ゆめちゃんねこのおまわりさんに会う。
ちょっといつもより長めかも。
赤ずきんちゃんのお婆さんは『お婆さん』と呼ぶには若く、お母さん、お姉さんともいえる風貌でした。赤ずきんちゃんと同じ金色の髪で整った顔立ち、それに黒い頭巾をかぶっていました。お婆さん、アーテルさんは占いのお仕事をしているそうです。
アーテルさんのおうちに着いたゆめちゃんは、アーテルさんのおうちの食糧事情にまたまたびっくりしました。お酒のおつまみしかなかったのです。狼さんがガッツリ食べられるほどの食糧はなく、やっぱり狼さんの計画は穴だらけだったわ、と改めて思いました。
赤ずきんちゃんが一旦おうちに帰ってご飯を持って戻ってくると言いましたが、ゆめちゃんは一晩泊めてもらう代わりに、食事は自分が持っている非常食を出すので問題ないと赤ずきんちゃんには帰ってもらいました。
初日にピンクのリュックサックから非常食が少し減ってしまったのは痛手でしたが、アーテルさんからこの世界の通貨を教えてもらったり、この付近の地図をもらったりしてたくさんの〝お釣り”をもらいました。
アーテルさんは凄腕の占い師なのですが、偉い人を占った際に信用されず、占いとは正反対の行動をされたことに落ち込み、腹をたて、お酒におぼれるようになってしまったそうです。
「全く、このアタシが酒を断ってまで慎重に占ってやったのに。」
訂正します。お酒はもともと大好きだったようです。とりあえず、ゆめちゃんはアーテルさんの愚痴を聞き、赤ずきんちゃんや赤ずきんちゃんのお母さんたちが心配するのでお酒はほどほどにしなさいとお説教をしたのでした。
翌朝、アーテルさんに別れを告げ、出発します。地図によると、この木道よりも大きい街道があったので、そこに行ってみることにしました。森の道を抜け、地面がある程度ならされている街道に出ました。これからどうしようかと考えましたが、やはり狼さんのことが気になります。改心したとはいえ、あの残念さ、少しフォローをした方がいいと思ったのです。
狼さんは動物の村に向かうと言っていました。街道からその動物の村に続く道があったので、次の目的地は動物の村にしました。
しばらく歩いていると西部劇の保安官のような服装をした猫が話しかけてきました。二本足で立ち、その足にはブーツを履いています。
「こんにちは。小さな客人。私はキット。この地域の保安官をしているものだ。」
「こんにちは。わたしはゆめといいます。」
「ゆめさんは、『異世界の救世主』ではないのか?同行者はどうしたのかな?」
「同行者?確かにわたしは異世界から来ましたし、おとぎワールドの悪い人たちを改心させる目的がありますが、『救世主』かはわかりません。」
ゆめちゃんはここに来た経緯をキットさんに話すことにしました。
「なるほど、ゲートに正常に転移されなかったから同行者にも会えてないんだな。私も詳しくは知らないんだが、『異世界の救世主』たちはバク王の後継者たちと行動を共にして、旅をする。その成績によって後継者が決まる試験のようなものも旅には含まれているんだそうだ。」
ゆめちゃんは言葉も出ません。そんな話はバク王から一切聞いていないからです。
「だから、多分ゆめさんにもバク王の後継者が同行するはずなんだが・・そうだ。本を持っているかい?」
狼さんに使い忘れた本のことでしょうか。ゆめちゃんはリュックから取り出しキットさんに見せます。
「この本の、たしか・・・あ、ここだ。ここで通信ができるんだ。」
本を開けると後ろの方のページに読めない何かのリストがありました。キットさんがそこを触るとキットという名前が浮かび、キットさんの簡単な情報と『通信』という文字が光っています。
「ここに私を登録しておいた。この通信の部分を触って話しかけると私と話をすることができる。文字が光っていない時は結界で通信が阻まれていたり、相手が他の人と通信中で話ができない時などだな。」
本なのに、まるで携帯電話のようです。ゆめちゃんはそのページを見ながらキットさんに聞きます。
「キットさんは『長靴をはいた猫一族』の子孫『ブーツをはいた猫』とあるんですが、どういうことですか?」
「ああ、長靴をはいた猫の話は知っているか?」
「はい。知恵を使って主人をのし上がらせた猫ですよね。」
「ははは。その通りだ。その猫の子孫は色々と重要なポジションについているんだ。私たち『ブーツをはいた猫』は町と町の間の街道を取り締まる保安官をしている。他には『運動靴をはいた猫』は主に物資を街から街へ運んでいるな。足の速さからか、黒い猫が多い。『裸足の猫』も数は多いな。奴らは隠密行動が仕事だから足音を立てないために靴を履いていない。」
あちこちの町に長靴をはいた猫の子孫たちは散らばっているそうです。
