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私の緑のドアはここですか?  作者: ひさし
真夏の夜に蠢く影
14/35

「ロングベル君って、お姫様と付き合ってるの?」


放課後の帰り道、改めて事情を聴いたルルーナの感想はそれだった。

毎日、エルスのためにお弁当を作り、休みの日には屋敷へ出向き、身の回りの世話をする。

恋人というよりも、従者といった方が適切な関係なのだが、実際にはエルスの方が、エミルを先輩と呼称し慕っているのだ。

さらに言えば、エルスを名前で呼ぶことを許されているのは親戚を除けば、エミルだけ。

ルルーナが、エルスちゃんと読んだときには、絶対零度の眼差しで、粛々と呼び方を矯正さている。


「あはは、よく勘違いされるんだけど、僕とエルスはそういう関係じゃないよ。

僕もエルスも、今の関係が一番いいと思ってるから、それ以上進むことはないよ」


「ふーん、そうなんだ……」


いまいち納得のいかないが、エルスに関することに興味半分で首を突っ込もうなら、どんな厄災が降りかかってくるか分かったものではない。

いくら肝が据わっているからと言って、いつも無謀な行動をとるわけではないのだ。


「でも、大変じゃないの? 毎日、お弁当作るのって?」


「元々、カルロとメリルの分まで作ってたから、負担に思ったことはないかな」


理不尽と、自分でも理解しているが、毎日、手作りのお弁当を食べているカルロへ一段と怒りが増した。

こんなに優しくて、可愛い男のが幼馴染にいるなんて、人生はなんて不平等なのだろうと、兄妹そろっていいちいち、スケールを大げさにしながら、肩を落とす。


「―――――――はぁ、いいなぁ。私なんて、いっつもパンとジュースなのに……」


「ルルーナさんは、料理しないの?」


「私だけじゃなくてお兄ちゃんもだけど。

私の一家って、不器用っていうか、結構おおざっぱだから、いっつも出来あいの物か出前で済ませてるの」


その寂しい食生活を聞いた瞬間、エミルの足が止まった。

別に、出来あいの物や出前を否定するわけではない。

エミル自身、エルスの昼食を任されるまでは、頻繁ではないものの時間のないときは、そういう食事をとっていたこともある。

だが、しかし、それが毎日となると、話は違う。

毎日、炊事することは大変だということは、身をもって知っている。

しかし、それでも、大切な家族の為に、暖かな食事を準備し、団欒の時を過ごす。

それが当たり前の常識と信じていた、エミルは思わず足を止めてしまった。


「お兄ちゃんも、今日は補習って言ってたし、今日も適当にすませて――――――――」


いつも通りの食生活を送るつもりで、なにを買って帰ろうかと、考えようとしていたとき、温厚なエミルが、見せたことのない必死な表情で、ルルーナの手を取った。


「ルルーナさん、今日、僕の家に来ませんか?」














「――――――どうして、ここにいるんだ?」


「それはこっちの台詞なんだけど?」


方や呆れを、方や怒りを孕んだ声で、本来、顔を合わせるはずのない場所で、この日、二度目の顔合わせとなったカルロとルルーナは、同じ疑問を口にした。


「俺の親が、泊まり込みの時は、ここで飯を食うんだよ。

――――――さぁ、俺は答えたぞ?」


ここにいる理由を催促されるが、明後日の方を向き、言葉を詰まらせる。

幼馴染らしい、あまりにも真っ当な理由に比べ、情けなさすぎる理由を、誰よりも弱みをさらしたくない相手に知られたくないプライドが、邪魔をしていた。


「ルギニアさんが補習で、今日は一人だって聞いたから、僕が連れてきたんだ。

それと、カルロ、女の子にあんな悪戯しちゃだめだよ」


「あぁ、悪い、悪い。そうだな、悪ふざけ程度の事に、大人げない真似しちまったな」


「――――――こんのぉ……!」


聞きなれたエミルの注意を、あっさりと聞き流し、皮肉を飛ばすカルロ。

ルルーナも決して本気でカルロを陥れるつもりはなかったとはいえ、悪ふざけだの大人げないだのと、どこまで見下した発言に、安い挑発だと分かっていても、実際、まるで歯が立たないことも相まって、怒りがこみあげてくる。


