その4
体育でのバレーボール勝負も決着が付き、昼休み。罰ゲームの時間がやってきた。
負けたチームは〝昼飯おごり〟と〝なんでも命令権〟ということで、命令は後回しにしてとりあえず昼飯をおごってやることに。
ちなみに得点係兼審判を務めた水野 巫女は勝負に参加していないし、何よりお弁当派ということで、今回の罰ゲームはスルーすることになった。
――で、どうするんだ? 食堂行くのか? 購買で何か買ってくるとか?
『しょうがないからどっちでもいいミよ』
「なんで偉そうなんだよ」
狐のお面をかぶった語尾が変な女の子、リズベルト・パールホルン(愛称リズ)は負けたくせにふんぞり返って仁に突っ込みを喰らっている。試合には負けたが、勝負には勝った、というやつか。考えてみれば、最初のサーブは誰もが驚かされたからな。
「やっぱ購買だろ。あそこは競争率高いから、そのほうが罰ゲームになるだろ?」
――ふむ、なるほど。
楽しそうに語るのは、俺の親友の会津 仁。一緒になってバカをやってくれる数少ない相棒だ。
しかしただ奢られるだけでは飽き足らず、険しい試練まで課そうというのかこの男は。
ひしめき合う人々でカオスと化した戦場へたった二人で突撃してこい、と。
「…………わたしは、べつに……」
もじもじと遠慮がちに言う彼女は森井 ひとよ。とても小さく、気も小さい。でも強い。フワッフワの髪を腰より長く伸ばしていて、そのままだと広がってしまうから毛先の方でゆるく纏めている。羽角のような癖っ毛があるのが特徴。
バレーボール勝負では相手チームに引き込まれ、その攻撃力にコテンパンにされた。
――別に遠慮しなくていいんだぞ? 好きなの買ってくるから。
「…………じゃぁ、天照がかってきたのなら……なんでも」
――わかった。
女の子は甘いの好きだろうし、そこら辺を考慮して選んでおくか。
あるいは、ひとよなりに気を使ってくれたのかもしれない。無理に人気のある商品や高い商品を買ってこなくてもいいよ、と。
なんとなく嬉しくなって、羽角のような癖っ毛を直すついでに頭をなでなで。
「…………♡」
「ひとよちゃん……かわいいですぅ(ツー)」
ほんわか天然ドジっ子の水野は、緩みきったひとよの表情を見て妄想が広がって、赤いキラキラを鼻から垂らしていた。
――仁は? 何がいい?
「愛と勇気を買ってきてくれ」
「そんなものがあるのですかぁ?!」
「…………なぃわょ」
「飢えたケモノどもがこぞって買っていくからな……特に愛は、気を付けろ……!」
「ひぃぃ!」
仁がドスの効いた恐ろしい声で言うものだから、完全に水野が信じちゃってアワアワしている。
よく購買を利用するからわかるが、いや利用しなくてもわかるが、当然そんなものは売ってない。
――で? 本音は?
「オレはやっぱ人気商品がいいな! 残ってるやつで一番人気なのを頼む!」
『まったく……遠慮ってものをしらないのかミ。ヒトヨさんを見習えー!』
「森井さんは天照からならなんでもご褒美みたいなもんだからな。オレは厳しく行くぜ!」
「…………ちがっ……」
愛と勇気とか、売ってないものを要求するのは厳しい以前の問題なのでは。ひとよがなにやら否定したがってるようだけど、仁の押しに負けたのか否定しきれていない。
――じゃあ行ってくる。
『いざ、戦地へミ!』
「その間に命令のほうでも考えとくわ〜」
「…………ぃってらっしゃぃ」
「気をつけてくださいね! 愛と勇気に飢えた人がたくさんいるらしいので!」
水野が本気で心配そうにしているけど、どこまで純粋なんだこの子は。
何はともあれ、俺とリズは戦場と化しているであろう購買部へ向かったのだった。
*
リズと二人で戦利品を両手にぶら下げ、教室へ戻ってきた。
ちなみに〝error〟と表示されて動かなくなっていた我がクラスの冷房は体育の時間中に業者さんが直してくれていたらしい。
おかげで体育のあとの火照った体に程よい冷気が気持ち良かった。
「おっ! きたきた待ってたぜー!」
「…………ぉかぇり」
「お二人とも大丈夫でしたか?! 怪我とかされてませんかぁ?!」
『だ、ダイジョミダイジョミ』
――仁、誤解を解いておけよ……。
俺らが買いに行っている時間があったのだから、その間にネタばらしをしておいて欲しかった。
ウンザリとしていると、ひとよがくいくいっと袖を引っ張って、物欲しげに俺を見つめている。
