終章 安堵のフリーウェイ
終章 安堵のフリーウェイ
コトが終わった後の展開は急だった。
泣き崩れる相川――先輩なのでもう『さん』とか『先輩』とかつけるべきなのだろうが――が落ち着くのを待ち、没収されていた携帯を取り返してもらった後、駿河先輩を呼んだ、のだが。
何故か飛んできた先輩に三人ほどのゴツいスーツ姿の男が同伴していたのだ。
駿河先輩に話を聞いたところどうやら事此処にいたってようやく動き始めてくれたAFSの管理をする役所の公務員らしい
その後相川に喰ってかかろうとする先輩をなだめながら、その男たちの運転する車で学校へと戻りそこで事情聴取のようなことを延々とさせられた。
そして、それが終わった後、
「晃」
「あ、駿河先輩……」
俺はこちらに向かって手を振る駿河先輩と、一緒に居る鋼哉先輩と一緒に歩いていた。
夏の蒸し暑い気温を察してくれたのか、鋼哉先輩から俺と駿河先輩にキンキンに冷えたオレンジジュースの缶がポイと飛んでくる。
「事情聴取は? カツ丼でたか?」
「犯人でもないのに出るわけないでしょそんなもん」
相変わらずふざけた事を言う鋼哉先輩に適当に言葉を返しながらジュースのプルタブを開け缶に口をつける。
結局あの後、相川はAFSの管理をする施設へと送られ、そこでカウンセリングを受けるらしい。
だが、俺への事情聴取を行った人間はそれは長く続かないのではないか。と語っていた。
あの時、最後に相川の周りに『ノイズ』が走り、何かが壊れたような音が鳴り響いた時。
『彼女のAFSは消滅してしまったらしい』
「AFSは元々その根幹になった感情が『完全に消滅したら』消えるの」
微妙な沈黙が漂っていた3人の間に最初に言葉を切り出したのは駿河先輩だった。
「でも、それは本当に難しい……『自分が抱いた強い感情を完全に忘れ去る』そんなこと簡単にはできない。事実、AFSはほとんどの場合死ぬまでAFSなの」
その駿河先輩の言葉に、俺はあの時の自分の記憶をたどる。
あの時、相川のAFSが消滅したと言うのなら、それをやったのは間違いなく俺と鋼哉先輩だ。
『だが、それがなんだと言うのだろう?』
「どうでもいいんじゃないっすか? そんなこと」
駿河先輩がいう言葉に俺はそう返す。
「多分、あの人は駿河先輩が羨ましくて仕方がなかったんですよ、どれだけ自分が望んでもできない事を駿河先輩は簡単にできて、しかもそれをしたくないって言って完全に拒否してたんですから。もし、あの人が完全に駿河先輩を傷つけたいって気持ちだけに走っていたら、もっと違う能力になってたと思うんです。本当に、俺達を苦しめるだけの最低って形容がふさわしいような能力に」
そこで俺は一度言葉を切り、駿河先輩と鋼哉先輩の方へと視線を向ける。
「でも、あの人は駿河先輩に変身する能力を持った。それは多分、『傷つけたい』って感情より駿河先輩が『羨ましい』って気持ちが勝ってたからだと思うんです。だから、俺としてはこの結末は当たり前だと思うんです、たとえ間違ったことをしてしまったとしても、あの人は元々鋼哉先輩が大好きだった。だったら、絡まった感情を解けば自然と全部何とかなるんじゃないかって……」
自分でも不思議だった。なんで俺はこんな他人の心に関してペラペラと自信を持ってしゃべれるのか。
だが、それも俺にとってはどうでもいいことだ。
全部終わって万事解決。それ以上の『結果』なんて俺も駿河先輩も鋼哉先輩も相川も誰だって、求めていない。
「とりあえず、俺は帰ります、あの役所の人ら連絡はいってる、って話してましたけど、これ以上遅くなると殴られる可能性があるんで」
そう言い、俺はその場を後にした。
○○○
晃が走り去って、鋼哉と二人になり、私達はそのまま二人のまま立ち止まっていた。
『話さなければならないことがあるからだ』
「どう思う。駿河」
「いうまでもない。『異常』」
そう、私達は二人とも『異常』を感じていた。
他の誰でもない、晃にだ。
「アイツは……AFSってやつじゃないんだよな?」
「うん、AFSならわかる。AFSなら必ず強い『感情』を持つはずだから。でも晃からはそういうものを感じない」
そう、『異常』なのだ。
今回の事を客観的に見て異常だと判断しない方がおかしい。
監禁され、いつ殺されるかもわからないような状態で落ち着きはらい、他人の精神などと言う不可解な物について考え、理解し、それに食い込む言葉を放ち、行動を自分の掌の上で転がす。
そんな真似ができるような人間が『異常でないはずがない』
「多分、あれはAFSでも何でもない、晃が生まれつきもってる『力』なんだと思う、他人の心に対する……理解」
そう、そう呼ぶほかにない。
他人の立場に立つ、と言うのは人と接する以上誰でもすることだ。
だが、その『予測』に『確信』を持てる人間は多くない。
よほど単純な人間でもない限り、人の心なんて完全に予測できるものではないと言うことを誰だって知っているからだ。
「『力』か、相川を説得しきっちまうところを目の当たりにした以上そこは何も言わないさ、だけどさ」
