Ⅻ
「―――奇術師、だと……」
既に治癒したとはいえ軽くはないダメージを負わされたグリンハルド。
己が上位種であることを疑いもしないグリンハルドにとって、人間に傷を負わされたことは、この上ない屈辱として、憤怒を孕んだ視線がカルロを射抜く。
「あぁ、渾身の手品だ。楽しんでもらえたか?」
だが、暴力的とすらいえるその視線にさらされても、カルロの笑みは崩れない。
委縮どころか挑発を返すカルロに、グリンハルドの視線に疑惑が生じた。
如何に混血と言えど、10を超える者達の攻撃を完全に防いだ結界、純血たるその身に血を流させる程の光。
それほどの大魔法を、何の準備もなしに一言では放つことができるはずがないのだ。
ならば、前もってこの廃墟に仕掛けを打っていたということに他ならない。
「だったら、次の疑問が沸くよな。
何故、この場所を根城に選ぶことを予測できたか。
まぁ、こいつは、疑っちまえば簡単すぎるわな」
「――――すべては掌の上だったということか……!」
「御明察だ。さぁ、考えてみろ。その前提条件の上で、俺が何者かをな。
制限時間は3分だ。お前らだって、何も知らないまま、殺されたくはないだろ?」
一段と濃くなった殺意に、嘲笑を返す。
純血はおろか、混血にすら劣る人間が、たった一人で数すら劣る状況を支配している。
なにせ、たとえ姿を消すことができたとしても、攻撃を透過できるわけではなく、光の速さで迫る雷刃は、いかに純血の能力をもってしても不可能。
その命は、すべてカルロの掌の上。
ノエリアを追い詰め、全ては計画通りと浮かれていたところに、冷や水を掛けられたかのような絶体絶命の状況故に、吸血鬼たちは、カルロの問いを無視できない。
そこに、この窮地を脱する真実があるかもしれないという、僅かな希望を持って。
――――――――これで、3分は稼げる。残り7分、頼むぞエミル
だが、その真実は、膠着した状況を作り出している事実とは、大きく異なっていた。
「ノエリア、周りに吸血鬼の気配はある……?」
「全て、あの広間に集まっているが……いったい、これはどういうことなのだ……?」
「ごめん、時間がないから、後で説明する。
取りあえず、傷口を見せて」
救い出されたノエリアは、まったく状況を把握できないまま、流されるままエミルの治療を受ける。
清潔な布を取り出し、傷口に押し当て止血を始めるエミルは、やはり、ノエリアの知っているエミルだ。
だからこそ、余計に理解に苦しむ。エミルとカルロ、この二人が、この場所を知ったのはノエリアと同じ時。
その時には既にグリンハルド達の根城と化していたこの廃墟に、大規模な仕掛けを前もって準備しておくことなどできるはずもない。
ならば、本当に、あれほどの魔法を自由自在に操れる手練れなのかと言えば、ノエリアの殺気に簡単に呑まれていた二人に、そこまでの力があるとは思えない。
理解不能な状況が立て続く状況に、気持ちが浮ついてる時、この場に不釣り合いな声が聞こえた。
「――――うん。今のところは予定通り。
外傷は、右腕と左足太ももに裂傷。特に左足は、貫通してる」
『予想以上に酷い傷ですね。右腕は、止血が終わったら縫合を。
それと、魔法による治癒は出来ませんか?』
「うん。どれだけ魔力を込めても、弾かれてるみたい」
『わかりました。ノエリアに変わってください。
ノエリアですか、時間がないので、聞かれたことだけに答えてください』
エミルから電話を受け取った先には、メリルの声。
いよいよ思考を停止するレベルで、事態が呑み込めない、ノエリアは、メリルの言葉に反して口を挟んだ。
「まて、待て待て待て!いったい、我の知らぬところで何が起こっておる……!
そなたらが、我を助けに来たのは理解できる。だが、何故この場所で治療を始めなければならぬ。
そもそも、あの魔法は一体何なのだ!」
如何に数千年を生きるノエリアとて、こうも未知に続く未知が続けば取り乱しもするだろう。
だが、エミルたち3人にとって、今や、一分一秒を惜しむ程に早く、ノエリアを回復させなければならないのだ。
『混乱するのは分かります。ですが、今は説明している時間はありません。
一つ言えることは、貴女の力が必要なんです。だから、今は私たちを信じてください』
「――――――何を聞きたい。時間がないのであれば、疾く始めるがいい」
『感謝します。では―――――――――』
メリルの真摯な問いかけに、問いただしたい気持ちを抑え込み、メリルの質問に答えていく。
吸血鬼の復元能力・ノエリアに傷を負わせた剣・傷の状況。
本来、如何なる傷も、時間経過により治癒する吸血鬼の治療と言う未知の領域。
それも、不死殺しの剣という、神の御業すらも関与してくる、難関極まる診断は、如何なる医師ですら匙を投げだすだろう。
だが、ここで投げ出せばカルロは間違いなく死ぬ。
傷を負って逃げられないノエリアも、エミルも、そして多くの人がその襲撃に巻き込まれるだろう。
その重すぎる事実を背負い、思考を回し続け、答えを弾きだした。
『――――ッ、兄さん!銀色の蓋がしてある、薬品を取り出して下さい!』
ここに至るまで既に8分という時間が経過している。
カルロが確約した時間は10分。
もはや、一刻の猶予もない状況の中、僅かな可能性を導き出した。
『―――いいですか、兄さん、ノエリア。この際分量は無視します。
兎に角、その薬を投与して傷が治ったら、すぐに鬼化させてください』
メリルが導き出した答え。
それは、不死殺しが残した傷の、仕組みの解明だった。
吸血鬼の復元能力は、文字通り復元。鬼化したその時の状況へと肉体を巻き戻す力。
その復元能力が機能せず、尚且つ、止血により血が止まり、魔法による治療が聞かないことから、不死殺しの力の正体は、不死を可能としている復元能力の無力化及び、神秘による治療の阻害。
つまり、生物として備わっている自己治癒能力までは失われていないのだ。
エミルが取り出したのは、細胞の分裂を活性化させ、自己治癒能力を活性化させる、『科学』サイドの薬品。
外傷に対して万能ともいえる薬だが、当然、副作用は存在する。
副作用と言うよりも、生物に備わっている当然の機能である老化を促進させる薬でもあるのだ。
本来分量を守らなければ、瞬く間に、細胞が老化し、病を発症。
それらが伝染し、死に至ることすらある劇薬だが、一秒を争う今、傷の深さから分量を量っている時間はない。
けれど、その老化を防ぐための手段こそ、鬼化。
不死殺しによって失われている、吸血鬼の復元能力を、自らに施すという本来ならば意味をなさない行為。
それどころか、傷のある状態で鬼化しようものなら、いかに傷を塞ごうとも、その状態へと復元してしまうため、万全の状態でなければ悪化させる恐れすらある。
故に、傷が治った直ぐでなければ、老化してしまう恐れがあり、傷が治る前であれば、永遠に傷が残った状態になってしまう、危険な懸け。
「――――いくよ、ノエリア」
「―――うむ、任せておくがよい




