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「――――生き、てんのか……?」


エミルが連れてきた黒髪の男が目を覚ました時、まず感じたのは、自身の生存への驚きだった。

押し寄せる濁流にのまれ、氾濫した川に流され、死を覚悟で意識を手放したはずだった。

しかし、目を覚ましてみれば、暖かな暖炉の前で寝かされ、空腹を意識させる匂いが、鼻孔をくすぐる。

一瞬、ここは天国とやらなのかと錯覚しそうになるが、窓を叩く雨風はここが現実だと教えてくれる。


「兄さん、目を覚ましたようですよ」


「あの、意識ははっきりしていますか? どこか苦しかったり痺れたりしているところはありますか?


メリルの合図とともに、奥からエミルが顔を出す。

一人は少女、一人は少女と見間違えるほどに華奢な少年だというのに、二人の顔を見た途端、半信半疑だった自身の生存が、確かなものだと確信していた。


「――――問題ない。 お前が助けてくれたんだな、助かったぜ」


その確信めいた発言に、メリルは形のいい眉を顰め、懸念していた可能性が当たってしまったと内心、溜息をこぼした。

なにせ、エミルとメリルは何も語っていないにも拘らず、助けたのはエミルだと断定している。

確かに、メリルは華奢な少女ではあれど、それは、エミルも変わらない。

二人の容姿だけで判断できるはずもなく、魔法という手段を用いたのであれば尚の事、確証など持てるはずもないのだ。

つまり、この男は、エミルが魔法を使う瞬間を目の当たりにしている可能性が高い―――――――――と、勘違いをしてしまっていた。

それもそのはず。ただでさえ、極々僅かな可能性だというのに、メリルにはその可能性が皆無に等しいと論ずる前情報があるのだ。


「あぁ、えっと……僕が見つけた時には、気を失ってたみたいですけど、こんな嵐の日に何があったんですか?」


「ん、なんだ? お前が溺れているところを助けてくれたんじゃないのか?」


「そ、そんな、あの川の勢いの中、人を掬い上げるような技量は僕は持ってないですよ」


「そうか――――――それだけ、出鱈目な魔力量なら、技量なんて関係なく力技でどうにでもなりそうだが。

まぁ、俺の悪運も見捨てたものじゃねぇってわけだな」


命の危機に瀕した直後だというのに、豪快に笑う、肝の太さには声を失うばかりだが、当然のことながら、エミルとメリルは別の意味で声を失っていた。

まさか、偶然助けた人間が、魔力を目視することができる特異体質の持ち主だとは微塵も考慮に入れてなかったからだ。

なにせ、その眼の持ち主は、人間以外の種族を含めたとしても、億に一人と言われている稀少能力。

その中の一人が、エミルの友人であり、メリルの天敵でもある、エルス・アルヴィルという少女であり、この世界における『魔法』側の最高権力者の一族に生まれた、生粋の姫君。

そのエルスが、権力と金にモノを言わせて、エミルたちが住むカーゾン地域はおろか、ミーミル共和国にすら、確認されているのは一人だけという結果を出していたのだ。


「――――――あの女狐……足元がお留守にもほどがありますよ……」


「あ、ああああああの、どうか、このことは黙っていてもらえませんか!」


日頃大きな態度を取っているというのに、取り返しのつかないこの失態に悪態を付くメリルと、大慌てで口止めをしようとするエミル、そして―――――――


「あぁ、分かってる。

それが、公になれば嫌でも目立つだろうしな。

なにより、命の恩人の頼みだ、その秘密を暴こうとした奴は俺がぶっ飛ばしてやるよ」


軽快に承諾する黒髪の男。

その返事に、ホッとするエミルと対照的に、その表情は暗く、思い悩むメリル。

魔力を視覚化できる稀少能力であろうと、偶然見られていようとも、エミルの秘密を知った以上、ただで帰すわけにはいかない。

なにせ、人の口には戸が立てられないのは世の常。

流石に口封じに亡き者にするつもりなんてないものの、口約束で済ませる程、軽い問題ではない。


「心配するなよ、これでも俺は人類最強だぜ?

