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その5

 帰りのHRホームルーム前の僅かな時間。


 狐のお面をかぶった語尾が変な女の子、リズベルト・パールホルン(愛称リズ)はイスをガタンと鳴らして立ち上がる。


『とうとうこの季節がやってきてしまったミ!』


 まだまだ夏真っ盛り。そんな高いテンションで乗り越えられるのか心配になってくるが、周りの友人たちは見て見ぬ振りをして完全無視。

 省エネモードに入っている。


 予想外の反応にショックを受けつつ静かに座り、


『とうとうこの季節がやってきてしまったミ!』


 再びイスを鳴らして立ち上がり、全く同じことを言う。


「…………どぅしたの?」

「り、リズちゃんいつになく元気ですね」


 仕方なく、といった体を隠そうともせずに、小さな女の子と天然そうな女の子が、恐らく求めていたであろう問いを投げかける。


 小さい方は、森井もりい ひとよ。ふわふわの髪の毛を腰より長く伸ばし、そのままだと広がってしまうので毛先の方でゆるく纏めている。超強力な羽角のような癖っ毛があって、何度撫でつけても直らない。


 天然そうな方は、水野みずの 巫女みこ。肩で切りそろえられたサラサラの髪に、純粋な笑顔が男子に人気だったり。妄想癖のある女の子で、しょっちゅう鼻から赤いキラキラを生産している。


 案の定、リズは嬉しそうに続きを喋り始めた。


『もうすぐテストミ! これの結果によっては貴重な夏休みが潰れるか否かが決定するミ!』

「…………そぅね」

「ドキドキですねぇ」


 水野はともかく、ひとよは頭が良くて学年トップクラスなので余裕そうだ。

 テストで一つでも赤点があれば補習。当然その日は夏休み中であっても学校に登校しなくてはいけない。貴重な休みがなくなってしまうというわけ。


 それだけは回避したくて必死になる連中が多く、リズもその一人のようだ。


『そういうわけでこれから勉強会を開催するミ! アマテルで!』

 ――俺んちかい!


 急に矛先がこちらへ向き、驚く。


 学生の本分は勉強、と言うし、その試みは正しいと思うけど俺をいきなり巻き込むのは勘弁してほしい。


『当然ミコさんもヒトヨさんも参加ミ!』

「いいのですかぁ?!」

『もちろんだミ』

「…………天照の、ぉぅち……」

 ――俺の意思は……?


 すぐ隣にいるのに本人の許可なくどんどん話が進んでいく。

 単純に勉強を教えて欲しいだけなら俺の家じゃなくても、例えば図書館とかを利用すればいい話だろう。なのにどうして俺の家?


「残念だけど……」

『あ、ヒトシさんだミ』

 ――いいタイミングだな。


 教室のドアのところで無駄にカッコつけて立っているこいつは会津あいず ひとし。俺の数少ない親友で、一緒にバカをやってくれる相棒だ。

 別のクラスだが、いつもいつもいいタイミングで現れる。


「……オレはアニキから呼び出しを喰らってしまったので参加できそうにない! 悪いな!」

 ――そうか、そらさんからじゃしょうがないな。


 仁にはお兄さんがいて、完璧超人とでも言えてしまいそうなほどのすごい人だ。仁の家には何度か遊びに行ったことがあって、その時に挨拶はしたけど、カリスマ性みたいなオーラをヒシヒシと感じさせる人だった。

