その10
学校の掃除からも解き放たれて、ようやく自由な夏休みがやってきた。
毎日毎日暑い日が続いてげんなりとしてしまうけど、やっぱり長期の休みに入った事は素直に嬉しく思う。
仁ならうるさいくらいに騒ぎ立てるのだろうけど、俺はわりかし落ち着いていた。
——なぜならば、宿題を片付ける必要があるから……!
夏休みを思う存分満喫するための下準備として、まずは確実に障害になるであろう〝夏休みの宿題〟を討伐しに掛かっていた。
協力プレイは望めない。分からないところを教えてくれそうな人に心当たりはあれど、それが分かりやすいかどうかは別問題だからだ。
——っと……うん?
その時、携帯のバイブが俺の宿題を邪魔してきた。
SNSのグループからの書き込みだ。メンバーはもちろん俺といつもの4人。書き込んだのはうるさい親友の仁だった。
仁 「オレらもとうとう夏休み本番に入ったし、いろいろ計画してるから楽しみにしておけよ!」
リズ「よっ! 我らがリーダー! 頼りにしてるミ☆」
リズの口調で星マーク付けたら流れ星みたいになったな。
本名はリズベルト・パールホルン。狐のお面を被った口調が変な留学生だ。仁とは気が合うようで、こうしてお互いによく盛り上がっているが、うるさくてしょうがない時がある。
……もう慣れてきちゃったけど。
「いいけど、宿題のこと忘れるなよ」天照
と、釘を刺すように返信すると、すぐ既読になってあっという間に返信が。
仁 「いきなり夢のないこと言うなよ。夏休みはまだまだあるんだぜ!?」
リズ「そうだミ! 空気読ミ!」
SNSに空気なんぞあるか。文字しか読めないよ。
ってのは黙っておこう。
さて、どうせしばらくはこの二人で盛り上がるだろうから、マナーモードにでもして宿題の続きでもしますかな。
しばらく宿題に集中し、目頭に圧力がかかるような痛みを覚えて時間を確認しようと携帯の画面を見たら、SNSの履歴でいっぱいになっていた。
*
そんなわけで、盛り上がりに盛り上がった結果、なんとみんなで旅行に行く流れになっていた。俺はもちろんその時は宿題をやっていたので一切目を通していないし、口出しをしていないわけだけど、勝手に参加することになっていたのだ。
……まぁいいけどさ。
——いいけど、言い出しっぺが遅刻するのはどうかと思うんだ。
「…………ぅん、そぅね」
「何かあったのでしょうかぁ?」
指示されていた駅前の集合場所に荷物を抱えていくと、そこにはすでにひとよと水野の姿があった。
見慣れた制服姿ではなくて、おしゃれな私服姿をしている二人は新鮮だ。
ファッションとか洋服とか全然詳しくないけど、夏らしい涼しげな格好。
ひとよの麦わら帽子は夏らしくて似合っているし、水野のふわふわな服も雰囲気にマッチしているし風通しも良さそう。
こんなおしゃれな服を女の子はどこで買っているんだろうと疑問に感じながら与太話を繰り広げて時間を潰していると、ようやく言い出しっぺの仁とリズがやってきた。
「いやー悪い悪い! お腰を悪くしたおばあさまに道案内をしてさしあげていたら遅れてしまったゼ」
『曲がり角で食パンくわえた美少年とぶつかっちゃって、うっかり恋の道に外れるところだったミ』
——バレバレの嘘はいいから、さっさと行くぞ。電車何本見逃したと思ってるんだ。
『捕まえておいて欲しかったミ』
——無茶言うな。
「お前なら問題なくできただろう!」
——だから無茶言うなって。
適当に問題児二人をあしらって、ようやく5人が揃ったところで構内へ入り目的地へ向かう電車に乗り込む。
ちなみに、今回の旅行の行き先は〝会津家の別荘〟となっている。つまり仁の別荘だ。
会津家はお金持ちという噂を聞いた事はあったのだが、仁がこんなだからあまりお金持ちというイメージが湧かない。あまりというか、全然、だ。
「はっくちょんヌ!!」
『ヒトシさん風邪かミ? それとも花粉とか』
