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血とミサイル


古代の歌人たちは、自分の気持ちを歌に託して詠んだらしい。


血が熱くて仕方なかったんだと思う。和歌一首に書かれている一文字一文字が、そう訴えかけてくる。


ひりひりと右手がうずいた。歌人の毒に当てられたように私の神経が痺れる。本当は今朝の雪かきによる霜焼けに過ぎないんだけど。


厚みのある小さい紙片が私の頬のスレスレを飛来した。いろはかるた。歌人の血の塊。


かるたをはじき飛ばした相手は、栗色の髪をゆるく結んだ女の子。その子も私と同じように口を開けていた。


「どいてー!」


かるたを打ち払った勢いを止められず、彼女が私の胸に飛び込んできた。


かるたは反射神経命だけど、競技中に対戦相手が飛んでくるなんて聞いたことないし、予想もしてない。壁際まで一緒に転がった。かるたの配置は焦土と化す。歌人の血はミサイルか。


「く、あはは……」


「雅、あんたねえ……」


私は、笑っている友人の頭を何度も小突いた。


雅は体操着の半袖にジャージの長ズボン。青森の冬は言わずもがな寒い。ヒーターだけでよく耐えられる。私はブレザーにネックウォーマー、スカートの下にジャージ、タイツまで履いているというのに。


「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末にあはむとぞ思ふ」


崇徳院の歌をそらで読み上げる雅。川の流れは速いので、岩にせき止められて流れは分かれてもいずれ合流する。そういう風にまた会いたいって意味。だから何?


「意味深な歌だよねぇ。遠距離恋愛とか、不倫とか、想像が捗るっていうか」


「だから何で突っ込んできた」


雅は首を傾げてとんでもないことを言い出した。


「何となく? 雪ちゃんが恋しくて」


私はふざける雅を押し退けて散らばった、かるたを揃えて箱にしまう。顧問の小林先生も手伝ってくれたけど、私が無言でにらむと苦笑いしていた。


「大河内さん、競技カルタは礼に始まり礼に終わる。大事なことですよ、気をつけてくださいね」


「はーい」


先生は一応雅に注意したが、響きは薄そう。


この若い先生は雅に甘い。去年赴任してきたばかりで、まだ初々しい人だ。二十三歳の男で独身、彼女なし(自己申告)。ふちなし眼鏡をかけている。雅が、イタズラでかけている眼鏡をはずしてみたら本当に困っていたから目が悪いのは本当みたい。眼鏡を外すとチョイイケメンらしい(雅調べ)。


「もうこんな時間だ。朝練はおしまいにして、君たちは教室に戻りなさい」


上手い逃げの口実に聞こえた。だが、これ以上私が何か言うと子供っぽく思われそうだった。


雅がジャージの上にスカートを履いた。露骨に目をそらす先生。そういう隙があるからつけ込まれるんだけどね。


「あ、先生。カイロいる? 寒いでしょ」


雅の問いかけに先生は変にもじもじしてる。はっきりしなよ、めんどくさい奴め。イライラする。


「ああ、せっかくだからもらおうかな」


先生、雅に小さいカイロをもらい、嬉しそう。あー、見てられない。


私は雅の手を掴み、部室を出た。部室は空き教室を使っている。畳は先生に片づけてもらえばいいや。


「あの先生のこと構いすぎ、雅」


「だっておもしろいんだもん、リアクション」


切り捨てるようにそっけなく言った。急にテンション下げてきたな。廊下が寒いからか。吐く息が白い。外は雪景色。住人にとっては銀色世界なんてロマンチックなものでは断じてない。


「何が起こるかわからないから、人にやさしくしなさいってお母さんが言ってたし、間違ってないよね。いつペンギンに殺されるかわからないもんね」


雅にとって、やさしさとからかいは同義なのか。雅の母さんに聞いてみたいものだ。


「なら私にもやさしくしなさいよ。カイロ欲しかったのに」


「寒がりの雪ちゃんがそう言うと思って」


雅は体操着の背中を自分でめくる。そこには背中の半分を覆うほどの大きいカイロが貼ってあった。


「そーっとはがしてみてください。それは雪ちゃんのものです」


「何か生理的にイヤ!」


私たちは馬鹿をやり取りをしながら、凍える廊下を駆け抜ける。


急流にぶつかりながら、やがてペンギンに出くわすかもしれないと期待しながら。


明日、ペンギンに殺されるとしても、私たちはこうして生きていく。


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