俺の口を割ろうってんなら、神様でも連れて来いよってくらいだ」


「――――――溺れて、死にかけていた人の言葉ではありませんね」


「あぁ、あれには俺もびびった。

俺の妹が、今日こっちに戻ってくる予定だから迎えに行ったらこの嵐で休航だ。

雲をぶっ飛ばせば、嵐も止むんじゃねぇかって思って、上を見てたら濁流にのまれちまってな。

俺は人類最強だが、致命的に泳げねぇんだよ」


「雲が割れるんなら、川も割れたんじゃないですか?」


「おぉ! よく考えりゃ、助かるだけなら泳ぐ必要なんてなかったな! 

可愛い顔して、男らしい発想してるじゃねぇか」


「――――――馬鹿々々しい……」


自称人類最強を語る黒髪の男の言葉を、メリルは何一つと信用していない。

頭にあるのは、どうやって、この男の口を封じるかと、無駄に親しくするなと言っているにも拘らず、メリルのトラウマを掘り起こすような光景を作り出している、エミルへの折檻。

もっとも確実な手段は、天敵であるエルスの力を借りることだが、それは、メリルのプライドの問題だけではなく、その苛烈さ故に、選び難い手段。

エミルの存在は、生かしておくには危険すぎるにも拘らず、天上の姫君は、そのリスクを呑んだうえで、エミルを放置している。

その意味は、世界の危機とエミルの命を天秤に掛けられるほどに、エミルに肩入れしている証拠。

つまり、エミルと人一人の命など、天秤に掛ける必要もない。

天使の微笑の元、何の躊躇いもなく死神の鎌を振り下ろすだろう。


「おおぉ! うめぇ! これお前が作ったのか!?」


必死にその命を損なわないように思考を回しているというのに、当の本人は、知らず知らずの内に迫っている死神の鎌に気づくことなく、エミルの作った手料理に舌鼓を打っている。

エミルの親友であり、実兄でもあるカルロと、近づきすぎることですら、メリルには許容限界いっぱいだというのに、腐女子の聞きたくない妄想が現実になったかのような光景に、いっそ、その首を死神に捧げてしまおうかと、匙を投げ出したくなる。


「ははッ、気に入ったぞ、エミル。

俺の妹は、やらんが、それ以外なら俺を頼れ、たいていのことは俺が片付けてやるよ

世界最強のこの俺が味方してやるんだ、妹以外なら世界だってくれてやる」


人類最強から世界最強へと、誇大妄想が進化していた。

いっそのこと、本当に理不尽すら跳ね除けるほどの強さを持っているのならと、最後の手段を取らざるを得ないほどに、手づまりな状況に、そんな馬鹿な期待をしてしまう。


「なんだ、お前ら俺の事信じてねぇだろ?

よし分かった、俺が宇宙最強だっている証拠を見せてやる」


ついに大気圏すら超えてしまった自称最強は、雨風が吹き荒れる家の外へ出ると、風で薙ぎ倒された巨木を片手で持ち上げた。


「――――――――は?」


エミルとメリルの、茫然とした声が重なる。

雨風が開け放たれた扉から家屋の中に入り込む中、嵐の中に佇む黒髪の男は、晒されているはずの雨に濡れることなく、巨木を空を覆う曇天へと狙いを定めていた。

二人が理解できない現象を、屋根の上から見ていた、シアは久しく忘れていた驚愕に我を忘れていた。

雨に濡れていないのは、小学生ですら説明できる現象だ。

極々単純に、巨木を構えている男から放たれている熱量が、その身に届く前に雨を蒸発させていた。

言葉にすれば単純だが、それを実際に見る二人と一匹にしてみれば、幻覚を見ていると説明された方が納得できる、光景だろう

水の沸点は平地で100℃であることは、誰もが知っている常識だり、体温がそこまで上昇すれば、脳が沸騰し、蒸気と化した血液が血管を破裂させ、内臓が煮えたぎる。

正確な死因など理解できなくとも、死んでしまうことくらい、誰にも理解できる常識だというのに、その男は、その熱量で光を歪め、平然と巨木を振りかぶっていた。


―――――――――いったい、どういう体の構造をッ!


あれが人間だというのならば、太陽だって西から昇り、死者はあくびをしながら起き上がる。

あまりに常識を冒涜したその男は、ついに、振りかぶっていた巨木を、天へ向け投擲した。

爆音と共に空へと向かった巨木は初速にて音速を越え、曇天を突き破った巨木は大気圏で燃え尽き、巨木が通った雲にはぽっかりと穴が開き、その穴からは日の光が差し込んでいた。


「―――――おっと、そういえば自己紹介が未だだったな。

俺は、銀河系最強の男、ルギニア・ローウェン、よろしくな」



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