その11
いま俺の目の前には信じられない光景が広がっている。正確には信じられない物が建っている。
立派なログハウス……いや、巨大な城のようなログハウスが立ちはだかっていた。
親友の仁の案内と、念のため俺のスマホのナビを照らし合わせながら歩いたら、まさかこんなとんでもないところに案内されるとは思っていなかった。
「ここが……仁くんの別荘……ですかぁ?」
「そうだぜ! 自然たくさん、空気も美味い! いいところだろ?」
妄想癖のあるほんわか少女、水野の惚けたような声に調子よく答える。
確かに周りには木々が生い茂り、緑がたくさんあって空気も澄んでいる。少しばかり虫が多い気がするが、それだけ自然が残っている証拠と捉えればうなずける。
『いやいや、外見だけで物事を図ってはいけないミ! 大切なのは中身! 中身が肝心だミ!』
そう言うのは、狐のお面で顔を隠した金髪の留学生、リズベルト・パールホルン。愛称はリズ。
外見だけで判断してはいけないというのは至極もっともな意見だが、それをお面かぶってるリズが言うのかと思ってしまったのは、俺だけではないだろう。
「…………すごぃ……デカ……」
小学生に見間違えられそうな小柄な女の子、ひとよが口をあんぐり開けて、視界に収まりきらないログハウスを見上げていた。
ひとよは人一倍小さいから、余計に大きく見えることだろう。小人にでもなった気分、だろうか。小柄な人の気持ちは分からないけど、デカイという感想には激しく同意だ。
「スゴイのは外観だけじゃないぜ! 遠慮せず上がってくれ!」
仁は先陣を切って巨大ログハウスへ。俺たちも後に続くように入った。
そして各々の口から驚愕の吐息が漏れる。
大きな窓から差し込む陽光。生き生きとした観葉植物の緑が部屋全体を彩り、明かりを点けなくても充分な光量が確保されている。それほどに日当たり良好。加えて調度品も、この雰囲気を壊さぬよう見事に溶け込んで自らの役割を果たしている。
と、それっぽく語ってみたが、よくわからん。とにかく凄いということは言える。
「とりあえず荷物はここにまとめておいてくれ。あとで部屋に案内するからさ」
女子組の荷物は罰ゲームにより全て男子組に分配されている。よって仁に言われた通り部屋の隅に荷物を置く。
ようやく心身ともに肩の荷が下りて、肩をほぐしながら一息つくと、シャツの裾を軽く引っ張られる感覚が。
——ひとよ?
「…………ぉつ、れ……ま」
えらい小声で「おつかれさま」と言いながら、水筒のコップを差し出してきた。
暑いのが苦手なひとよにとって、照りつける太陽のもとで長時間歩くのは大変だっただろうに、こうして気を配ってくれるとは。
俺はその好意にありがたく甘えることにした。
——ありがとう。
受け取ってから頭を撫でて羽角のような癖っ毛を撫で付ける。が、やっぱり今日も直らない。
コップに口をつけて中の液体を流し込むと、清涼感のある香りとひんやりとした冷たさが心地好い。
全身に沁みていって、生き返るようだ。
「…………どぉ……?」
——うん、美味しいよ。
ホッと安心したように微笑んで、ひとよは嬉しそうに話し始める。
「…………夏バテ、に……きく。レモンの、蜂蜜漬け……を参考に作っ……みた、の」
——これ手作りなんだ? 通りで美味しいわけだ。
「…………どぉり、で……?」
不思議そうに首をかしげるひとよ。
空になったコップを返しつつ、
——女の子の手作りは特別に美味しいものだよ。気持ちがこもってるからね。
夏に気を付けるべき「脱水症状」と「夏バテ」対策として、レモンの蜂蜜漬けを参考に自分で作ってきちゃうんだから、美味しくないはずがない。
暑さに弱い自分のために作ってきただろうに、分けてくれるという優しさも美味しさの秘訣だろうか。
受け取ったコップを鋭い目つきで凝視しているひとよ。
俺、別に汚したりしてないよな?
