その13
太陽も徐々に傾きかけてきた頃。
川の浅瀬でビーチボールをポンポン飛ばしているひとよ、水野、リズの女子組三人を尻目に、男子組である俺と仁は少々早いが別の準備をやっていた。
みんな大好きBBQだ。
仁の別荘に一通りの道具は揃っていたので、それらをお借りして立派なBBQセットが組み上がる。
ちなみに材料も置いてあって、目ん玉飛び出すような高級食材が完備されていた。どうなっているのやら会津家は。ありがたいけども。
並べた炭に火を起こして、うちわでパタパタと煽る。黒い部分が赤々としてきて、その範囲を徐々に広げていく。やがて火は充分に行き渡り、時折パキンッ! と爆ぜたりして、準備完了。
——こんなもんかな?
「おう、上出来だぜ!」
グッと親指を立てる仁は食材の準備。肉やら野菜やらをクーラーボックスから取り出して確認している。
そろそろ女子組を呼び戻した方がいいかな。白熱しているのか全く気付いてない様子だし。
——おーい、みんなー。美味しい美味しいご飯の時間だぞー。
『なぬっ!? 何やらいつの間にか準備ができてるミ?!』
「…………ごは……ん」
「ほんとですぅ。言ってくれれば手伝いましたよぉ」
口々に反応を示して、川から上がってくる三人。タオルを羽織って体を拭きつつ、集まる。
手伝ってくれるのはありがたいが、水野だとドジして火傷でもしたら大変だから声をかけなかったのだ。
「あったかいですぅ……」
起こした火に手をかざして、ほんわか笑顔な水野。夏とはいえ、ずっと川の水に浸かっていたら体も冷えるか。
リズも水野があったまっているのを見て、同じように手をかざした。
『セーブセーブっと……』
——セーブポイント?!
「夏の思い出を記録だな!」
確かにゲームでは焚き火とかがセーブポイントになっていることがあるけど、これはBBQの火だ。温かいものではあるけど、有難いものではない。
女子三人はセーブポイントで温まると、折り畳みのイスに座って折り畳みのテーブルを囲む。さすがにずっと遊んでいたからか、疲れたのだろう。
——んじゃ、始めますか。
「オッケー。じゃあまずは肉だな!」
——はいはい、そうくると思いましたよ。
網の隅っこに少量の野菜を並べつつ、要望通り大量のお肉を敷き詰める。
じゅぅぅぅぅぅぅぅ……。
「んん〜……いい匂いですぅ……」
『この耳を打つ心地よい響き……至高の時間だミ……』
「…………(じゅるり)」
肉の焼ける音が風に乗って香る。
女子三人はうっとりと瞳を閉じて、焼肉の醍醐味を堪能しているようだった。肉と言えば男子なイメージだが、女子もお肉は好きなんだな、やっぱり。
——タレは何種類か用意してあるから、好きなの使って。
「大根おろしとサンチュもあるぜ!」
『至れり尽くせりだミ?!』
紙皿に各々お好みのタレを注ぎ、肉が焼けるのを今か今かと待ち構えている。
——ひとよ、こっちきな。……よだれ垂れてるから。
「…………ぅにゅ……」
ティッシュでひとよの口元を拭ってやると、によによと笑いながら見つめる視線を3人分感じ取る。
「まるで親子だな」
『まるで親子だミ』
「ひとよちゃんかわいいですぅ……!」
3人のうち一人は鼻血を噴射しているが、まぁいつものことなので流れるような動きでティッシュを箱ごと渡してやった。
「父さんまだー?」
『父さんまだかミー?』
「と、父さん……まだ、ですかぁ……?」
「…………と、……とぉ……」
——子だくさんだな!?
男手一人で四人も育てられるか!
——いくらなんでも一人は大変だよ……せめて一人くらいこっち側に来てくれ。
「しょーがねーなー。オレがそっちに——」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
「——行かないでやるよ」
——どっちなんだよ。
持ち上げかけた腰を下ろしてしまう仁。変な汗をかいているようだが、いったいどうしたんだ?
「…………わたし、が……」
——おお、ひとよ。助かる。
途中でやめてしまった仁に変わってひとよが名乗りを上げてくれた。これで男手一人じゃなくなった。
「…………とぉ、さん」
——なんだい、母さん?
「…………!!(ブッファ)」
返事をしたらものすごい勢いで鼻血を吹いてしまった。
お肉と野菜の面倒を見つつ、ひとよの面倒もみる。ついでに残りの3人の面倒もだ。
——おーし、焼けたよ。
「待ってました肉ぅ〜!」
『この世の肉はワタシの物だミ!』
全世界を敵に回してる!?
やんちゃ者二人がどんどんお肉をかっさらっていくので、空いたスペースに新たな肉を投入しつつ、生き残った肉を出遅れた水野のお皿に差し出す。
ここの連中はいろんな意味でマイペースだ。
「ありがとうですぅ」
——どういたしまして。おい二人とも、野菜も食えよ。
「野菜など、アウトオブ眼中!」
『野菜など、アウトインアウト!』
——なんか一人レースしてるんだけど。
アウトインアウトは専門用語だし、アウトオブ眼中とか懐かしいな。
「うおお、肉ニクにく!!」
『負けないミ!!』
仁とリズはいつの間にか早食い対決のようになってきていた。そして俺はわんこそばもかくやというような感じで、空のお皿にお肉を投入していく。
隙を見て野菜も投入しているのだが、そして食べているのだが、二人は野菜を食わされていることに気付いていないのか?
