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第二章 やさしさのタクティクス


 

  

  第二章   やさしさのタクティクス

 

 

「AFS?」

 

 それが駿河先輩の『説明』の一番初めの言葉だった。

 今は保健室でさっき胸にできた傷の手当てをしている。保健室の男性養護教諭は一応何かを察してくれたのか何も言わずに手当てをし、用があるから職員室に行くと一言残し出て行った。(俺には変なことするなよと余計なひと言も残してくれやがったが)先ほど泣いていた駿河先輩は一度顔を洗ってくる、とどこかに行き戻ってきたときには少し涙の跡があったものの落ち着いた表情をしていた。

「そう。AFS。それがあの女の変装の正体」

「なんなんすか? それ」

「正式名称Abnormality Feelings Skill 直訳すると『異常感情能力』」

「……?」

 まだチンプンカンプンだ。

「AFSっていうのは簡単にいえば超能力の事、ESPとかPKとかとも言われるけど今はAFSっていうのが普通の呼び方」

「ちょっと待って下さい、じゃああの女……? は超能力で駿河先輩に『変装』してたってことですか!?」

「あのレベルだともう『変身』って言った方が近いかも」

 頭がグラグラしてきた。

「え、っと、つまりあの女は超能力者ってことで?」

「そう、今はAFSっていうのが能力の総称で能力者自身の呼称にも使われる」

「じゃ……じゃあ俺でも訓練すれば超能力者になれるってことですか?」

 非常識だが何となく夢のある話だ。こういう話は嫌いではない。

「AFSっていうのはなろうとしてもなれるものじゃない。才能と偶然が必要」

「才能と……偶然?」

「そう、AFSっていうのは『感情』の塊みたいなもの。ポルターガイストっていう例がある、これは精神に障害を負った子供が無差別にAFSを使った結果『騒がしい幽霊』なんて呼ばれたの。でもまともな精神の持ち主がAFSを使うなら相応の『感情』が必要」

「感情っていうと……怒り、とか喜び……とか?」

「『怒り』はともかく『喜び』なんかじゃ全然足りない」

「足りない?」

「晃。晃は一週間続けて笑っていられる?」

 無理だ。絶対に三時間くらいで自分のおかしさに気づいてむなしくなる。

「AFSっていうのはそれくらいの感情が必要。なんらかのきっかけで強い感情を抱いて、ある程度の期間その強い感情を持ち続けて心に『傷』を付ける。その『傷』がAFSの異常な力を生むの。私みたいに」

「え?」

 そういえばさっきあの得体のしれない奴を吹っ飛ばしたのはまさか

「駿河先輩もそのA……」

「AFS。そう私も異常な力を持っている」

 駿河先輩は絞り出すような声でそう言い目をそらす。まるで何かやましいことをしたみたいに。見られたくない汚点をさらされたように。しかし

「すげー……」

「?」

「すげぇよ! 先輩! 先輩もああいう変装みたいなすげーことができるんだろ!? 見せてくれよ! うわなんで俺気付かなかったんだろ!」

「え? え!?」

 俺の中にあったのは純粋に驚愕し感嘆する思いだった。不躾に聞くのは失礼かとも一瞬思ったが強い興味に勝てずについ聞いてしまう、が

「あ、すんません。やっぱダメですよねこんな人に見られるかもしれないとこでそんなすげーことするなんて。隠してたってことはやっぱり何か隠さなきゃいけないんだろうし、でも良かったら見せてほしいなーなんて……」

「晃……」

 ポカンとしているような表情をする駿河先輩数秒の沈黙、そして、

「え、ちょ! 先輩!?」

 いきなり先輩の目から再び涙が流れていた。何かまずいこと言ったか!? と思いおろおろ保健室の隅に置いてあったタオルをとってくる、それを先輩に差し出すと無言で先輩は受け取りタオルを顔にあてた。

「すんません、なんか俺変なこといったみたいで……」

 一応謝罪する、が先輩は首をフルフルと振りそれを否定する。

「ありがと…………うれし泣き」

「え?」

 わずかに聞こえたその言葉に俺は首をかしげた。


 その後何とか泣きやんでくれた駿河先輩と共に彼女の家に行き話の続きをすることになった。


 今は駿河先輩の家のリビングでお茶を出してもらい途中で俺が買い込んだポテチだのアイスだのの菓子類を囲んでいる。

「そのAFSっていうのは先輩はどこから聞いたんですか?」

「学校」

「が、学校!? 政府公認なんすか!?」

「ん、国も知ってる。あの学校、AFSになりそうな子供を集めるある意味隔離施設みたいなところ。私が知ったのは中学生の時だけど」

 その言葉に唖然とする。

「え、じゃあなんですか。俺がこの学校に入れたのはAFSの才能があったからということで?」

「可能性はゼロじゃない。けどそんな生徒はせいぜい全体の三割。大体AFSは国内で二三人しか確認されてないある意味奇病みたいなもの。研究もあんまり進んでない。それになれる才能があっても本当になる人間はごく少数、才能があっても発生率は一%以下って校長先生言ってた」

「校長……!」

 校長というと比較的若い四○代くらいのオッサンか。長い話は好まないの一言で挨拶を終わらせたナイスガイだと思ったらそんな秘密を隠し持っていたとは、

「ま、まぁその話は置いときましょう、それで一番最初に見せてほしいのは能力ですよAFS! 先輩も使えるんでしょ! どんな力使えるんすか!?」

 個人的にはこれが一番楽しみだったりする。

「ん……えっと……言いたくない」

「へ?」

 言いたくないって……

「人にもよるけどAFSっていうのは持っててもあんまり自慢するものじゃないの。大抵は自分の心の『負』の部分を押し固めて煮詰めたものがAFS。そんなもの、晃に見てほしくない」

 えっとつまり、

「晃がベッドの下に隠している本を見られるようなもの」

「あんたは俺がベッドの下に何を隠していると思ってんですか!?」

 そりゃ全く所有してないとは言いませんけどね!