「さぁて諸君聞いてくれ! 今のオレたちにはいくつか選択肢がある! 多数決で決めようじゃないか! ひゃっほう!」
三人分の荷物を置いて重量から解放された仁が、テンションまで解放されてひゃっほうしている。
「一つ。移動で疲れたから休憩! 二つ。近くに川があるから行っちゃう! 三つ。室内探検! 四つ。その他! アイデア募集!」
最後の4つ目は投げやりな感じで。
アイデア募集って……選択肢の意味が危ぶまれるぞそれ。ちゃんと確定してから提示してくれよ。
しかしまぁ、この選択肢はあまり悩まないだろう。
『もちろん二つ目の川に決まってるミ! 火照った体を急速冷凍だミ!』
「凍っちゃってますぅ?!」
「…………れぃきゃく、ね……」
ま、やっぱりそうなりますよね。
こうして話しているだけでも休憩になっているし、女子は荷物無しでの移動だったからそこまで疲れてはいないだろう。室内探検は夜にでも出来るし、その時に部屋を案内してくれればいい。
4つ目は論外として、そうなると、自然と選択肢は川に絞られる。
「おっけーおっけー! そうこなくっちゃ!」
親指立てて疲れを微塵も感じさせない仁。一番重いであろうリズの荷物と、そこそこ重そうな水野の荷物、加えて自分の荷物を運んでいたのにここまで元気とは。
体力バカとはこういう奴のことを言うんだろうな。
***
そういうわけで、仁の案内のもと川に移動した俺ら。
移動する前に水着に着替え、その上に服を着ているため脱げばすぐ泳げる状態になる。
が、綺麗な水が流れる川を前にして自分を抑え切れなくなったのか、リズは服を脱ぎもせずジャバジャバと浅瀬へ足を運んでしまう。
短パンなので服が濡れることはないが、せめてサンダルくらいは脱がないと、流れに足元すくわれるぞ。
『ミゃほーい! 冷たくてキモチイイー!』
「リズさん!? せめてサンダルくらい脱いでくださいぃ。危ないですよぉ!」
「…………ちべた……」
女子二人もリズにつられてか、服は脱がず、続くように川の浅瀬に入って足を冷水に浸す。ちゃんとサンダルは脱いでスカートをたくし上げて。
キラキラと乱反射する陽光が眩しくて、目を細める。
「まぶしいなぁ……」
——そうだな。
「いいよな。女子の柔肌……」
——そっちか。
「それ以外にないだろうが」
さも当然とばかりにドヤ顔で言い放つ仁。
俺が同意したのはそっちじゃなくて、川が眩しいってことだ。決して女子の肌で目を細めていたわけではない。
「わぁ! お魚さんがいますぅ!」
煌めく水面を凝視してみれば、白い足元でかすかにチラつく魚影。確かに魚がいるようだ。
ひとよが猛禽類的なハンターの目になって影を追っているのは気のせいだろう。気のせいのはずだ。
……気のせい、だよな?
「…………っ!」
カッ! 目を見開いて水に指先を差し込むひとよ。そしてパシャ! と一匹の魚が岸に放られる。
腕の輪郭がブレて見えたのは、暑さで蜃気楼でも起きているのだろう。きっとそうに違いない。
しかし俺の足元でビタンビタン暴れている魚は紛れもない本物で。
——俺らが釣り道具を持ってきた意味を考えようか、仁よ。
「そうだな……とりあえず、流されたリズをこれで救出できる、というのはどうだ?」
——リズならありえるな。採用。
『なんかワタシ不当な扱いされてないかミ!?』
俺と仁がせっせと持ってきた釣り道具の存在意義について講義していると、恐るべき聴覚でこちらのやり取りをリズに拾われてしまった。
ひとよがいれば釣り道具は必要ないみたいだし、なんとか意味を見出せてよかった。これで無駄足にはならないぞ釣り道具たちよ。安心して待機していてくれ。
女子達が「キャッキャ」と水遊びをしている間、俺と仁は釣りの用意を進める。
竿を伸ばしたり繋げたりして人数分用意し、リールや針をセット。ルアーと生き餌の両方を用意しておいて、後でやる時になったら好きな方を選んでもらおうということになった。
どっちを選ぶか、結果は分かりきっている気はするけど、まぁいいだろう。こうして準備しているだけでも意外と楽しい。
女子達の『キャッキャ』な黄色い声が『ギャーギャー』と淀んだ赤色に染まってきた。
視線を移さなくても分かる。リズが何か余計なことをしてひとよにちょっかいを出したんだろう。
きっと今頃、宙を気持ちよさそうに舞っているはずだ。今に聞こえてくるだろう。着水して盛大に水飛沫を巻き上げ
——ザッパーーン!!!
