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とはいえ、私も人間だ。胃袋は致命的な弱点だ。新沼はとても狡猾な奴だ。


 「うめえええー、肉ぅ」


私はひさしぶりに味わった牛肉に涙してしまった。先生の家で卵もらってきてよかった。その代わり先生もうちの夕食の席にいる。


 「舌先で溶けちゃうね、こんな美味しい肉、僕も初めて食べたよ。新沼君、ありがとう」


 のんきな先生に誉められると、新沼は謙虚さをにじませたような笑顔を見せた。


 「いえ、みんなと仲良くなりたかったら鍋は手っとり早い手段だってネットに」


 「わー、わー!」


 私は新沼の口を押さえて発言を遮る。聞こえちゃいけないワードが混じってたぞ。


 「雪ちゃん、食事中に行儀悪い」


 「はい、ごめんなさい」


 祖母にまた怒られちゃったじゃんか。意気消沈して目を落とすと祖母は茶碗半分くらいご飯を残していた。鍋にあまり手をつけてなかったし、体調よくないのかな。週に一度、出張外来の車が市内から集落に来るけど、薬の量は減らない。風邪引いた時の治りも私に比べて遅い。


 「大河内さんもいたらもっと楽しかったよね」


 先生は私に気を遣ったのかもしれなかったが、それって個人的な願望じゃないの。この淫行教師予備群が。


 「大河内さんってどんな子ですか?」


 新沼のおかげで助かった。私はもう少しでまた怒る所だった。


 「うーん、明るくて今風の子かな。もう少し授業に集中してくれたら助かるんだけど」


 「それって教える側の責任でもあると思います。先生雅のテスト甘くしたって本当ですか?」


 私が間髪入れずに反論すると、意外なことに先生は目をそらそうとしない。これまでなかったことなので私の方が逆に戸惑ってしまう。


 「成績の良い坂上さんにはわからないかもしれないけど、勉学の基礎的な部分で躓いた子は後々まで苦しむことになるんだ。大河内さんも基礎の基礎がおろそかになっているから、思うような成果が今は出ない。君からしたら亀のような歩みに見えるかもしれないけど、本来人の成長スピードにはバラツキがあるからさ。見ててよ、来年の春までには君に追いついて見せる」


 胸を張ってる先生が忌々しくてならなかった。完全に私が悪者じゃん。雅のこと考えてるの私だけだと思ってたのに。こたつの中で拳を握りしめた。


 新沼は私が屈辱に震えているのに気づかないらしく、明るい声を出している。


 「先生は生徒一人一人に目を配ってらっしゃるんですね」


 「人数が少ないからね。本来一人一人に目を配るのが教育の理想だから原点に立ち返ってるのかもな、僕は」


 新沼に賛同されて顔を赤くしている先生を見るのも嫌で、私はさらに不作法を働いた。


 「バカみたい。どうせペンギンにみんな殺されるのに」


 新沼の顔をちらと目の端で捉える。悲しそうな顔をしていたと思う。


その場にいられなくて自分の部屋に引っ込む。祖母に何度か呼ばれたけど戻る気はしなかった。





ざっ、ざっと、スコップで軽快に雪をかく音で目を覚ました。私の部屋にはこけしとか、日本人形とかが置いてある。私の趣味ではなく、祖母の持ち物だ。元々この部屋は物置だった。片づけるのが面倒で一部そのままにしてある。整理整頓は苦手だ。