「いや、これは日本に伝わる伝統のアレだ」
『ほうほう!? 日本伝統のアレとは何だミ!?』
リズは日本が大好きだから、そんな言い方をしては喰いつくに決まっている。大好き過ぎるからこそ、日本語を間違った風に覚えちゃったんだよな。
「誰かがオレのことを噂している! きっとオレのことを良く思ってくれている誰かに違いない!」
仁……その噂は、もしかしたら俺かもしれない。しかも良く思ってない内容の噂だ。悪いな、期待を裏切るようなことをしてしまって。
このことは、後生大事に黙っておこう。まぁ、言ったところで三歩歩いたら忘れてしまいそうなほどのトリ頭をお持ちなのが、会津仁という男なんだけどね。
俺たちは、向かい合わせになっている4人掛けの席に男女で別れて座る。
女3人男2人で、計5人なので一人オーバーだが、ひとよがかなり小柄なので詰めて座れば問題はなさそう。他の席も空いてるから別にこんなに詰めて座らなくてもいいと思うのだが、どうしても5人まとめて座りたかったらしい。
「オレUNO持ってきたから皆でやろうぜ!」
『UNOを持参するとは、さすがヒトシさんだミ! 尊敬に価するミ!』
それだけで尊敬しちゃうの? たかがUNOにそこまでの価値はないだろ! 外国人の常識ってどうなってるの? 日本人の知識が混ざっちゃってなんか大変なことになってない!?
そして車内で向かい合ってカードゲームが始まる。旅行の定番中の定番な光景ではあるが、この五人での「ゲーム」になると、急に殺伐とした雰囲気になり始める。と言っても水野は癒し成分なので、殺伐とするのは主に俺を含めた四人だ。
「何を賭ける?」
『ここはやはり、まずは手始めに次の駅で駅弁を買ってくる、でどうだミ?』
——乗った。が、次の駅に駅弁は無い。ある駅に止まる時にそれを実行しよう。
「…………じゃぁ、全力しっぺ……とか……」
「賭けと言うよりは罰ゲームだな。それもまたよし。じゃあ最初はしっぺな!」
「わわわ、わかりましたぁ!」
全力しっぺの罰ゲーム、さらに駅弁を買ってくるというペナルティを課して、近寄り難きパーティーゲームの花形、UNOが開幕する。
と、思いきや。
「え、ええっと……UNOってどんなルールでしたっけ!? すみません!」
水野が完全に雰囲気に飲まれてアタフタとしている。このメンバーの中でも一番の一般人だから付いて来れないのも頷ける話だ。
いや、俺も他の連中と比べれば普通もいいところだけど。
見本で適当にカードを渡して、軽く説明。
——同じ数字か同じ色のカードを手札から出していって、手札が無くなれば勝ちだよ。
水野を落ち着けるためにも、なるべく優しめな声音で説明してやる。久しぶりにやるからか、そもそも本当に知らないのか分からないが、俺も少し忘れているところがあるのでいい確認になる。
——手札が最後の一枚になったら「UNO」って宣言してないと、あがれないから注意。
「こ、この英語のカードはなんですかぁ!?〝S〟は『SIX』で6ですかぁ!?」
——それは深読みしすぎ……。『SKIP』の〝S〟だよ。順番を一人分飛ばせるんだ。
「まぁその辺りはやりながら説明するからさ、とりあえず始めようぜ!」
ルールを説明する時の決まり文句を吐き出して水野からカードを回収し、仁が見事な手際でカードをシャッフルして配っていく。
さすが、仁。自分で持ってきただけあって、こういったものは非常に手慣れているようだ。まるで無駄がない。
その時、ひとよの腕が一瞬ブレて見えなくなり、車内に響き渡る〝バシーンッ!〟という音。
肌を思い切りひっぱたいたような音だった。
「イッテェえええ!?」
「ひぃ!?」
わずかに遅れて仁が激痛の悲鳴をあげ、つられるように水野が驚きの声をこぼす。
なんだ? いったい何が起こったんだ?
「…………ィカサマは、ゆるさない……わょ」
——え、イカサマ? ひとよ、それ本当?