る音が……って本当に聞こえてきたし!?
慌てて女子達が騒いでいた方へ視線を向けると、太陽によく映える綺麗な金髪を持つ人影が減っていた。
と思ったら川の中腹、一番深いであろう位置でバシャバシャともがく金髪が。
『ヒ……ヒトヨさん、ヤバ……し、ぬ……! 足が着かな……いやマジで! これホントやばいやつ! ヤバ、イ……や、つだからー! ヘルプミ゛ー!!!!』
結構ガチめにガバガバともがいていて、明らかに溺れている。たぶん、最後のは口癖の「ミ」じゃなくて本気で助けを求めてるやつ。
それを鬼のように冷ややかな態度で眺めるひとよ。そして目を白黒させてアワアワとしている水野。
今だけはひとよの羽角のような癖っ毛も、まさしく鬼の角のように見えてくる。
俺は準備していたルアーの釣竿をつかみ、駆け足で川べりへ。そのままの勢いで竿を振り被り、しなりと遠心力を利用して鋭くルアーを飛ばす。
「ドンピシャじゃん、やるなぁ天照!」
背後からの賞賛を聞きながら、竿先とリールをちょいちょいっと動かして、針を服の襟に引っ掛けるのに成功する。
これは大物だ……!
折れそうなくらいに大きく弓なりに曲がる釣竿。こういう絵を見るといつも思う。なんで竿が折れたりしないんだ、と。
踏ん張る足が砂利を押し分け、川へ引き込まれるように滑っていく。なんて力だ……!
——ひとよ! 手を貸してくれ!
俺が一声かけると、まるで瞬間移動のように即座に俺の傍へやってくる。
「…………どぉすれば、ぃぃ……?」
——合図をするから、思いっきり竿を引っ張ってくれ。
「…………わか、た……」
仁と水野にも支えててくれと指示を出して、準備と呼吸が整い次第、タイミングを見計らって声を出す。
——いまだ!
と指示と合図を出しておいて言うのもなんだが、多分俺はこの光景を忘れはしないだろう。
スッッポーーン!
という擬音がまさしく合いそうな勢いで、川から打ち上げロケットのごとく飛び出してくるリズ。
尾を引くような水飛沫と金髪が陽光を煌めかせ、非常に美しい光景だった。
……飛んでるのは人間だけども。人間ロケットだけども。
『…………aaaaぁぁぁぁああああアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!????』
近付いてきて徐々に大きくなっていくリズの悲鳴。絶叫マシーンに乗ってもあそこまで鬼気迫った声は出ないだろう。
地面に激突する瞬間、ひとよがずぶ濡れになった服を掴んで地面スレスレで急停止。
『ごべんなじゃいビドヨじゃんンン! ぼうじばぜんがらぁ!』
ごめんなさい、もうしない。
それらしいことを色んな意味で濡れながら訴えるリズ。一体何をやらかしたんだか……。
「…………つぎ、やったら……川底に、ぁたまから突き刺す……!!」
ひとよの口から鬼火でも現れそうな憤怒がこもった声を、地獄の住人としか思えない迫力で見下すように言う。
悪魔でもちびりそうな勢いだ。
触れてはいけない逆鱗に触れてしまったのだろう。ここまで怒り狂ったひとよは見たことがない。
フッ、とひとよの小さな耳に優しく息を吹きかける。
「…………ぁふン……」
『ぐべ』
肩をすくませて小さく声を漏らし、リズが手からこぼれ落ちる。
わずかに身震いをしてから、潤んだ瞳で見上げてくるひとよ。むっと頬を膨らませ、少しばかり唇を尖らせている。
——それくらいで許してやってくれ。な?
「わか、た」
『即答かミ!?』
ぷいっと視線をそらしながらも、許してくれた。
「……………………その笑顔は、ず……ぃわ……」
——え?
「…………べつに……」
ステステと木陰へ歩いて行ってしまうひとよ。
ひとよの機嫌もおさまったみたいだし、何はともあれ釣竿を持ってきてよかった。仁との会話がフラグだった気がしなくもないが、楽しい旅行になりそうだな、うん。
『ワタシ、三途の川……渡れないかもしれないミ……』
変な苦手意識が埋め込まれてしまったリズだった。
頼むから、化けて出ないでくれよ……。