それにしてもこの先輩の場合冗談ではなく素でそういうことを不意打ちで言ってくるので焦る。

「必要な時になれば使うけど……ただ、さっき晃が『ニセモノ』に羽交い絞めにされてた時『ニセモノ』を吹き飛ばしたのが私のAFS」

 そういえばあの時凄まじい轟音とともにあの『ニセモノ』が吹き飛ばされたが、あれは駿河先輩のAFSだったのか。まあ言いたくないと言っているものを無理に聞き出したりしても意味はないしこの先輩相手にそんなことができるとも思えないのでとりあえずこの話は置いておく事にする。

「でも、問題はそんなことじゃない。今の問題はあの『変身』のAFSの所持者」

 そういえばそうだ。AFSという常識外のものがあらわれたショックで失念していたが、今一番の問題はあの『ニセモノ』の事のはずだ。

「あの……こういうときって普通どうするんですか? 警察に連絡……しても信じてもらえませんよね……」

「AFSっていうのは最近発見されたことだから対応策もあまりとられてない、日本全国のAFSを管理している管理局みたいなところはあるけど多分あの『変身』のAFSは管理局が認知していない二四人目のAFS。そうじゃなきゃ多分何らかの措置が取られているはず」

 先輩の話だとAFSと認定された人間には専用のカウンセラーのような人がつき、ある程度『持ってしまった』能力を制御するため精神を安定させるカウンセリングを受けるらしい。また、そういう措置がされていないAFSは好き勝手に力を使い社会問題を起こすことが多いということも。

「私も中学生のころから二年間くらいカウンセリングを受けてそれで今ではまともな生活を送ってるけど中学2年生くらいのときには学校行けなくなったりもしてた」

 そうなのか……一学年上のためあまりそういう話は聞かなかったのだが……あれ?

「えっと……それは話してもらってもいい内容なんですか?」

 先ほど自分のAFSは話したくないと言われたのでそういう話も駿河先輩にしてみればあまり話したくない内容ではないのだろうか?

「ん……? 別に?」

 そう言いながら首をかしげる先輩。何故だろうとは思いながらもこればかりはAFSを

使える人間にしか分からないものなのかもしれない。

「それはともかく今するべきなのはあの『変身』のAFSを使う人を見つけ出してAFSを使った瞬間の証拠をとること」

 そう提案する駿河先輩。しかし……

「それって結構難しくないですか? あの『変身』の能力使われてたら誰が誰だかわからないですし……」

「ん……私だけに化けられる。ってことは考えにくい。でも、私はあんまり学校で親しい人があんまりいない。だから私に接触してくるとしたら晃の姿に化けるしかないと思う。でも」

「でも俺が先輩に会いに行くってこと自体あんまりないことですしね……俺の方に来るとしたら部活連中に化けるか先輩かってところなんですが……」

「ん……私に化けるとしたら対策は取りようはあるけど他の人になるとそうもいかないし」

 そこでお互いに頭を抱え込むことになってしまった。そもそも俺たち、いや俺に対して何故あんな物騒なヤツが襲撃してくるか自体わからないのだ。対策など取りようもない。

「ともかく私は事情も知っているしお互いに用があるときは『確認』する方法だけ決めておこう」

 そう言いスカートのポケットの中から携帯をとり出す。

「ん、もし疑わしい。とお互いに思ったら空メール送って。それが本物の確認。それともしニセモノが現れたら連絡して」

「やっぱそういう場合二人で固まってた方がいいですもんね」

「それもあるけど『変身』の能力を使う人間を特定するため」

「え? 偽物が現れたら偽物が誰だかわかるんですか?」

「ん。学校の特性からして偽物は十中八九私たちの学校の生徒。つまり自分も授業を受けたりしてる。でも、『能力』を使っている間はそうじゃない。入れ替わっている人になり済ましてその人として学校生活を送ってる。裏を返せば偽物がいた時存在しなかった人が偽物の『本体』ってこと。放課後とかじゃわからないけど昼休みとかならギリギリで特定できると思う」

 なるほど。偽物が現れたタイミングで誰も目撃していない人間。もしくは欠席している人間が犯人だということか。

 納得しながら赤外線機能を使いお互いのアドレスを交換する。

「でも。こんな風な対策が立てられるなら結構簡単に『本人』が割れそうですよね」

 何気なく言った一言。だがその言葉に駿河先輩はフルフルと首を横に振った。

「晃。AFSを甘く見ては、駄目。」

 その一つ一つの単語に力を込めて彼女ははっきりと言った。

「AFSは……心の傷を治していないAFSを持っている人間は『どんなことでもする』私はそれを『する方』でも『される方』でも思い知ってる。だから、だから晃も気を付けて」

 その言葉にただならない真剣味を感じ俺は唾をのみ……そして、

「……わかりました。油断はしないようにしときます」

 そう言い心にとめた。決して油断しないと。周りの人間に対し絶対に疑いの気持ちを捨てないと、そう心に誓った。

「ん、それなら、いい」

 そう言い駿河先輩ほんの少しだけ。今度は『微笑み』というにも足りないほどのかすかな物だったが、『笑って』くれた。

 

 絶対に油断しない。あのニセモノの本体を見つけるまでは。そう思っていた、

 

 だが、翌日、その決意の意味はあっさりと壊されてしまうことになってしまった。

 

 

 

「キミが来栖君? 来栖晃君」

 そう言いながら声をかけられたのが翌朝、通学路を通り学校のほど近くの路地を歩いているときだった。

 駿河先輩とのことがあるので朝練がないのは幸いだったが、そもそも朝練がない理由は今日からクソったれなテストが始まるからだ、あーどうしよう勉強してねえよ、などと考えていた時、『その人』は現れた。

