Ⅱ
3時間にわたる、炎天下の草むしりから解放され、冷房の効いた生徒会室へ通される一行。
赤点の常習犯である兄と、今年編入してきたばかりの妹である、ローウェン兄妹には縁の遠い場所と言うこともあり、きょろきょろと部屋を見回している中、エミルとカルロは、自分の教室のような気安さで応接の為のソファーに腰を下ろした。
「まずは、この炎天下の作業、お疲れさまでした。学園を代表してお礼を申し上げます」
恭しく頭を下げる生徒会長、ルミルティア・ラールクルスの所業には、素人目にも気品が感じさせる。
代表として、エミルが話を進める中、いったいどういう神経をしているのか、カルロはエミルが持参した弁当を広げ、ルギニアもそれに釣られ、食べ始めていた。
しかし、エミルもルミルティアも、その非常識な行為に目をくれることもなく談笑を続け、ポツンと取り残された気分になったルルーナも、やけになって、昼食を取り始める。
そんな、ぐだぐだな相談会は1時間程度で解散となり、いったい何がしたかったのか、もやもやした気分で帰宅しようとした時、カルロが生徒会室へ戻っていくところを目撃した。
生徒会室での不審な行動と、湧き上がる好奇心で、カルロを追い、生徒会室へ戻ると、僅かに開いた扉の隙間から中を覗き見た。
「―――――ぴりぴりしてんなよ、お嬢。化けの皮が剥がれてるぞ」
「カルロ・エーヴェンス。貴方、相手に愛想を振りまく必要などありませんわ」
「そりゃ、嫌われたもんだ。で、そこで、覗き見てんのは、あんたが呼んだのか?」
「貴方の失態でしょう。―――――どうぞ、お入りください」
ルルーナが再び生徒会室へ入ると、感じた剣呑な雰囲気は霧散し、変わらず柔らかい表情で出迎える。
しかし、当然、その笑顔を額面通りに受け取ることなどできるはずもない。
猜疑心を表情に張り付けたルルーナと、張り付けた笑顔のルミルティアの沈黙に、埒が明かないと判断したカルロは、その沈黙を破った。
「もう、いいだろ?お目当てのエミルはいねぇんだ。とっとと話進めようぜ」
「――――仕方ありませんわね。ルルーナ・ローウェンさん、どうぞ、お座りください」
流されるまま、カルロの隣に腰かけるルルーナだが、警戒は解けない。
不安げに、カルロを盗み見るが、心底面倒くさそうな表情で、ルルーナを一瞥すらすることはなかった。
「――――カルロ君。いったい、何を……」
「さっきも言っただろ?少しは自分で考えろ。分からなきゃ、黙って聞いてろ。
―――――ったく、姫さんにビビらされてから、少し御淑やかになり過ぎじゃねのか」
あっさりと核心を付かれ、言葉を詰まらせる。
カルロに騙され、エルスに格の違いを思い知らされ、元々あった自信を失ったルルーナは、以前の様に向こう見ずの行動がとれなくなっている。
その自信を取り戻すために、カルロに挑み続けているわけだが、結果は言わずもがな。
「貴女も、この男と姫君の被害者でしたのね。心の底から、同情いたしますわ。
そして、可及的速やかに、縁を切ることをお勧めいたします」
「おいおい、被害者とは穏やかじゃねぇな。
俺はいつだって、対等な交渉を心掛けてきたつもりだぜ」
「―――どの口で対等などと……!貴方の余計な思い付きで、私がどれほど苦労したお思いですか!」
「生徒の要望に耳を傾ける、真摯な会長で俺らは幸せもんだな」
ギリギリと歯ぎしりをする生徒会長に、悲しいほどの既視感を覚えたルルーナ。
被害者とは言えて妙、先ほどまでは警戒していたルミルティアに親近感が沸き、カルロへと軽蔑の視線を向けた。
「―――女の子をいじめるなんて最低」
「交渉だって言ってんだろ。それに、これはエミルの要望で、生物部としての実績も問題ないはずだぜ。
それに、動物保護活動は、学園側の意向だろ?」
相手を騙し嵌めて思い通りに動かす邪悪なカルロではなく、誠実と慈愛に満ちた、エミルの名前が出たことにますます、つながりが見えないルルーナは視線を二人の会話に耳を傾けた。
「そのせいで、どれだけ予算編成で手間をかけて思っているのですか……!
どうせなら、各方面の折衝まで面倒を見るのが筋というものでしょう!」
「なーに言ってんだよ、お嬢。一生徒がそんななところまで口だせるわけねぇだろ?
