Nomake! ~勇敢なるフールのおまけ~
大きなことを成し遂げるために、力を与えてほしいと、神に求めたのに――
――謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった。
より偉大なことができるようにと、健康を求めたのに――
――より良きことができるようにと、病弱を与えられた。
幸せになろうとして、富を求めたのに――
――賢明であるようにと、貧困を授かった。
世の人々の称賛を得ようとして、成功を求めたのに――
――得意にならないようにと、失敗を授かった。
人生を楽しもうと、たくさんのものを求めたのに――
――むしろ人生を味わうようにと、シンプルな生活を与えられた。
求めたものは一つとして与えられなかったが、願いは全て聞き届けられた。
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、全て叶えられた。
私はあらゆる人の中で、もっとも豊かに祝福されたのだ。
ニューヨークのとある壁に書かれた文(真偽不明。情報を求)
「さあ! 闘争を楽しもうではないか!」
獅子の身体に生える猛禽の翼を大きく広げてマ・ドゥンは声高に宣言した。王冠を思わせる金色の鬣と未来を見通す蒼い瞳を持った獅子男の指令に、隊列を組んだ二万の軍隊が鬨の声を上げ、武器を振り上げながら真っ直ぐに進軍を開始した。
見通しの良い荒野を駆け抜けるマ・ドゥン軍の一番槍を務めるのは灼熱色の鱗をした龍馬騎兵団の面々だ。鱗と同色に染め上げられた鎧を纏う双頭牛頭達の構える騎乗用槍に一切の乱れはない。勇敢で知られる双頭牛頭種の中でも、更に勇敢な戦士達によって形成された龍馬騎兵団と言えば、国中の少年が憧れる勇者の代名詞だろう。
迎え撃つは、三角形の顔に巨大な二つの複眼と両腕に巨大な鎌を持つ蟷螂種の長スーリス・ナ・ド・ハルルルルが所有する、武象種の重装備部隊。人型種族としては断トツの巨体を誇る彼等の守備陣形の堅牢さは、移動要塞とすら例えられる程だ。
片や、全てを貫く大陸最強の鉾。
片や、全てを防ぐ大陸最堅の盾。
誰もがその衝突の結果について語り合い続けて来た。その伝説の答えが、今、明らかになろうとしていた。
「真っ向から押し潰してやれ! 我が精鋭達よ!」
砂埃を舞い上げ怒号と共にマ・ドゥンの騎馬隊が進路を僅かに変え、スーリス軍の防御陣形の最も厚い箇所へとその穂先を突き付ける。
「ああ? 舐めプか? マ・ドゥン!」
自分の攻撃力に自信があるのだろう。敢えて弱所を狙わず、真っ向からの決着を望むマ・ドゥンの指揮に、スーリスはその無感情な蟷螂の顔で嬉しそうに笑う。かのスフィンクスは最強同士がぶつかるこの戦いの意味をわかっていると、久しく見ぬ好敵手の存在にスーリスの心は躍っているようだった。
「オルファント共! しっかり耐え抜けよ! 初っ端を潰しちまえば、俺達の勝だ!」
大きな耳と長い上唇を持った武象種は、自らの主の声に応えるように「ぱおーん」と雄叫びを上げる。三メートルを優に超える身長と筋肉の鎧を守った武象種達は、あまり器用とは言えない両手で巨大なタワーシールドを構え、来るべき衝撃に唱える。
そして両者が遂に激突する。大陸の頂点同士の拮抗は一瞬。
「貰ったぞ! スーリス・ナ・ド・ハルルルル」
獅子の様に吼えるマ・ドゥンの台詞が早いか、二千を超える龍馬の荒波は圧巻する迫力と共に、敵の防御を塗り潰し、押し潰した。この世界で人を乗せて最も早く大地を駆ける龍馬の馬力が、最も巨大な人類を容赦なく蹂躙して行く。
無論、無傷とはいかない。半分近い騎龍馬は堅牢な武象の守りに阻まれて真っ直ぐに進むことができずにいる。盾によって進路を無理矢理に変更せざるを得なかった騎龍馬が倒れ、或いは長い上唇の先端に取り付けられたメイスによって片方の頭を殴られてバランスを失った双頭牛頭が落馬する。
が、残りはそれらの妨害を物ともせずに、鬼神の如き形相と気迫で敵陣を真っ二つに裂きながら突き進む。深々と入った『槍』によって大陸最堅と言われた陣形は無残にも押し広げられ、後続の部隊によって被害は更に広げられる。こうなってしまえば、受けに回ったスーリス達は苦しい。文字通りの必死になって勇ましき敵兵を退けようとするが、一度砕かれてしまった盾はあまりにも脆かった。