 茶髪のロングヘアーにウチの女子制服、友達が多そうな顔だなと思ったのが第一印象だ。

 恐らくはクラスの中心で他の女子とあれこれ話すタイプ。顔も平均よりは『美人』寄りで、しようと思えばいつでも男女交際ができる人だろう。

 一応は初対面のはずなのだが微妙にその顔……いや背格好には見覚えがあった。

「えっと、会ったことありましたっけ、」

「あ、ううん! 私達これが初対面だよ、いや、『この顔じゃ初対面』かな?」

 その言葉にいやな予感を覚える。

「あんた……」

「えっと……ご想像の通り? 私昨日君を傷つけようとした『ニセモノ』なんだよね。」

 その一言だけで十分だった。

 女だろうと関係ない。あんなクソったれな真似をした奴を殴り飛ばす。そのことだけを考え、こいつに向かって歩を進め手を振りかぶり、その顔を殴ろうと手を振りかざし……

 

 そしてその手がつかまれる。

「は!?」

「よいしょっと、こうかな?」

 そして即座にその手をねじり上げられ一瞬で組み伏せられた、

一応は護身術の型なのだろう。曲がりなりにもこちらは肉体派でしかも男だ。だが、コイツは明らかに『素人』だった。

こちらの手を掴む動きにも組み伏せる動きにも『無駄』 というものがありすぎると素人目にもわかる。かわせなかった理由は単純だ。『その動きがあまりにも早すぎた』からだ。

「うんうんいい感じ。インターネットでちょっと見ただけだけどやっぱり普通の人間相手ならこれで十分か♪」

「テメ……何しやがった!?」

「うん? 私がまあ普通じゃないってことはあの女から聞いてるよね? なんか『普通じゃなくなってから』頭はさえるし身体もよく動くんだよ。多分今なら男子と腕相撲しても楽々勝てると思うよ?」

 つまりは、AFSになった人間は変な力が使えるようになるだけじゃなくて身体能力や知能まで変化するということか? そんなバカなことがあってたまるか!

「ック……この野郎……」

 必死になって抑え込まれた身体を何とかして動かそうとするがビクとも動かない。女性であることを疑ってしまうほどの腕力だ。

「アンタ何が目的なんだよ……なんで俺らにこんなことしてくんだよ!?」

「あはは、そうだよね。君にしてみればわからないよね。それはね。」

 そこで一拍置きそして、

「駿河昌に苦しんでもらうためだよ」

 そして、今までの明るいしゃべり方から一変し、昨日感じた『吐き気のするような負の感情』を込めてそう言い放った。

「アンタ駿河先輩がなんでそんなに嫌いなんだよ……」

 その言葉を言うと同時。組み伏せられ地面に密着している頭部をガン! と、コンクリートの地面に叩きつけられ、頭に鈍い痛みが走る。

「そんなこと、君に、聞かれたく、ないね、」

 ガン! ガン! と何度も何度も俺の頭を地面に叩きつけ、一音節ずつ刻み込むように言葉を発する。

 俺の頭を押さえつけゾッとするような冷たさで言い放ったその言葉を本当に人間が言ったのか、俺にはその確信が持てなかった。

 俺はその一言だけで恐怖を、昨日感じた本能的な恐怖を感じてしまったのだから。

 駿河先輩が言っていたあの言葉、『AFSは負の感情の塊』という言葉の事実の片隅が見えたような気がした。

「とにかく私はあの女を許さない、そのことだけ伝えたくてね、君が今後一切あの女と関わりを断とうと思うなら『君にだけ』は何もしないであげる。それだけだよ」

 そう言い残し、恐怖で動けない俺を無視しその女は悠々と歩み去った。

 悔しさだけが残り、目から涙があふれた、

 

 あの女に対する悔しさではない。

 

 あの女に一方的にいいようにされて何もできなかった自分への悔しさだった。

 

 そしてその感情とともに俺の心に一つの反骨的な思いが生まれた。

『絶対にあの女に屈せず、駿河先輩とともにこの事件を終わらせる』

 そのことを心に強く、強く刻みつけ俺は立ち上がった。

 

 

   ○○○

 

 

 

「…………!」

 スカートのポケットの中で携帯が震える。即座にとりだし、画面を見る。

 この携帯に連絡してくる人間は一人しかいない。

 連絡網の番号は家の番号だし、携帯のメールマガジン等も購読していない。

 メールアドレスを交換する友人などたった一人の例外を除いて皆無だ。

 案の定画面を見るとそこには『来栖晃』の文字が。

 何の用かと思いメールの文面を開き、それを読む。

「……!!」

 その内容は衝撃的だった。

『変身』のAFSが晃に接触したこと、そのAFSが晃に危害を加え、その目的を語ったこと。『目的が私へ危害を加えること』などだ。

 だが、私にとって重要なのはこの中で『ひとつだけ』だ。

『変身』のAFSが晃に危害を加えた事。それだけが私にとってのただひとつの重要事項だった。

 なぜなら私は『晃を求める感情』で心に傷を付けたAFSなのだから。

『晃が傷ついた』その一点だけで私は怒りで爆発してしまいそうで、心配で心が折れそうだった。

 もう二度とそんなことはさせない。理論も対策もなくその感情だけが先行した。

 あちらが顔を露見させた事はこちらにとって大きい、そのことを晃に話してもらい、どこのだれかを特定し、そして、

 そして、晃に手を出したことを後悔させる。そう心に刻みこんだ。

 

 

   ○○○

 

 

