処理
「はぁ......」
一つ大きな溜め息をつき、通話を切られた携帯電話を無造作にポケットにしまう。病み上がりなのはわかるのだが、ほんのり期待して頼んでみてしまった。非常識と言われるかもしれないが、今回ばかりは一人でパパッと片付けられる状態ではない。
愛は改めて汚れた部屋を見回した。部屋中、いや家中が血まみれになっている。床や目立つところの物はことごとく破壊され、見るも無惨に引き裂かれていた。その上あちこちに赤い肉片や犬の頭部が落ちている。
犯人は同居人の木葉。不定期に殺戮衝動を起こしては野良犬を殺している。最初は外でやっていてよく補導されていたのだが、そのうち家の中でやるようになっていった。外でやって下手に騒がれるよりは家の中でこっそりやる方がいい。とはいえ、毎回毎回掃除は自分にくるので嫌になっていた。今日もこの惨状を招いた張本人はさっさとトンズラした後だ。
ずっと肉片の部屋に居るのも気分が悪いので、しぶしぶ掃除を始めることにした。まずは散らばった肉を集め、生ゴミとしてまとめる。家全体に散っているため、これだけでも骨が折れる。ふと部屋の角を見ると、犬の死骸がいくつも折り重なっているのを発見した。悪臭に鼻をつまみながら近くまで行って片付ける。
彼らの状態は様々だった。体中の骨という骨が折れているもの、腹を裂かれ内臓を抜き出されているもの、頭部が原形を留めていないもの、一番上にあったものに至っては骨が全て抜き取られてぐしゃぐしゃになっていた。
毎回こういう状況なのだが自分達に注意する気はさらさらない。というか、する資格はない。だって、
対象が違うだけで、やっていることは同類なのだから。
死骸の山の中に、まだ少し息をしているものがいた。どうやら両目を潰されているようだ。真っ暗闇の視界の中で助けを求めて這いずり回っている。喉笛も潰され、掠れた弱々しい声を上げていた。これでは生きていく価値がないと思った。苦しそうだったので脳を潰して苦しくないようにしてやった。他のものと一緒にゴミにまとめた。
ゴミをまとめ終わると次は調度品だ。こういうのはあいつがいるとすぐに終わるのだが。仕方ないから自分で全部やるしかない。
とりあえず破壊された家具を廊下に集める。これは後で直すとするが、この機会にいらない物は焼却処分する。破れた本や千切れたタオル、電話台の裏から出てきた一昨年のカレンダーなどをまとめて持ち、手のひらを着火。ゴミ達はメラメラと音を立てて黒ずんでいく。ずっと部屋にあった物も、愛着もあった物も、容赦なく燃やしていく。使えない物は存在する価値がないのだから。価値のないものほど罪なものはない。
「......ただいま」
そんなことをしているうちに元凶が帰ってきた。すかさず文句をたれる。
「木葉?......これは何?家中全部汚しよって!」
「ああ、これな。遊んでたんや」
「やりすぎやアホ。まあいいから手伝ってや」
「わかった」
こんなことをしても悪びれずに帰ってくるし。でも言えば手伝ってくれるからまあ許している。自分もたいがいだし。
廊下で立って、木葉が持ってきた物を燃やす。そのうち来なくなったので見に行ってギョッとした。部屋中に植物の根が伸びている。天井までびっしりと。その根の主は木葉。根をゆっくりと手のひらに収納すると、先程までの血糊はすっかり消えていた。
「......木葉、こんな簡単に出来るんなら自分でやっといて」
「......わかった」
これで大変な掃除をすることもなくなるのかと思い、また一つ溜め息をついた。
買い物を無事に終えた乃々は、一週間分の食料と共に家に帰っていた。ゆっくりのんびり歩いていると、慌てた様子のお婆さんが転びそうになりながら歩いてきて、乃々に質問した。
「すみません、うちの爺様を知りませんか?」
服装やら何やらを訊けば、先程のお爺さんのようであった。知りませんよ、と答えて家路を急いだ。
家に入るなりどかっとソファに座り、さっきの出来事を振り返った。あのお婆さんは一生懸命お爺さんを捜していた。あのお爺さんに家族がいるなら、さっさと消してしまわないと、と思った。善は急げ、とよく言うので、即実行に移した。
まずはあのお爺さんに関わるものすべてを調べる。
物ならただ消去。
ヒトなら記憶の中に入る。
そしてお爺さんとの記憶だけを 消 し 去 る
不自然にならないように念入りに偽装すれば完了。
これであのお爺さんは
こ の 世 に 存 在 し な か っ た こ と に な っ た
ただ殺せば罪に問われる。
ただ消しては騒がれる。
だが、私はそのヒトが最初からいなかったことにしてしまえば問題ないと気づいたのだ。
気づいてしまったのだ。
今までこの方法で何十人消してきたことかわからない。
こうしてから罪に問われたことはない。
だから、私はこの方法で敵を排除していくだろう。
今までも、これからも。