狼さん、就職活動をする。
今回は残念狼さん視点でございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
動物の村にこっそりと戻ってきた狼さんでしたが、途方に暮れていました。見つかったらまたすぐに村を追い出されてしまう状況でどうやって就職活動をするのか、今更そのことに気付いたのです。
「うーん。困ったぞ。やっぱり村長のとこに行くのが一番いいのかなあ。」
茂みに隠れ、考えている狼さんに、ものすごい不協和音が大音量で聞こえてきました。
「「「「ぼえぇぇぇぇ~~~~」」」」
思わず耳を塞ぎましたが、それでもまだ聞こえてきます。いったい何事かを思い狼さんはそっとその音のする方へ近づいていきました。
動物の村の中で、村人の居住区画とは離れている広場にいたロバさん、犬さん、猫さん、鶏さんが不協和音の出どころでした。狼さんは考えました。もしや、新種の警報か?村を追われた自分が入って来たからこの音を出してるんじゃと焦っていると、音が止まりました。
「今のはどうだい?」
「何だって!?あたいの美声に文句でもあるっていうのかい!?」
「違うよ、ミケコばあさん、音が合ってたかってロンバさんは言ってんのさ。」
「あたいはオシゲだよ!」
「ワンダどん、おいらはロンバじゃなくて、バロンだよ。」
「まあ、いいじゃないか。ケンカはやめたまえよ、ハーモニーは完璧さ。」
「どこがだよ!!」
ロバさんがしゃべり、猫さんが怒り、犬さんがとりなし、猫さんとロバさんが訂正し、鶏さんがまとめ、狼さんがツッコミました。
狼さんは隠れていたのに、思わずツッコミを入れるために茂みから出てしまったようです。
「おや、そこにいるのは甥のシバじゃないか。」
「犬じゃねー、狼だ!」
「狼だって!?おいらも長生きしたが、とうとうここで終わりかい。」
「なんてことだ。この、トールィー、村人に素敵なハーモニーを聞かせることなく散るとは!!」
「諦めるんじゃないよ!オシゲ姉さんの最後の抵抗、見せてやろうじゃないか!はぁ~い。坊や、お姉さんと楽しみましょうよ、うっふん。」
大混乱を招いてしまいました。
・・・・・
「だから、俺は仕事を探しに来たんで、あんたらを食べようとしたわけじゃねーんだよ。」
「そうかいそうかい。シバは苦労したんだねえ。」
「シバじゃねーよ!」
「すまんなあ。最近ワンダどんはボケ始めちまってなあ。」
「なんだい、あたいの色仕掛けはただのサービスになっちまったねえ。」
「お、思い出しただけで気色悪ぃ。」
「狼君、女性に対して失礼だよ、まあ、でもアレを忘れられたワンダ君が羨ましくもあるが。」
「しっ。トーリーどん、オシゲ姉さんは耳が遠くなっても悪口は聞こえるぞ。」
「あたいの悪口がどうしたって!?」
狼さんが危険ではないとやっと理解してもらえましたが、口々に話すお年寄りたちに狼さんは苦労をしています。
「じーちゃんやばーちゃんはこの村にはいなかったよな?」
「あたいのことはオシゲ姉さんとお呼び!」
「あー。オシゲ姉さんはこの村で暮らしてんのか?」
「あたいたちは旅の音楽隊だよ!」
「ブレーメンの音楽隊シニア部門と言えば有名なんだがね、狼君は知らないかい?」
「ここはおいらの故郷ぐらい田舎だからなあ。」
「そうだ!音楽隊だよ。シバも入るかい?昔から盆踊りが大好きだったろう。」
狼さんは頭を抱えてしまいました。お年寄りたちの音楽隊の言葉に、マジか。とつぶやきます。あの警報はトーリーさんのいうハーモニーだったようです。
「あのな、じーちゃんたち、あれ、ハーモニーじゃねーぞ。酷い音だ。バロンじーちゃん、さっきの音出してみ?」
「ぼわ~~ん」
「もうちょっと腹に力溜めて、まっすぐ音を出そうぜ。『アー』って。」
「アーーー。」
「そうそう、いい調子。で、ワンダじーちゃんも、『アー』、ちょっと低いな、もうちょっと上げて、もうちょっと・・そうそう。で、オシゲ姉さんも、、ちょ、ちょっと待て、高い、高いからもっと下げてもっと、もうちょっと・そ!!それ!!で、トーリー・・うん。できた。できたじゃん、じーちゃんたち。これがハーモニーだろ!!」
なんということでしょう。狼さんには絶対音感が備わっていたのです。そのままお年寄りたちは狼さんに助けられながら一曲歌い切りました。
「ふう。一曲終わったな。うまかったぜ、じーちゃんたち。さすが音楽隊だな。」
「いやいや、狼君が我々に指導してくれたからこそ、何百倍も素晴らしい歌声に生まれ変われたのさ。」
「そうだなあ、おいらたちはお前さんに感謝しないといけないなあ。」
「いやあ、久々に気持ちのいい音だったねえ。バロンさんやオシゲさん、トーリーさんに会った頃を思い出したよ。」
「ボケてたワンダじいさんが正気に!坊や、どうだい?あたい達のマネージャーにならないかい?」
お年寄りたちと一緒に一曲仕上げた楽しさや一体感、それは狼さんにとって初めての心躍る体験でした。また、頼りにされるのも初めてで本当に嬉しく、楽しかったのです。ですが、狼さんは就職活動をしなければなりません。
「オシゲ姉さんたちの気持ちはありがたいけど、俺、その、違う業種の職を探してるからさ、悪ぃな。」
狼さんはお年寄りたちを悲しませないように遠回しに言いました。実はブレーメンの音楽隊はちゃんと組織として存在しているので、ブレーメンの音楽隊シニア部門のマネージャーになることは立派な就職だったのですが、狼さんはただの趣味のコーラスグループだと思っていたので断りました。
後ろ髪をひかれつつ、狼さんはその場を離れると急に3人?組に声をかけられました。
「もしかして、あなたがこの村を追い出された狼さんですか?」
「え、あ。そうだけど、でも、俺は何も」
「聞きましたよ。冤罪なんですって?」
「そ、そうなんです!!」
「大変でしたねえ。そうだ、狼さんは職をお探しとか。」
「もし良かったらわたくし共の仕事を手伝ってはいただけませんかな?」
「あなたが我々のイメージにぴったりなんですよ。」
そして、とんとん拍子に狼さんの就職が決まりました。準備にもう少し時間がかかるとのことで、狼さんはその時まで待っていてほしいと言われました。それまではあの村から離れた広場でお年寄りたちを交流をしていて構わないと許可してもらいました。
狼さんは就職が決まった喜びと、お年寄りたちとまだ楽しく歌を歌っていられる喜びに尻尾をぶるんぶるんと揺らしながら、広場へ戻っていきます。
この場にゆめちゃんがいたのなら、狼さんにきっとこう言ったでしょう。
「甘い話には裏があるのよ!気をつけなきゃ!」
と。
流石残念狼さん。名前が出てこなかったよ!ブレーメンの音楽隊シニア部門の面々には名前があるのにね。
お読みいただきありがとうございました。