「『変身』のAFSを追うのをやめろ!? 一体どういうことですか!?」

 放課後、メールで連絡を取り合い、落ち合った商店街近くの公園で駿河先輩が言い放った第一声がそれだった。

「どういうことも何も、言葉どおりの意味。」

「それはどういうことなんですか!? 駿河先輩が危険にさらされてるんですよ!? 俺だけが逃げられるわけがないでしょう!?」

 あの卑劣な女にあの時何もできなかった、そのことを放ったままこの件を忘れるなんてことができるほど俺は根性無しではない。

「AFSは普通の人間とは違う。晃がいたってほとんど意味はない。なら」

「なら大人しく引っ込んで先輩が一人で何かされるのを口を開けて待ってろって……」

 その言葉を言い切る前に、『何か』が凄まじい力で俺の口をふさいだ。

「…………!?」

「晃……」

 そう言いながらこちらに歩み寄った先輩の声には、『あの女』と同じ深い負の感情がこもっていた。

「これが……これがわたしのAFS、だよ、」

 そう言いながら駿河先輩は自らの右腕を見せた、そこにあるべき肘から先の腕部が……『なかった』

そして今まで口を覆っていたものがはがれた。それは、それは青白く光る、どんな生物のものでもない、とげとげしい指先をした爪の無い『手』だった。

「ね? こんな、こんな化物みたいな人間と関わりたくないでしょ? 怖いでしょ? だから晃はもう……」

「ふざけんな、こんなみみっちい手がなんだってんですか!?」

 今自分の口をふさいでいた手を煩わしく掴み、ポイッと脇にほうり捨てる。

「え……?」

「ちょっと変なもん見せりゃ俺が怖気づいてそのまま逃げかえると思ってたんですか!? アホですか! んなもんで屈するほど俺の精神は貧弱じゃないんですよ! 俺は心に刻んだんだ! 『もう絶対にあの女に屈しない! 駿河先輩と一緒にこのバカげた一件を終わらせる!』って!」

 そう言い俺は駿河先輩に詰め寄る。

「だから、だから戦力外だなんて言わせません。俺はたとえ足手まといでだって先輩と一緒にいます。絶対に、何があっても!」

 その言葉とともに駿河先輩をまっすぐに見つめる。

 その視線に気圧されたと言うのは考えすぎかもしれないが、先輩が一歩、後ろに下がった。

 そして、

「ちょっ! 先輩! まだ話は終わってませんよ!?」

 そして逃げられた。まだ話は終わっていないので追いかけようと試みる、が、ここは商店街の隣にある公園だ、美人の女子高生を追いかけるさして美男子でもない男子高校生、絵的に危ない。

「ま、後で電話で話せばいいか……」

 ハァ……とため息をつき、足元に置いていた学生鞄を持ち、家路についた。少々まずかったことを言ったかと考えながらあの先輩の顔を思い浮かべて。

 

 

   ◇◇◇

 

 

 思わず逃げてしまった、頭の中が混乱し、考えがまとまらない、気がつけば自分が住むマンションのロビーまで来ていた。

『最も欲しい言葉』を『最も欲しい相手』から唐突にもらった、そのことで自分の頭はいっぱいだった。

 今考えるべきことはそんなことではないのに、そんなことを考えるべきではないのに考えてしまう。

 『そういう意味』で彼がその言葉を言ったのではないくらいわかっている、『自分が望む意味』で彼がその言葉を紡いでくれる可能性が限りなく0に近いことくらい理解している。

 でも唐突に、もっと辛辣な言葉を浴びせかけられると覚悟した時にそんな言葉をかけてくるなんて、ずるい。ずるすぎる。、

「これじゃ、もう私に近づかないで、なんて言えない……」

 そんなことを感じている場合ではないのに、私のこころは今までにないほど満たされていた。

 

 

   ○○○

 

 

「はい。はい、わかりました」

 先輩からの電話を切り、ふーっとため息をつく、

 一応は一緒にあの『変身』の女を追うことを了承してくれたものの、何やら思いつめたような声をしていた、

 まあ、俺のような足手まといと一緒にあんな異常者に相対することを考えれば当然だが、

 そして、『変身』のAFSの使い手の詳細な素性も明らかとなった。

 相川薬利(あいかわくずり)。先輩と同じ学年の女子だ、それと、

「確かあの時先輩と言い争ってたのもあの女、だよなァ……」

 そう、以前放課後の二年教室で駿河先輩と口論をしていたの恐らくは相川だ。

 先輩に聞いてみてもそのことについて覚えていないと言うし、そもそも相川が駿河先輩を嫌う理由がわからない、というか先輩あんなに記憶力いいのにどうでもいいことに関しては全く頭に入らないらしい。

 せめて相川が駿河先輩を嫌ってる理由だけでもわかれば、対策を練りようもあるのだが、ノーヒントではどうしようもない。

 駿河先輩の話ではたとえAFSの管理局のような場所に届け出てもあの女の場合AFSと認定されるかどうかは微妙らしい。

 この学校の特性上精神鑑定のようなものは行われるが、それで精神的に異常をきたしていると判断されても『AFSである』ということを証明するには相川薬利に『AFSの才能』があり、尚且つAFSを持っている。と、認めさせなければならないらしい。

 七面倒くさい制度だが、AFSを持っている人間は本当に少ないため『通常の』精神障害者と分けるため証拠がない限り認定を出すことはできないらしい。

 つまり俺らがやるべきなのはあの女を屈服させてAFSであることを学校関係者の前で認めさせる事。なのだが、

「ぜんっぜんやり方思いつかねえ……」

 そもそもあの力は隠密性が高すぎる。

 一度化けられてしまえば本人であることを特定することはほぼ不可能だし、いくら警戒していても俺らに近い人間に化ければ俺らに接近することもそう難しくないだろう。

 その上

「おい晃」

 その上基本的にあの女は素行も悪くないらしいし、こちらから何らかのアクションを仕掛けるということもしにくい。下手をすればこちらの行動で自滅なんてことも……

「晃ァ」

 こちらからは仕掛けられない、かといってあちらの行動に対するリアクションも決められない、これでは八方ふさが……

「アキラァ! アンタ何ボケっとしてるんだ!?」

「ふげ!?」

 いきなり頭の上にヒジが落とされた、後ろを見ると我がバカ母が怪訝な顔でこちらを向いていた。

「アンタ何ボケっとしてるんだよ?」

「え、あ、いや、何でもない」

 よく考えるとここはリビングの電話の前だ。こんなところで呆けていたらおかしいと思われるのも当たり前か、台所の食器洗いからコップを取り出し浄水器から水を汲む、とりあえずは落ち着こう、落ち着けば考えもまとまるかもしれないし。

