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私の緑のドアはここですか?  作者: ひさし
真夏の夜に蠢く影
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XIII

「さぁて、そろそろ時間だが、答えは出たか?」


宣言した3分を超えた4分を経過したタイミングで、カルロは切り出した。

エミルに宣言した10分の時間稼ぎ。

その間、カルロを護るものは、口から出まかせのハッタリのみ。

事実、ノエリアの殺気を一度でも体験していなければ、グリンハルドの希薄に呑まれていただろう。

だが、それをおくびにも出さず、偽りの自身に満ちた声でハッタリを続ける。



「てめぇらをここに誘導し、気付かれずに、あんだけの大掛かりな罠を仕掛けることができた、俺の正体が」


当然、罠など仕掛けていない。

全て、そう見えるように、カルロが言葉巧みに思考を誘導したに過ぎない。

吸血鬼がこの場所を根城に選んだ理由も、見当は付いていたが、確証を持てるほどではなく、ただの鎌掛け。

カルロが仕掛けた種仕掛けはたったの一つ。

それは、カルロの掛け声に合わせて、エミルに魔法を使わせただけだ。

常識ではありえない、魔力量を持つエミルだからこそできる、荒唐無稽な荒業。

簡単な魔法しか使えないエミルだが、その子供ですら使える簡単な魔法だからこそ、長い詠唱も大掛かりな仕掛けも必要ない。

しかし、本来必要な何全倍の魔力量で発動する、その魔法は純血の吸血鬼の目さえ騙せるほどの高火力。

エミルを知らなければ、決して信じられることではない現象故に、都合よくあてはまる虚言は説得力を持つ。


「――――貴様、アルヴィル家の者か」


「御明察だ。流石に人間を敵視するにあたっての最大の障害くらいは知ってるようだが、甘ぇな。

てめぇら、うちの姫さん舐め過ぎだ。噂くらい聞いたことあるだろ、『ホノワリス』の後継者が現れたってな」


その魔導書の名が冠する畏怖は、怒りに囚われていたグリンハルドの目を覚ますほど。

世界最高峰の魔導書の一つとしてあまりにも有名すぎるが故に、その前評判だけですら、体の弱いエルスが未だにアルヴィル家の後継として名が上がるほど。

長き時を生きるグリンハルドは、その魔導書の恐ろしさを身をもって知っている。

否、忘れられるわけもない。四百年前の敗戦、その一因となった忌まわしき魔導書の名を、誰よりも人間を憎むグリンハルドが忘れられるわけもない。


「仮に、首尾よく俺らを殺せたとして、既にこの場所は、姫さんの部隊が包囲している。

詰みだ。直に夜が明け、日の光に弱い、お前らが勝てる道理はねぇ」


俯くグリンハルドの姿に、混血達の間にも絶望が拡散していく。

最大の障害であったはずのノエリアに目を向けている隙に、処刑台の準備はすでに整っている。

そうでなくとも、30を超えた吸血鬼たちは、ノエリアとエミルの攻撃にその数を10にも満たないところまで減らされているのだ。

そんな状況で、苦手とする光の下、アルヴィル家だけではなくホノワリスの後継者との戦闘が待ち構えている。

あまりに分かりやすい絶望的な状況。打開する方法などないと、心が折れかけていたときに、静寂に満ちていた広間に高笑いが響いた。


「―――――見事、見事だよ!奇術師、いや、詐欺師と呼ぼうか」


「――――へぇ……てめぇらを囲む包囲網がハッタリとでも言うつもりか」


「いや、それは本当だろうさ。我らとノーヴェンリシアを争わせ、戦力を削いだところに、前もって仕掛けておいた罠を発動させ、殲滅するつもりだったのだろう?

