Ⅺ
エミルの要望で、ルルーナと面会する事の運びとなり、当然、エルスとカルロは、反対したものの、結局メリルと同じく、一人で行かせるよりも立ち会えた方がいいという意見に一致した。
会場は、機密性の高い、エルスの屋敷の一室。
そこには、エミルの秘密を知っている人物が勢ぞろいしていた。
「先輩は、お人よしすぎます。
いつの日か、騙されて酷い目を見るのではないかと、私は気が気ではありません。
だから、私を安心させるためにも、私だけに優しくしましょう。
大丈夫です、後悔はさせません。 必ず、私が先輩を幸せにしますから、結婚しましょう」
「ごめんね、エルス、心配かけてばかりで。
でも、大丈夫だよ、悪い人はみんなが教えてくれるし、僕も気を付けるから。
だからね、そこまで自分を犠牲にして、僕を助けてくれなくてもいいんだよ、ね」
「せ、先輩がそういうのなら……
でも、本当に気を付けてくださいね」
言葉の端々にも下心が滲み出ている通り、純粋にエミルを案じているわけでもないのだが、友人であるエルスの言葉に猜疑心一つ持たないエミル。
一片の曇りもない慈愛の表情でお礼を言われ、「世界は私を中心に回っている」程度には傲慢不遜なエルスをもってしても、エミルの前では浅ましい下心に罪悪感を覚え、すごすごと引き下がる。
「うん。 それに、今日のことも併せて、お世話になっているは僕の方なんだし。
そうだ、エルスが美味しいっていてくれた、ケーキと、紅茶も美味しく淹れられるように練習したから、今度御邪魔するね。 それから――――――――」
「分かりました。分かりましたから、それくらいにしてください。
そうでもないと、罪悪感で死にたくなりますから……」
儚げなエルスとはいえ、アルヴィル家の令嬢ということもあり、妬みや羨望の眼差しは尽きることなく、向けられる悪意など、欠伸まじりにやり過ごすことができるが、その分、純粋な善意には耐性がない。
アルヴィル家であることも、儚げであることも関係のない、ただの友人への献身に、とことん弱いエルスは、罪悪感に耐えられず、自ら引いてしまう。
もはや、恒例とも呼べる光景に、誰一人口をはさむことはなく、エミルの後光溢れる、慈愛に幸福と罪悪感の板挟みになっているエルスを放置していた。
「御主人、エミル様、お戯れはそこまでに。
お客様が、お出でになったようです」
ノックの後、その絢爛さで委縮するはずの屋敷に、物怖気一つせずに入ってくるローウェン兄妹。
エミルとルギニアを除き、空気が引き締まり、表情を僅かに強張らせる。
「よっ、エミル。 久しぶりだな」
「お久しぶりです、ルギニアさん。
――――――初めまして、ルルーナさん」
「うん、追い掛け回したりしてごめんね。
それと、こうやって、顔を合わせてくれてありがとう」
心構えをしていたとはいえ、やはり、その容姿にアーシャを重ね、声が固くなる。
そんなエミルの様子に、やはり引き離しておくべきだと判断した三人だが、会うことを決めたエミルを先置いて口火を切りだすことができない。
「ルルーナさん、これが、僕のお姉ちゃんの写真です」
今は亡き、姉の写真をルルーナに手渡すと、ルギニアを含め表情が変わった。
そこに移っているのは、生き写し化というほどに、そっくりなアーシャ、そしてその弟であるエミルが仲良く寄り添っている。
不幸な事故によって父と母、そして姉、近所で評判になるほどに仲の良い家族だったロングベル家は、一夜にしてエミルを残した三人が命を落とした。
一時は、その後を追おうとさえしたエミルにとって、その傷は未だ癒えることなく心に残っている。
「ほんとにそっくりだね。びっくりしちゃった」
写真をエミルへと返すと、再び静まり返る室内。
エルスとカルロがいなければ、他にも切り口があったかもしれないが、この二人がいる限り、余計なこと言えないルルーナに、都合のいい話題もなく、たったの数分で最後となるかもしれない、疑問を口にした。
「ねぇ、エミル君。どうして、私と会ってくれる気になったの?」
もはや博打とすらいえない、細い細い頼みの綱。
ルルーナはエミルと会話を交わすことすら今日が初めてであり、ルギニアから聞いた人物像しか知りえない。
そのルギニアでさえ、エミルとは交友を交わしたというにはあまりにも短い付き合い故に、エミルがどんな人物なのか、いったいどんな気まぐれを起こしたのか予想がつかない。
憐れみか、それとも、怒りか、どんな答えが出てくるのか、戦々恐々と、この場にいる全員がエミルの言葉を待つ。
「ルルーナさんが、どうして、僕と会いたがっていたのか。
もっといえば、僕たちとの交流を繋ぎ止めておきたかったのか分かったからです」
エミルの言葉の意味を、エルスもカルロも理解できない。
それも仕方のない事、この二人は悪意や打算に満ちた謀略にこそ通じているのだ。
だからこそ、純粋な善意を元にした、ルルーナの行動の真意を見誤っていた。
「ルギニアさんのため、なんですよね?
