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「なんだか、意外だったなぁ……」


生徒会室から退出し、学園の外に出た時、ルルーナがぽつりと呟いた。

確かに、ルナルティアから聞いた話は衝撃的ではあったが、最も心象に残ったのはもっと別の事。


「カルロ君が引き受けたこともだけど、こんな不正をお姫様が、見逃すなんて変じゃない?」


任せる、と言う事は、エルス自身はこの件に関わることはないということ。

ルルーナが知る限り、最も苛烈で冷酷なエルスが、自らの膝元で行われている不正を見逃していることが、何よりも信じられなかった。


「そりゃ、今回は、相手が相手だ。証拠もなしに潰せる相手じゃねぇし、姫さんの行動も見張られてるだろうしな」


「―――――それって、アルヴィル家が関わってるってこと……?」


「関わってるじゃねぇな。黒幕こそがアルヴィル家なんだろうよ」


事は学園だけには収まらない。発注を依頼された企業にまで、その影は及んでいる。

そして、エルスの行動を制限できるともなれば、それは、エルスと同じ権力を持つアルヴィル家。


「お嬢も、それくらいは予測してるだろうよ。

まったく、お嬢も、見て見ぬふりをしてりゃいいだろうに、人が良すぎるのも考えもんだな」


「だったら、どうして引き受けたの?」


学園の裏側にある小さな森林。人気のないその場所で立ち止まったカルロに続いて、付いてきていたルルーナも足を止め、辺りを見渡した。

そこには、1m程の柵が森林を囲うように立てられていた。


「―――――ここは……?」


「うはははははは!おらおら、捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ!」


その中で、聞き覚えのある声と姿。そして、それを元気な犬たちが追い掛け回していた。


「あれ、カルロ。ティアさんとのお話は終わった?」


「ロングベル君……お兄ちゃんと、なにしてるの?」


「今日は、飼育員の人がお休みだから。

それに、ルギニアさんみたいに、力いっぱい遊んでくれる人が来て、みんな喜んでるみたい」


追いかけてくる犬たちと一緒に走り回る、ルギニア。

疲れて息を切らした犬たちは、尻尾を振りながらエミルにじゃれついている。

犬だけではなく、猫や鳥たちに囲まれ、森の奥へと引っ張られていった。


「ねぇ、カルロ君。生物部の活動って、あの子たちの保護?」


生徒会の予算編成にまで口を出し、他の部活にすら干渉する程に必要な部費。

そして、生徒会が掲げた、動物保護活動と言う言葉。

そこまで分かっていれば、生物部の活動内容を想像するのは決して難しい事ではなかった。


「―――――正確に言えば、殺処分されるはずの動物を、一時的に引き受け、里親を探すことだ」


当然、全ての動物たちを引き受けられるだけの予算などありはしない。

しかし、一匹でも多くをと言う理由で、相談屋の真似ごとを始め、死ぬはずだった動物を数多く救ってきた。


「俺はエミルとは違うからな。正直、俺の知らない所で、動物が何匹死のうが、一々感傷に浸るようなことはねぇ」


だが、エミルの小さな願いに、メリルが手を貸し、今では少ないながらも部員だっている。

人間の都合で殺されようとしている儚い命を、少しでも救えるのならと、炎天下の中、喜んで草むしりをするようなお人好し集団。


「だがな、あいつらが必死請いて集めた金を、横から掠め取るようなクソ野郎ども野放しにするつもりはねぇ。

例え、それがアルヴィル家だろうが、必ず追い詰めて後悔させてやる」


その真剣な眼差しに、悪人面だの最低だのと、酷いことを言ってしまった自分を恥じる。

カルロは、この生物部を、ここに住んでいる動物たちを護る為に、悪人を演じていたのだと思うと、じんわりと胸が熱くなっていく。


「カルロ君、私に手伝えることがあったら、何でも言ってね」


「その言葉を待ってたぜ」


「――――――え?」
















「騙された騙された騙された騙された騙された、騙された!」


「うるせぇな。何でもするって言ったのはお前だろうが。黙ってキリキリ働きやがれ」


「返して!人生で一番無駄な後悔をした時間を返して!」


わーきゃーと、ルルーナが喚き散らしているのは、遠い地平線が見渡せる白い砂浜が広がる海辺。

昨日にグランドの草むしりに従事したかと思うと、その翌日には、砂浜のゴミ拾い。

白い砂浜が容赦なく降り注ぐ太陽光を反射し、立っているだけでも汗が噴き出てくる。

人並み程度の体力しかないルルーナにとって、2日連続の炎天下の作業は辛いものがあるが、カルロはそんな苦情をお構いなしに、喚き散らすルルーナを叱責してた。


「うー……だいたい、この砂浜って公共の場だよね?どうして、生物部がゴミ拾いなんて……」


「馬鹿かお前は。金になる仕事しかしないなんて外聞が悪いにもほどがあるだろうが」


あっさりと論破されてしまい、ぐうの音も出ない。

ただでさえ贔屓されていると思われても仕方のない生物部だが、その活動故に非難はほとんどない。

