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その3

 狐のお面をかぶった語尾が変な女の子、リズベルト・パールホルン(愛称リズ)が魔改造した扇風機により吹き飛ばされた親友の会津あいず ひとしが全身ボロボロになりながらも教室に戻ってきた。


「お、お前らなぁ……せっかく毎回遊びに来てやってんのにいきなりそれはないじゃんよ!」


 握りこぶしを震わせて怒鳴る仁。


 こちらの四人が隣のクラスに行くよりも、隣のクラスから仁一人が来た方が混雑しないし都合が良い。だから時間ができるたびにこちらのクラスに遊びに来てくれているというわけ。


「ま、まぁまぁ落ち着いてください〜」

「落ち着けるか!」


 ほんわか天然ドジっ子の水野みずの 巫女みこがなだめるように言うが、仁の怒りは収まらない。

 まだプンスカしている。


 ――そんなにプリプリするなよ。

「いやプリプリはしてねぇよ?! どっちかってぇとプンプンしてんだが?!」

「…………ぶじでなにょりょ」

「あなたが命令してたっぽいんですけどね⁈」


 こちらの教室の冷房は〝errorエラー〟で動かず、しかし仁のクラスの冷房は稼働していて、一人だけ涼んできたことから始まったこの抗争。

 どんな流れになるのかと思っていたら仁から面白そうな提案が。


「こうなりゃ一時間目の共同体育で白黒付けようじゃねぇか!」

 ――良いだろう。乗った。

『確か体育館で男女一緒にバレーボールだったミ?』


 お面で全く見えないがニヤニヤと笑うリズ。どうやら体育館、あるいはバレーボールに〝何か〟あるらしい。これは敵味方問わず覚悟しておいた方が良いと俺の五感が叫んでいる。


「よぉしお前ら覚えてろよ! オレの殺人サーブを見せてやるからな!」


 と景気よく言い置くと自分の教室に戻っていった。

 そのタイミングでチャイムが鳴り響く。


 さすが仁。毎日のように遊びに来てるからチャイムの鳴る時間が体に染みついているようだ。


『ところでミコさん』

「はい、なんです?」

『こんなこともあろうかと持っていたアレにはちゃんと履き替えたミ?』

「は、はい。ほんと助かりましたぁ。ありがとうございます〜」


 ヒソヒソと話し合う二人。丸聞こえだが、何の話だろうか。


『まさかパンツまで濡れちゃうなんてミ。予備を持っててよかったミ』

「ひぃ! 結局言っちゃうんですか?!」

「…………すこしは礼節をわきまぇなさぃょ」


 うん、聞かなかったことにしておこう。


 そしてやってきた担任の先生の話を聞き、HRホームルーム終了。

 俺たちは体操着に着替えて、決戦の場〝体育館〟へとおもむいたのだった。


   *


 準備運動もしっかり済ませ、バレーボールの時間がやってきた。

 いつもの五人でコートを占領し、俺も含め全員がやる気に満ちている。


「よーし、じゃあやるか! 負けた方は〝昼飯おごり〟と〝何でも命令権〟な!」

 ――罰ゲームあるのか。

『ミッヒッヒ……その方が燃えるというものだミ?』

「球技は苦手ですけど頑張りますぅ!」

「…………まけなぃわ」


 バレーボールで勝負という話を聞いてすぐ、俺はとある問題に気付いていたが、これまた面白そうだったのであえて黙っていることにした。どちらにせよもうすぐ分かることだ。


「さぁ、勝負だぜ! ――ってあれぇ?!」


 あ、気付いた。


「こっちのコート、オレ一人?!」


 高いネットを挟んで、相手コート側には仁が一人寂しくポツンと突っ立っていた。

 涼んでいたのは仁一人だけなのだから、こうなることは目に見えていただろう。4対1だ。そもそも5人でバレーボール勝負をやろうというのが間違いだったんだ。


 ――涼んでたのはお前だけなんだから、当然だろ。

「いや、ちょ! さすがにこれは無いでしょ! お前ら血も涙も無いのかよ?!」

『勝負は常に非情、だミ……』


 4対1でバレーボールなんて非情を通り越して理不尽でしかないからさすがに可哀想になってきたが、こればっかりはどうしようも無い。なにか解決策を考えないことには、このままボールで仁を蹂躙する未来が待っている。


「あ……そ、そうだ! ちょっと森井さん、こっちに来てくれ」

「…………なに」


 怪訝そうな表情を浮かべるひとよだが、ネットの下をくぐって……というか身長的に素通りして、仁の元へ。

 そしてコソコソ耳打ちをすると、明らかにひとよの表情が変わった。なんというか、目を輝かせて、これ以上なくやる気に満ち溢れているというか。


 一体何を吹き込んだんだ……?


