ペンギンは舞い降りた
一
昼過ぎに地域の安全が確認され、緊急警報が解除された。帰宅が許されたので、全員一列になり自衛隊員の後に続く。
信号機の上に雪が積もっている。信号がオンラインで管理されていた頃、ペンギンにハッキングされ、交通が妨げられる事案が首都であったそう。乗っ取られるから電化製品を使うなとぬかす輩もいる。無茶言うな。寒くて死ぬぞ。
「雪ちゃんバイバイ」
二つ目の交差点で雅と別れた。銘々家路に着き、最後に残ったのは私と小林先生。家が近所なので、仕方ないけど一言も口をきかなかった。
家の前に着いた私は自衛隊員に敬礼し、下校は終わる。
眼下を流れる小川にぽこぽこ雪の欠片が落ちている。田畑は白粉を厚く塗ったみたい。無電柱化は私が生まれる以前に済んでいるため、見渡す限りそんな風景が続いている。
門の前に集められた雪は私が今朝せっせと山積みしたものだ。一日放置すれば家の前の道が通れなくなるほど積もる。今は止んでるけど雲が滞留してるから今夜も危ないかな。
門を通ろうとした時、足下に黒い革手袋が落ちていた。男物だ。拾おうとしたら、やけに分厚い。というか、人間の手が落ちているような質感に手を引っ込めようとしたところ、握り返された。
雪の中から男の子が素早く立ち現れた。手袋が落ちていると思ったら人間が埋まっていたのだ。彼が動いた際、払いのけられた水分を含んだ雪が、私の顔にまでかかった。
かつてない驚愕、私は見なかったことにして家に入ろうとした。それしかできなかった。
「待って!」
助けを呼ばれたというのに、私はなおのことむきになって逃げようとした。しかし、彼の氷のように冷たい手は力強く離してくれない。
「やっと、人を見つけた。死ぬかと思った」
鼻声で意志を表明されたけど、何で遭難してるのよ。
様子を観察すると詰め襟の上にダウンを着てる。足下はスニーカーだ。水吸い込んでて黒くなってる。見てるだけで寒くなる。黒髪はぺったんこ。少年のまつげにまで雪がついている。こいつはまさか。
「もしかして……、福島から来た人?」
「そう! 何でわかるの」
「転入生の新沼君?」
新沼君は私の手をさらに強く握りしめた。外国で久しぶりに同族にあったような喜びようだ。
「みんな、君のこと探してたよ。ペンギンに殺されたんじゃないかって」
二
私の住む家は築十二年の二階建てで、祖母と二人で暮らしている。
明るい色の木目の床は、お父さんが決めたの。けど祖母は好きじゃないらしい。
上がりかまちにそーっと足を乗せ、少年を手招き。こいつが初めて我が家に足を踏み入れた父以外の男だというのが複雑だ。
玄関を抜けて左に折れると、脱衣所の扉がある。新沼君をそこに放り込む。
「助かった。何とお礼を言っていいやら」
服脱ぎながら感謝されても困る。こいつ図々しい。ていうか、人んちなんですけど。一応私女なんですけど。遠慮しろだし。
「いいから! さっさと暖まって帰って!」
脱衣所の扉を急いで閉める。
私、怒鳴ってばかりだ。こうなっては仕方ない。面倒を見てやろう。さて、冷蔵庫に何かなかったかな。それも大事だけど、肝心なことを訊き忘れていた。
「ねえ、着替えどうする。お父さんの昔の奴でよかったら」
「それは大丈夫。すぐ届くから。今頼んだ」
届く? どういう意味だろう。家の人とかかな。
私は深く考えずに脱衣所から離れて、玄関の方向に戻った。逆方向には庭に面したガラス窓、居間に通じるの障子がある。祖母は居間のコタツにいるはずだから慎重に歩く。
「雪ちゃん、帰ってたの?」
祖母の声が障子の向こうからした。
祖母の声が障子の向こうからした。
「ただいま、おばあちゃん」
「警報出てたきゃ。かんにん、迎え行痒いのぐて」
「気にしないで。私着替えてくる」
祖母は足が悪いから雪道を歩くのは大変だ。私の家のような事情を抱えているのは余所も同じだから集団下校があるとも言える。自衛隊の人に守ってくれるから安心だし。
庭の方で物音がした。屋根から雪が落ちたのかと思ったが、違うような気がする。もっと重たいもののような。
恐る恐る庭に面したサッシを開けると、突風が吹き込んで身震いした。目を凝らすと、妙なものを発見した。
ブーツを持ってきて庭に降りてみると、見慣れぬ段ボールが一つが置いてあった。上に雪がほとんど積もってないから長い間ここにあるわけじゃないみたい。つまりこれが落ちてきて音がしたってことか。
ダンボールにわずかに積もった雪を払いのけると、ペンギンのマーク! ペンギンの関連企業のロゴだ。こんなの見られたら間違いなく逮捕されちゃうよ。
「もしかしてあいつが言ってたのって」
ダンボールを急いで開け、中を確かめる。中にはパック詰めされた男物の下着と、スウェット、何かの生肉。多分肉は牛肉の赤身だと思う。
私は段ボールを抱えて浴室に至急戻った。
