ゆめちゃん赤ずきんちゃんに会う。
いよいよ出発です。
『お父様、お母様、とても困っている方がいらっしゃったので、微力ながらお手伝いすることになりました。必ず帰ってきますので、心配なさらないでください。尚、私の貯金通帳に一定の額が振り込まれると思われますが、正当な報酬なのでご安心ください。
ゆめより。』
ゆめちゃんはパソコンで文字を打ちこむと印刷して机の上に置きました。まだ小さいのであまり字が上手に書けないのです。ただ、誘拐と勘違いされても困るので、自筆でサインだけはしておきました。
「あ、あの、ゆめ殿。その紙は・・」
「書置きよ。」
「ですが、あの、同じ時間に帰ってこられるわけですし、必要ないのでは。」
実際、このバク王の馬鹿さ加減を見ていたゆめちゃんは同じ時間に帰れるということもあんまり信用していません。
「一応念のため。」
とだけ言っておきました。
ピンク色のリュックサックに必要そうなものを詰めていざ出発です。
「では、おさらいになりますが、おとぎワールドに着いたら受付へ行ってください。そこで向こうの通貨や必要な情報、アイテムが手に入ります。」
「わかったわ。」
そう言うとバク王は何やら呪文を唱え始めました、歌のように聞こえます。なかなか上手ね、と思って聞いていたゆめちゃんは最後に不吉な言葉を聞きました。
「あ、一つ呪文を入れ忘れた。」
何ですって!?と言いたかったのですが、もうすでに転送は始まり、気付いた時には森の中にいました。
・・・・・・
「やっぱり馬鹿なんだわ。いえ、信用したわたしがいけなかったのかしら。」
あたりは背の高い木々に囲まれていますが、そんなに暗くはありません。そして、ゆめちゃんの立っている場所は木道の真ん中で前にも後ろにも木道が続いています。木道があるということは、ここを使っている人がいるということですが、受付らしきものは見当たりません。周りには誰もいませんし、ただ立っていても仕方がないので、ゆめちゃんは前方に歩き始めました。
ゆめちゃんはおうちから出たことがほとんどないのですが、歩き始めて15分、全く疲れる様子がありません。この点はバク王を信用してもいいようです。おとぎワールドは夢が集まってできた国なので夢の中で歩いてるように疲れは感じないとバク王は言っていました。
「あの馬鹿王が呪文を入れ忘れたことで、受付のある場所へ転送されなかったとみていいわね。おとぎワールドであることは間違いなさそうだし、仕方ないわ。自力でできるところまでやってみましょう。」
歩きながら今後のことを考えていたゆめちゃんの少し前に赤い、人らしきものが見えました。人が見つかったことにホッとして、ゆめちゃんは小走りにその人物へ近づきました。その人物がおとぎ話の一人だと確信して話しかけます。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「わたしはゆめといいます。」
「ご丁寧にありがとうございます。申し訳ないのですが、本名は成人しないと名乗れないので、私のことは赤ずきんと呼んでください。」
「赤ずきんさん?」
「呼び捨てで構いませんよ。」
ニコニコと赤ずきんちゃんはゆめちゃんに言葉を返してくれます。赤ずきんちゃんはおとぎ話通り、赤い頭巾をかぶり、白いブラウスに赤いキュロットスカート、金色の髪の毛を頭巾ですっぽりと覆っていました。目鼻立ちが整い、どちらかというと可愛い系より綺麗系の顔立ちでした。同年代の子供が近くにいないので、ゆめちゃんとお話しできるのが嬉しいそうです。歩きながら話していると、だんだんと打ち解けてきました。
「それにしても、赤ずきんなんて見たままの名前ね。」
「ええ、わかり易いと好評なんですよ。今は村には子供は私一人ですが、もっと子供がいた時は『朱色ずきん』『緋色ずきん』『紅色ずきん』など、種類が多くて大変だったそうです。」
「そ、そう。」
思わずそれぞれの色を思い出したゆめちゃんでしたが、見分けがつきにくく、赤の種類とずきん以外で呼び名をつければいいのにと思いました。
「赤ずきんはどこへ行くの?」
「お婆さまのお見舞いに行くところなんです。」
「お婆さまはどこがお悪いの?」
「ええと、確か、具合がお悪いのですって。」
ゆめちゃんたちの斜め右後ろの木の陰で、まるでコントのようにずるっと滑っている影が見えます。気をつけなければいけません。ここは危険な森の中なのですから。ゆめちゃんはその影を気にしつつ、気付かないふりをして赤ずきんちゃんとの会話に戻ります。
「具合の悪いお婆さまのところへ、お酒を持っていくの?」
赤ずきんちゃんが持っている籠の中から飛び出しているワインのようなものを指して言いました。
「ええ、お婆さまが二日酔いには向かい酒だとおっしゃるそうなので。」