さらに、エミルの人徳も加わり、協力的な部活も多いが、皆無と言うわけではない。

このゴミ拾いはボランティア活動の一環で、参加しても部費が増えるわけではないが、付け入る隙をなくすためにも、この手のイベントには参加せざるを得ないのだ。


「カルロ先輩、いけませんよ。主はおっしゃっていました。

『他者を騙すことは自らを偽ること』、そして、『自らを偽り、手に入れたものは虚構である』と。

主の友人でありながら、主の言葉に背くとは。悔い改めてください」


カルロとルルーナの言い争いを聞きつけ、現れたのは、白髪の小柄な少女。

突如現れたかと思うと、人形のように表情もなく、感情を感じられない抑揚のない声で、カルロを咎めた。

もっとも、悔い改めろと言われて、大人しく従うような人間ではないことは、ルルーナも白髪の少女も、嫌になるほど知っていた。


「――――ったく、どいつもこいつも、人を見た目で判断しやがって。

いいか、後輩。こいつは、自分で何でもやるっていったんぞ?俺は何も強要してねぇし、人手が足りねぇんだ、厚意に甘えて何が悪いってんだよ」


小馬鹿にした物言いに、感情的になって反論しそうになるが、カルロの言う通り、強要され分けでもなければ、安い正義感に絆されて、実際に口にしたのも事実。

歯を食いしばって、耐えるルルーナに、能面のような表情が僅かに同情を見せると、手を組み頭を下げた。


「ご協力感謝します。きっと、主もお喜びになるでしょう」


そう言い残し、立ち去っていく白髪の少女。

信仰深い、敬虔な神の信徒。それが、ルルーナの見立てであったが、その見立てが誤りであると、すぐに気づかされることになった。

それは、立ち去っていく個性的な白髪の少女を見送っていたとき、既にゴミ拾いを始めていたエミルに近づいてた時の会話。


「主よ。先日は部活に参加できずに申し訳ありません」


「いいよ。用事があったんでしょ?

それに、シーリヤはいつも一番頑張ってるんだから、たまには休んでいいんだよ」


「私にとって、主の役に立つことこそが全て。休むなどもってのほか、主の役に立たない私など存在する価値すらありません。どうか、罰をお与えください」


「――――うん。それじゃ、動かないでね」


その言動や表情から、普通とはかけ離れた過去を持っていると予想がつく、シーリヤ・ヴァレンシア。

その予想通り、特殊な機関で育ったクリスは、自らを道具だと思い込んでおり、役に立たなければ価値はないと、酷く自罰的な性格に育っていた。

エルスに拾われ、エミルと接している内に、人間らしさを取り戻したシーリヤであるが、その自罰的な性格だけはどうにもなっていない。

もしも、エミルが死ねと言えば、躊躇わずに命を絶つ程に傾倒しているクリスに与える罰とは


「――――あ、あの、主よ……これは……」


「いつもありがとう、シーリヤ」


エミルよりも少し背の低い、シーリヤの頭に手を置き、優しく手で髪を梳いた。


「これでは、罰に……」


「これは罰だよ。いつも、僕の言うことを聞かなくて、無茶ばっかりするんだから」


「し、しかし、それが、私の役目で……」


「シーリヤがいなくなったら、僕は悲しいし、エルスだって困るんだよ。

シーリヤは僕たちを困らせたい?」


「そ、そんなことは……!」


「だったら、僕の言う事聞いてくれるよね」


「――――御心のままに……」


エミルの前では、無表情を張り付けた人形のような少女が嘘のようにころころと表情が変化する。

エミルに言いくるめられ、黙って頭を撫でられている間、頬を紅潮させ、恍惚に祈りを捧げていた。

その姿はまさしく信徒であるのだが、その信仰を捧げるのは神ではなくエミル。


「な、なにあれ……」


「見てのとおり、エミルの信者だよ。

まっ、あれは極端な例だが。他の奴らも少なからずあんなもんだよ」


「なにそれ、生物部の人って、お姫様の洗脳でも受けてるの?」


「なにいってんだ、姫さんだって同じようなもんだろ」


「あぁ、そうだった……」


真に恐るべきは、エミルの慈愛によるカリスマ。

多くの活動資金を手にしてきた生物部のブレインこそカルロであり、その作戦に必要な知識と資料を準備してきたのはメリルだが、動かせる人員を集めたのはエミルだ。

生徒会長であるルナルティアとの交渉こそカルロが行ったものの、会談を取り付けるのはエミルでなければ不可能だっただろう。


「さて、おしゃべりはここまでだ。それじゃ、後は頼んだぞ」


「――――はぁ!?カルロ君は!?」


「俺は別件だ」


憤慨するルルーナを背に、すたすたと砂浜を立ち去っていくカルロ。

だが、ルルーナ以外それを、咎めることはなく、それぞれゴミ袋を持ってゴミ拾いを始めていた。


「―――なんて、濃ゆい面子……」


編入前の学園では、ルルーナこそ異端であったというのに、この場所ではルルーナは決して特別でもなんでもない。

それが、心地よくもあり悔しくもある、ルルーナは、結局言われた通りにゴミ拾いを始めるのだった。

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