の種が芽吹き、育った姿だった。
「立派に育っただろう」
背後から懐かしい声がする。
「大変だったんだぞ?一族の文献から秘術やら何やら探してようやくここまで大きくなったんだ」
「どれぐらい経ったの?」
「500年だ」
「老けたわね」
「……ォィ……」
「冗談よ」
「此処にいるってことは……」
「ええ。この世界への断罪は終わったわ」
「そうか……やっとか……」
男は噛み締めるように呟き、その場に膝をついて頭を垂れる。
「ようこそ、我等が新しき神よ。どうかこの世界を光溢れる未来へと導きたまえ」
「堅苦しいわね。その未来は皆で造り上げていくのよ」
お役目を終えて正式な神族になった私はこの世界の新しい神として就任したのだ。
それはひとつの賭けだった。
私がお役目を終えて神族になるのが先か、この世界が滅びるのが先か……。
私が神族に成った時までこの世界が生き延びていたなら世界の再建を。滅びたならそこまでの運命と、この世界の命運を賭けたのだ。
「この大陸しか人が住めなくなった時にはとうとう運が尽きたかとヒヤヒヤしたぜ」
「あら、私は心配してなかったわよ?」
「なぜ?」
「だって私、貴方の顔だけはちゃんと視えていたもの」
私はそう言うとオッサンの長い耳を指で弾いた。