これはこれでちょっと面白い。ハンバーグに刻んだ人参を混ぜ込む親の気持ちのようだ。
いや分かんないけどさ。親の気持ちなんて。
「あの……天照くんも食べてくださいね?」
——ああ、平気だよ。
と言ってもまだ一口も食べられていないわけだけど。
くいっ。
シャツの裾を引っ張られ、見てみればひとよがモジモジとそこにいた。
——ん?
「…………ぁ、ぁーん……」
そして焼けた肉を差し出してくれる。
手のかかる仁とリズを相手するために両手はトングの二刀流で埋まっていて食べられなかったから、ありがたい。
俺はひとよの優しさを噛みしめることにした。
——あーん。
パクっ。
こ、これは?!
顎を動かすたびにじゅわりと溢れ出す肉汁が舌を包み、滑らかな感触を楽しんでいたらいつの間にか舌の上にあったはずの肉が溶けるようになくなっていて……これは非常に美味い! こんなに美味しいお肉は食べたことがない!
二人が一心不乱に肉にかぶり付いているのがよく分かるようだった。
——こっちも焼けたぞ。
どんどん減っていくお肉だが、同じようにどんどん焼き上がっていく。その度に勝負している二人のお皿に持っていく。というか盛っていく。
「うめー!」
『うミー!』
「う、うもぉ!」
——水野、無理して乗らなくてもいいんだぞ。
「いえ、決してそのようなことはぁ?!」
恥ずかし気に否定する水野。楽しんでくれているようだ。
くいっ。
——うん?
「…………ぁ〜ん」
パクッ。
ん、美味い。
——ほーら、お肉だぞー。
キノコだけど。
くいっ。
——?
「…………ぁ〜ん」
ぱくっ。
んま!
「…………あーん」
——あ、あーん。
まだ飲み込めてすらいないんだけど。
パクッ。けど美味しい。
——はい、水野。
「ありがとうですぅ」
「…………天照」
——はいはい?
「…………ぁ、ん」
パクリ。
うん、よく焼けて
「ぁーん」
る……って次が早い?!
「ひとよちゃん……食べてますかぁ?」
嬉しそうに(?)水野が心配の声を上げる。
ひとよは俺に食べさせてくれるばかりで、自分はちっともお肉を食べられていない。これでは本末転倒だ。焼き手は食に回れない運命にあることは理解しているつもりだったけど、そうでもないようだ。
——そうだぞ、ひとよも食べな。
こんな高級肉そうそう食べられるもんじゃないからな。今のうちに食べられるだけ食べておいた方がいい。
「…………」
しかしひとよはじっとこちらを見つめるばかりで、いっこうに皿に乗った肉を口に運ぼうとする気配がない。
「森井は天照に『あーん』して欲しいんだよな?」
『お返しに「あーん」してあげるといいミ!』
横から二人が肉を頬張りながら、口を挟んでくる。
ひとよは「アァン?!」とでも言いたげな表情で二人を睨めつけて威嚇すると、モジモジし始めた。
猛禽類さながらの鋭い視線で睨まれたら泣く子も黙りそうだが、二人は「おおこわっ♪」『コワイコワイミ☆』とおちゃらけている。精神力まで図太く成長しているようだ。
けどまぁ、一理あるか。
——えっと……嫌じゃない?
聞くと、ふるふると小さく首を振る。
「…………して、ほし……ぃ」
——そか。なら……。
せっかくなので、焼きたての肉を網から皿に移し、タレに付けて、ひとよの口元へ。
——あーん。
「…………ぁ、ぁー……」
——あ。
「…………!?」
ひょい。パク。
見事にひとよは空気を食べた。
「さすが天照!」
『お約束だミ!』
「ひとよちゃんかわゆいですぅ……!?(ッブシャァ)」
「〜〜〜〜!!!!」
恥ずかしさに顔を真っ赤に染めて、ポカポカと殴りつけてくる。ハハハ、軽い軽い。
——ゴメン、焼きたては熱いかなって、ふと……。
狙ってやったわけじゃない。本当にふと思って、いったんキャンセルしてふーふーしようと思っただけなんだ。そこには悪意の欠片もない。
ふーふーして、もう一度ひとよの口元へ。
——あーん。
「………………ぁー、ん」
パクリ。
「…………〜♪」
ほっぺたが落ちそうなのか、両頬に手を添えて、笑顔がほころんでいる。よかったよかった。
すると、肉を飲み込んだひとよは小さな口を開けて待機し始めた。食うのはや。ちゃんと噛んだのか……? っていうかこれは、次カモンということか?
「なんか、餌を求めるヒナのようだな」
『あくびをしてる子猫にも見えるミ』
「となるとますます親子のようだな」
『なーんか妬けちゃうミ。焼肉だけに』
「でっでーん。リズ、タイキック〜」
『ちょっとタンマ! 代償がデカすぎるミ?!』
勝手に盛り上がってる外野は無視して、口の中にお肉を、ほい。
目を細めて、実に美味しそうに堪能している。焼き手はなかなか食べられないけど、美味しいって言って食べてくれるだけで不思議と嬉しいものなんだな。
俺たちは日が本格的に暮れるまでに、用意した食材を全て綺麗に平らげたのだった。