 悪いな! と言いながらも少し嬉しそうなのは、天さんに頼られるのが珍しいからだろう。


『あらん、残念だミ。家庭の事情じゃしょうがないミ……おみやげ話期待しててミ!』

「それ勉強の話だろ!? ……とにかくそういうわけだから、オレはもう行くなー! サラダだ!」


 シュバッ! とカッコよく手を振り、下手くそなウインクを残して先に帰ってしまった。最後の古臭い挨拶については触れないでいてあげよう。


『じゃあ我々も急いで帰って、各々必要な準備を済ませたら速攻でアマテルさんちに集合ミ! 部屋を片付ける時間を与えちゃダメミー!』


 直接来ればいいのにと、ふと思って、すでに俺も招き入れる姿勢を取っていたことに気付く。

 ……やれやれ。

 速攻で帰って片付けよう。


 解散になった瞬間、四つの影が教室を飛び出した。


   *


 ピンポーン。


 我が家のインターホンが来客を知らせてきたので出ると、予想通り最初にやってきたのはひとよだった。他の三人の中では一番我が家に近いので当然か。

 足も速いので本気を出せばもっと早く来れただろう。しかし涼しそうな顔をしているので走ってきた様子ではない。


 ――どうぞ。

「…………ぉ、ぉじゃましま、す」


 微妙にオドオドしてるのは、初めて来たからだろうか。他人の家に初めて上がる時は変に緊張してしまう気持ちはわからなくもない。


 とりあえずちゃんと片付けておいた自室へ通し、お茶を持ってくるからと言い残して少し待ってもらうことにした。



   【ひとよside】



「…………」


 天照の部屋に通してもらったものの、落ち着かない。ここで毎日を過ごしているのだと思うと妙にドキドキしてしまう。

 男子の部屋といえばどんな感じ? と質問されれば「汚い感じ」と答えるけど、天照の部屋は? と聞かれれば「綺麗な感じ」と間違いなく答える。

 そして実際にその通りだった。


 真ん中に置かれたガラスのテーブル。窓際に置かれたベッド。角にある机。整理された背の高い本棚。


 ほのかに感じる天照の香り。


「…………ぁ」


 なんだろう〝天照の香り〟って。自分で言っておいて恥ずかしい。


 まるでその香りに誘われるように、私はベッドの枕をロックオンしていた。


 ――あさるなよ?

「…………ひゃぃ?!」


 後ろから見透かしたようなタイミングで声がかかる。

 お茶を用意しに行ったと完全に油断していて、ドアの開閉音に気付かなかった。それもこれも、全部が魅力的に映ってしまうこの部屋が悪い。


 天照は再びドアを閉め、気配が離れていくので今度こそお茶を用意しにいった様子。


〝あさるなら今だミ〜〟

〝だ、だめですぅ! よくないですよぉ!〟


 脳内で天使と悪魔が論争を始める。イメージがリズとみこなのは、わたしの印象が決定しているのか。納得の配役。


 入り口から遠い位置、テーブルとベッドの間にあった座布団に腰を下ろし、深呼吸してとりあえず落ち着く。


「スゥー…………くはぁっ……?!」


 失敗した。

 一つのテーブルを複数で囲む場合、先に来た人が奥から詰めていくのが常識だけどそれが災いした。ついでに言えば深呼吸したのもまずかった。


 すぐ後ろのベッドから、クラクラしてしまいそうになる香りが。それだけでどうしてこんなにも、どっくんどっくん、と鼓動が激しくなってしまうの?

 もしいま天照が入ってきて無言になったら、胸の音が伝わってしまいそう。


 ――おまたせ。

「…………!」


 なんてこと。本当にやってきちゃった。


 トレイに乗った麦茶をガラスのテーブルへ。

 からん、と中に入った氷が涼しげな音を立てるけど、私の顔は逆に火照っているのがわかる。


 ――よいしょ。


 そんな私のドキドキも知らず、右手側に普通に座り麦茶を一口。


 ――やっぱり夏は冷えた麦茶だね。

「…………そ、そぅね。冷ぇたむぎちゃはぉぃしぃわ」

 ――飲んでから言ってくれるかな……。


 こんな状況じゃ、液体ですら喉を通らない気がするし、味もわからない。

 でもせっかく天照が気を遣って出してくれたものに口を付けないのも失礼かと思い、ドキドキで震えそうになる手を抑えながら一口。


 いつもと違う味がした。


 ――おいしい?

「…………べつに、ふつぅ」

 ――そっか。


 特に気にした風もなく笑って言う。


 美味しいのだろうけど、ひんやりとした感覚しかわからなかった。


 それから恐れていた無言の時間が始まる。こんなことなら変に急がずにみんなとタイミングを合わせればよかったかも。

 好きな人と二人きりの時間がこんなにも苦しいなんて。


 本当に胸の音が聞こえちゃいそう。

 聞こえないよね? 聞こえてないよね?


