火車
火車が揺れながら俺を運ぶ。
轟轟と。
火車の四角く切り取られた窓からは女が見える。
俺を連れてゆかないでくれと両手を合わせて祈っている。
両の眼から涙をぼろぼろりとこぼしながら。
おいやめろよ。
地獄の邏卒がそんなのにほだされるわけがねえ。
振り向け見れば悪行三昧。
盗み犯し殺しもやった。それも十の指じゃあきかねえ。
火車に俺が揺られ揺られるのも自然の理だろうさ。
だからさ、お前。
何番目の女房だったか知らねえが、俺を救おうなんざ思うな。
こちとら有難迷惑なのさ。
…思い出したお前。
三番目の女房だ。
盗人に襲われそうだったところを、気紛れに俺が助けてやった。
無論下心はあったさ。そのあとちゃあんと懇ろになったしな。
けど夫婦生活も長くはなかった。
俺はいつでもそうだったしな。
あの時だって、泣いて縋るお前を襤褸雑巾みたく捨てただろ?
なあ、何でそんなお前が俺を必死で救おうとしてるんだ。
ああ相当頭の幸せな女だったっけか?
思えば殴る蹴るの乱暴を働いても、にこやかに笑ったお前だっけか。
そんな緩い女だから、こんなとこまで来ちまったのか。
莫迦だな。
その時。
止まるまいと思っていた火車が不意に動きを止めた。
こんなこともあるのか、地獄の邏卒が俺を女に引き渡している。
女は平身低頭して、俺の身を引き取る。
そして俺の腹にはずぶりと出刃包丁が差し込まれた。
女の顔を見ると涙を相変わらずもこぼしながら笑っている。
ああ、ずうっとあんたをあたしの手で刺してやりたかったのだと笑っている。
何だよ、そういうことかい。
でもこれで終わるなら悪くない話だ。
何せ地獄は無限だと言う。
女に一回刺されたくらいで往生できるんならしめたもの。
けれど出刃包丁の刺し込みは、一度きりでは終わらなかった。
女が何度も何度も包丁を俺の至るところに刺し込んでも、痛みも苦痛もそのままに、延々と終わらないのだ。
女は言う。
閻魔様が特別に便宜を図ってくれたのだと。
俺の為に散々な目に遭った女に、俺に無間地獄を課す役割を任せられたのだと。
ああ、ぐふう。
鮮血が流れても流れても俺の頭は冴え冴えとしている。
ああ、あんた、と観音のように微笑みながら女が言う。
三番目の女房が言う。
いつまでもいつまでも、こうして夫婦でいようねえ。
いつまでもいつまでも、あたしはあんたを刺し続けるよ。
火車は既に遠ざかり、俺は女と二人、無間地獄に取り残された。
そうか、これが俺の報いか。
俺は口から血を流しながらぐふぐふと笑った。
女も笑った。
俺たちは声を立てて笑い合いながら、地獄ん中をぐるぐる回り続けた。
火車:生前に悪事をした亡者を乗せて地獄に運ぶというもの。