Ⅳ
「―――――ふぅ……何やってんだろ、私……」
特別用事があったわけでもないが、率先してボランティアに参加するような善人でもない。
何故かと言われれば、カルロに騙されたからだと答えるのだが、それならば、律儀に従わずにサボってしまえばいい。しかし、それはそれで、負けを認めてしまったようで、結局、大人しくゴミ拾いに従事するしか選択肢はない。
「あら、ルルーナさんも参加していましたのね」
「生徒会長さん……それ、暑くないんですか?」
その格好から、ゴミ拾いに参加しているわけではなく、様子を見に来たであろうルナルティアに、反射的に聞いてしまうほど、場違いな格好だった。
両手には白い手袋をしており、腕を覆う長袖は、肌の一部も晒していない。
スカートも足元まで伸びており、露出している部分と言えば首から上だけだ。
日傘こそさしているものの、真夏の炎天下、それも砂浜に来るような恰好ではない。
「通気性は悪くありませんから、見た目ほど暑くはありませんの。
まぁ、暑いことは否定しませんが」
そうは言いつつも、目に見える部分には汗もかいておらず、涼しげな表情で暑さを感じさせない所が、貴族の優雅さを感じさせる。
「もしかして、肌が弱いとかですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
言いづらそうにしているルナルティアに、首をかしげるルルーナ。
健康面でなければ、肌を晒すことが苦手なのかと思うが、それにしても指先まで隠すともなれば度が過ぎている。いったい、どんな理由なのかと考えるが、その答えは予想の斜め上を行っていた。
「エミル君は、無暗に肌を晒す女性が好きではありませんから……」
「あはは……ロングベル君ってモテそうですもんね」
ルナルティアがエミルに惚れていることは知っていたものの、まさか、その為にこの暑さの中、我慢してくるほどに本気だったとは露程にも思っていたなかった、ルルーナは、何を言っていいか分からず、半笑いになりながらありきたりな台詞を言う事しかできない。
「――――人として好かれるという意味では、間違いありませんが、エミル君を男性として見ている子は意外と少ないのですわ。私と……メリルさんくらいでしょうか?」
「でも、お姫様から求婚されてるんじゃ?」
「姫君も同じですわ。あの方の場合、エミル君を最も近いところに置いておきたいのです。
それが、夫婦と言う関係だけであって、それを分かっているからエミル君も、決して受け入れようとしませんの」
極端な話、エミルがエルスを蔑ろにしなければ、誰と付き合っても、エルスは気にもしない。
エルスが許していないのは、エミルの独占や束縛。むしろ、エミルとエルスの関係を理解できるのであれば、推奨すらする可能性もある。
だからこそ、ルナルティアはエルスに目を掛けられながらも、エミルへの想いを許されているのだ。
「――――もっとも、姫君の事を抜きにしましても、エミル君は行き過ぎるほどに誠実ですわ。
少なくとも、学生の身分で交際なんて考えてもいないのでしょうね」
「だったら、どうして……」
「それでも、気を引かずにはいられない。それが乙女心というものではなくて?」
「――――出ましたね。主を誑かす、大淫婦」
この年頃ならば、必ずやっているであろう恋バナを、思えば生涯初めてやっていた、ルルーナだが、そこに、目を吊り上げてルナルティアを睨みつける、シーリヤが近づいてきた。
「ごきげんよう、シーリアさん。何度もお願いしていますが、その呼称は止めていただけませんか」
「貴女が、主に対する邪な欲を捨てれば今すぐにでも」
「でしたら、今すぐにでもお願いいたしますわ。私の想いは決して邪なものではありません」
「主は、姫と結ばれるべきです。貴方の居場所などありません」
「それを決めるのは、貴方ではなくエミル君ですわ」
いがみ合うというよりも、シーリアが一方的に食い掛かっているのだが、ルナルティアも決して引くことはなく、互いの視線で火花が散る。
それを見かねた、ルルーナは、この状況を打開できる唯一の人物を連れてきた。
「こら、シーリヤ。ティアさんに迷惑かけちゃだめって言ってるよね」
エミルに失跡され、攻撃的な態度は鳴りを潜め、しゅんとしているシーリア。
初対面の時、人形のような少女だと称したが、その実、ころころと表情の変わること。
いったい、どんな洗脳を施せばこうなるのか、薄ら寒くなるほどだ。
「エミル君、お疲れ様です。首尾はどうですか?」
「一通り回ったので、後は、拾ったゴミを集めるだけです」
「そうですか。この手のイベントは、どうしても参加者が不足してしまいますので、生物部の皆さんには感謝していますわ」
「いえ、僕たちも、ティアさんには融通してもらっている自覚はありますから、お互い様です」
微笑ましい談笑を、親の仇のように睨むシーリアだが、エミルの手前、暴言を吐くことも手を出すことも出来ず、瞳に涙さえ浮かべている時、3匹の猫がエミルに駆け寄ってきた。
それぞれ、光物を咥え、エミルの足元に落とすと、褒めろと言わんばかりに鳴き声を上げた。
「ロングベル君、これって?」
「いつからか、この子たちが拾ってくるようになってね。
殆どが、ゴミなんだけど、たまに宝石なんかも拾ってくるんだよ」
ルルーナが拾い上げてみると、硬貨やガラス片、そして、本当に宝石のような結晶体を拾ってきた。
「――――これって、本物?ガラス細工とかじゃなくて」
「いいえ、この輝きは本物のダイヤモンドですわ。
この大きさだと、数百万程度しょうか?」
「数百万!?」
さも当然の様に言うルナルティアだが、庶民的金銭感覚であるルルーナにしてみれば、かなりの大金。
予想外の価値に掌の宝石を見て、思わず生唾を飲み込んでしまう。
ローウェン家は決して貧しいわけではないが、飛びぬけて裕福でもない中流階級の一家だ。
当然、欲しい物でも我慢を強いられることもあり、このお金があればと欲望に唆されていると
「ティアさん、いつも通りにお願いします」
「えぇ、承りましたわ」
「―――――いつも通りって?」
「こういう貴重品は、たいてい落とし物だから、生徒会を経由して警察に届けてもらってるんだ。
落とした人も、きっと困ってるから、早く届けてあげないと」
「――――あぁ、うん……そうだね……」
浅はかな欲望に囚われていた自分を穴に埋めたくなる、羞恥心と失望感に、沈んだ気分で、ルナルティアに宝石を渡すルルーナ。
富豪の娘であるルナルティア、エミル信者のシーリアの二人も宝石などに欠片の執着もないところが、余計に惨めな気分にさせられてしまう。
そんな小さなトラブルを除けば、平穏無事にゴミ拾いは終了し、その帰りに寄ったエミルの家で、少し豪勢な昼食で、シーリアと共にもてなされた。
神に感謝するがごとく、祈り合わせているシーリアと、この一日で度重なる敗北感に苛まれていたルルーナは、気の迷いでポツリと呟いた。
「私も、ロングベル君を信仰してみようかな……」
「貴女、見どころがありますね。良い心がけです。
では、主が語った、素晴らしき言葉をお教えしましょう」
もっとも、数時間にわたるシーリアの熱弁に、気の迷いも霧散してしまったのだが