こうして、歴史に残る対決の決着は、作戦も戦術もない原始的な蹂躙によって、開幕と殆ど同時に幕を閉じることとなったのだった。
「あー! 悔しい! あんな美しくない戦いにやられるなんて!」
その日の夕方。勝者であるスフィンクスのマ・ドゥンと、敗者である大蟷螂スーリス・ナ・ド・ハルルルルは馴染みの焼き肉屋の個室で夕食を共にしていた。足を崩して楽な姿勢で机を挟んで座るその姿は油断の塊であり、とても日中に殺し合いをしていた軍の頂点同士とは思えない。
「時として、無謀こそが最大の計略となりうるのだよ」
鉄板が埋め込まれた机の上には、今回の戦争で死んだ彼等の部下達が山積みになっており、思い思いにそれを焼きながら、二人は楽しそうに談笑をする。話題と言えば、当然日中に行われた戦争が中心だ。スーリスは溜め息と共に鉄板の上の龍馬を一つ腕の鎌ひっくり返す。軍馬として無駄なく育てられたマ・ドゥンの龍馬は絶品である。攻撃ではなく防御を選んだのも、この龍馬を少しでも多く狩る為だったといっても過言はない。
打ち取った相手の兵士を食べる。それが多次元宇宙を支配する『エルダー』と呼ばれる上位生命種達の戦争のルールだった。人型種の想像を絶する程の寿命を持ったエルダー達は、あまりにも長い一生を如何にして過すかに日夜全力を費やしており、最近の流行りは自分達を頂点とした国を造り、その国民同士をぶつけあって勝敗を競う戦争だった。
国を造る所から始まり、民を集め、彼等に教育を施し、戦場へ向かわせる。最初は面倒だし、ルールが複雑だと多くのエルダー達は難色を示したのだが、いざやってみれば、そんな前評判は吹き飛んだ。愛着のある兵士達を指揮して戦う楽しさに誰もが夢中になった。戦争の後に、可愛い兵士達の死体をむしゃむしゃと食べるのも一興だろう。
現在は約一三〇〇年後に控えた総勢二十九名のエルダー達による戦争大会に向けて最後の特訓と追い込みの最中である。マ・ドゥンは七万年前に行われた大会の優勝者、今大会のディフェンディングチャンピオンであり、今日の戦いを見るに腕は落ちていないようだ。
「見ていろよ。マ・ドゥン。後、一三〇〇年もあるんだ。もっと凄いユニットを考えてやるからな!」
「ふん。返り討ちにしてやろう。それに、私だって進歩するのだぞ? そうそう。一〇〇年程前にアルカ・ラガトーソと戦ったのだがな、あいつ、何を兵士に持たせていたと思う?」
「ああ! その噂は知っているぞ! 何でも、自分の民に魔法具の作り方を教えたそうだな」
「その通りだ。爆発の魔道具を持たせた特攻攻撃。アレは凄まじかったぞ。完全使い切り出し、かなりの資源を消費するが、もっと改良が進めば、大会では何かが起こるかもしれんぞ?」
「は! 魔法だなんて軟弱物のやることさ。戦争って言うのは、鉄と血でやるもんだ」
「何、勝てば良いんだ。過程や方法に拘るのもわからなくはないがな」
鉄板の上の兵士達をサイコキネシスで持ち上げ、マ・ドゥンは鎧ごとそれを噛み砕き、呑み込んだ。鎧の堅さと、武象のしなやかな筋肉が口の中で面白い触感を生む。味はそこまでだが、食べていて楽しいと、更にマ・ドゥンは口の中にそれを追加する。
「お前は珍味を創るのは上手いな――と、悪い。念話が入った」
「出てくれ。俺も少し、トイレに行って来る」
四足で立ちあがったマ・ドゥンと、六本足で立ちあがったスーリスは個室から退出する。店員に一言断って店を出ると、マ・ドゥンは渋い顔で念話を返した。
「何の様だ?」
念話の相手は部下とでも呼ぶべきエルダー。嘗ては七つの次元を支配していた高名なネクロマンサーのリヴァイアサンだったが、マ・ドゥンから見れば同じエルダーと言うのも憚る程に矮小な存在だった。
「もうしわけございません。その『神様に会わせろ』と言う物が現れまして」
神様。エルダー達の事を、多くの下位生命体はそう呼ぶ。大抵のエルダーは幾つかお気に入りの次元を所有しており、気紛れに管理を行っている。マ・ドゥンは現在、次の大会の為に一つの次元にかかりきりになっており、他のエルダー達に管理は任せていた。
「それで? 会うわけがないだろう。私は忙しいんだ」
「いえ。かなりの力を持っています。小さな次元であれば、崩壊できる程に。私では対処できません。お忙しいとは思いますが、他の次元とのこともありますし、少しだけ会っては貰えないでしょうか?」
