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私の緑のドアはここですか?  作者: ひさし
真夏の夜に蠢く影
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コツコツと、静かな廃墟に足音が鳴り響く。

自らこそが至高の美と言い張るだけはあり、ただ歩いているその姿でさえ、神々しさすら感じさせる

もっとも、口を開かなければという保釈が付くのだが。

元々は病院であった、この廃墟は部屋数が多く、三階建ての構造になっている。

その最上階である三階の探索を続けていたノエリアは、とある一室にて足を止めた。

もっとも、壁を破壊し無理矢理広げられた、この空間を一室と呼べるか難しいところではあるが。


「――――ようやく、逃げ回るのは終わりか。まったく、このような場所に隠れよって、我のドレスが汚れたらどうしてくる」


「それは申し訳ない、ノーヴェンリシア様。

ですが、それも、貴女様を歓迎するが為の事。

しばし、我慢していただけると幸いにございます」


柱の陰から、カルロを襲った、金髪の女が現れ、優雅に一礼をする。

言葉こそ丁寧ではあるものの、慇懃極まりない、白々しい態度に、鼻を鳴らした。


「歓迎する意思があるならば、即刻その首を捧げよ。

後に、記念撮影を行う予定があるのでな。

これ以上、ドレスが汚れ、不格好になるのは耐えられるものではない」


意向を凝らした黒衣のゴシックドレス。

動きやすいようにロングスカートには切れ目が入っているものの、決して先頭に赴くような恰好ではない。


「嘆かわしい……我らを統べる、貴女方、純血がなぜ揃いも揃って、下等な人間風情を恐れ、夜の民と蔑まれることを受け入れているのか!」


人間と馴れ合い、夜の民であることを受け入れているノエリアに、若き吸血鬼は声を荒げ、異を唱える。

その怒号と共に、次々と影から人影が現れ、瞬く間にノエリアを囲い込む。

その数は、30にも及び、各々が半月を描いた歪な剣を手にしていた。


「どうか、今一度お考えを。

貴女様の御力の下、我々を従えるのであれば、人間など遅るに足らず。

家畜でしかない下等生物に、誰が真の支配者か思い出させてやりましょう」


熱弁を振るう吸血鬼だが、口を開けば開くほどに、ノエリアの気持ちは冷めていく。

何故、吸血鬼を含め、多くの種族が能力的に劣る人間への侵略を行わないのか、少し考えればわかることを、何故理解しないのか。


「――――否と答えたら」


「我々の障害となる者を生かしておくわけにはいきません。

申し訳ありませんが、ここで朽ちていただきます」


分部不相応な物言いに、もはや、言葉すら出ない。

それどころか、あまりの愚かさに、頭を掻きむしり、世の混血を根絶やしにしたい衝動にすら襲われる。

古の契約により、法を破るものを処断してきたノエリアだが、勿論進んでやっているわけではない。

本音を言えば、救いようのない愚か者の相手をしている暇があるのなら、絶世の美をもって人の世に進出し、華々しいデビューの元、称賛の嵐を浴びたいのだ。

無論、自らを安く売り見世物になるつもりなどない。

その美と同じく隔絶した力を持って、世に知らぬものなし、この世で最も美しく強いハンターとして名を馳せる。

度重なる勧誘や取材を跳ね除け、僅かばかりその姿をちらつかせ、称賛と憧憬を集め、一目その姿を見るたびに世界中から人が押し寄せるような存在になるという夢があるのだ。


「――――――愚か、愚か愚か愚か愚か!愚昧ここに極まったな!」


だというのに、現実は、こんな埃が舞う廃屋で、救いようのない愚者を裁くために世界中を飛び回らなければならないのだ。

何たる理不尽。何たる無情か。その嘆きと憤りは、覇気となって世界を侵食した。


「――――――よく聞くがいい愚か者ども!」


ふりまかれる濃厚な覇気は、物体にすら影響を及ぼし、廃墟のいたる所に亀裂を生む。

取り囲んでいた吸血鬼たちは、直視すら叶わぬ圧力に、知らずの内に身を引く。

忘れていたわけでも、知らなかったわけでもない。

しかし、目の当たりにすると畏怖の感情が抑えきれない。

それこそこ、世界有数の強者であり、吸血鬼を統べる、王たる純血の力。


「答えは否だ、愚か者ども!

もはや、貴様らにくれてやる言葉など持ち合わせてはおらん!