「アンタってバカなくせに考え込むとすぐに思考に没頭するわね」

「バカは余計だ、いいだろ別に、俺だって、たまには頭使うんだよ」

 そう言いながら水をゴクリ、

「ふーん恋人のショウちゃんの事で?」

 そして噴き出した。

「うわっ!? キタナっ! 何してんのよあんた」

 ゲホゲホとせき込みながら、あわててバカ母の方に振り向く。

「だ……誰に聞きやがったこのアホ母め……」

「アンタが学校フケた時に担任の教師が言ってくれたのよ~ん。一年のバカと二年の一番優秀な女子が一緒に学校サボったって。そんなこと言われて気付かない方がどうかしてるわよ♪」

 あんの五○歳のハゲか! 畜生! 絶対復讐してやる!

「で? それで? どうなの? どこまで行ったの? キスまでなんて言わないけど手つなぐくらいはいったんでしょ?」

「オッサンかあんたは……て言うか付き合ってねーし……」


「は?」


 『そもそもあの時の駿河先輩は恐らく相川が化けたものだろう』

 なので俺と駿河先輩の間に恋愛感情なんてそもそもはじめからなかったわけで……

「ちょっとアンタ……まさか振ったんじゃ……」

「んなわけないじゃん……、なんていうかあっちからやっぱ取り消しみたいに言ってきたんだよ」

 とりあえずカドが立たないように適当に言っておく、

「へ? それどういうこと? ショウちゃんがやっぱ告白取り消しって言ったとでも?」

「そうそう、なんかお互いの気持ちの擦れ違いがあったみてーでさ」

 まあこういう風に言っとけば少しうるさいけどあとくされないだろう、そう思っていた。


 だが、


 突如母さんが バンッ! とテーブルを殴りつけた。

「へ?」

「ふざけんじゃねー、ショウちゃんがんなことするはずねーだろーが」

 ねーだろーがって言っても……何もなかったのは事実だし。

「あの、母さん?」

「黙れ、どうしても言い訳がしたいってんならショウちゃんに謝ってから言え」

 あれ、なんで俺襟首つかまれてんの? そっち玄関だよ? ちょ、

「痛テェ!!」

 放り出された。

「何すんだよ!?」

「うるせえ! ショウちゃんに謝ってこい! きっちり謝ったこと確認するまで家に入れねーぞ!」

 その言葉とともに、母さんが投げた靴が頭にクリーンヒットし、バタン! と扉が閉められてしまった。

 

 

  ◇◇◇

 

 

「最近よく来るよなァ……ここ……」

 結局来たのは駿河先輩のマンションだった。

 理由はわからないが何故か母親を怒らせてしまい、それで要求されたのが『駿河先輩への謝罪』だったため来たのだが、

「ぶっちゃけ入れてくれるか……?」

 用もないのに遊びに来ましたーと言って入れてくれるだろうか……少なくとも一週間前にそれをしても入れてくれはしなかったと思う。

 多少なりとも距離が縮まったからこそ、こうして一縷の希望を抱けたわけだが……

「それでも難しいよなあ……」

 はぁ……とため息をつく、あしらい方がまずかったのだろうか、先輩が前言撤回しないってこと、よく考えれば母さんだって知ってるもんな……

 そんなことを思いながらエレベーターに乗り30階という普通のビルではありえない数字の階をプッシュ。

 駿河先輩の家は最上階、もっと言えば屋上に一軒家のように建てられている。その時点でもう庶民の俺としては気後れしてしまう。

 というか屋上に一軒家という時点で普通のサイズのビルではない。

 最上階からさらに階段を上がり屋上に出たところの門のインターホンをプッシュ、

「はい」

「えっと……来栖ですけど……」

 三○秒ほどで先輩の声がする、そう言えば俺、名字で呼ばれるのなんて教師くらいだよなあなんて思いながら一応名字の方で確認。

「ん……でもその前に確認」

「へ、確認?」

 そう言われて今は『ニセモノ』がいることを思い出す、

 取り合えず携帯を取り出し、門の前にいます、と短文メール。

「ん、確認」

 その言葉とともに、目の前の門が自動でカランと開く。下のロビーにはないのにここには自動扉があるのも変な話だな。と思いながら門をくぐり、屋上にある庭という非常識な場所を通り、先輩の家へと歩いていく。

 そして玄関のドアに辿り着き、右手で三回ほどノック。

「ん……」

「すんません……なんか押しかけてきちゃったみたいで……」

「それは別にかまわない……けど、何か用?」

「いや実を言うと……」

 とりあえず電話を切った後ニセモノとファミレスで学校をフケていたことが母親にバレていることを説明、説明……したのだが……

「晃……それ」

「今考えると笑っちゃいますよね、『駿河先輩がんなことするはずないですし』」

「…………」

 あれ? なんかこめかみがぴくぴくしてる。けどまあ偶然か。

「あの女ももうちょっと事前のリサーチしてればもうちょっとマシなやり方があっただろうにバカですよねー」

 あっはっはっは、と笑い飛ばす……がやっぱり駿河先輩笑ってくれない、

 まあそんなに期待してたわけじゃないけど……なんかうつむいて表情が見えないのが怖い。

「だから付き合ってないって言った時になんか妙な勘違いが発生したんで、一応、母さんにそのこと説明しといてくれるとうれしいんすけど……」

「出てけ……」

「え?」

 その言葉とともに先輩が幽鬼のようにユラリと立ち上がる。

「出てけ……」

「あの先輩!?」

 三度目は言わないとばかりに先輩の右手がこちらに突き出される。そして、その手が『指先からまるで光のマジックのように消えていく』これは……

「出てけ!」

 先輩の目の前に蒼白い爪の無い鋭い指を持つ手が現れその手に襟首を掴まれ、玄関に引っ張られ乱暴に叩きだされる、

「痛い!」

「顔、見せるな!」

 その言葉と同時にバタンと先輩の家の扉は閉じられてしまった。

 