――お待たせ。ひとよにはチョコスティックパンとお菓子とお茶な。
ぽふっ。なでなで。
頭をひと撫でしてから戦利品を手渡す。なんというか、近所の子供と接している感覚だ。羽角のような癖っ毛は強力でやっぱり直らない。
「オレのは?」
『ヒトシさんはあんぱんと、あんぱんと、あんぱんミ!』
「あんぱんばっかじゃん?!」
『ちゃんと注文通りのものを買ってきたミ』
「じゃあ残ってるやつでこれが一番人気だったのか……」
『いや愛と勇気ミ』
「そっち?!」
リズがちょっとしたお茶目を発揮して買って来たあんぱん。愛と勇気といえばあんぱんでしょミ、とニヤニヤした風に言っていたから、何が裏がありそうだ。
ちなみに、残ってる商品の中では本当に人気の商品である。
「ま、まぁあんぱんも嫌いじゃないし、わざわざ買ってきてくれたからありがたく食うけど!」
『どうぞどうぞミ』
これで全員に食料が行き渡った。
俺はサンドイッチ×2と自販機のジュース。やっぱりかなり出遅れたので、ほとんど売り切れていた。
購買戦争に勝利するには、チャイムと同時に教室を飛び出すくらいじゃないと欲しいものは買えない。
ごく稀に割引セールをやる時があって、その時はより激しくなる。俺も仁も、この時ばかりは本気を出さざるを得ない。
全員でいただきますをして、食べ始め……
くいくいっ。
――ん? どうしたひとよ。
さっきと同じようにシャツの裾を引っ張ってきた。
顔を真っ赤に染めて、言いづらそうにモジモジしているがどうしたのだろうか? 早く食べないと昼休みが終わってしまう。
「ほら森井さん。言っちゃえ言っちゃえ!」
「ふぁ、ふぁいとですぅ!」
「ぅん…………天照……」
しっかりと聞いてないと聞き逃してしまいそうなほど小さな声。
俺はひとよの声に意識を集中させる。
「…………ぁ〜ん……して、ほしぃ……」
――あ、あーん……?
どうして急にそんなことを……あ、そういうことか。
そういえば購買に行く前に仁が「その間に命令のほうでも考えとく」と言っていた。つまりひとよのこのお願いは罰ゲームの〝なんでも命令権〟を行使しているというわけだ。
俺が今手に持っているのは自分で買ってきたサンドイッチ。それをひとよの口の前へ。
――あーん。
「ぁ……ぁ……ぁーん……」
小さな口を開けて恥ずかしそうにサンドイッチを、
ヒョイ。ぱくっ。ヒョイ。ぱくっ。
食べられなかった。
「…………〜〜っっ!」
――いや、お約束かなって……。
恥ずかしさが爆発してぽかぽか殴りつけてくるが、あら不思議ぜんぜん痛くない。ボールを破裂させたあの破壊力はいずこに。
「ぐっじょぶ!」
『さすがアマテルさん分かってらっしゃるミ!』
「ぱくぱくしてますぅ!(ブッシャァ)」
それぞれの反応を見せて盛り上がっているが、さすがにひとよに悪いので、この辺で終わりにしてサンドイッチを食べさせてあげた。
――あ、マヨネーズ。
口元にマヨネーズが付いていたので指ですくって取り、それをもったいないので食べた。
「…………(ボフンッ)」
「うわぁ?! 森井さんが機能停止した?!」
『いまのは破壊力抜群だミ!』
ひとよと水野の二人がダウンしてしまった。
「しばらくすれば復活するとして、リズよ! オレの命令を聞いてもらおうか!」
『ムムッ! 今度はワタシのターンミ?!』
リズも罰ゲーム組なので、順番的にはそうなる。
ひとよが俺に命令権を行使したので、残るは仁のリズに対する命令だ。
仁はどんな命令をするんだ……?!
「フッフッフ……」
意味深に笑ってタメを作る仁。早く言えよ。
「オレに飲み物を持ってきてもらおうか!」
――の、飲み物?
無駄にタメを作った割には非常にどうでもいいというか、わざわざ命令権を行使してするようなお願いでもないような。
「あんぱんしかなくて喉が渇いた……!」
――ああ……。
俺は飲み物も合わせて買っておいたが、そういえばリズはあんぱんしか買っていなかった。
あの時のニヤニヤはもしかしてこれを見越していたのか。そういう作戦だったのか。飲み物が欲しいという簡単な命令を引き出すための罠だったと!
なんという策士!
というか仁がバカなだけかもしれない……。
『そんなこともあろうかとすでに買っておいたミ! はいどーぞミ』
「おうサンキュ」
普通に飲み物を受け取る仁。これで命令権を消化したので、罰ゲーム完全に終了。
気付いていないあたり、やはりバカだった。
「…………天照……」
――ん?
