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目覚め

 何故、指差すの?

私はただここにいるだけなのに。


 何故、嘲笑うの?

私はただ遊びたいだけなのに。


 何故、拒むの?

私はただ声をかけただけなのに。


 何故、憎むの?

私はただ生きているだけなのに。



 どうして?

私はただ普通に過ごしたいだけなのに。叶わないの?






 そうだ......叶わないんじゃない......叶えるんだ......

 たとえどんな手段を使っても......

 私にはこの能力(ちから)がある。

 この能力のせいでヒトは私を煙たがる。

 でもこの能力を使えば何でもできる!

 そう、何でも!




 今のこの世界で普通に過ごせないなら......

 普通に過ごせるように世界をつくりかえればいい。

 この能力で......



 ......またこの夢だ。ここ数日間ずっと同じような夢ばかりみるのでいいかげんうんざりしてくる。ぬくもりの残る布団を抜け出し手早く着替える。カーテンを一気に開けると半開きの眼に朝日が思いきり突き刺さる。目を細めて窓の中の景色に眼を凝らせば、そこにはいつも通り、普通の光景が広がっている。





 そう、普通の光景。

 でも本当の“普通”はこれだけじゃない。





 常に自分に言い聞かせ、士気を上げる。今や毎日の日課になっている。


 寝室を出てキッチンに入り、朝食の準備を始める。冷蔵庫を開けて中を見ると、全体的に物が少なく見える。最近相棒がいないし家を出ていないのだから無理はないが、しっかり食べなければ体力が回復しない。とりあえず朝は適当に済ませて、昼にでも買い物に出ることにした。


 少し焦げた食パンを頬張りながら、乃々は自分の手を見つめた。この数日ですっかり肉が落ちて骨と筋が目立ってしまっている。そんな情けない手で残りのパンを口に放り込んで立ち上がり、廊下へ出る。いつものコートを羽織り、ひとつ大きく伸びをする。あまり動かしていなかった骨がいっせいに悲鳴をあげるのを感じた。その場で少しストレッチをする。


「......さてと......ちょっと体を動かしますか」


 独り言を呟き、扉を開けると、緑溢れる外の世界へ飛び出した。



 家の前の道路に沿って走り出す。道路はこの先山道になる。構わずスピードを上げ、山の中に突入する。蛇のようにうねる砂利道を猛スピードで駆け登る。途中で道をそれて道なき道をどんどん駆け抜けていく。巨木をすり抜け、川を飛び越える。軋む骨、飛び行く景色、身を打つ風、なにもかもが懐かしく心地よい。


 

 しばらくして、もう一つ身体の調整を始める。姿勢を低く、前屈みにしていく。やがて両手を地面につき、四肢を使い大きく身体をしならせて走る。同時に身体は毛に覆われ、耳が立ち、歯と爪が鋭く伸び、野生のままの姿を現す。その容姿は、かつては日本の森に見られ、今生きた姿を見ることはもう叶わないケモノのようだ。そのまま五分ほど走り続けると、少しずつスピードを緩めていく。そしていつもの切り立った崖の淵で立ち止まり、大きく息を吸い、思い切り高く吠えた。


ウオオオオオオオォォォォォォォン


 その声は長く尾を引き青空へ消えていった。



 家に戻ってきた乃々は、玄関先で服を叩き、汚れを少し落としてから中に入った。久しぶりの運動の余韻に浸っていると、置きっぱなしだった携帯電話が震えた。愛からだ。愛からの電話はたいていろくな話ではないのだが、話だけは聞いてやっている。


「何?」

「あ、起きたんや。良かった良かった」


 一応心配はしてくれていたようだ。意外に優しかったらしい。


「あんたも一応心配はするんだ」

「アホか!心配くらいするわ!」

「ああ、ごめんごめん」


 思っただけのつもりが声に出てしまっていたようだ。


「で、何の用?」

「とりあえず目が覚めてるかの確認と......」

「確認と?」

「木葉が部屋汚してもうたからその片付けを......」

「断る」


 強引に通話を切った。あいつ仮にも病み上がりの友人に片付けなんてやらせようとするのか......神経がわからない。いや、わかったら終わりか。



 もう昼の時間になるので買い物に出る。暑いからコートはいらない。辺鄙な場所にある小さなスーパーには、都会には当たり前にあるものがないことが多い。店内に入って、適当に目についた食材をカゴに入れていく。


 小さい子連れの母親が、はしゃぐ子に言い聞かせながら横を通り過ぎていった。こういう“普通”の生活は、どんなに楽なのだろう。


 そのうち子供がいかにも気難しそうなお爺さんにぶつかった。お爺さんはいよいよ顔をしかめ、まったく近頃の子は躾もなってない!と、母親に文句を言い始めた。母親が謝っても聞かず、どんどん文句はエスカレートする。


「やはり田舎者は野蛮だな。どうせあんたも専業だろう?専業の奴らは非常識で世間知らずだからな」

「あーいやだいやだ!田舎者とは関わりたくないな」

「田舎者がこんなところに出てくるな!」


 田舎者田舎者と連呼してこちらまでカチンとくる。私も田舎者ではあるから。確かに田舎では都会よりだいぶ大雑把で少し野蛮なところもあるかもしれないが、そこに住むヒトが全員粗暴だというのは違う。こういうのも偏見の一種だ。私は偏見をはじめあらゆる差別が大嫌いだ。死ぬほどに。


「ちょっとお爺さん?」


そして私の人生の目標は......


差別と、それをするニンゲンを......

全て排除することだ。



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