 ――ひとよ? 顔赤くない? 平気?

「ふぁっ!? へぃき! …………へぃき、だから」

 ――そう……?


 ならいいけど、と少し心配そうな顔をしながらも納得してくれた。


 平気なわけあるか、朴念仁め!

 と、つねって引っ掻いてかじり付きたい。


 ――お? ちょっとゴメン。


 天照の携帯のバイブレーションが振動し、画面を一目みてから首を軽くひねり怪訝な表情で「?」を浮かべると、状況がよくわかってないながらも突然部屋を退室していった。


 どうしたんだろう?


 よくわからないけど、一人きりになった途端またしても天使と悪魔が舞い降りた。


〝さぁ! アマテルさんがいない今のうちに早くミ!〟

〝だからダメですってばぁ!〟

〝ミコさんはお黙りミ!〟

〝あ〜れぇ〜……?!〟


 天使みこが負けて、気付けば私はすぐ後ろにあるベッドの枕を手に取っていた。


「…………はっ?! だめ、ょ……」


 そこで理性が復活して、枕を元の位置に戻そうとするのだけど、抗えない何か未知の力によって枕が吸い寄せられていく。


 だめ、なのに……!


 ぽふっ。すーはー……。


 顔をうずめてしまった。

 あれ、さっきまであんなにドキドキしてたのに、急に落ち着いてしまった……。


「ひ、ひとよ……ちゃん?(ツー)」

『予想通りの展開に驚きミ』

「…………〜〜っっ?!」


 鼻から赤いキラキラを垂らすみこと、ニヤニヤと腹が立つような含み笑いのニュアンスで言うリズがいた。


「…………きぉくは強ぃしょうげきで消ぇるらしぃわね……」


 インターホンの音も聞こえなかったし、どうやってここに入ってきたのかは知らないけど、脳を揺さぶれば記憶を改ざんすることは可能なはず。


 パァァァンッ!


 とりあえず正拳突きを寸止めた衝撃波で中から直接揺さぶってみればいいかしら……?


『ちょちょちょ! そんなの喰らったら死んじゃうミ!』

「さっきのは天照くんには黙ってますから、怒らないでくださいぃ……!」


 枕に夢中になってた自分に対して正拳突きをやりたかった……。



   【天照side】



〝いま外にいるミ。ヒトヨさんには内緒で入れてミ〟


 というメールを受け取り、訳が分からずも玄関を開けたら本当にいた。水野も一緒に。

 二人追加ということで、二人分のお茶を準備していたら俺の部屋から鞭のクラップ音みたいな、激しい衝撃波の音が聞こえてきたけど、いきなり盛り上がっているらしい。


 トレイに麦茶を乗せ、自室の前に行くと、


『おほぉー! これがアマテルさんのマクラ! シャンプーの香りの奥からアマテルさんの存在が仄かにミー……! はい、今度はミコさんの番ミ』

『り、リズちゃん?! 私もやるんですかぁ?!』

『…………!!』


 扉の向こうでは、女子三人が楽しそうに声をあげていた。


 ――君ら人の枕で何やってるんですか。


 扉を開けて中に入ると、水野が俺の枕を持ってあたふたしていた。


『アァ?! アマテルさんミ!』

「天照くん?! こここここれは別にですねぇ……?! あのえと……ひとよちゃんパスですぅ!」


 俺の枕を部屋の隅で小さくなっていたひとよに放り投げてパス。

 それを受け取ったひとよは、腕を回して抱き寄せて、


「…………すー……はー……♡」


 と。

 体の対比で、いつも使ってる枕が変に大きく見えるが、その枕を元の位置に戻し、


「…………さ、べんきょうをはじめましょ」


 テーブルとベッドの間に座り、教科書を開いた。


『無かったことにしたミ?!』

「ひとよちゃん萌え萌えですぅ!(ブッシャァ)」


 ひとよのしれっとした一言で、今回の集まりの目的がテスト勉強ということを思い出し(おい)、さっきのは見なかったことにしておいて、テーブルを囲み勉強を始めた。

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