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私の緑のドアはここですか?  作者: ひさし
真夏の夜に蠢く影
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その発言は、まさに、火薬に火を近づけるようなものだった。

エミルに悪気は一切なく、ただ純粋に、見たこともないほどに美しい猫を、写真に収めたい。

ただ、それだけのことだが、自分の容姿に絶対の自信を持つノエリアにしてみれば、その美貌に見惚れるどころか、猫の方がいいと言われたようなもの。

怒るだろう。怒るに決まっている。こと美に関してはそれこそ、餌を横取りされた猫以上に怒り狂うに決まっている。だからこそ、そうなる前に、メリルは逃げておきたかったのだが、時はすでに遅し、もう、どうにでもなれと、ぐったりとしていた。


「―――――ふむ。照れることはないぞ、少年。

確かに、我は美しからな。少年期に直視するには、いささか刺激が強かろう。

だが、我は寛容だ。夢の中まで、欲望を抑えよとは言わぬ。

必要とあらば、我個人の写真も撮らせてやろう。さぁ、撮るがいい」


しかしノエリアの自尊心は、その程度では揺らがない。

メリルの時と同様に、エミルの台詞を都合よく解釈してしまう。

なぜなら、ドレスに収まりきらない豊満な胸も、スリットの入ったロングスカートから覗く、しみ一つない美脚も、思春期でなくとも、男であれば一度は夢を見るであろう肢体を前に、何も感じない男などいないと絶対の自信を持っているからだ。


「いえ、猫の写真が撮りたいんです」


しかし、何事にも例外はつきもの。

AVといえば、アニマル動画であり、本のカバーを変えて本棚に収めてあるのは猫の写真集。

思春期には付き物である性欲をどこかで落としてきたエミルには、絶世の美女であろうと、その魅力は、猫に勝ることはなかった。


「―――――のぅ、メリル。もしや、あれは女子おなごなのか?」


「そう信じたほうが、傷つかずに済みますよ……」


「おかしいであろう?男であれば、我に情欲を抱くのは自然の摂理と同義。

その昔、幼い女子にしか興味のない変態ですら、我が美脚の美しさに、踏んでくれと城を傾けたほどであるぞ」


「―――――踏んだんですか、それ?」


「いくら我が寛容であれど、度し難い変態にくれてやる慈悲はない。

例えを上げればきりはないが、我が美は傾国。それこそ、いくつかの歴史書すら記されているほど。

悟りを開いた僧ですら、魅了する我が美に何故靡かぬ」


「度し難い変態ということで納得してくれません?」


「その変態ですら、我が美の前に跪いたのだ。

もしや、衆道のものか?


「それはありません、絶対です」


「お、おぉう。なれば、刺激が足りぬということだな。

まったく、可愛い顔をして貪欲なものよ」


ロングスカートから僅かに覗かせていた美脚を、スリットを開き、下着のラインが見えるギリギリまで露出させ、魅惑の谷間を強調する前かがみのポーズで、エミルを悩殺しようとする。

同性のメリルですら目を奪われる肢体にエミルは


「行儀が悪いですよ、ノエリアさん」


まさしく一蹴だった。


「メリルもそうだけど、いくら家の中だって言っても、だらしないですよ。

親しき中にも礼儀あり、服装の乱れは心の乱れです」


悩殺ポーズのまま、説教を聞いている、その光景はあまりにも滑稽。


「淑女が無暗に肌をさらすものではないと、ハクさんも言っていました。

それに、その……まだ、なんですよね……?

だったら、猶更、勘違いされるような恰好は控えたほうがいいですよ」


「な、なななななななにを言っておる!三千世界の頂点に立つ我がお、未通おぼこなどと、無礼千万にもほどがあるぞ!」


呆然から一転、怒りか羞恥か、白い肌に朱が色づく。

動揺を隠せず、必死の形相で怒鳴る反応は、まさしく生娘のそれ。

自己至上主義の痛い人から、生娘であることを隠そうとしている背伸びをした可愛い人に変わった瞬間だった。


「―――――ノエリア」


「そ、そうだ!メリルよ、あの思い違いをしている愚か者の目を覚ましてやれ」


「良いじゃないですか。相手がいなかった、それだけの事です。

決して、ノエリアがへたれだというわけじゃありません」


慈愛顔で窘めるメリル。

一時は話を聞かない傲慢な人と避けていたが、背伸びをした可愛い人と思うと、気付かずに優しくしなっていた。


「違う!違うとっているだろう!そもそも、なにを証拠に我を貶めるつもりだ!」


「―――――え?だって、左手に指輪してませんし、まだ未婚ってことですよね?」


エミルの主張に、ノエリアは全く理解できなかったが、メリルは納得したように頷いた。


「とある事情で兄さんの価値観は、恐ろしく古風なんです。

一夫一妻が当然。婚前交渉などもってのほか。つまり、未婚と言うことは、未経験ということです」


「何処の箱入り娘だ!し、しかし、ならば証拠はないということだな!

―――――ふ、ふん!よく聞くがいい、我はいかなる美姫よりも美しき傾国よ!

掛けられた声は星の数よりも多く、その美しさは、いかなる宝石すら霞み、寵姫に迎えようと争いすら起こる至高の玉なのだ!」


「――――――でも、応えたことはないんですよね?

いろんな魅力を持った人に声を掛けられて、それでも貞操を守るなんて尊敬します。

そんなノエリアさんだからこそ、多くの人から想いを寄せられたんですよね」


「ち、違う……わけ、ではない……の、だが……」


真実、尊敬すような眼差しが、ノエリアの言葉を詰まらせる。

ノエリアが自身に課す理想は、男を手玉に取る、色気漂う大人の女だ。

しかし、エミルが尊敬するのは貞操が固く、想い人以外には決してその身を許さない、貞淑な淑女。

世界有数の見栄っ張りである故に、未だに処女であることを認める辱めと、エミルの尊敬する淑女であると言い張る見栄が、天秤で揺らめく。

尊大なノエリアの表情が苦悶に揺らめくさまを、怒りを忘れ憐れむメリル。

歯を食いしばり悩むのは、女としてのプライドか、たった一人の尊敬か。

傾いて天秤は


「―――――う、うむ。我が美に価値をつけようなど無粋極まるものばかりだったでな。

まったく、我に釣り合う者が現れるのは、いつの世になるのか……

だが、我を生娘だと侮るような輩に、我の相手は務まらぬ。

故に、よいか、このことは決して口外するでないぞ」



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