俺の問いにコクコクと小さく頷く。ひとよの言うことが正しいなら、たぶん仁の手札には良いカードが一通り揃っていることになる。
——仁、お前の手札を見せてみろ。
「ヤダ」
——しらばっくれても無駄だぞ。ひとよの目は誤魔化せないからな。
超人的な身体能力を持つ者が自然と集まってしまったような集団だが、ひとよは特に目が良い。マサイ族もびっくりの動体視力を誇っている。
観念したように手札をオープンすると、確かに仁の手札にはドロー系のカードが集まっているし、どの色、どの数字にも対応できる素晴らしい内容になっていた。対する俺やひとよの手札は一見普通だけど、水野に先ほど説明した『SKIP』のカードが集まっている。
席順的に、左回りの時に使ったら俺が飛ばされるし、右回りの時は厄介な相手になりそうなリズが飛ばされる。
——確かにこの采配は意図的なものを感じるな。観念しろ。
「くそー! この時のために一週間練習してたのに!」
白状した。
と、いうことで、ここは効率と公平を保つために俺がディーラー(?)を務めることに。ただ公平を保ちたいだけなら水野が間違いなく適任なんだけど、カードゲームに触れたこと自体があまり無さそうなので、満場一致で俺が指名された。
「…………天照なら、ぁんしん……」
『サササ、早くやろーミ!』
急かされてカードをシャッフルし、采配。
そして、地獄のようなUNOが幕を上げた。
*
響くベルが、目的地への到着を告げる。
UNOの勝敗が気になる方のために言っておくと、ビックリするくらい仁が弱くてほぼ奴が全敗していた。ルールを最後までよく分かっていなかった水野にすら先を越されていたので、散々なものだったと言える。
なぜなら、罰ゲームである全員分の全力しっぺが思った以上に効いたらしく(特にひとよ)、数ゲームするうちに仁の腕がタラコのようになっていたからだ。
さすがに可哀想になってきたので遊びを切り替えて、これまた旅行には付き物である王様ゲームなんかも開催されたが、これも不思議と仁が王様になることはなかった。
もちろん俺がクジを持っていたので、イカサマなどはしていない。どういうわけか、すこぶる運の悪い男なのだ。
そんな感じで、仁が理不尽なほどボコボコにされて再起不能になった時、目的地に到着した。
『じゃあ約束通り、女子組の荷物頼んだミ、ヒトシさん!』
「…………じごぅじとく……ね」
「ひ、仁くん大丈夫ですかぁ……?」
「男に二言はない……! 気にするな! オレを置いて、先に行けェ!」
——だそうだ。住所は俺が聞いておいたから、先に行こうか。
数々のゲームのペナルティで、仁は女子組の荷物持ちを課せられたのだ。
ポケットからスマホを取り出して地図アプリを起動し、事前に入手しておいた住所を入力。そして最短ルートを表示してくれる。ホント、良い時代になったよ。最初から仁に案内させてたらドッキリとかで全然違う別の場所とかに案内されそうだったし。
「ウソだろ親友! お前には血も涙も無いのか?!」
——人間なんで血は流れている。……涙は無いがな。
と吐き捨てて、言われた通り先に行こうする。
俺の荷物は除外したのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだ。
「お、置いて行っちゃうんですかぁ?」
——本人がそうしてくれって言ってるからね。
有言実行はとても大切なことだ。男に二言はないと自分で言っていたし、言葉には責任というものが付き纏うことを、仁はそろそろ学んだ方が良い。
「でも、その……かわいそうですよぅ……」
先行する俺たちと、膝を折って地面に屈する仁とを交互に見ては、どんどん表情が泣き崩れていく水野。どうすればいいのか判断つかないのだろう。
——しょうがない。水野に感謝しろよ。
俺は踵を返して、今にも地面をペロペロしそうな仁に手を差し伸べる。
——荷物少し持ってやるから。あまり俺を喋らせるな。
「親友!」
ドバッと涙を流すように、下半身に抱き付いてくる仁。ええいうっとおしい。
俺は差し出されたひとよの荷物を受け取って、仁と一緒に、いや、みんなと一緒に目的地〝会津家の別荘〟へ急ぐのだった。