「オレから提案がある!」


 仁が声高らかに宣言する提案とは。


「ビーチバレー方式での勝負を所望する! オレの相方は森井さんだ! 許可は得たぜ!」

『なんですと?! あのヒトヨさんを言いくるめるとはミ……できる!』


 汗を垂れ流してゴクリと唾を飲み込むリズ。

 よくわからないが、ひとよはダークサイドに堕ちたか。まさか敵側に寝返るなんて、夢にも思わなかった。


 ……が、相手にとって不足なし!


 ビーチバレーとは2対2で行われるバレーボール。基本ルールはどちらも一緒で、単純に人数が違うだけだと記憶している。

 求められるのは体力と瞬発力。水野は球技苦手と言っていたし、仁の「ビーチバレー方式」宣言の時からずっと頭上に〝? ? ?〟を浮かべているので、あの反応は恐らくビーチバレーを知らないんだ。


 ――だったらこっちはリズを相方に指名する! いいな?

「…………ぇぇ。もんだぃなぃわ」


 涼しげに了承するひとよ。余裕綽々なようだ。


 ――水野、そういうわけだから悪いんだけど得点係と審判お願いできるかな?

「は、はひ! 正直ちんぷんかんぷんだったので助かりますぅ!」


 やっぱり分かってなかったらしい。俺の判断は間違っていなかった。


 ――仁、罰ゲームの件忘れるなよ。

「へっ! こっちのセリフだぜ!」


 だんだん盛り上がってきた。勝つことによって得るものがあるだけで、ここまで気持ちが高ぶってくるとは、人間って面白い生き物だな。

 購買で競争率の高いイチゴオレと焼きそばパンをおごってもらう!


『勝ちに行くミ、アマテルさん! 一肌脱がせるミ!』

 ――ひと泡吹かせる、じゃないかな。使い所間違えまくりじゃ?


 お互いに気合い充分なのは分かったが、若干空回りしてる感じが否めない。


 深呼吸して心を落ち着かせる。


 戦力的にはほぼ互角か、少しばかりこちらが劣勢、といったところか。なんといってもひとよの攻撃力が未知数だ。仁がいい感じに足を引っ張ってくれることを期待するしかないだろう。

 対するこちらは攻撃力に不安を覚えるものの、バランスは取れている。リズはひとよの激しい攻撃を毎日のように受け続けているから色んな意味で耐久力は問題ない。


 やはり決定力が足りないが、そこはテクニックでカバーだ。


 ジャンケンの結果、こちらにサーブ権がきた。


『アマテルさん、最初のサーブはワタシに任せてほしいミ!』

 ――わかった、じゃあ任せる。


 特に意味もなく向こうチームに聞こえないように作戦会議。どっちがサーブを打つか決めるだけの話し合いだが、少しくらいはプレッシャーとして精神攻撃できるだろう。

 勝負はすでに始まっているのだ。


「で、では! 天照くんチームのサーブで、試合開始ですぅ!」


 水野のいまいち締まらない合図で試合開始。


『ハァァァァァァッッ! 必殺! 消える魔球ミィ!!』


 なんと、そんな魔球が打てるのか。必殺ってことは当たったら死ぬの!? とか、消えたら必ず殺せないじゃんとか、そういうバレーボール殺しの野暮なツッコミは置いといて。


 ぽーん。


 普通に下から打ち上げるサーブだった。気合い有り余りすぎ。

 緩やかな放物線を描いてゆるゆると相手のコートへ。

 落下点にはひとよが。二回連続で触れないルールなので、普通に考えれば三回目にはひとよのスパイクが来る。

 いきなり本命のスパイクを喰らうのは得点的に痛いが、早めに相手の実力を測れると考えれば悪くない。


 レシーブの構えを取るひとよ。落下してきたボールをやんわりと手首に当てて打ち上げ……


 パァァン!!


「…………にゃっ?!」


 ……られなかった。


 猫みたいな声をあげて目をまん丸にしているひとよ。


「ほんとに消えただとぉ?!」

 ーーいや、破裂したんだ!


 目の前でボールが弾け散ったのだから、ひとよは驚いて内心ドッキドキだろう。

 突然の出来事で完全に固まっている。


『ミッヒッヒ……これぞ消える魔球ミ!』


 俺らの知らない間にボールに何か仕掛けを施したらしい。いつどうやったのかはサッパリだが、サーブを打たせてくれと言ってきた辺りにはもう仕掛けられていたに違いない。

 そういえば教室で怪しげに笑っていたな……もしかしてこれのことだったのか?


「審判! 判定は?!」

「わ、私ですかぁ?! えぇと……の、ノーカンで!」

『ちっ』

 ――いや当たり前だろ。


 あからさまに舌打ちすな。


 得点係兼審判ということで、水野がノーカンと判定したので仕切り直し。

 先生に軽く叱られてから新しいボールを使用して試合再開。


 ――今度は普通によろしく。

『あいあいミー』


 一応釘を刺してから、同じように下からボールを打ち上げるリズ。

 それを恐々とレシーブするひとよ。何事もなくて安心したのはひとよだけじゃないだろう。


「ナイスレシーブ! さぁアタックだ! 天照に!」

 ――俺に?!


