閑話 暗躍する黒猫
「――――おぉ……おおおおおぉぉぉぉッ……!」
冥府の底から響くかのような断末魔が、瓦礫の底から響き渡る。
憎悪に瞳を燃やすが、その体は既に死に体。ノエリアの必殺技を受けて尚生きているだけでも驚きではあるのだが、その殺傷能力は文字通り必殺。
いかに純血の吸血鬼と言えど、死の運命から逃れることは不可能。
体に大きな風穴を空け、四肢の幾つかは欠け、息絶えるのも時間の問題だった。
「おぅ、おぅ、あれ喰らってまだ生きてるなんて、流石は純血様だな」
「―――き、さま、は……」
「あぁ、言いたいことは何となく理解できるんだが、鎌をかけられただけだよ、ばーか」
死に掛けのグリンハルドを見下ろす、黒猫のシア。
憎しげに睨みつけるグリンハルドだが、機嫌の悪さではシアの方も負けてはいない。
「――――ったく、態々、武器まで用意してやったってのに、下手こきやがって。
ただでさえ疑われてるってのに、確固たる証拠まで与えちまいやがって、もう、あそこに顔出せなくなっただろうが!」
エミルを誘い出す為、グリンハルドの存在をちらつかせるだけでも、危険な橋を渡っていたのだ。
しかし、それだけであるなら、まだしらばっくれることができたのだが、最早言い逃れのしようもない。
『てめぇらをここに誘導し、気付かれずに、あんだけの大掛かりな罠を仕掛けることができた、俺の正体が』
『――――貴様、アルヴィル家の者か』
カルロの鎌掛に対する、グリンハルドの答え。
当然、カルロは罠など張ってはいない。偶然にこの場所を根城に選んだのであれば、無言こそ正しい回答でなければならないのだ。
にも拘らず、グリンハルドは、アルヴィル家の影を疑っていた。
それはつまり、何者かが、グリンハルド達をこの場所に誘導したということ。
廃墟の場所を知り、グリンハルドの存在を知っていた、シアに疑いの目が向けられるのは当然の流れだ。
「――――よこせ……!」
「―――あん?」
「力をよこせ……!ノーヴェンリシアを、あのガキ共を殺す力をよこせッ!」
その憎しみだけで命を生き永らせているグリンハルドは、目を血ばらせ、その手を伸ばす。
贋作でありながら真作と同等の力を持つ武具を創造する、恐るべき力。
「あーそりゃ無理だ。元々、お前が成功しようと失敗しようと、死んでもらう予定だったんだ。
悪りぃな。恨むなら、馬鹿な箱入り娘を恨んでくれや」
あまりにも軽く告げられた死刑宣告の後、断末魔の声すら上げることもできず、周囲の瓦礫ごと塵と化した。
「――――おいこら!さっき、俺ごと消そうとしやがったな!」
「―――――――――ッ!」
「あぁ!?結局、エミルには傷一つついてねぇだろうが!ギリギリまで手を出すなってあれほど言ったってのに、結局、手ぇ出しやがって。馬鹿娘の後始末に苦労してる俺の身にもなりやがれ!」
「―――――ッ!―――――――――ッ!」
「あぁ、言ったな!確かに言ってやったよ!だけどな、本当に『時渡り』出来るような魔力を渡す馬鹿がどこにいるんだよ!あぁ、居たな、この馬鹿箱入り娘が!色ボケて、てめぇの役割忘れてんじゃねぇよ!」
口喧嘩の合間にも、グリンハルドすら消滅させる力場が、次々とシアを追い詰めんと発生していく。
エルスのように魔力を見通す目を持っていれば、卒倒しかねない、御伽話ですらもっと現実味を持っているであろう光景。
それを軽々と躱し続ける黒猫の存在も、現実味のなさを一押しにしている。
「―――――とにかくだ!エミルが勘違いしている間に、『時渡り』を使えない程度までに魔力を使わせる。これは決定事項だ、馬鹿娘」
暴力の嵐が止んだ時には、廃墟の中は瓦礫すら存在しない、外壁だけが存在する広場へと変わりは果てている中、シアは意見を曲げることなく、朝日が昇りかけの薄暗い森の中へと消えていく。
誰もいなくなった、その廃墟後で、ポツリと幼い少女の呟く声がこだまする。
「――――エミル。もう、泣かない……?」