マ・ドゥンは舌打ちをして「わかった」と冷たく答えた。瞬間、マ・ドゥンの目の前に部下のリヴァイアサンと、うっかりと踏み潰してしまいそうな大きさの人型種が現れる。二人を強制的に自分の元へと転移させたスフィンクスは、「で?」と人型種に訊ねた。
「あ、貴方が神か? 伝承とは違う姿をしているのだな……」
「うん。そうそう。で? 何の用?」
「待て、本当に神なのか? いや、もしや、貴様こそが私が倒すべき悪魔か?」
うまく言葉のキャッチボールができない矮小な存在から眼を逸らし、マ・ドゥンはリヴァイアサンへと視線を向ける。良く見れば傷だらけの血塗れだ。恐らく人型種と戦い、負けたのだろう。本当に情けない奴だと溜め息を漏らす。
「おい。どう言う状況だ? 説明してくれ」
「えっとですね。どうやら元の次元では聖者と言われた存在のようです。そして、理に則って魂は廃棄することになったのですが、それに不服を申し立てたのです。数々の管理人を打倒し、私の所まで来たのです」
「ああ。偶にいるよな、そう言うやつ」
呆れたようにマ・ドゥンがぼやく。
エルダーたるスフィンクスには理解し難いのだが、広い多次元宇宙には『善』と言う考えが度々産まれることがある。弱者を助けることを美徳とし、自由と平等を間違った意味で捉える、どうしようもない奴らだ。
そう言った連中は、何故か死んだ後に魂がより救われると考える傾向が強い。
そんな考えは、エルダーから見ればまるで的外れだ。
弱肉強食(この言葉も正確ではなく、マ・ドゥンは嫌いなのだが)のこの世界において、重要視されるのは他人と競い合って更に高みを目指す心の強さ。如何に多くを殺すかが生命としての美徳であり、戦いの中に産まれるのが自由と平等である。
それから真っ向に反する魂は、輪廻に戻すこともなく廃棄するのがエルダー達の共通意見だった。故に、今回のこの人型種も力こそ強くとも、その魂は脆弱であるとされ、処分するのが世界の為だ。
難点があるとすれば、その力は下位のエルダーにすら匹敵することだろ。確かに、リヴァイアサン程度では力不足だ。マ・ドゥンはイレギュラーに溜め息を吐き、何やらわめいている件の人物に右の前足を落とした。
ぷち。と潰れ。それは肉塊になった。二度と動くことはないだろう。
「さ、流石です。マ・ドゥン様」
「はあ。じゃあ、後は宜しく頼むぞ?」
「はい。もうしわけございませんでした」
罰代わりにリヴァイアサンのごつごつした肌で汚れた右前足を拭いて、マ・ドゥンは店内へと戻る。レジで暇そうにしている顔馴染みの若い店員(触手生命体。自称ナイスバディらしい)に頭を下げる。
と。
「あ。覇者マ・ドゥン様。これ、試供品なんですけどお一ついかがですか?」
無数の触手の一本でカウンターの上に置いてあったガムと飴玉の入った箱を勧めて来る。口臭対策の菓子を今渡すのは如何なものかと思いながらも、「ありがとう」サイコキネシスを使って一つずつを受け取る。
そのまま部屋へと戻ると、スーリスが鎌の手を使って割り箸を鋭く削っている所だった。待たせたのはマ・ドゥンが悪いのだろうが、備品を無駄に消費するのは如何な物だろうか。スフィンクスの冷たい視線に、蟷螂は恥ずかしそうにそれを机の上に置いた。
「見てた?」
「見ていた。何しているんだ?」
「いや。俺の手って、何で鎌なんだろうって思って」
「今更過ぎないか? その疑問」
「そうなんだけど、使い勝手悪くない?」
「今更過ぎないか? その疑問」
「だよな。まあ、喰うか。お前の龍馬は本当に上手いからな」
「私は精肉屋じゃあないんだが」
ぐだぐだと偉大なる超越種とは思えない会話を二時間程続けた後、彼等は五〇〇年後の再戦を約束して分かれた。
喋り通しですっかりと疲れてしまったマ・ドゥンは速やかに自分が本拠地としている次元へと渡り帰り、焼き肉屋で貰った飴を舐めながら短い眠りについた。
無造作に床に放られた飴玉の包み紙には商品の紹介が細かな字で書かれている。
『新次元の味わい! 宇宙の様な刺激! 同じ味には二度と出会えないよ!』
『ジョルジュガーデン味』
と言うわけで、この物語は終了です。
長々とお付き合いありがとうございました。
評価や感想を貰えれば幸いです。
他にもぐだぐだと小説を書いていますので、他の作品も見ていただければ嬉しいです。