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その7

 真っ青な高い空! 燦々と照りつける太陽! 熱せられて蜃気楼を浮かべるアスファルト! 耳を突くようなセミの鳴き声! カラッと乾いた暑さに滲む汗!


 夏だ。夏だ! 夏だ!!


 これぞ夏。暑いぞ夏。憎いぞ夏。


 ――…………ハァ。


 ザァァァァァァァァァ……。


 だというのに、どうして今日に限って雨が降っているんだろう。

 現在の空は墨を混ぜたような曇天で、大粒の雨が大地に恵みをもたらすために降り注いでいた。

 もう少しだけタイミングをずらして欲しかったよ天気さん。


 なんと言っても、今日は〝夏休み初日〟なのだから。


 傘をさして、鬱々とした気分になりながらも歩いていると、前方にゆっくりと歩く小さな傘と背中が見えた。

 傘から覗く腰より長い髪が湿気によって異様なボリュームに膨らんでいる。


 ひとよだ。


 俺は気持ち歩く速度を上げ、その後ろ姿に声をかける。


 ――ひとよ、おはよう。

「…………ぉ、ぉはょ」


 いつものように無愛想でローテンションながらも、挨拶を返してくれる。

 隣に立って改めて感じるが、髪のボリュームが凄いことになっている。例えるなら、増えるワカメとでも言おうか。フワッフワな髪がさらに広がってモッフモフに進化。元々の顔が小さいから、それがことさら強調されている。


「…………ぁんまり、みなぃで……」


 ひとよが恥ずかしそうにしながら空いた手でモッフモフに広がった髪を抑えつける。

 自らの髪に手が沈み込んでいく感覚とはどんなものだろうか。


 これはこれで、悪くないと思う。


 ――そんな気にしなくても、別におかしくないよ。

「…………でも」

 ――フクロウみたいで可愛いし。

「…………それは、ほめられてるのかしら……?」


 むー、と柔らかそうなほっぺを膨らませる。髪の毛も膨らんでいるし、そのうち破裂するんじゃなかろうかと、いらぬ心配をしてしまいそう。


 動物界の中では、体を大きく見せて自分の身を守る習性を持つものもいるけど、それっぽい。ハリセンボンとかが有名かな。


 ――まさか初日から雨降るなんて、ついてないね。

「…………そぅね」


 そう。

 何を隠そう今日は担任の葉山先生から言い渡された「校舎の掃除」をする約束の日。だからこうして学校に向かって歩いているというわけ。

 晴れていれば少しは軽い気持ちで学校まで行けたのに、こう重苦しい空じゃ気分まで落ち込んでくる。


「おはようございますぅ、ひとよちゃん、天照くん」

『おはようだミお二人さん! 今日も仲良くラブラブ登校ですかミ?』


 後ろからの声に振り返ると、すっかりお馴染みとなった水野とリズがいた。

 こんな悪天候だというのに、水野は普段通りのほほんとしているし、リズは元気が有り余っている様子。先生から掃除を言い渡された時はあれだけショックを受けていたのに、立ち直りの早い奴だ。


 ――ブラブラ登校中ですよ。

『いやブラブラじゃなくてミ……まぁいいミ。「え、何だって?」って言う主人公よりも、聞き間違えた主人公の方がまだ好感持てるミ』

 ――何の話だ……?


 どうして主人公がどうのこうのと言った話が出てくるんだろう? ブラブラ登校してるだけなのに。


「それにしても、休みなのに登校ってなんか変な感じですねぇ。誰ともすれ違わなくて少し不安になっちゃいますぅ」


 夏休みの初日に学校に掃除で呼び出される生徒なんてどこを探しても俺らくらいなものだろう。長期休暇の貴重な休みをさっそく一日潰そうとしているのだから。


『でも、誰もいない校舎に入れるわけだから言い換えれば学校貸切ミ! なんか興奮しないかミ!?』


 リズはそれで少し嬉しそう、というか楽しそうにしているのか? 何事にも楽しさを見出すのは一種の才能か。不安でも興奮でも、人のいない学校そのものにドキドキしてしまう点については同意だった。


 まあ、正確に言えば野球部とか、部活動の練習で学校に来ている人はいるのだろうけど、今日はあいにくの雨。運動部は休みになるところが多いから、それだけ人も少なくなる。


「おいっすみんなー! 揃ってるなー!」


 またしても後ろから聞き慣れた声。

 親友の仁だ。


 ――よう、仁。

「…………ぉはょぅ」

『おはようだミ、ヒトシさん!』

「おはようございますぅ」


 それぞれが挨拶を交わし、みんなで歩を揃えて学校へ。

 やっぱり五人揃った時の安心感というか、安定感というか、誰かが欠けてしまってもダメな感じは……ちょっと嬉しかった。


   *


 誰もいない校舎に入り、まずは職員室へ。事前に打ち合わせた話によれば担任の葉山先生がいるはずなので、指示を仰ぐようにと言われている。


「来ましたわね〜。ちゃんと五人揃ってるようで、感心感心」


 控えめにノックして中に入ると、葉山先生が出迎えてくれた。他の先生の姿は見えないけど、ここまでシンとした職員室も何だか新鮮。


「掃除してもらいたい場所を一覧にしておきました。終わった場所にチェックして、提出してください。今日一日で全部やるもよし、何日かに分けてやるもよしですわ。個人的には今日中に終わらせて欲しいですが、どちらでも構いません」


 先生からプリントを受け取る。

 ざっと見た感じだと量は多いけど、さほど大変な場所はなさそう。これなら頑張れば一日で終わらせることも出来そうだが、ペース配分は要相談、だ。仁はともかく、女子組の体力が持たないかもしれないし。


「掃除道具はどこのものを使っても構いませんわ。ではお願いしますね〜」


 にっこり笑顔で小さく手を振り、お願いされた。


「さて、作戦会議と行こうか」


 職員室から出てすぐの廊下で仁が口を開く。


「掃除の基本と言えば『上から下、奥から手前』だ」

 ――そんな言葉があったのか。

「…………たまにぃぅわね」


 ふむ、ひとよが言うなら本当なんだろう。

 その言葉通りに進めるならば、4階から。そして両端に階段があるから奥からというと、真ん中からになるのか?