「しっかし、エミル程とは言わねぇが、今の女ってのは、料理一つ出来ねぇのか」


「―――――――うぐっ……」


「――――――――――――ッ」


ここに居る理由を咄嗟に答えなかったこと、ルギニアが補習で不在であること、そして、エミルが連れてきたことの、3つのピースがあれば、察しのいいカルロには、背景を想像するには十分すぎた。

知られたくなかったことを知られてしまい、呻き声をあげるルルーナと、我関せずと、辞書のように分厚い本を読んでいたメリルが、ぴくっと動揺を見せる。


「そ、そういうカルロ君だって、ロングベル君任せじゃない……!」


「エミル、なんか手伝うことあるか?」


「それじゃあ、キャベツを千切りにしてもらっていい?

あと、お鍋の火加減をお願い」


ぷるぷると震えるルルーナを鼻で笑い、エプロンを付けてテキパキと台所で忙しなく動いているエミルの元へ向かうカルロを見送ると、言いようのない敗北感に机に突っ伏した。


「カル兄が嫌みを言うときに、口ごたえはやめたほうがいいですよ……

抵抗すれば抵抗する程、最後に、嫌な思いをしますから」


「―――――うん。肝に銘じておく……」


思い起こせば、メリルと会話らしい会話はこれが初めて。

その初めての会話で、これほど悲しい事で同調してしまうとは夢にも思わなかったルルーナ。

しかし、これがエミルやカルロと違い、距離感がいまいち掴めないメリルと接近するチャンスだと、意識を切り替える。

お世辞にも友好的とは言えない関係だが、追いかける相手よりも、避ける相手こそに興味を示すのが、ルルーナだ。


「なんだか、こうしてみると、あの二人ってイケナイ関係に見えるよね?

ロングベル君、可愛いし、間違いが起こってたり―――――――――――な、なんてね……?」



地雷を踏んだ。



言葉尻を捻じ曲げ、無理矢理、冗談めかそうとするほどに、分かりやすい反応だった。

エミル以外には基本的にクールな対応をするメリルが、瞳孔が開くほどに目を見開き、血走った瞳で、本へと向けられていた視線をルルーナへと向ける。


「―――――――1つ、覚えておいてください。

私は、同性愛などという、非生産的で非道徳的で非倫理的な、不純で穢らわしい、頭のおかしい妄想話が嫌いで、その対処が身内に向けられることが、血管という血管を引き裂いて全身から血を噴出させ殺したいほどに大嫌いなんです」


可愛い顔をして、具体的で残酷的すぎる殺し方をあげるメリルの恫喝に、無言でこくこくと首を何度も縦に振る。

普段であればここまで怒りをむき出しにすることはないのだが、第一声から地雷を踏んでしまったこと、なによりもそのタイミングも、あまりにも悪かった。

今年の春に中等部から高等部に進学したメリルは、当然、知らないクラスメイトが多くいた。

中等部であれば進級しクラスが変わるごとに、エミルとカルロの関係性を聞かれてきた、ある種の恒例行事に、怒りを覚えながらも理性的に噂の目をひとつづつ潰してきたのだ。

ようやく収まりかけたその矢先、校門前で見せた例の騒ぎである。

最近のストレスと、デザートの消費量は、右肩上がりであり、唯一の憩いの場であるこの家でその言葉を聞いたメリルが、怒り狂うのも理由がないわけではないのだ。


とはいえ、ほぼ初対面と言ってもいい相手の地雷を見抜けという方に無理がある。

しかし、それからというもの、一言も口を利かずに黙々とページをめくり続けるメリルと向かい合わせに座っている居心地の悪さに、嫌な奴と認定しているカルロでもいいから戻ってきてほしいと思い始めた時に、救いの声が聞こえた。


「お待たせしました。それじゃあ、食べましょうか」



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