 

  ◇◇◇

 

 

「何がいけなかったんだろ……」

 翌日、通学路を歩く時になっても、あの時なんで駿河先輩があんなに怒ったのか、未だに俺はわからなかった。

 あの騒動から2時間ほどしてから駿河先輩から『ゴメン』と一言だけ文字が打たれたメールが来た、

 おそるおそる家に帰ると一応は何事もなく家に入れたので何とか部屋に戻り、一日を終えた。終えられた。のだが……

 昨日駿河先輩の家を叩きだされる直前、彼女が浮かべていた表情、それが脳裏にこびりついて離れなかった。

「泣いてた、よな……」

 俺は駿河先輩の涙なんて数えるほどしか見たことがない。

 覚えがあるのなんて、駿河先輩のお母さんのお葬式の時の涙くらいだ。うれし泣きだという涙ならば昨日も見たがあれはノーカンだろう。

 その駿河先輩を泣かせるほど酷い事を俺が無意識のうちにしてしまった、その事が俺を自責の念に駆りたてていた。

 しかし、何故彼女があんなに怒ったのか、俺にはいくら考えてもわからない。自分の頭のレベルの低さをこれほどまでに疎ましく思ったのは久しぶりだった。

「アッキラぁー」

 いきなり後ろから声をかけられる。振り向くとそこにはオール三の真田が、

「ああ、おはよ」

「な……なに? えらくテンション低いじゃん? お前がそんな顔だと気持ち悪いんですけど……」

 俺だって悩む時ぐらいあるわボケ。

「ああ、アレか、駿河先輩となんかあったんだろ」

 チッ、あからさまに適当に言ってるのに図星なのがムカツク。

「あーそうだよ、そーですよ。我が愛しの駿河先輩の事について悩んでますよ、ハイこれで満足か? わかったらとっとと去れ」

「そんなにあからさまに邪険にすんなよ、悪かったって」

 とりあえずマジモードに入ったのでこっちも不機嫌モードは解除しとくか、

「で、マジで何があったんだよ」

「口が軽いお前に教えたら一時間で学校中に広まるから言わね」

 以前の鋼哉先輩一刀両断事件の時からそうだがコイツは本当に口が軽い。

 肺の中には酸素のかわりにヘリウムでも入ってるのかというくらいのレベルだ。

「うるせー、俺だって言っていいことと悪いことの区別くらいつけるっつーの」

「ま、確かにあの先輩の振られた話なら別に広まっていいかなーって気はするけどな」

 そんな愚にもつかない事を話しながらふと、コイツに少しなら話してもいいか、という気持ちは少しわいてきた。

 自分ではどうしてもわからないのだ、何故あの時に駿河先輩が怒ったのか、それならば他人に聞くのが一番……なのだが……相談できるような一番近い友人がこんな口が軽いやつだとは自分の不幸を呪いたくなる。

 まあしょうがない……別に言いふらされてもいい範囲で今後の対応について聞いてみるか。

「なあ、お前さ、もし相手を怒らせちまって、しかもその怒った理由がわからなかったらどうする?」

 とりあえず言っていいギリギリはこのくらいだろう。口調の変化を感じ取ったのか、真田の方も茶化すような真似はせず少しの間沈黙する。そして、

「さあな……わっかんね」

 ホンットに頼りにならないよな……

「でもさ、俺もお前もバカじゃん。考えるより行動ってのが俺らのキャッチコピーじゃん。ならさ、考えて複雑なことするより絶対に間違いないやり方を全力でやるってのが俺らにはあってるんじゃね?」

「その絶対に間違いのない一手って何すんだよ?」

「さぁ? お詫びに一日何でもいうこと聞きます! とでも言ってみればどうだ? 相当無茶な事でもOKっつってさ」

 ……確かに俺の頭のスペックでそんなに器用なことをやれるわけではない。

 どうしても許してもらおうと試みるなら誠意を見せるしかないのだ。

「……ありがとさん、ちょっとは参考になった」

「お、お前が俺にまともに感謝するなんて珍しい、今日は雨降るかもなー」

「んだとこの野郎、てめーが口軽いから気軽に重要な相談できねーんだよ!」

「うるせーよテメーが悩むのなんざ10年に一度あるかないだろーが!」

 そんな風なアホな話をしながら学校に行く足取りは心なしか軽くなっていた。

 

 

  

   △△△

 

 

 さて、次はどんな方法であの女を追い詰めるか、そればかり私は考えていた。

 我ながら退廃的な思考だなとは思う、これが何の解決にならないことも自分の首を絞めることも理屈では理解している。

 だが、そんなことはどうでもいいのだ。『私達のような存在』は感情を先行させて行動する。理屈はそれを追いかけ、時に追い切れない程度のものだ。

 『私達のような存在』が世間的にどう扱われているのかは知らないが、あの女が何もしないことを考えると、今の状況では私をどうにかすることはできないらしい。

 好都合だ。

 恐らくあちら側が私を何とかするにはもっと私の『証拠』を揃えなければならないのだろう、ならば証拠を残さずに、証拠を出さずにあの女を苦しめればいいだけだ。

 もうやることは決まっている、『どうやって近づくかも考えている』

 後は実行に移すだけだ。

 これをすればあの女は『壊れてくれるか』

 ああ楽しみだ、その時のあの女の表情を想像すると笑いが止まらなくなる。

 

 だが

 