「それから大は小を兼ねる的な感じで、大きいものから先で、次に細かいものの順な」

「掃き掃除してから雑巾がけ、ですね〜?」

『イグザックトリー! ミコさんミ!』


 まぁ定番のやり方……というか当然のやり方だな。箒であらかた埃を払ってから、雑巾でトドメの流れだろう。わざわざ言うまでもないことだ。


「女子組は箒で掃き掃除。男子組はその間に雑巾をなるたけ確保。濡らしてからが勝負だぜ」


 どういうわけか仁が妙なやる気を見せていて、リーダーシップを発揮していた。まぁそういう面倒なのを率先してやってくれて、引っ張ってくれる人がいるのはありがたい。

 誰もやりたがらないからな、リーダーって。


 ――てか仁よ、もしかして廊下からやる気か?

「そのつもりだが何か問題が?」

 ――廊下は一番行き来があるんだから、最後にやるべきじゃないか?

「…………」


 あ、黙った。


「そこはほら、あれだよ。オレってばショートケーキっていちごから行く派なんだよ」


 廊下にショートケーキかいちごが転がってるとでも思ってんのかコイツ?


「なんだったら間に挟んであるいちごも全部食ってから、スポンジと生クリームだけを頂くね」

 ――ずいぶんと偏った食い方だな。


 廊下がスポンジで、埃が生クリームなんだと考えよう。いちごは……消しゴムとかそういった落とし物だ。

 要するに……いや全然要せてないけど、つまりは廊下の掃除が一番楽しそうだと思ったのだろう。

 だから最初にやろうとしている、と。


『全部掃除すれば問題ないんだから、順番はあまり気にしなくていいんじゃないかミ?』

 ――それもそうだな。


 やれることをやっていこう。モチベーションが高いうちに、可能な限り進める方が得策か。

 効率を考えるよりも、みんなで楽しく、それでいて最後まできっちりとやろう。わざわざ来てくれた先生や水野のためにも、途中で投げ出したり中途半端は良くない。


 ――じゃあ、女子組はさっそく掃き掃除よろしく。俺らは雑巾の準備してくるよ。

『アイアイミー!』


 リズの元気いっぱいな返事を聞いてから、仁と二人で雑巾とバケツを持ってきて水を汲み、濡れ雑巾を用意する。

 その作業の途中で、


「天照よ、お前はオレの親友だからもう気付いてると思うが……」

 ――どうした急に。


 仁がバカなことにはとっくに気付いているけど、他のことはサッパリだぞ。


「女子は掃き掃除、男子は雑巾がけという役割分担には裏の事情があるんだ」

 ――ほう。あまり期待せずに聞こうじゃないか。


 気付いてる風を装って、話を聞いてやることにする。どうせロクでもないことを考えているんだろうけど、言って治るような奴じゃないこともわかっている。


「上手くやれば、女子のスカートを覗けるかもしれないぞ!」


 俺は汚い濡れ雑巾を仁の顔面にべちゃっと投げつけてやった。


「うぉおい?! きったねぇな何するんだよ?!」

 ――アホかお前は。なに考えてんだよ。


 変な方向に情熱を燃やしてるんじゃない。もっと真剣に掃除を終わらせることを考えてくれ。

 それに覗かれた女子は嫌な気持ちになるだろう。ってか前も覗いてたよな確か。あれは偶然だったけど今回は確信犯だ。

 これは、紳士的に止めねばなるまいて。


「お前も男ならこの気持ち、理解できるだろ……?」


 そんなにカッコよくドヤ顔決めて言われても、やろうとしていることはスカート覗きだろ? 全くカッコよくないぞ。見た目は悪くないだけに、凄く残念だぞ仁よ。


 ――あのな、確かに俺も男だから気持ちは分からないでもない。けど、そんなことしても自分が満足できるだけで彼女らは喜ばないだろう。真の男なら自分より相手を優先するべきじゃないか?

「真の男……」


 俺の言い分に、仁は一瞬悩むような間を置いてから、


「じゃあオレ男やめる!」

 ――あ、そっち行っちゃう?!

「女になって堂々とスカート覗く!」

 ――中身が男のままじゃないか?!


 何の解決にもなってない。女の子同士なら問題ないかもしれないが……納得いかないぞ。

 仁は水の入ったバケツを持って逃げるように離れていく。


「ほら行くぞ天照! 桃源郷がオレを待っている!」

 ――……やれやれ。


 思わずため息が漏れてしまう。

 とにかくこれは、掃除だけでも面倒だったのに仕事が増えてしまったかもしれない。

 仁の魔の手から女子組を守らねば、という使命感が俺の中で燃え盛った。


 ――めんどくさ。


 とぼやきつつ、急いで雑巾の準備をしてから駆け足で、仁の後を追いかけた。

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