言葉に、ほんの少し鋭いものを含ませて、鋼哉が言う。
「『あいつの力』ってのはこの件で感じすぎるほど感じたさ、だけどさ……素人考えなんだけど……危険なんじゃね?」
そう言い、鋼哉は私に対し、警告をするように見つめた。
そう、そんなことはわかりきっている。
『他人の心に対する理解力と自らの心を伝える能力が高い』それはありとあらゆる心を味方につける。いや、もっとはっきり言えば。
全てのAFSの頂点に立つ力へと変質する可能性があると言うことだ。
そんな力を持っているということが周囲に広がれば、恐らく晃はいずれ……危険に巻き込まれる。
だけど。
「それなら、あなたや晃の周りに居る誰かが助けてくれる。そうでしょ?」
「うぐっ……」
それこそが晃の一番の力なのだ。
私に一番無かった、理解『しあう』力。
その力はこの鋼哉や私。そしてあの相川とさえも恐らくは結んだのだろう。
絆を。
「だからこれから何が起こっても私達は……」
そこで言葉を切り、私は鋼哉に『笑いかけた』
「正しい道を。正しいと思う道を進めるよ」
◇◇◇
家に帰り、ベッドの布団へと倒れ込む。
俺達に事情聴取した役所の方から何か連絡がいったのか、母さんは何も言わずに「おかえり」とだけ言って、部屋に通してくれた。
明日は、駿河先輩との約束の日だ。
未だに、俺の中に答えはない。
駿河先輩のあの告白に、きちんと向き合って出せたと自信を持って言える答えは。
だけど、俺は約束した、その約束に駿河先輩がどれほどの思いを持ってるかくらいも理解はしている。
寝転がったままベッドの下に置いたカバンの中から携帯を出し、駿河先輩へとメールを打つ。
明日は土曜日、休みだからいつでも会える。
午前中に会えませんか、と言う一文を打ち、少し考え、返事は明日の朝に返します。と付け加えた。
そして、そのまま起き上がり、電気を消し、再び布団へと倒れ込んだ。
蒸し暑い夏の朝。
俺は昔駿河先輩とよく遊んだ公園のベンチに座っていた。
時刻は午前九時前、休みの日にしては早起きだが、俺の目はハッキリと冴えわたっていた。
考え込みすぎて、寝れないのではなどとベッドに倒れ込んだ時は思ったものの、相川とのあんな事件があって身体が疲労していないはずはなく、ベッドに倒れた後すぐに眠りに落ち、起きた時は午前八時。
寝たのが十一時過ぎほどだったので何とも十分な睡眠をとってしまったと言うわけだ。
だが、もちろん何も考えていなかったわけではない。
もう、先輩に対する俺なりの答えは、出している。
朝起きた時、返信されていたメールの時間は九時、そろそろ……
「晃」
その静かな声に、俺は振り返った。
もはや誰がそこに言うかは言うまでもない。
「待った?」
「いえ、八時に起きたんで、むしろギリギリでしたよ」
そう、とだけ返し、駿河先輩は俺が座っているベンチの端にゆっくりと腰を下ろす。
お互いに、眼は合わせなかった。
そのまま、沈黙を保ちほんの少しの時が過ぎる。
言う言葉は決まっていた、後は緊張を、心の揺らぎを押し切って……言うだけだ。
「俺が、俺が心について知っていることなんて、些細なことです」
そう俺は切り出した。
「でも、これだけはわかります、心に……いや、この世のどんなものにだって『不変』なんて事はあり得ないんです」
俺の心には明らかな恐れがあった。これは質問に質問で返す答えだ。
「もしかしたら俺はあなたを裏切ってしまうかもしれない、もしかしたらあなたを嫌いになってしまうかもしれない、もしかしたら明日には何かが重なってもう会えなくなるかもしれない、変化するってことはそういう事が起こるかもしれない」
そして、決する言葉を口にした。
「駿河先輩、それでも、それでも『今』俺を好きでいてくれますか?」
その問いを、まっすぐ駿河先輩の眼を見る、
これが俺の『答え』だ。
「………………」
その俺の言葉に駿河先輩はほんの少し、間をおく、その目線は、まっすぐ俺を射抜いていた。
「本当に晃はわかってないんだね」
彼女は微笑み、空を見上げた。
「当たり前だよ、私は晃が好き、変わらないよ、そんなこと聞かされても」
そう言い、視線を俺へと戻し、言葉を続ける。
「確かに変わるのはどうしようもないよ? でも、それならもっと前向きな変化をとらえてほしいかな、私もそれを期待しているんだし」
「え?」
前向きな変化を……期待している?
「うん、もしかしたら二度と私達は離れないかもしれない、もしかしたらずっとこんな関係が続くかもしれない、もしかしたらこのことがきっかけで私の『異常』もなくなるかもしれないっていうね、私の勝手な思いかもしれないけど、私はそういう『変化』を望んでる。だから」
俺の腕を掴み自分の方へと引き寄せ、彼女は最後にこう言った。
「もう少し温もりを期待していい?」
ああ、と俺は額に手を当てる、ダメだ。元からそんなつもりなんてなかったけど、こんな言い方をされて拒めるはずがない。
自嘲めいた感情が一割、恥ずかしい気持ちが三割、残りの六割は、
「もちろん」
言いようがないけど間違いなく前向きな感情で満たされていた。