Ⅴ
「ルルーナ・ローウェンさんはいるかな」
がやがやと、雑多な音が教室を忙しなく飛び回っている昼休み。
例によって、エミルは、エルスの世話を焼くために教室には不在であり、ルルーナは一人、どうやってカルロを負かしてやろうかと思案していたときの事。
教室の外から、物腰柔らかな眼鏡をかけた男が、この雑多の中でも良く通る声で、ルルーナへと呼びかけた。
ルルーナに面識はないものの、優れた容姿に高身長、目敏い物ならば、身に着けている小物で金持ちだと嗅ぎ付けられる風貌だけに、教室は一気に静まり返り、ルルーナへと視線が集中する。
――――――こっちの学園は、無いと思ってたんだけど……
好奇心に満ちた視線に、溜息をつき、慣れ切った挙動で立ち上がる。
優れた容姿に優れた能力を持つルルーナ。以前の学校では男子からの呼び出しなど、数え切れないほどあったが、この学園では、ルルーナの能力は優れたものであれど跳びぬけているわけでもなく、正気を疑うような個性的な人間が多いこともあり、決して目立つような存在ではない。
少なくとも、公衆の面で堂々と呼び出されるようなことはないだろうと、その点においては安心していたというのに、ものの見事にぶち壊してくれた男子を、内心恨みながら教室の出入り口へ近づいた。
「やぁ、ごめんね。突然、呼び出したりして」
「いえ、それで、何の御用ですか?」
近くで見れば、思わず息をのんでしまうほどの美形。
しかし、如何に美形であろうと、光を反射し輝く銀髪がトラウマを刺激してまい、素直に見惚れることもなければ、どうしても、警戒心を抱かずを入れない。
「―――――君は、遠回しに言うよりも直接言った方がよさそうだね。
単刀直入に、僕と付き合ってほしい」
唐突な告白に色めき立つ教室に、表情にはおくびにも出すことなく、げんなりする。
学園と言う娯楽の少ない場所で、色恋に憧れる年頃に、この手の話題は、さぞ喜ばれることだろう。
余程自分に自信があるのか、それとも、好奇の視線の中という断りづらい状況作り上げる為か、どちらにせよ迷惑極まりない軽率な行動に、ルルーナの答えは決まっている。
「お断りします。それでは」
色めき立っていた教室が、静まり返るほど、取り付く島もない、拒絶の答え。
一言で流れを断ち切ったルルーナは、席へと戻ろうとした時、腕を掴まれた。
「待って欲しいな。せめて、理由の一つくらい言ってくれなと納得できないよ」
「ほかに好きな人がいるって言ったら納得します?」
「まさか。振り向かせて見せる自信はあるからね」
―――――お金持ってて、その顔だったら、より取り見取りでしょうに……
だが、どんなものにも例外はあるのだ。
少なくとも、今のルルーナにあるのは、如何にカルロを負かすか、それだけ。
それを達成せずにして、前には進めないと思っている以上、男女交際などに無駄な時間を割いている余裕はないと、カルロにしてみれば、傍迷惑極まりない、決意に、ルルーナは一枚の硬貨をポケットから取り出した。
「お互い、引く気はないようですし、ここは一つ、運勝負と行きませんか」
コインを親指で弾き、反対の手の甲で受け止めた。
「表か裏か。私を口説きたいなら、二分の一を当ててみてください」
「―――――表」
手の甲を抑え、硬貨を隠していた手をどけると、硬貨は裏の目を向いていた。
「これ以上食い下がるのは、男を下げるだけだと思いますけど?」
「――――そうだね。今日のところは、これで引かせてもらうよ」
口説こうという時に、見苦しい真似は逆効果と悟ったのか、含みを持たせた間を挟み、退散していく。
見方によれば潔く身を引き、好感にも取れる行動なのだが、その瞬間、教室を訪れた男と交際するという選択肢は、一部の隙もなく皆無のものとなった。
容姿が気に入らないわけでもなければ、いきなり教室で告白してくる性格が気に入らないわけでもない。
ルルーナと男の間で行った、小さな賭け。
その勝敗が本当に運勝負だと疑いもしない、目利きの悪い人間に割く時間などない。
「――――ルルーナさん、こんなところに立ってどうしたの?」
「ちょうどよかった。一つ、運だめしてしてみない?」
教室へ戻ってきたエミルへ、同じ条件の勝負を持ち掛けた。
前回と同じように、右手で効果を弾き、左手の甲で受け止める。
「裏、かな」
その身をもって思い知っているエミルの豪運。
先日、惨敗を喫したブラックジャックにおいて、初手で21を揃える確率は5%に満たないにも拘らず、40%の割合で引いてくるのだ。
ルルーナも、エミルに運勝負で勝てるとは露程も思っていないが、右手をどかしてみると、手の甲の上にある硬貨は、表を向いていた。
「ロングベル君に勝てるなんて、私の運も見捨てたモノじゃないってことね」
エミルの豪運を知っていれば、奇跡とも呼べる勝利だが、ルルーナは喜ぶどころか、ここからが本当の勝負だと、僅かに表情を固くする。
「―――――ルルーナさん、イカサマはよくないよ」
「やっぱり、分かる……?」
「うん。左手を抑えている時の右手が少し浮いてたし、手をどけるときも少し不自然だったし……
――――――――右手にもう一枚、隠し持ってるのかな?」
「正解。白状すると、最初に見せたのって、両方表面の偽物。
後は、右手に仕込んでた、これで操作すれば連戦連勝ってはずだったんだけど……まだまだ、練習不足だったかぁ……」
「あはは……カルロに勝ちたいのは分かるけど、カルロに勝ちたいならイカサマはやめた方がいいよ。
イカサマを見破るの、ものすごく得意だから」
ルルーナの手に張り付いている、小さな電磁石をみて、エミルは苦笑する。
種は単純、両方が同じ柄の偽造硬貨を相手に確認される前に弾き、左の甲で受け止める。
その時に、左手に握りしめていたスイッチで電磁石を起動し、左手の甲で受け止めた硬貨を右手に引き寄せる。
後は、相手が宣言した逆の硬貨を引き寄せている電磁石のスイッチを切り、左手の甲に落とす。
エミルの宣言通り、左手と右手を密着させてしまうと、硬貨を引き寄せることができなくなるため、僅かながらに手を浮かせておく必要があり、落とす硬貨が手の甲に乗るように調整する為、手を離す時も、不自然になる。
もっとも、多少不自然に思ったとしても、イカサマだと見破ることができるのは、カルロの幼馴染であるエミルだからこそであり、見破れなかったとしても責められることではない。
むしろ、堂々とイカサマをしているルルーナこそ責められるべきなのだが、常日頃、カルロに騙され敗北を喫しているルルーナに、そんな常識は通用しない。
「だからこそよ、ロングベル君。絶対に、あの悪人面に一泡吹かせやるんだから」
「うぅん……カルロ、女の子には優しくしないとだめだよ……」