「『長靴をはいた猫ネットワーク』を使って、私のほうからゆめさんの同行者に連絡を入れておこう。その小さい身で一人旅は厳しいだろう。早く会えるといいな。」
「ありがとうございます。キットさん。わたしはこれからこの『動物の村』に行こうと思っているんですが、わたしが動いていてもその同行者の方は合流できますか?」
ゆめちゃんは、アーテルさんにもらった地図を広げて動物の村を指さしました。
「それは問題ないが。・・その地図は!!まさか、頭巾一族の地図では!?」
「頭巾一族ですか?」
「ああ、あの森の中に住んでいる一族なんだが。」
キットさんは先ほどまでゆめちゃんのいた森を指さして言います。
「赤ずきんのお婆さまのアーテルさんから頂いたんですが。」
「はやり!!ゆめさん、不躾なことを頼んで申し訳ないのだが、その地図を売ってはくれないだろうか。」
キットさんの目がどうしても欲しい!と訴えています。ゆめちゃんはもうこの地図は覚えてしまったので、キットさんに渡しても問題ありません。
「この地図はわたしにはもう必要ありませんから、ご親切にしていただいたお礼に差し上げますよ?」
「いやいや、ただで貰うわけにはいかない。その地図は貴重なものなのだよ。あの森は『迷いの森』と呼ばれていてね、保安官なのに情けないのだが、我々も道に迷いやすい。この地図があれば円滑に見回りができるんだ。」
「迷いやすい、ですか?ほぼ一本道でしたが。」
「ああ、それはゆめさんが異世界の救世主だからじゃないかな。あの森の魔法にかからないのだろう。」
あの森に魔法がかけられていただなんて、ゆめちゃんは気付きませんでした。
「頭巾一族はもともと魔法使いの血を引いていてね。その、我々の祖先は魔法使いを罠にかけただろう?おかげであまり我々に協力的ではなくて、地図ももらえなかった。自分たちのことは自分たちでするからと、見回りも必要ないと言われたんだが、年々頭巾一族も減ってきているから心配でね。」
確かに、アーテルさんはお婆さんと呼ぶには若かったですが、一人で暮らしていました。しかもお酒が大好きで色々と心配です。周りの人に気にかけてもらった方がいいだろうと判断して、ゆめちゃんは地図を快くキットさんに渡しました。
「おとぎワールドの危機だとバク王から言われました。どんな危険があるのか、いまいちわかりかねますが、住人の方々が協力し合わなければいけないこともあるでしょう。アーテルさんには次にお会いした時に必要だと思ったからキットさんに渡したと伝えます。だから、この地図はキットさんが持っていてください。赤ずきんたちを助けてあげてくださいね。」
「承知した。だが、やはり代金を支払おう。ゆめさんはゲートを通らなかったということはこの世界の通貨を持っていないのだろう?持ち合わせが少なくて申し訳ないが。」
そう言うとキットさんはゆめちゃんの手にお金を乗せました。通貨は昨日アーテルさんから教えてもらったばかりです。
「対価としては多すぎます。」
「では、ゆめさんにこの世界を救ってもらう依頼料ということに、ああ、それでは少なすぎるか。」
「いえ、その件はバク王から報酬をもらいますから、受け取れませ」
「では私の仕事の手伝いをお願いする依頼料でどうかな。実は、この付近に指名手配犯が潜伏しているらしく、もしかすると、私では立ち入ることのできない場所にいるのかもしれないのだ。例えば、動物の村とかね。」
「入れないんですか?」
「ああ、我々は猫だが、職業的に人間社会に属しているからね。村のものに仲間と認めてもらえないと村には入れない。ゆめさんは例外で村には入れるだろうが、一応村のものに会うなら何かしら納得させられる理由を考えておくといい。」
「はい、ありがとうございます。では、その仕事の依頼料と地図の売却代金として、お金はありがたく頂戴します。」
指名手配犯の情報をもらって、ゆめちゃんはキットさんと別れます。
「犯人を見つけたら、キットさんに連絡すればいいですか?」
「ああ、連絡をしてもらえれば、私も村に堂々と入れるからね。それじゃ、気を付けて。地図をありがとう。」
「いえ、こちらこそありがとうございました。」
指名手配されているのは、とあるお話に出てくるキャラでした。地球で知られているお話の悪役が悪役ではないというバク王の話を信じられそうです。しかし、このお話には狼も出てきます。あの残念な狼さんです、きっと巻き込まれている事でしょう。
「嫌な予感しかしないわ。」
そう言いながらゆめちゃんは動物の村に向かいました。
ゆめちゃんはキットさんの仕事が尊敬できるものだということと、自分に対しても節度を持って接してくれていることから、きちんと丁寧な言葉で話しています。
お読みいただきありがとうございました。