 夜の間に雪が降ったらしい。雪を脇に寄せ進路を作らねば。手元の時計は既に七時半。学校に行くまでに間に合うかな。


 「うっそ! マジ」


 布団をはねのけパジャマの上にダウンを着る。階段をかけ降りる。祖母が料理をしている匂いがした。醤油がこげたような匂いにしばし足を止める。


 忘れてた。そんな場合じゃない。玄関に向かう。


 「雪ちゃーん、今日は雪かきいいよ」


 足音で気づいたのか祖母が声だけで私を呼び止める。


「 どうして?」


「ほら、昨日挨拶に来てくれた新沼君がやってくれてるの。偉いねえ」


 どうして新沼が。私は腑に落ちず外に話を聞きにいく。


 「おはよう」


 向こうから挨拶をされた時は、昨日のこともあってばつが悪かった。

 新沼はニット帽にふかふかのダウン、長靴という重装備だった。その厚着姿は私が薄着だってことを思い出させる。


 「何してるのよ、ペンギン」


 「雪かき」


 私は最後の自分の領域すら奪われた気がして、倒れそうになる。


 「……、貸しなよ。余所ものじゃ勝手がわかんないでしょ」


 スコップを取ろうと柄に触れたが、すぐに新沼に遠ざけられた。


 「雪さんだって青森の生まれじゃないっておばあさんに聞いたよ。大体終わってるから今日は任せてよ」


 確かに重そうな雪が左右にかき分けられている。こいつはいつから労働してたんだろう。私だったら半日がかりでも終わりそうもない雪の量だ。


 「寒いから中に入っていいよ。大丈夫だから」


 ふてくされた顔の私に気を遣うようにもう一度、最後通牒を突きつけてきた。


 いいさ、自分でやりたいって言ってるんだから。私は大きな音を立てて家の扉を閉めた。


 朝から何でイライラしないといけないんだろう。たがが雪かきを取られただけで。


雪ちゃん、お弁当」


 朝ご飯の焼き餅を食べた後、祖母が弁当を渡してくれる。

 いつもは一つ分しかない弁当が二つに増えていた時は目を疑った。


 「新沼君にもってきな。昨日のお礼」


 それと、昨日の私の不始末の謝罪の意味もあるんだろうな。謝りなと言われているようだった。逆らわずに鞄に詰め込んだ。パンパンで不格好に見える。


 「あー、雪ちゃんの鞄おっきい」


 通学路でばったり会った雅が騒ぎ立てる。こいつにバレないように早めに家出たのに見つかってしまった。


 「今日は随分早起きだね、雅」


 「だって朝練あるじゃん」


 不思議なことに、雅はかるたの朝練はサボらずに参加している。本当にかるたが目的なのか疑う自分が何か嫌だ。


 「それはそうと雪ちゃん、あの子誰? 私知らないんだけど」


 雅は私たちの前方の道を踏み固めながら歩く少年を指した。聞こえてたらしく、新沼が振り返る。


 「……、新沼。昨日、小林が言ってたでしょ、行方不明だった」


 「ああっ!」


 雅は私を追い越して、新沼の前に回り込んだ。人見知りしないこいつの性格正直羨ましい。


 「新沼君、やあ! 私、大河内。クラス一緒だよ。ねえ、何年生?」


 「高校一年……、だと思う」


 新沼は、朝からハイテンションの雅に目を白黒させている。小林も最初こんな感じだったけな。


 私はいつ新沼のぼろが出ないかひやひやだった。新沼が火あぶりになろうが知ったことじゃないけど、雅に危険が及ぶのは避けないと。


 「立ち止まってないで行くよ。凍死するわ」


 「もう、雪ちゃんの寒がり。しょうがないなあ」


 話の矛先をうまくそらせたかな。全くいつになったら安心できるのやら。


 強風が山の方から吹き下ろされ、今度こそ予期せぬことが起きた。


 私たちの右手に平屋があった。人が住んでないので、屋根が今にも雪でつぶされそうで、おっかない。その庇から雪が雪崩のように押し寄せてきた。私と雅は日常として受け入れているので危うげなく回避した。


 新沼はというと、もろに雪の洗礼を浴びた。顔から肩にかけて白い粉まみれだ。その姿がおかしくて私は笑いを堪えた。雅も口元に力を入れて頑張っている。


 「だ、大丈夫……? 災難だったね。ぷぷっ、よくあることだから気にしない方がいいよ」


 笑いながら新沼についた雪を払ってやる雅を見てたら私も我慢できなくなり、口元を押さえた。


 「あ、笑ってる」


 新沼が、私を指さして笑っている。指摘された私は口を閉じ、真顔を作る。弱みを見せたくなかった。


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