復活したひとよが、買ってきたチョコスティックパンをこちらへ差し出している。気まずそうに目をそらしているが、たまに様子をうかがうようにこちらをチラチラ。
「…………ぁ……ぁ〜ん」
お返しか何かか、俺にも「あーん」を要求している。もう罰ゲームは終わったのだけど、このまま何もしなかったら延々とこの状態で待機していそうだったので、素直にあーんと食べた。
食べる直前で避けられるかと警戒していたけど、そのまま食べられた。
「幸せですぅ……」
「お、水野さんが復活した」
『ハーイハイごちそうさまだミ』
こちらを見て三人がニヤニヤ。
なんなんだその表情は。
「ところで、リズは購買利用するのは初めてだったよな? どうだった? 武勇伝を聞かせてくれよ」
『ああ……』
語尾の「ミ」を付けるのも忘れて、熾烈な戦いを思い出しているのか遠い瞳をしている。狐のお面でわからないけども。
ピークを過ぎていても人混みは相変わらずで、とにかく販売しているおばちゃんの元まで辿り着くのが大変だった。
『なんというかミ……あの世界に踏み込むには修行が足りなかったと身をもって知ったミ』
「いったいリズちゃんになにがあったのですかぁ?!」
――まぁ、いろいろとな。
人混みに揉みくちゃにされて、人壁の向こうからリズの悲鳴だけが聞こえてきた記憶はある。
『アマテルさんがニンジャの如くすり抜けていくから真似しようとしたら身動きが取れなくなってミ……』
「ああ……あれができんのは天照くらいだからな。オレにも無理だ」
そんな大したことをしたつもりはないのだが、結構な難易度のことを俺はやっているようだ。単純に人混みの隙間を見つけて体を滑り込ませているだけなんだけど。
それを連続でやっているうちにおばちゃんの元へとたどり着く。
ピンポンパンポーン。
教室に取り付けられているスピーカーから校内放送の音が。
〝神谷天照とリズベルト・パールホルン。放課後、生徒指導室へ来るように。繰り返す……〟
「お二人の呼び出しですね?」
「お前ら何したんよ……?」
呼び出される心当たりといえば、あれくらいか。
――購買部へ行く時にショートカットを少々。
『あとは最終手段で秘密兵器を使って邪魔者を排除したくらいかミ』
「…………それだぃじょぅぶなのかしら……?」
リズが発明した装着型ローラー靴で廊下を疾走。先生に見つかったので窓から外へ飛び出して逃げるついでにショートカット。
今世紀に類を見ないであろう「廊下は滑らない! そして飛ばないー!」と注意する先生の声を背後に受けつつ購買部の人混みに体当たり。
俺は穏便に買い物を済ませたが、リズがちっとも商品とおばちゃんに接近できなかったので、これまた発明を使って周りの人を押しのけていた。
という一連の流れを説明すると、
「幸運を祈る!」
ビシッ! と親指を立てていい笑顔を浮かべる仁。人の不幸は蜜の味とでも言いたげだ。
放課後までに怒られる覚悟を固めておく必要がありそうだった……。
次からは自重しよう。
*
放課後。
リズと一緒に生徒指導室で先生に叱られたあと、解放された帰宅途中に買い物があるからと分かれ道で別々になって、しばらく歩いているとその先で見知った姿を見つけた。
ひとよだ。
日も傾いて暑さは鳴りを潜めているが、まだまだ余韻の残るアスファルトに、一人で突っ立っていた。
俺の存在に気付くと、無表情ながらも駆け寄ってくる。
――ひとよ? 先に帰ってたんじゃないのか?
「…………ぅん、まぁ。ぇと……」
言葉を探しているようで、モゴモゴと何かを言っては蝉の鳴き声にかき消されていく。
「その……へぃきかな、て……」
ああ。
ようやく絞り出せたその言葉に、ひとよの言いたいことと気持ちは全て込められていた。
――心配してくれたんだ?
「…………っ! べつにしんぱぃなんて……」
ぷいっとそっぽを向くひとよ。
俺はそんな態度にふっと笑って、小さな頭に手を乗せた。
――ありがとう、ひとよ。
「…………ばか」
珍しくハッキリと発言して、いたたまれなくなったのか、背を向けてしまった。
――帰ろうか。
ポンポン、と軽く頭を撫で、歩き始める。
ひとよは黙って付いてくる。小さな歩幅で、それでもしっかりと。
隣を歩いているわけじゃない。後ろを歩いてるわけでもない。
それでも長く伸びた影は、ぴったりと寄り添ってくれていた。