Ⅷ
「断る」
取り入る隙もなく、拒否の返事をを告げたカルロは、何事もなかったかのように、帰宅しようとするが、振り返る素振りもなく帰ろうとするカルロを、ルルーナは、丸太のように太い腕にしがみつき引き留めた。
「少しは事情を聞こうってきにはならないの!」
「ならないな。精々気をつけて帰れよ。」
「待って!待ってってば!こんなに物騒な時に、女の子一人置いて帰るとか、男としてどうなの!」
「俺は怪我人だぞ?もしもの時、護ってやれる保証はない以上、お前が俺をお供にする理由がない。
ついでに言えば、俺はお前が嫌いだ」
「ついでで、キツイこと言わないでよ!
わ、私だって、好きでカルロ君にお願いしてるわけじゃないんだってば!」
引きずられながら、わーきゃーと喚き、周囲の視線が痛くなること300m。
あまりの鬱陶しさに、根気負けしたカルロは、大きなため息をつき足を止め、一目でわかるほどに迷惑そうな顔でルルーナに視線を向けた。
あからさますぎる表情に、僅かばかり尻込みするが、あっさりと割り切った。
「悪いとは思ってるの。私だって、出来ればロングベル君と一緒に帰りたかったんだけど、編入したばっかりで遅れを取り戻すための個別授業があるから、下校時間ずれてるから……」
「だったら、大好きなお兄ちゃんと一緒に帰ってやればいいだろうが」
「―――――何度も訂正してるけど、私はブラコンじゃないからね……!
お兄ちゃんは、ギリギリまで勉強を見てもらってる。
もうすぐ試験だし、お兄ちゃんの事情に理解のある先生の面子の為にも、赤点じゃ申し訳ないからって」
「だから俺ってか?お前ら兄妹は俺を何だと思ってやがる……」
「ほら、カルロ君って、いざって時に頼りになるじゃない?
――――――それに、御相伴にあずかれるかもしれないし……」
「聞こえてんぞ」
そもそも、この時世に遅くまで補習を受けさせる学校側の判断が間違っているとか、送り迎えくらい、ルギニアならば抱えて数分で済むのだから、安全ベルトなしのジェットコースターくらい我慢しろだとか、言いたいことはいくらでもあるが、ぐっと飲みこむ。
なにを言ったところで、ルルーナが引くことはないと知っている。
だが、このまま、なし崩しに護衛役をやらされるのも面白くない。
「だったら、姫さんに話を通してやるよ。
アルヴィル家の護衛だったら、文句はねぇだろ」
その言葉にルルーナは顔を顰める。
しかし、エルスの本性を知っているのならば、その反応も理解できるのだ。
将来性を認められ、ハクの元、訓練をしているカルロでさえ、個人的な理由ならば、一蹴されるだろう。
だが、そこにエミルが関われば話は別。エルスもカルロも、未だにルルーナがエミルに深く関わることを良しとしていない。
もっとも、それでも、受諾されるかは半々。後の半分は、危険だのなんだのでエミルを誤魔化し、エミルの口添えによるダメ押しがあれば、無碍にはされないはずと、確かな勝算がある。
しかし、ルルーナが顔を顰めていたのは、カルロの要求が通るかどうかの心配ではなかった。
「――――そこまで露骨に避けられると、ちょっと傷つくんだけど……」
「だったら、俺なんぞに関わらなくて済むように、友達でも作るんだな」
その言葉に対する答えは苦笑いと溜息。
ルギニアが心配していた通り、編入して以来、まともに付き合いがあるのは、エミルの関係者だけ。
それは、編入前の学園でも同であり、共通してルルーナは同性に敵を作りやすい。
なにせ、強面であるカルロの元に一人で訪れるような度胸と行動力を持つルルーナが、協調性など持っているはずもなく、かと言えば、優れた容姿は異性を惹きつける。
当然、全て断りの返事なのだが、それでも気に入らない人間はどうしても出てくるだろう。