 レシーブでやんわりと上がったボールを仁がトスでネット前に送る。バレー部も顔負けの絶妙な位置だ。

 ひとよはネット下を屈まなくても素通りできるほど低身長。ジャンプしてスパイクなど到底無理な話と思うだろう。


「…………ぅけとって……!」


 だがまるで空を飛ぶように、両足で力強く踏み切ったひとよの手はネットの上にまで到達していた。

 そこから振り下ろされる小さな手。あの華奢な腕からは想像もできない威力のボールが宣言通り、俺目掛けて降ってくる。


 パァァァンッ!


 猛烈な音を響かせてコート内に入り、明後日の方向へバウンドしていった。


「外したぁ?!」

 ――いや入ってたよ?!

「…………ぅけとって、ほしかった……」


 両手をついてガックリとうなだれるひとよ。得点入ったのにどうしてショックを受けているんだ。


 ――あれ。リズ、ボールは?


 早すぎてボールの行方を追えなかった。隣で見ていたリズならどこに転がっていったか知っていると思って聞いたら、


『破裂したミ』

 ――また?!


 今度は純粋な破壊力のみで破裂してしまったようだ。どこかへバウンドしたと思ったのだが、それすら思い違いだった。


「あーあ。受け取ってやれよ森井さんの愛がこもったアタックを」

 ――いやいや……っていうかレシーブしたら手首から先が無くなりそうなんですけど今の!


 先生から厳重注意を受け、三代目のボールで改めて試合再開。

 さすがにこれ以上は学校の備品を壊すわけにもいかないので、色々とセーブしながらの試合となった。


「しまった?!」


 仁の動きを見切り、逆方向にスパイクを打つことに成功。すでに一歩踏み出しているので今から逆方向に行こうとしてももう遅い。


「…………まだょ」

「ぐへぇ?!」


 あろうことか、ひとよが仁をボールの方向へ無理矢理に突き飛ばし、顔面レシーブを成功させる。

 逆をついたスパイクを決めることはできなかったが、跳ね上がったボールはいい感じにこちらのコートのネット前へ。


 ――チャンス。


 わざわざリズを経由するまでもない。直接打ち返してこちらの得点だ!


 ――あっ。

「ぶっはぁ?!」


 手元が狂って、空いたスペースを狙ったつもりが、倒れる仁の顔面へまたしても吸い込まれていった。

 まさかの顔面二連撃。


「お前ら狙ってやってんのか?!」

 ――まさか。

「…………たまたまょ。わるかったわ」

『アマテルさんナイスだミ』

「天照さんチームの得点ですぅ」

 ――いちばんの鬼は水野かもしれないな……。


 バレーボールは体のどこを使ってもいいというルールなので、ドッチボールなどと違って顔面もルール上はアリだから確かにこちらの得点になるけど、いたたまれない雰囲気だ。


「もらったぁ!」

 ――くっ。


 再開される勝負で繰り広げられる激しいラリー。

 今度はこちらが動き出しの逆を突かれてピンチに。


『ア・マ・テ・ル・プッシャーミ!』


 と、謎の必殺技っぽく叫んでこちらへ飛び付いてくるリズ。どうやら先程見せた向こうの作戦と同じことを俺でやろうとしているようだ。


 その手は食うか。


 ――甘い!

『ってあれぇ?!』


 仰け反って華麗にかわす。

 かするように通り過ぎていったリズは受身も取れず、反動で狐のお面が外れて吹き飛ぶ。

 そのまま体育館の床を顔面で、キュキュキュキュキュッ! と絶対摩擦で熱いだろと思わずにはいられない音を立てて滑った。

 ボールはコート内に落ち、向こうの得点に。


 ――リズ、なんかスマン。つい反射的に避けてしまった。

『いや、こっちこそ利用しようとして悪かったミ……』


 慌てて転がっているお面をかぶり直し、お互いに謝る。


『さぁ! まだまだ勝負はこれからミ! 気合い入れて行くミ!』


 受け身の「う」の字すら知らないような着地を見せてもへっちゃらとは、さすがリズと思わずにはいられなかった。


   *


 勝負の結果、接戦の末に負けた。

 やはりひとよの攻撃力が尋常じゃなかった。すべてこっちに飛んでくるし。


 ――そういうわけで、俺とリズが罰ゲームな。勝負は勝負、甘んじて受けよう。

『負けたミ……』

「そうだなぁ……詳しく考えてなかったからまた次回ってことで!」

 ――次回?!

「…………なんでも命令権……天照になにしてもらぉぅ……」


 結局、どうしてバレーボールで勝負し始めたのか忘れてしまった。


 まぁ……楽しかったからいいけれど、とりあえず鼻から出てる赤いキラキラを拭こうな、ひとよ……。

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