それに、喜んで引き受けると言ったのは、他でもない、あんだろ」
食って掛かるルナルティアと、飄々としているカルロの言い争いに、ようやく、ルルーナにも全貌がつかめ始めた。
グラウンドの草むしり、エミルとカルロが所属している生物部、そして、ルナルティアとの執り行った何らかの取引。
「あの草むしりって、本来外部に頼むはずの業務を、生物部が請け負って、その分のお金を部費に回させた?」
「――――その通りですわ。しかし、そんなことを許してしまえば、全ての部活団体がこぞって引き受けたがるに決まっていますわ」
「そこで、過去に埋もれていた、動物保護活動推進活動を引っ張り、あくまでも生徒会の活動の一環として、業者に頼む仕事を生物部に割り振ってもらったってことだ」
学園の意向とはいえ、生物に予算を多く割り振れば、各地で不満が沸くだろう。
その不満を緩和するために、外部業者に依頼するはずであった、仕事を生徒たちの手で解決することで浮いたお金を部費に加算させたのだ。
決して不満の声をゼロにすることは出来なくとも、その多くを緩和できる政策。
もっとも、決まっていた予算編成を一からやり直しに、直談判に来る部活動団体の折衝と、生徒会長の仕事が激増したことは、言うまでもない。
「――――思ったより正攻法だけど……」
これほど食って掛かる態度から、弱みを握って脅すくらいのことはしているのだと思っていたが、蓋を開けてみれば、決して責められるほどの内容ではない。
しかも、いくら部費の獲得のためのは言え、この炎天下の中、広いグラウンドの草むしりを進んでやりたがる人間はそうそういないだろう。
「――――えぇ、私も、草むしり程度で済むのなら、ここまで口汚くののしることはありませんでしたわ……」
そう、この政策を打ち出した当初は、生物部に追加で割り振られる予算も決して多くはなかったのだ。
だからこそ、ルナルティアも大げさに捉えることもなく、二つ返事受け入れたのだが、悪夢はそこから始まった。
壊れて買い直しが必要な備品の修繕に始まり、エネルギー費の節約を学園各所に並行展開、ついには、他の部活動にまで干渉を始め、膨れ上がった予算は、口外できないレベルまでに達していた。
それでいて、干渉した各関係者には文句どころか感謝されるほどの徹底ぶりに、生徒会としても咎めることは出来ず、着実に予算を増やしている生物部が面白くない部活は、筋の通らない要望だけが届く。
要するに、生徒会は、エミルたちの能力を侮り過ぎていたのだ。
「だったら、少しくらい活動を緩和してもらえばいいだけじゃないの……?」
当然の疑問に、苦悶の表情を浮かべ顔を逸らすルナルティアに代わって、にやりと、凶悪な表情でカルロが答えた。
「お嬢は、エミルの奴に惚れてるからな。そりゃ、良いところを見せたいお嬢としては断れねぇわな」
「やっぱり、最低だった……」
「私のことなどどうでもよいのです!カルロ・エーヴェンス、貴方に一つ、働いてもらいますわよ」
「生徒会の仕事を、一生徒に押し付けるのは権力の乱用なんじゃねぇのか?」
「えぇ、これが真っ当な仕事なら、貴方になんて頼りませんわ。
ですが、事は裏の事情を把握し、悪魔の様に狡猾な貴方にしか託せませんの」
真剣味のある、声音と表情に、ぴくりと眉を吊り上げる。
アーシェル学園の生徒会長、ルミルティア・ラールクスは、決して無能ではない。
無能どころか、その能力の高さは、エルスの目に叶うほどであり、卒業後は、カルロの同僚となることを約束されている逸材だ。
そのルナルティアが、カルロに借りを作ることを承知で、助力を願うなど生半可なことではない。
「各部活に振り分けられる部費の大本なる予算の一部が、不正流用されていますの」
「――――――穏やかな話じゃねぇな。そいつは確かなのか?」
「えぇ、間違いありませんわ。生物部の方々が、浮かせてた経費も含まれてますわ」
生徒会が運用できる予算は、各部活に振り分ける部費と、学園が執り行うイベントの開催費用で多くを占めている。
グランドの整備や、配布されている備品なども、この予算に含まれており、その費用を削減することで生物部は部費を獲得している。
その振り分けられた部費を、各部活が備品の購入や移動費などに使用しているのだが、当然、生徒会が許可を降ろしたモノのみ、その収支もデータに残っているのだが
「購入されているはずのものがなく、あったとしても、明らかに新品ではないものばかり。
そのことを指摘しても、はぐらかされてしまい、決定的な証拠がありませんの」
使用した部費の収支は合っており、購入した物が無かったとしても、紛失したなどと言い訳をされてしまえば、それ以上食い下がることができない。
しかし、購入された実物を確認した時は、間違いなく購入依頼を出したものが来ているのだ。
「――――生徒会……だけじゃねぇな。今まで、お嬢に気付かれず、気付いても隠し通せるっていうくらいだ。
一般生徒、教員、発注依頼を出した企業。また、随分と大掛かりなことで」
「その通りですわ。仮に、不正の現場を押さえたところで尻尾を切り落とされるだけ。
大本を捕まえなければ、この先何度でも繰り返されることでしょう」
「成程な。確かにこれは、俺の領分だ。
で、姫さん、この件について何か言ったか?」
「―――――任せる。その一言だけですわ」
「―――――そりゃ、また、厄介な話だ。了解した。他ならぬ、お嬢の頼みだ、俺にどこまでできるか知らねぇが、協力してやるよ」
「助かりますわ。エミル君とメリルさんにもよろしくお伝えください」