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私の緑のドアはここですか?  作者: ひさし
真夏の夜に蠢く影
13/35

「ねぇ、カルロ君、えみ……ロングベル君って、お昼休みのたび居なくなってるんだけど、どこいってるの?

もしかして、まだ、避けられてたりする?」


「答えてもいいんだか、いちいち、こっちにきてんじゃねぇよ」


春の季節が過ぎ、太陽が一段と照りつける季節。

夏休みを間近に控えた7月の初め、もはや何度目か数えるのを諦めくらいに、ルルーナは、カルロの元を訪れていた。

夏服に衣替えとなったことで薄着になり、より強調されたルルーナの豊満な体つきを一目見ようと、むさ苦しい兵隊科はむさ苦しさをまし、羨望と嫉妬の入り交じった視線が鬱陶しいほどに突き刺さる。


「そんな寂しいこといわないでよ。

私たちの仲、でしょ?」


見せつけるように、前屈みとなり柔らかそうな胸を強調する。

誤解を招くような言葉と行動に、周囲はざわめき嫉妬の視線は殺意となって突き刺さることは言うまでもないだろう。

以前、やり込められた異種返しのつもりか、挑発的に微笑むルルーナ。

負けず嫌いのルルーナは、やられっぱなしで納得はしない。

しばらく、針の筵になった気分を味合わせてやろうという、小さな悪戯心。

だが、そのあからさまな挑発に、カルロは大人げなく受けとった。


「あぁ、確かに、あの姫さんに取り次げるのは、俺かエミルだけだしな。

エミルが駄目なら、俺にってのはわかるが、いい加減覚悟を決めたらどうだ?

いろいろと、厳しい問題もあるだろうが、俺は応援してるぜ」


「―――――ちょっと!」


反射的に叫んだルルーナの反応は、ルルーナの作った流れを変えるには簡単すぎるほどに劇的だった。

『兵隊科』だけでなく、この学園において姫と呼ばれるのはエルスだけであり、エミルと共に、知らぬ者はいないと言う程に有名人。

その容姿も当然、周知のものであり、同性でも道を外させると言われても不思議ではない。

加えて、初めてカルロを訪ねた時に、エルスの元へ案内したこと事実も、その誤解を後押しし、カルロへの嫉妬の視線は消え去り、好奇の視線がルルーナに集中する。


「どうした? 否定して回らねぇと、噂はあっという間に広がるぜ」


「―――――こんの……!」


悪人面のカルロが、にやりと、初対面の人間ならば腰を抜かしても笑えないくらいの凶悪な表情を浮かべる。

しかし、今さら、凶悪面ごときで怯むようなルルーナではない。

カルロがありもしない噂話を捏ち上げるつもりならば、それを上回る、話題を用意してやればいい。

負けてたまるものかと、カルロに抱きついて、再び流れを引きよせようとするが、その程度を予測していないはずがない。


「あぁ、そうだ、姫さんに会いに行くなら、例の件も頼むぜ」


「――――――例の件?」


「おいおい、しっかりしてくれよ。

ハクさんだよ。あの人のこと調べるって約束だっただろ?」


しまったと、思ったときにはもう遅い。

エルスの付き人であるハクも、その美貌故に、この学園に広く知られており、男子の間では、一位二位を争うほどの人気を博している。

だからこそ、カルロがハクに気があっても取り立て不思議なこともなく、どんなに思わせ振りな発言をしようとも、この流れでは、協力者としてしか取られない。

先手を打たれたルルーナに、なす術はなかった。


「それじゃ、よろしくな、相棒」


ぽん、と肩を叩かれ、勝ち誇ったカルロの凶悪面を、まだ、負けてはいないと苦々しい表情で睨みつけることしかできなかった。









端麗な容姿が台無しになるような不機嫌そうな顔で、教室へと戻ると、別のクラスのはずのエミルがなぜかそこにいた。


「あっ、ローウェンさん。カルロから誤解されてるって言われたから、その誤解を解きに来たんだけど……肩に何かついてるよ?」


エミルの指さした先、そこにはテープで張り付けられた、小さな紙切れが付着していた。

制服そのものが白い為、同じ白色の紙、それも5㎝程度の大きさを四つ折りにされているのだ。

エミルのように、面と向かわない限り、気付きにくい故に、『兵隊科』から『医療科』まで、誰にも指摘されることがなかったのだろうと結論付けると、明らかに人為的に付けられた紙切れを開いた。

そこに記されていた、電話番号と思わしき数字の羅列と、一言にルルーナは限界まで目を見開いた。



『火消しはしといてやるよ』



「これって、カルロの番号だけど……もぅ、カルロってば、こんな悪戯しなくても、番号を教えるなら直接教えてあげればいいのに」


わなわなと、紙を開いた手が震える。

どう思い出してみても、カルロがこの仕掛けを施す瞬間は、最後の最後、ルルーナをやり込めた後、勝ち誇った表情で肩を叩いたその時だけ。

それだけなら、ここまで驚くことはない。

掌の内側に隠し持ち、肩を叩くと同時に、張り付けただけだ。

ルルーナが最も驚いていることは、筆を執る仕草も見せなかったというのに、あの展開を知らなければ書けない一文がこの紙切れには書かれていることだ。

それが意味するところは、一つしかない。


――――――――また、踊らされたってこと……!


最初から、ルルーナが挑発を仕掛けてくることを見越して、『お前なんぞ相手にならないんだよ』と、言葉にせずとも伝えるために、こんな手の込んだ仕掛けを用意していたのだ。

振り返ってみれば、カルロは、ルルーナを追い詰めるための出まかせの噂ですら、直接的な言葉を一つも使うことなく、曖昧な表現しかしていなかった。

それも、カルロの言った事はあながち間違いでもないのだ。

エルスには、理不尽ともいえる要求を強いられており、待遇改善を求めても不思議ではない。

しかし、エミルをロングベルと呼んでいるのもその一環であるが、ルルーナは、それを仕方ないと分かり切っている。

だが、そんなことは関係ない。

たとえそれが嘘であろうと、理不尽な要求を突き付けられ、その待遇改善の為、エルスとの面会を求めいているとでも説明すれば、火種なんて簡単にもみ消せる。

番号が記されているのは、聞きたいことがあれば連絡しろという同情か、この期に及んで挑むのならば容赦はしないという脅迫か。


ルルーナの人生でここまでコケにされたことも、手も足も出ないほど完全な敗北を迎えたことも初。

羅列されている番号を暗記すると、感情に身を任せ、紙切れをぐしゃりと握りつぶす。

兄であるルギニアが見たら信じられないと口にする程に、自身に満ち溢れていた瞳は怒りに燃えていた。


「えーっと、一応誤解は解いておくけど、避けているんじゃないからね。

お昼は、エルスと一緒にって決まってるだけでって……聞いてないよね……はぁ、カルロってば、なにやったんだろ?」






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