ⅩⅤ
「夜明けまで、ざっと1時間。お互い、時間もねぇことだし、そろそろケリをつけようじゃねぇか」
静まり返った廃墟の広場に、力強い声が響く。
この場にいる全員、姿を消しているグリンハルドの視線すら集め、堂々と宣言する。
「――――フム、それは同意だが、そのような鈍らでは、我らには傷一つ付けられぬぞ」
カルロ掲げている『ハルパー』が純血の吸血鬼に通用しないのは、ノエリアが身を持って体験している。
いくらか格が落ちるとはいえ、グリンハルドもその一人。
そもそも、その姿を捉えることができなければ、攻撃の当てようもない。
「心配すんなよ。俺を詐欺師呼ばわりしたクソ野郎にも分かるような、世紀の大魔術ってやつを拝ませてやる」
上着を脱いだカルロは、鈍らと称された剣を逆手に持ち、その上から脱いだ上着を被せ、その腕ごと覆い隠す。
「これから、この鈍らと、クソ野郎が持っている本物を入れ替えてやる。
どうだ?単純な手品だが、姿も見えねぇ奴の持っている剣と、ここにある剣を入れ替えるってんだ。面白れぇと思わねぇか?」
手元にあるものと、離れた場所にあるものを入れ替える、ありきたりと言えばありきたりな手品。
だが、肝心の入れ替える対象の位置もわからず、四方には障害物すらなく、身を隠す場所もなければ種を仕掛ける隙もない広間で、それを行うともなれば、難易度は言うまでもない。
例え、魔法を使ったとしても、高速で動き回り、かつ姿が見えない相手の持っている武器を転移させることなど、如何なる魔法使いをもってしても不可能。
「あぁ、心配すんなよ。入れ替えた証拠はきっちり拝ませてやる。
この鈍らじゃあ、純血には傷つけられないんだろ?
だったら、入れ替えた後、ノエリアに一太刀入れてみればはっきりする、そうだろ?」
これからカルロがやろうとしていることを、ノエリアは何も知らない。
常識的に考えれば、いかなる方法を使おうとも、グリンハルドと剣の入れ替えるなど不可能。
ノエリアは、そんな不可能を可能にするという戯言を信じ、一度はその身に傷を負わせた刃に身をさらさなければならない。
「よかろう。次の一太刀、この身で受けよう」
「協力どうも。しっかし、あんなみたいな美人が胸元を肌蹴させるのは目のやり場に困るってもんだ。
こっちには純情な奴もいるんでな。可能なら、左腕でしっかりと受け止めてやってくれ」
「ククク、良かろう。聞こえたな、グリンハルド!
これはもはや、我と貴様の戦いではない!これは、勇敢なる我が友と、貴様の戦いだ!
わが命は友に預けた。我が友が破れれば、この命貴様にくれてやる!」
ノエリアは宣言通り、身構えていた槍を降ろす。
混血相手ならばともかく、純血たるグリンハルドともなれば、槍を構え反撃する間の一瞬が命取りとなる。
例え、心臓や首を逃し、左腕で防がれようとも、不死殺しの剣は吸血鬼たるノエリアの腕を容易く切り落とすだろう。
そうなれば、出血多量によるショック死は、時間の問題だ。
――――――だからこそと、グリンハルドは二の足を踏む。
姿さえ捉えられない、否、例えその身を晒したとしても、グリンハルドに気づかれることなく、武器のみを入れ替えることなど不可能。
ならば、ノエリアと言う絶対の手札を囮に何を企んでいるのか疑うのは当然の流れだ。
一度はその話術に一杯食わされ、ノエリアの戦線復帰を許してしまった。
冷静に考えるのならば、一度は退くべきだろう。
だが、ノエリアを討つのであればこれほどない好機。
ここで逃せば、ノエリアだけでなくほかの純血もグリンハルドを討つために、参戦するだろう。
そこに、絶対と思っていた隠密性を見破る者がいるともなれば?手傷を負わせたノエリアが完全回復した時、果たして倒せるのか?
