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私の緑のドアはここですか?  作者: ひさし
真夏の夜に蠢く影
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ⅩⅣ

憎しみを孕んだ咆哮と、清廉な発破が、剣戟の火花と共に衝突する。

紛れもない上位種である純血の吸血鬼、それも、満月に照らされた夜ともなれば、その身を縛る枷は何一つなく、十全を超えた境地にて死闘を繰り広げるノエリアとグリンハルドの動きは、人間が手を出せる領域を遥かに超えていた。

爆音の如き衝撃と音が、切り結ぶたびに、廃墟を揺らし、踏みしめた床は底を抜き、敵を捕らえることのできない攻撃は、廃墟を破壊していく中、カルロが無事でいられるのは、ノエリアに抱えられこの場へと戻ってきたエミルがいてこそだった。

鋼鉄すら盾にならない暴虐の嵐。エミルが張った結界がなければ、数秒後には挽肉になっていただろう。


「これが、純血の本気ってやつか。マジで化物だな……」


「まだだよ、カルロ。傷は塞がってるけど、完治したわけじゃない」


一際大きい剣戟の音を最後に、弾かれるように距離を取る二人の吸血鬼。

目にも止まらぬほどの動きを見せたというのに、解れすら見せない黒のゴシックドレスを靡かせ、優雅に宙で一回転し着地するノエリア。

しかし、互角に見えた戦いだが、片や苦渋を片や喜悦を表情に浮かべていた。


「―――――フン。どんな小細工を使ったかは知らないが、万全には程遠いようだな」


「ぬかせ。貴様如きが我が全力に値するなど、思い上がりも甚だしい」


「あぁ、それは認めているさ。いかに純血とはいえど、単純な戦闘能力で貴様に並ぶものなど、『眠り姫』くらいなものだろう」


「戯け!あのような怠け者と同列にするでないわ!」


グリンハルドの言う通り、治療を受けたとはいえ、ノエリアの容体は万全とは言い難い。

なぜなら、メリルが知恵を絞った治療法は半分しか正解していなかったのだ。

生物として備わっている自己治癒能力の活性化という点は間違いではなかったが、その副作用である老化の防止は、失敗に終わっている。

無力化された鬼化の上書き。強力な薬の副作用を抑えるはずのそれは、不死殺しの呪いによって阻まれ、ノエリアの腕と足は百年を超える時を経ている。

それでも、表面上は治癒しているように見えるのは、吸血鬼と言う種族の長寿に救われたからだ。

数千年を生きる種族だからこそ、老化のペースは人間よりも遥かに遅く、百年程度では揺るぎはしない。

嬉しい誤算に助けられたノエリアだが、それでも百年に等しい間、動かさなかった筋肉は当然衰えている。

それこそ、万全とは言いが痛い、ノエリアの状態だ。


「だが、今の俺にはこれがある」


透過していくグリンハルドの体。

超人的な感覚を持つノエリアをもってしても、気配一つ感じさせないほどの隠密性を持つ『ハデスの兜』。

そして、その手には不死殺しの剣。1度目こそ、カルロの命がけの足止めと、メリルの機転によって救われたものの、2度目はない。

だが、その脅威の前に、ノエリアは不敵な笑みを浮かべ、エミルとカルロを囲う結界の上へと飛び乗った。


「―――――ふふん。姿が見えなかろうが、辺り一面破壊してしまえば同じことよ。

さぁ、カルロよ、やってしまうがいい!」


「阿呆か!んなことしたら、俺たちまで倒壊に巻き込まれるだろうが!」


「案ずるでない。そなたら2人を抱えて脱出することなど容易なことよ」


「それで仕留められなかったら、今度こそ詰むだろうが!そもそも、もう種切れなんだよ!」


「―――――なんと……!」


本気で廃墟ごとグリンハルドを葬り去ろうと考えていたノエリアは、カルロの怒号に、不敵な笑みを潜ませ、苦渋の表情を浮かべる。

実際は、エミルの魔法一つなのだから、種も仕掛けもないのだが、カルロの言う通り、廃墟を倒壊させるのは、最悪の悪手だ。

なにせ、仕留められたという確証が得られるまでの時間が掛かる上、廃墟の中という限定された戦場を広げてしまうことになる。

そうなってしまえば最後、不可視の吸血鬼を野に放つことになり、なにが起こったか分からないまま何人もの人間が殺され、遠からずノエリアもその凶刃にかかるだろう。

ここで確実に仕留めるために、死の危険性を増加させることになっても、挑発に挑発を繰り返したというのに、ここにきて当てが外れるという想定外は、まさしく最悪の一言。

最初から、エミルとカルロの二人でノエリアを救い出し、戦線へ復帰させるという細い細い綱渡りのような無謀な挑戦をどうにか成し遂げたというのに、またすぐに無理難題を押し付けられる。


「――――カルロ。顔怖いよ……」


「うむ、鬼ですら逃げ出す形相とはこの事だな」


「余裕だな、てめぇら……」


絶体絶命の危機だというのに、締まらないにもほどがある。

だが、本気か天然かと問われれば、間違いなく天然での発言であることは間違いないが、張り詰めていた緊張緩んだ。


――――あぁ、そうだった……ここにはこいつがいるんだ。だったら、負ける理由がねぇ!