「それは、結構ダメな大人だと思うわよ。」
「そうなのですか?」
二日酔いで寝込んでいるのに孫にお酒を届けさせるってどういうことかしら。と思っていると、先ほどの影が動きました。
「やあ、可愛らしいお嬢さんに、美しいお嬢さん、お婆さまのお見舞いには花が一番!あっちの方にきっれーな花が咲いてたぜ。摘んでいくといいよ。」
影、狼さんが話しかけてきました。
「なぜお見舞いに行くことを知っているの?さっきから後をつけていたわよね。怪しい奴、警察に突き出してあげるわ。」
「まあ、素晴らしい提案ですわね。ですが、申し訳ありません。お断りさせていただきます。」
その狼さんの言葉に対する反応は二人とも違っていましたが、断っているところは同じでした。ゆめちゃんの方に反応すると藪蛇になりそうだったので、狼さんは赤ずきんちゃんに向かって話しかけます。
「何で花を摘んでいかないんだい?べ、別に俺は赤ずきんちゃんが花を摘んでいる間にお婆さまのとこに先回りしようなんて思ってないし、お婆さまになりすまそうなんて思ってもいないよ?」
この狼さんは残念な狼さんでした。ゆめちゃんは半分呆れた目で狼さんを見ています。赤ずきんちゃんと呼んでいることで盗み聞きしていたこともバレていますし、しようと思っていた行動すべて言葉にしてしまっているのですが、赤ずきんちゃんは不思議そうです。
「狼さんがそんなことをしようとしてるなんて考えていませんわ。ただ、お母様から嘘をつく人の言う通りにしてはいけないと言われてますの。」
「嘘?いやいや、嘘なんてついてないさ。真っ正直な狼さんだよ。」
確かにある意味正直者でしょう。挙動不審、嘘のつき方、疑ってくださいと言わんばかりです。
「先ほど私たちのことを狼さんは『可愛らしいお嬢さんに、美しいお嬢さん』とおっしゃいましたよね?」
「え?う、うん。言ったけど?」
ゆめちゃんも不思議そうに赤ずきんちゃんを見ます。その言葉の何が間違っているのかと。
「私は男の子ですので、お嬢ちゃんでなく、お坊ちゃんになりますわ。」
「「・・・・・は?」」
狼さんとゆめちゃんは見事なシンクロ率をたたき出しました。
・・・・・
その後、衝撃から立ち直ったゆめちゃんが同じショックを覚えた狼さんに優しく問いただしたところ、お婆さんや赤ずきんちゃんを食べようとしていたのではないことがわかりました。
「俺は狼としては全く素質がなくて、群れにいられなかったんだ。だけど、狼って怖がられるだろ?他の奴らともうまくいかなくて、何でもいいから飯を分けてもらおうと思っても、追い出されるし、もう、いっそ人間の食糧を奪おうと思ったのさ。もう何日も食べてなくて・・・」
赤ずきんちゃんが寄り道している間にお婆さんの家でガッツリ食べ(狼さんの予定ではお婆さんは自分を見て気絶するはずでした)、赤ずきんちゃんが持っているお見舞いを受け取って(狼さんの予定ではお婆さんのかっこうをしていれば赤ずきんちゃんは気付かないはずでした)、とりあえず今日のご飯にありつこうとしたのです。
穴だらけの計画にゆめちゃんもびっくりです。しかし、それを聞いた赤ずきんちゃんはとても狼さんに同情しました。
「狼さん、お酒はお婆さまがとっても楽しみにしていらっしゃるからあげられませんが、食事のほうならどうぞ、食べてください。消化にいいものなので、きっと今の狼さんには良いと思います。」
「い、いいのか?俺にくれるのか?」
「はい、どうぞ。」
「・・・ありがとう。ありがとう!いただきます!!!」
狼さんは号泣しながらすごい勢いで食べています。
「ちゃんと話をすれば、あなたが残ねn・・・無害な狼だと分かってもらえるはずよ。もう一度、頑張ってみなさいよ。世の中、赤ずきんみたいに奇特な人もいるのだから、就職先だってきっと見つかるわ。働かざる者食うべからずという言葉もあるの。真面目に働きなさい。」
ゆめちゃんの言葉に、狼さんは号泣しながらすごい勢いで食べつつ頷くという器用な行動をしました。
狼さんは何度も赤ずきんちゃんにお礼を言うと、動物の村に行って就職活動をするとゆめちゃんに約束しました。
ゆめちゃんと赤ずきんちゃんはそのまま二人でお婆さんの家へ向かいます。こうしてゆめちゃんの初仕事は赤ずきんちゃんという善意の塊のおかげですこぶる順調に解決しました。
しばらくしてゆめちゃんは、
(いけない、本を狼さんに見せるのを忘れたわ。まあ、改心したようだし、大丈夫かしら。)
とお婆さんの家に着いてから思い出しました。『赤ずきんちゃん』が『赤ずきん君』だったことの衝撃はかなり大きかったようです。
ゆめちゃんも赤ずきんちゃん(君?)も可愛らしいと美しいは否定しません(笑)
バク王が言っていた方法ではないですが、初仕事見事達成。
お読みいただきありがとうございました。