そして、貴様はその保険だ。我らを殲滅できなかった時、凶悪な罠をちらつかせ、夜明けまで我らをここで足止めするためのな!」


ギリッと、歯を食いしばるカルロに、愉悦を感じたグリンハルドは、さらに舌を滑らせる。


「弱小な種族故の小賢しさだが、悪くはない仕組みだよ。

だが、貴様は調子に乗り過ぎた。分かりやすい絶望的状況を押し付け、我らを降伏させる腹積もりだったんだろうが、それはあまりに不自然だ。

それでは、ブラフだと言っているようなものだ!クハハハハハッ!さぁ、否定できるものならば、否定してみろ詐欺師!」


真偽はともかく、カルロのハッタリは見破られ、その身を護るものは何もない。

混血ですら、手に余るカルロの実力では、純血たるグリンハルドの相手はあまりにも荷が重い。

立場は逆転し、絶体絶命の状況へと追いやられるカルロ。


―――――だが、その表情は笑っていた。


おかしくてたまらない、グリンハルドの告発を、湧き出る笑みを噛み殺し、口を開く。


「――――――ここを突破できたとして、ホノワリスを攻略できるとでも言うつもりか?」


「当然だ。むしろ好都合よ。この兜があれば、誰も俺を認識できない。

離脱するついでに、その首を刈り取ってくれるわ!」


なるほどと、カルロは頷く。

確かに、いかにエルスと言えど、初見で、あの隠密性を打ち破るのは難しいだろう。

未だ夜は明けず、闇の帳が広がる空の下では、気がづくことなく殺されることとだろう。


「まぁ、それも、ここを生きて出ることができたらの話だけどな……」


「フンッ!強がりもそこまでだ。貴様を殺し、ノーヴェンリシアを殺す。

大いなる障害であるホノワリスをもここで討ち取り、我が復讐を果たす!」


「――――そうか。ところで、聞きたいんだが、お前らがここで足止めされて何分経ったと思う?」


「何分経とうが、夜が明けるまでには、まだまだ時間はある。

貴様らを縊り殺すには十分な時間だ」


再び高笑いが鳴り響く。

凶悪な人相で、凶悪な声で、あまりにも見当違いなことを吠えるグリンハルドが滑稽なあまりに、抑えきれない笑い声は、広間に鳴り響いた。


「―――何が可笑しい……!」


「―――あぁ、悪いな。種明かしをするとだな、俺が待っていたのは夜明けじゃねぇんだ」


じゃらりと、鎖のついた懐中時計を見せつけるように垂らす。

カチリカチリと時を刻む秒針が、『Ⅵ』を示す。


「俺にとっても夜明けってのはリミットでな」


カチリカチリと秒針は『Ⅶ』を刻む。


「俺が待っていたのは、夜明けなんてたいそうなもんじゃねぇんだ」


『Ⅷ』


「てめぇの言う通り、とっくに俺は丸腰。その状態で10分を稼ぐこと」


『Ⅸ』


「なかなか面白い即興劇だったろ?追い詰められた後の逆転劇、そりゃあ、気分よく舌も載るってもんだ」


『Ⅹ』


「口下手なもんでな。俺が語り部で10分間楽しませてやりたかったんだが、悪ぃな。手伝ってもらってよ」


『Ⅺ』


「もういい、貴様の声は耳障りだ。今すぐ、その首を胴体から切り離してやる」


「まぁ、待てよ。残り5秒、面白れぇもんが見れるぜ」


そして、秒針が『Ⅻ』を刻んだ時―――――――――――広間を封じていた氷の絶壁が砕け散った。


その破片を掻い潜り、疾る影は白金。


目にもとまらぬその影は、残っていた混血をまとめて廃墟の外へと吹き飛ばす。


驚愕に表情を染めるグリンハルドへ、閃光の如き銀閃が、煌めいた。


「よくぞ、成し遂げた!その勇気と智謀、褒めてつかわそう!」


「後は頼むぜ。単細胞相手とはいえ流石に骨が折れたぜ」


ガキンと、火花を散らす金属音が響く。


「うむ!この、ノーヴェンリシア・ヒルト・キルストフィーア!そなた等の期待に必ずや応えて見せよう」


不死殺しによって負った傷は塞がり、戦場に舞い戻った美しき吸血鬼は、獰猛な笑みを浮かべ戦闘本能を剥き出しに、槍を振るう。


その勢いに押されたグリンハルドは、後退を余儀なくされ、憎しみを込めた声でその名を呼んだ。


「ククク、括目するがいい、グリンハルド!

我が友が命を懸け託した想いをもって、貴様の憎しみを討ち払おうぞ!」







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