泣き寝入りするタイプでもなければ、エミルを始め、敵に回せば破滅する人たちとの交友があるおかげで、表立ったことこそ起きていないものの、孤立するには十分すぎる理由だ。
もっとも、孤立したところで、センチメンタルになることもなあたり、可愛げの欠片もないと、一切同情することもなく、沈黙を保ったまま帰路を歩むのだった。
「――――――なにやってんだ、お前ら?」
ようやく、静寂を取り戻したロングベル家。
だが、そこに勝者は誰もいなかった。
理想の猫の写真を撮れず、しょんぼりとしているエミル。
理不尽に巻き込まれ、ぐったりとしているメリル。
そして、試合に勝って勝負に負けたノエリア。
特にノエリアに至っては、全身から漲っていて自信が消え、自慢の白金の髪がくすんで見えるほどだ。
静寂よりも、無気力という表現が正しい空間を見た、カルロとルルーナは当然首をかしげるしかなかった。
「事情は理解したんだが……」
エミルが異常なのであり、健全な男である、カルロにとって、黙っていれば美人であるノエリアは、目のやり場に困り、同性であるルルーナも憂鬱な面影に見惚れていた。
「―――――うむ、うむ。それでこそ、健全な男よ。
もっとも、我は負けを認めるつもりなどないがな!」
そして、他者による称賛の声を何よりも気にする、ノエリアは、その視線で傷ついた自尊心を回復させ、代わりに、メリルは項垂れ、カルロとルルーナは残念な人を見るよう視線になっていく。
唯一変わらないのは、未だにカメラを弄りながら「猫の写真……」と呟いているエミルだけ。
「特別な事情ってのは、吸血鬼の事か?」
「――――――うむ。もはや、隠しても無駄のようだな。
ならばよい。我が目的は、規律に反した同胞の処罰だ。
遅れてすまぬが、昨夜の蛮行は、同胞に変わって謝ろう」
「見てたってことは、あいつが逃げたのは、あんたが近づいてきたからってことか」
カルロと強襲してきた吸血鬼が戦えば、間違いなく吸血鬼に軍配があがる。
1分の時間稼ぎですら、五分五分。それほどの存在が恐れる、ノエリアの実力は格が違い過ぎる為、想像すらできない。
「同胞と呼んではいるが、我とあやつらでは、血統も積み重ねた年月も訳が違う。
あやつらは、我ら純血よりその身を鬼へと変貌させた、いわゆる混血。
純血である我らは数千年の時を生きるが、あやつらは数百年程度のひよっこよ」
人間にとって一生は長くても百年。
人間であるエミルたちは、数百年を生きる者たちがひよっこと呼ばれることに違和感を感じざるを得ない。
それが、散々にぽんこつ具合を見せたノエリアの口から語られるのだから、より一層と言った感じなのだが、その言葉は不思議と嘘ではないと理解させられる。
その理由は、ノエリアの口から語られた。
「吸血鬼という種族は、多くの種族の中でも上位に位置する能力を有しておる。
故に、若き者たちは勘違いをするのだ。我らこそ、世界を支配する種族であるとな。
そのような愚考は千年も生きれば、間違いだと気付くのだ。
我らは確かに強者である。しかし、個として強者であることは集団において強者であるわけではない。
見るがいい、この地上においてもっとも繁栄しているのはどの種族か。
我ら吸血鬼か?神の使いである天使か?最強種である龍か?
否である。脆弱な体であり百年も生きられぬ、そなたら人間よ。
その昔、人間と吸血鬼の争い、そして我らは敗北したのだ。
混血だけではなく、純血の者ですら、幾人も打ち取られ、我らは滅亡の寸前まで追い詰められたことすらある」
遠い過去を思い出し、敗戦の記憶を語るノエリア。
その表情は苦渋ではなく、全てに納得した静寂だった。
「故に、我らは夜の民となることを決めたのだ。
日の下、力が弱まるという理由ではなく、滅亡を回避するために。
故に案ずるな、人の子らよ。我は法の守護者にて、罪人を裁く断罪者。
あやつらは、この我が処断すると誓おう」