いつだってそうだった。エミルにできないことはカルロが、カルロにできないことはエミルが、そして二人にできないことはメリルが、この3人が集まってできなかったことは何一つない。

今や、最恐としての地位を確固たるものとしている、エルス・アルヴィルでさえ、過去には下したのだ。

その姿が見えない程度のハンデでは足りないほどの格下如き、恐れる理由はない。


「――――ノエリア、上!」


「―――むッ!」


「―――なにッ!?」


そして、今までと同じく、カルロに出来なかった『ハデスの兜』、その隠密性の突破口を切り開いた。

無の空間から響く金属音。それは、剣と槍の剣戟の音。


「――――エミル、お前、見えてるのか?」


「うん。やっぱり、カルロ達には見えてない?」


カルロはおろかノエリアの目にすら、無の空間で槍が止まっているようにしか見えていない。

『ハデスの兜』。その隠密性は、やはり絶対的であることは間違いない。

だが、如何なる理屈か、エミルにはその隠密性は通用しない。


「フフン!これで、勝負あったな、グリンハルド!もはや、貴様の切り札は通用しない!おとなしく、我が槍の錆となるがいい!」


「――――ごめん、ノエリア。姿は見えるけど、動きは目に追えない……」


「そなた、我に恨みでもあるのか!」


「んなことより、せっかくのアドバンテージを、台無しにしてんじゃねぇよ……」


口を開くたび、威厳が損なわれていくノエリアは、恨みがましい視線をエミルに向ける。

尊大で凛々しく、男を手玉に取る傾国の美女という、長年を培い板につけたキャラ付けが、エミルを前にすると金メッキのようにぽろぽろ剥がれ落ちていく。

自らの美を至上と疑いもしないノエリアにとって、エミルは天敵とすら認定しかねないところだが、言わずもなが、命の危機に気にすることでない。

そんな馬鹿なやり取りをしている間にも、エミルが目を回すほどに、目まぐるしい動きでエミルの視線を振り切ろうとしているグリンハルドが哀れすら思えるが


―――――――足りなかったピースは揃った。これでチェックメイトだ、クソ野郎!


隠密性が通用しないとはいえ、全力で動き回るグリンハルドの動きを目で追うことやっと。野ウサギにすら魔法を当てることができないほどに、戦闘センスが欠けているエミルでは、グリンハルドに攻撃を当てることなど不可能。

縦横無尽に動き回るグリンハルドの動きに目を回しているエミルが、その行動をノエリアに伝え防ぐことなど、あと一度が限界だろう。


そして、唯一、グリンハルドに致命傷を与えることができるノエリアは、『ハデスの兜』によって姿を消しているグリンハルドを知覚できず、万全ではない状況故に、確実に仕留めるには逆に不意を打たなければならない。


かといって、廃墟ごと崩落させようとすれば、姿を見失い、暗殺されることは間違いない。

つまり、あくまでもこの場で戦う意思を持たせるためにも、グリンハルドに優位性を持たせなければならないのだ。


これだけの逆境を、一手にて覆し、グリンハルドを倒す一計。

無力なカルロが出来ることは、虚言を語り、騙し通すことのみ。

グリンハルド攻略のカギとなる、ノエリアに傷一つ付けられなかった、混血が落としていった歪に曲がった剣を手に、大きく息を吸い、最後に残る喜劇の幕を開いた。



ちなみに、物体を透過できるわけではないので、砂や蒸気を張り巡らせ、その揺らぎによってグリンハルドの位置を特定することは可能だったりします。


ですが、その時点でグリンハルドは自身の優位点がなくなったと判断し逃げられてしまうので、詰んでしまいます。


強力無比だが、動いている的には発動できないエミルの魔法。

見た目だけはそっくりだが、性能差が歴然な不死殺しの剣。

そして、グリンハルド主観によるカルロの立ち位置です。


ヒントは意匠凝らしたノエリアのゴシックドレス。

暗鬼を隠すにはうってつけの、スリットの入ったロングスカートや、余裕のある袖口。美人なノエリアにうってつけの、アダルト風に仕立て上げられています。


クイズ?クイズになるのか分かりませんが、暇つぶしにご一考をどうぞ。


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