 その一方で虚しくもなる。

 こんなことをしても何かが解決するわけではない、逆恨みに近いこともわかってはいる。

 だが、それでも他にこの感情をぶつけるべき相手が見つからない、『嫉妬』するべき相手はあの女しかいない。

 だから、だからあの女にこのやり場のない感情をぶつける。

『そんなことをしてもどうしようもない』というまともな感情と『感情をまきちらし、潰せ』という感情がせめぎあい、そして後者がどんどん前者を侵食している。それが、心のどこかで理解できていた。

 

 ほんの少し、


 心の片隅に不安が生まれた。

 

 

   △△△

 

 

 今私は自分でも珍しいと思うくらいにヘコんでいた。

 理由は自己嫌悪。

 晃は何も悪くない。ただ少し勘違いをしているだけだ。『自分に告白したのが私ではなく偽物だと』ただそう思っている。

 何故そう思っているのかくらいはわかる。今までほとんど疎遠になっていたくせにいまさら『好きだ』なんて言われて不自然さを感じないわけがない。


 でも、リアリティがなかろうが不自然だろうが好きだったのだ。


 そのことを悪気がなかったとはいえ、『なかったことにされ』腹が立った。

 それは今でも心の片隅に残っている。

 だが。そんなことは晃とは関係のないことだ。

 常識的に考えれば晃の行動は何も間違っていないし、私が怒った理由だって晃はわかっていないだろう。

 気は進まない。昨日の事が心に引っかかっているし自分は悪くないという子供じみた思いも少しはある。

 だけど今の私にとって晃との関係は何が何でも修復したいモノなのだ。

 『たまたま少し距離が近づいたときに見知らぬAFSに襲われる』などということがなければ恐らくは埋まらなかった晃との溝が埋まりかけている。

 いつか絶対に取り戻したいと願い続けていた晃とのきずなが戻りかけている。

 ならば少しの不満を我慢するくらいは何でもない。

 謝ろう。放課後に会って昨日のことは私の勘違いが元で変な行動をとってしまったとでも言おう、事実そうなのだから。

 はぁ。と柄にもなくため息をつき、未来を予想して……憂鬱になった。

 

 

   ○○○

  

 

 

「うっし。完食っと」

 用事があるからと一人で購買で買ったパンを食い終わり駿河先輩への対応も決まりある程度精神は持ち直していた。

 とりあえず誠心誠意をもって謝ろう。と言うのが結論だ。

 駿河先輩とは家族を除けば一番古い付き合いだし、簡単につながりを捨てられるほど軽い間柄でもない。

 謝って許してもらえるならばそれが一番いい、距離感が戻りかけている今ならなおさらだ。

 テスト期間なので部活はなく午前中授業なので放課後に会って謝ってそれでもダメだったら安直だが真田の話していたコトでもやってみよう……我ながら何とも単純かつ愚直な策だ。

 とはいっても他に思いつくこともない。

 何で怒らせてしまったか分からないというのは相当な失点だが、そこは誠意で埋めるしかない…………とそんなことを考えていると、ポケットに入っている携帯電話が振動した。

 取り出してみてみるとどうやらメールらしい。宛先は……

「駿河先輩……?」

 そう、昨日怒らせてしまった駿河先輩からだった。文面は『謝りたい事があるから今から屋上へ来てほしい』

「謝りたい事……って俺の方が謝るべきだと思うんだけどな……」

 なんというかこちらの失言(何が失言だったのかは分からないが……)が原因だったようだし……

 とにかく謝るにしろ何かを話すにしろ屋上に行かなければ……

 屋上はこの時間は購買組や弁当組がメシを食うこともあり結構人がいる。

 テスト期間中とはいえ自習などで学校に残る人間は多い。

 なので密会には向かない場所なのだがそんなことを気にする駿河先輩とも思えない。

 とりあえず階段を上り屋上へと歩を進める。

 屋上への扉を開くと空調の利いた室内から少々湿気をはらんだ蒸し暑い空気へと変化する。

 だが見晴らしは最高な上、今日は風が強く地獄の釜にも匹敵するほどの暑さ……というわけではないのでそこそこ『屋上で食べる派』の人数は少なくはない。

 そしてその中で一人。食事をするわけでもなく手すりの横に立つ女子生徒が一人。

駿河先輩だ。

「あ、えっと…………」

「……とりあえず、何か話す前に『確認』」

 そうだ。偽物の確認のためにメールを送る。という約束があった。

「私の方から送る」

 そう言い、携帯を出し空メールを送る

 すぐにマナーモード設定にしていた携帯がブルブルと振動する。駿河先輩からの空メールだ。

「送られてきました」

「ん、確認終わり」

 そう言い携帯をしまう駿河先輩。

「それで……話……っていうと?」

「昨日のことについて……ごめん」

 そう言いながらぺこり。と頭を下げる駿河先輩。

「放り出したりするのは流石にやりすぎだった」

「いえ……何か失言したみたいですし……こちらこそすいません……」

 そう言いながらこちらも頭を下げる。ちなみに、今学校で注目度がうなぎ上りになっているせいか、屋上にいる人間の会話がピタリと止まってこちらに聞き耳を立てている。

 とりあえず謝りあったが、これではお互い釈然としない。そもそも駿河先輩は謝るためだけにメールでわざわざ呼び出したのだろうか……? そうなのかもしれないが…………とりあえず聞いてみよう、