僕がルルーナさんを避け続ける限り、ルギニアさんも僕たちに近づけないから。
せっかくできた友達と離別してほしくなかったから、ルルーナさんは僕に会いたかったんですよね」
行動の裏に秘めていた真意。
それは、本能的に恐怖を覚えるルギニアの力に、偏見をすることなく、たったの数日の付き合いで、ルギニアの頼みごとを快諾し、友人であろうとしてくれたエミルたちとの離別を防ぐため。
原因はルルーナの容姿であり、ルギニアは直接関与しないことではあれど、義理堅いルギニアは、自ら宣言した通り、徹底してエミルたちとの交流を絶つ。
だからこそ、元々の原因を絶つため、ルルーナはエミルとの会談を望んでいたのだ。
「ち、ちがッ……! そ、そう! 私はただ、あんなに驚くくらい似てるって言われたから気になっただけ!
別に、お兄ちゃんが、ボッチになるとかそんなこと気にしてないし!
それに、エミル君みいな、可愛い男の子とお友達になりたかっただけで、お兄ちゃんは全く全然これっぽちも関係ないんだから!」
顔を紅潮させ、息をつく間もなく、まくしたてるルルーナに、集まった一同はぽかんとしている。
否定すればするほど、認めているということにすら気付かない、ルルーナは盛大に自爆発言を繰り返し、ついには、エミルの肩を掴み揺さぶり始めた。
「私は、ただ、私に似てる人の写真が見たかっただけなの!
分かった? 分かったよね! 分かったら、首を縦に振って!」
「でも、写真なら、カルロに頼めば見せてもらえたはず……」
「黙って首を盾にふれー!」
瞳に涙すら浮かべながら、エミルへ肯定の返事を強要しているルルーナに、カルロもエルスもメリルも完全に毒気を抜かれ、あまりにも締まらない結末に、シリアスを気取っていたことが馬鹿らしくなった。
そもそも、エミルが合うといった事そのものが、ルルーナに悪意があるわけではないという証明に値するものだと、気付いても良かったのだ。
改めて、エミルの悪意センサーの感度に感心した三人は、紛らわしい騒動を起こした張本人に報いを受けさせようと、目で合図を送った。
「―――――ふぅ、いいですか、兄さん。それ以上は、野暮というものです」
「あぁ、まったくだ。これはローウェン家の問題なんだ、ここは嘘でも首を縦に振っておく場面だぞ?」
「えぇ、か弱い女の身で、兄の為に、私たちに立ち向かうとは泣ける話です。
麗しい兄妹愛に言葉は不要というものですよ、先輩?」
事前に打ち合わせをしていたかのような、抜群の連携攻撃に、わなわなと体を震わせる。
もう一人の当事者である、ルギニアは、妹の献身の理由を知って、静かに男泣きしており、孤立無援。
そして、慈愛を振りまく、ルルーナには悪魔にすら見えるエミルが、止めの一言を口にした。
「そうですよね。ルルーナさんの言葉を僕が言っても仕方ないです。
僕たちは、退出しますから、あとはお二人で十分に語らいあってください」
「う、うわぁあぁあぁああああああああああああん」
皮肉にしか聞こえない、悪意のない言葉に、ついに心が折れたルルーナは泣き崩れ、巷を騒がせた鬼ごっこは幕を閉じたのだった。
「これにて、一件落着ですわね」