「ちょっと! ねえ!」
断りもなしに浴室に突入する。頭に血が上ってたんだもの。
間が悪いことに、新沼の奴は裸んぼうで、髪からお湯をぽたぽた垂らしている。顔色はだいぶ健康的になった。良かった。
「て、よくない! ちょっとこれどういうことなの」
「丁度よかった。タオルある?」
こいつはこいつで裸でいることに抵抗がないのか全然隠そうとしないし。見ないように天井を向きながら渡すの難しいんだぞ。
タオルを渡して体を拭くのを待つ。か細く見えたけど少しは筋肉質だ。見るつもりはなくても見えてしまう。
「下着ある?」
パックを開けて下着を渡す。最後にスエットと靴下を渡した。
「さあ、服を着たな。どういうことか説明してもらおうか」
「携帯で連絡してドローンで届けてもらった。肉はお礼だよ。すき焼きにして一緒に食べよう」
「あ、お気遣いどうも。じゃ……、ない!」
あまりに頓着しないこいつの態度に私は今日何度目かの怒りをぶつける。
「何考えてるんだよ。ペンギンと取引したら捕まるし、ロボットが襲ってくる。うちが襲われたら責任取れるの?」
新沼は携帯からネット経由で物品を注文したのだ。ものの数分で届くのは空から小型無線飛行機で運んでもらったから。信じたくないけど現物がここにある以上、間違いない。緊張しながら正体を訊ねる。
「あんた、何者?」
「新沼聡。君の同級生だよ。あ、ドライヤー借りていい?」
朗らかに笑う新沼と向き合ってるだけで頭痛くなってくる。ドライヤーの位置だけ示すと浴室を出た。
「どうしよう……」
血迷った私は、隣に住んでいる小林先生に助けを求めに行った。
「え! 新沼君が、君の家に!」
隣家では、コート姿の先生が出迎えてくれた。何でもこれから新沼を探そうとしていた所だったらしい。無性に喜んでるから、肝心なことを話す機会を失う。
「いやー、良かったよ。後でこっちに顔を出すように言ってくれる?」
「え? 迎えに来てくれないんですか」
「せっかくだから夕食を一緒に食べて親睦を深めたらどうだい。年も同じだし、気が合うと思うよ。僕は校長に連絡してくるよ」
全然話にならない。ペンギンのことを話さない私も悪いけど、少しは察しろ。だから雅にからかわれるんだ。
「もういいです! 失礼します」
目を離すのも怖いので家に急いで戻った。玄関に靴は置いてある。まだ家の中にいるんだ。
居間から話し声が聞こえる。祖母を人質にしてるんだ。人を呼んだ方がいいか。小林先生は役に立たないし、警察に……、駄目だ。刺激したら何されるか。私が祖母を守るしかない。
居間の障子を開けると、祖母と新沼がこたつに入って談笑していた。和気藹々とまるで本当の祖母と孫みたいに仲良さげだった。祖母の津軽弁がわかるのかな。私も時々わからならなくて相槌を打ってしまうくらいなのに。
「どご行ってだの。まいねでね、おけやぐば置いでっちゃ」
「うん……」
友達を置いていっては駄目だと叱られる。それには曖昧に返事をして、祖母の隣に腰を下ろす。向かいには新沼。既に濡れていた髪を乾かし、薄くほほえんでいる。よく見たら、女みたいに生白い。細い髪の毛はとてもやわらかそうで触ってみたいって、ちょっと思った。
「新沼君、小林先生が呼んでた。隣の家」
「わかった。じゃ、ちょっと行ってきます」
意外とあっさり退いたな。今のうちに警察を呼ぶか。
「雪ちゃん、着替えしてね」
「わ、ごめん」
私としたことが湿ったコートのままで座ってしまった。スカートも濡れてるし、全部あいつのせいだ。急ぎ二階の自分の部屋でタンスを開けていると、階下で玄関の開く音がした。
「え、ちょっと嘘でしょ」
デニムに足を通している途中だったので転びそうになる。上はシャツとセーターのままで階段に戻る。
丁度階段下に黒い頭を認めたので、低い声で詰問した。
「何で戻ってきたのよ」
戻ってきた新沼はきょとんとした顔で、私を見上げてた。それから弁解するのかと思いきや開き直ってきやがった。
「だって、すき焼き食べたいし」
「じ、常識ないわけ? 人の家にいきなり上がり込んでご飯までご馳走になろうなんて」
「肉は僕が用意したものだし、先生も食べてきなさいって送り出してくれたよ」
「だ、だれがあんたなんかと……、ペンギンの手先が」
新沼が顔を伏せた。逃げ場をなくしたレッサーパンダみたいな顔して。同情を引く作戦か。私は負けない。
「雪ちゃーん!」
祖母が呼んでいる。まずい、新沼に今動かれたら。
「喧嘩してねで入ってもきやいまれ」
祖母は新沼をすぐ手元に置いておきたいらしい。新沼を伺うと、なぜかほっとしているようだった。
「かんにん、新沼おめ。雪ちゃん怒りっぽぐて。本当はやさしいかきや仲良ぐしてやて」
私は振り上げた拳を下ろすしかなかった。怒りっぽいのは私のせいじゃないのに。