「当然、そこには世界のアルヴィル家も参戦するぜ」
至高を読まれたかのような台詞を、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべたカルロが口にする。
それが最後のきっかけとなって、グリンハルドの決意は決まった。
憎むべき人間を背にするなど、プライドが許さない。
なによりも、相手は奇術師などではなく、口八丁で相手を手玉に取る詐欺師だ。
全ては、グリンハルドを後退させ、討伐する準備を整える時間を作るに過ぎない。
その間に、この街に存在する力を手に入れればいい。
それが、グリンハルドの至った結論。
「――――さぁ、一世一代の大魔術。とくと拝みやがれ」
そして、カルロの掛け声とともに最後の戦いが始まった。
同時に、左腕を覆うように被せられていた上着が、取り払われる。
誰もが注目するその左手どころか、足元にすら、その手に持っていた剣は見当たらない。
「これで、てめぇの剣は鈍らのもんに入れ替わった。
それじゃあ、これがハッタリかどうか、試してみやがれ」
不敵な笑みを浮かべるカルロをよそに、グリンハルドは、複雑な動きを止め、全速力で正面から斬りかかっていた。
もう、口車には載せられない。全ての迷いを振り払うように、その手に持った剣でノエリアへと肉薄する。
「――――ノエリア、正面!」
当然、複雑な動きですらないグリンハルドの動きはエミルに視認され、ノエリアへと伝わる。
エミルとカルロ、2人の友を信じるがまま、不可視の刃の先に左腕を掲げる。
―――――――馬鹿が!
左腕を切り落とした後は返す刃で、その心臓を貫き、確実に息の根を止める。
勝利を確信した、グリンハルドの斬撃は――――――――――!
「――――これで俺が詐欺師じゃねぇって証明になっただろ?」
目に視えずとも、その動揺が伝わってくる。
なにせ、勝利を確信したその一閃は、ノエリアの腕を切り落とすどころか、血の一滴すら流すことは叶わず、無防備に構えられた、その左腕によって受け止められていたのだから。
「――――貴様の負けだ、グリンハルド!」
如何に不可視とはいえ、理解できない事態に動きを止めていたグリンハルドを、反撃の一閃が捕らえるのはあまりに容易だった。
剣の振り下ろされ方から、頭の位置を予測した、槍の振り払いによって、グリンハルドを隠していた帽子は振り払われ、宙を舞うグリンハルドがその姿を現す。
「――――ば、馬鹿な……!これが、偽物のはずが……!」
「だったら、今から本物を見せてやるよ」
驚愕・動揺・恐怖によって、立つことができないグリンハルドに止めを刺すかのように、カルロは再び、なにも持っていない左腕に、再び上着を被せる。
如何にも奇術師のようにカウントを取り、大げさに上着を取り払うと、そこには歪な剣が握られていた。
「さてと、淑女、観客にもわかるように、袖を上げてもらってもいいか?」
「構わぬが、似合ぬ真似はやめた方がよいぞ」
「ほっとけ……」
袖がまくられた右腕に刃を触れさせると、ぷっくりと、玉のような血の滴が、刃に伝う。
偽物が、純血に傷をつけられない。
すなわち、どちらが本物で、どちらが偽物か、これにて証明は完了した。
「認めん!認めん認めん認めん認めん認めんッ!なんだ、このふざけた結末は!こんな馬鹿気た結末など認められるモノか―――――――――――ッ!」
手に持った剣を投げ出し、鋭く伸びた爪を剥き出しに、半乱狂になりながらノエリアへと突撃する。
だが、頭を強打された、その動きに精彩はなく、その優劣は語るべくもない。
「我が友が奇跡を起こし、その雄姿を見せたのだ。
ならばこそ、我も、一つ見せてやろうではないか!」
繰り出される斬撃をいなし、グリンハルドを蹴り上げる。
苛烈な戦時であろうとも、優雅さを失わなず、その動きと共にふわりと舞う黒衣のドレス。
そのドレスとは対照的に、力強い白金の光が槍を覆う。
「―――――これぞ、我が槍の神髄にて最奥よ―――――――ッ!」
宙に投げ出されたグリンハルドはその輝きに恐怖するが、全ては遅い。
その槍は絶対必中にて、必滅の名を冠する、千年に渡り、鍛え上げられた槍術の奥義。
「我が美を飾る七色の軌跡よ、その道を照らせ」
白銀の光より分かたれた七色の光が、グリンハルドを貫き宙に磔にする。
美しき虹ですら、その輝きの引き立て役に過ぎないと、自己主張をするように、一際輝く白金。
「括目せよ、真なる輝きを! 我こそ至高の美なり―――――――ッ!」
放たれた極光は、グリンハルドを貫き、夜空を明るく照らす。
白金を中心に、はらはらとまう、七色の泡沫の光は、幻想的に美しく、あらゆる物語の終末にふさわしい光景を作り出し、短くも長い夜の幕を締めた。
もっとも、この後の事後処理こそが、最も面倒かつ手強い相手だと身をもって知っているカルロは、エミルに煽てられ、舞い上がっているノエリアをみて、大きなため息をつくのだった。
次回第二章エピローグ+種明かしです。