―――――――――――――――――即刻、我が前に屍を晒すがいい!」


大喝破と同時に、大気が弾け、轟音と共にその姿が消える。

轟音の正体は、ノエリアがの踏み込みに耐えきれずに崩れた、廃墟の床の破砕音。

そして、コンマ数秒遅れで発生した、外壁をぶち抜いた音だった。


「――――――せめてもの慈悲よ。苦しむことなく死なせてやろう」


ごとり、と絶命した吸血鬼の屍が力なく廃墟の床へと倒れ込む。

如何に強靭な生命力を持つ吸血鬼と言えど、心臓を中心に大穴を開けられて生きてはいられない。

ノエリアとぶち抜かれた外壁の直線上にいた、3人の吸血鬼は、その手に持った白銀の槍によって、知覚することすらできず、一突きでその命を詰まれた。

包囲網を容易く破られ、一突きの元、3人もの仲間を殺された混血らに、動揺と恐怖が伝染していく。

殺された混血らのすぐ隣にいた吸血鬼は、半乱狂となり、剣を振りかざすも、受け止めた指先の皮一枚すら切り裂くこともできず、その剣ごと、頭部を破壊され絶命する。


「――――――真に愚かなことよ。このような偽物で、我に勝てると思うたか」


混血の吸血鬼たちが揃って手にしている半月を形どった剣は、不死殺しとして有名な『ハルパ―』を模したものであり、混血相手であれば十二分に効力を発揮する代物。

だが、所詮は偽物でしかない。純血たるノエリアには、肌に傷一つ付けることすら不可能。


「これで終いか。ならば、疾くと散るがいい」


宣言通り、戦いにすらならない、一方的な裁き。

四方から跳びかかろうとも、ノエリアには傷一つ付けることすら叶わず、一突きの下、命を散らしていく。

30もの混血、そして、不死殺しの偽物。

用意されたていた罠を正面から捻じ伏せた、ノエリアは退屈な作業を早々に終わらせようと、向かってくる混血達を貫いていたとき、目に視えない何かが、ノエリアの腕を貫いた。


「―――――――なに……!」


血が滴る腕を、強引に振うが、手ごたえは帰ってこない。

理解が追いつかず、次には、左足の太ももへと突き刺さった。


「――――――ぐぅ……!」


激痛と、刃に貫かれ力の入らなくなった脚は、無双の強さを誇っていたノエリアに膝をつかせる。

本来ならば、心臓を貫かれようとも瞬時に治癒、復元するはずの傷跡は、一向に治癒する気配を見せることなく、傷口から鮮血が溢れ、白い肌を赤に染める。


「クハハハハハハハッ!無様だな、ノーヴェンリシア!」


高笑いを響かせ、無の空間から長身の男が現れる。

その手には、混血達と同じ、半月を形どった歪な剣。

頭には、蜷局を巻いた黒い帽子をかぶり、膝をついたノエリアを喜色を覗かせ見下ろした。


「――――――グリンハルド……!貴様、四百年前の敗北を忘れたか!」


現代に生きる、数少ない純血の吸血鬼の一人。

グリンハルド・ヴァン・イグリシアは、長い牙を剥き、首を横に振った。


「忘れるわけがないだろう。餌でしかない人間如きに敗れ、見逃された屈辱を……!」


その瞳に憎悪の炎を燃やし、敗戦の記憶を思い出す。

爪も牙も持たず、身体能力も魔の適正すらも劣る人間に、吸血鬼と言う種が破れた歴史を、その戦いの中にいたグリンハルドが忘れるはずもない。

故に、混血達とは違い、人間を見下しはするものの、侮ることはない。

グリンハルドの明確な敵として、人間という種は存在している。


「安心しろ、ノーヴェンリシア。俺とて無策で人間に敵対するわけではないさ。

四百年前の敗戦で、地に墜ちた我らが誇りを取り戻すため、力を手に入れたのだ。

――――――だが、まだ足りない。人間たちを確実に滅ぼすためには、更なる力が必要だ」


グリンハルドの目的は、一貫して人間への復讐。

ノエリアの討伐は、その足掛かりでしかない。

四百年もの間、消えることのない憎しみの炎はその勢いを弱めることなく、今もなお、燃え盛り、ついにはノエリアをも追い詰めた。

愚か者の一言では済まされない、深い執念を、ノエリアは見誤っていた。


「俺の復讐のために、お前は邪魔だ、ノーヴェンリシア。

ついでに言えば、牙を抜かれ、人間如きに従うお前は、見るに堪えん。

――――――――――故に、ここで死ね」





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