「「えっと」」

 …………切りだしが重なってしまった。

「あ、そちらからどうぞ」

 とりあえず先手を取って譲る。

「あ……うん……晃、昨日のこと……怒ってない?」

うつむきながらそう聞いてくる駿河先輩。

「怒ってるって……昨日先輩の家から放り出されたことですか?」

 確かに痛かったけど……その後先輩が泣いているところを見てしまったので絶対的にこっちが悪いという意識が刷り込まれてしまいその時に怒りなど感じようもなかった。

「うん……怒ってる?」

「いや……全然怒ってませんよ。むしろ先輩が…………」

「……昨日の事は忘れてほしい」

 そう言いながら顔をついっとそむけてしまう。どうやらそこら辺は触れられたくないことらしい。だが、

「それでもすいません。謝るだけ謝らせて下さい」

 これだけでも言っておかないとこちらの気持ちが釈然としない。言わなくていいと言われても謝ることがこちらのエゴだということはわかっている。

 だが、先輩へ謝らないと昨日の事に対する気持ちの整理がどうしてもつかなかったのだ。

「ん…………わかった、じゃあ一つお願いがある」

「えっと……お願い?」

 そう言い先輩はコクリとうなずき俺の手をとって屋上から校舎へと入る。

 初夏だけあって中は空調が利いており、屋上の蒸し暑い空気から一変して校舎の中の冷たい空気は心地よく、汗がひいていった。

 幸い屋上から俺たちを付け回すような出歯亀はおらず階段の踊り場で先輩は立ち止り俺の方に向き直った。

「昨日私が怒った理由を、教える」

「え…………」

 向き直った先輩の顔はいつもの無表情ではない決然とした表情だった。

「昨日私が怒ったのは……『晃が告白したのはニセモノ』なんていったから」

「え……?」

 それはどういう……?

「つまり、私は本当に告白したの。晃に好きだって。付き合ってほしいって。それをあんな風になかったことにされたら、誰だって怒る」

 その一言に俺は頭が沸騰しそうになった。

 えっと、じゃあその……駿河先輩が今からいうお願いって……

「だから。昨日のお詫びっていうなら私のお願いを一つ聞いてもらう」

「あ、はい……わかりました……」

 そう言い駿河先輩は立ち上がり、階段を下りていきそしてそこで立ち止まって……

「んっ……」

「……!?」

いきなり振り返り、俺の顔へと自分の顔を寄せて……キスをした。

「……ふう……」

「え……駿河せんぱ……」

 ほんの少し、唇が触れるか触れないか程度の物だった。だがその衝撃は間違いなく俺の人生で一番の物だ。

「えっと……駿河……先輩?」

 何かいおうとは思うが上手く言葉が出てこない。

 しかし、俺が口をはさむ必要はなかった。

『ふーこれでまァちょっとは気が済んだかなー』 


 その、『駿河先輩の物ではない軽薄な声が』全てを台無しにしたからだ。

 突如、駿河先輩の姿が『剥がれた』いや、剥がれたという表現は正しくないかもしれない。今までまるでその人間のいた場所の周囲だけ特殊なスクリーンを用いていたかのように溶けるように別の人間の姿が中から現れたのだ。そいつは……

「え……!?」

「やっほーそこで見てた気分はどう?自分の一番大事な物が騙されて騙されて面白いくらいにひっかけられた気分は」

 その言葉は俺に向けられていなかった。

 そこにいたのは。その言葉が向けられていたのは


 駿河先輩だった。

 

 

  ◇◇◇

 


「あははは! どう? 気分はどう? ねぇ教えてよ、自分が一番大事に思っててこーんな異常な力持っちゃうくらい溺愛してるお友達がこんなにあっけなく私に奪われた気分ってどんななの?」

 そのニセモノ……相川薬利に対する答えは無言だった。

 無言のままニセモノへと疾駆し、凄まじい勢いで殴りつけた。

「……駿河先輩!」

「あははははははははははははははははははは! そう! その表情が見たかったんだよ! ねぇちゃんと言葉で聞かせてよ? 殴るんなら原始人にだってできるよ? ほらほらどんな気持ちなの? ねぇおしえて?」

「殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる……」

 その言葉には……初めて『変身』のAFS相川薬利に会った時と同じゾッとするような深い負の感情が込められていた。

 その感情は恐らく……

「殺してやる。か、ムリだね、だって『キミのそんなチンケな殺意なんかより私の嫉妬はずっと深いもの』」

 駿河先輩の『変身』を完全に解き、相川はせせら笑った。

「私と同じキミならわかるでしょ? 私達の力の強さは感情の強さがそのまま比例するんだよ? キミは『この晃君に対する執着でAFSになったAFS』だけど私は『キミへの嫉妬でAFSになったAFS』なんだよ。つ、ま、り」

 その言葉とともに相川は駿河先輩を蹴り倒した。

「私に対して怒って動いてるキミより、キミに対して嫉妬してる私の方が多分力は強いんだよ。あははははははははは! 変な理屈だよねぇ! でもなんでだろ! しっくりくるんだよね! この言い方が一番!」

 狂気、というものを俺は感じたことがなかった。が、この目の前にいる女は『狂気』というものの体現者だ。

 訳もなく、理由もなく、理屈ではなく、直感でそう感じた。

 蹴り倒された駿河先輩はそこから立ち上がることもせずにうずくまっている、かすかに、ほんのかすかにだが、彼女がすすり泣く声が聞こえた。

「あはは! あははははははは! 楽しいよ! 今私満たされてる! あははははは! もうう多分抵抗する力ないかなぁ? 絶望の底に叩き落としたしもう人生終了しちゃってもいいよね? じゃあそうだなぁ下の踊り場から勢いよく綬なしバンジーでもしてみる? 多分みんな注目してくれるよー! あ、でも元々注目されるような人間だったし、あんまり関係ないか! あはははははははははは!」

 そう言い相川はすすり泣く駿河先輩の髪を乱暴に掴み階段を降りようとする、だが、

「やらせっかよボケ!」

 ここで黙って相川にやられるままになっていたのでは俺は男以前に人間以下だ。

 引っ張られる駿河先輩を引っ張り抱きあげ相川から離す、

 恐怖はある、あんな同じ人間とは思えない常軌を逸した精神を持つ生物に対峙する恐怖は間違いなくある。だが、それでもここは何に替えても退いてはいけない時だと、俺は判断した。

「はぁ? ただの人間に何ができるっての? ほらほら簡単に騙された抜け作は引っ込んでなよ。あーそう言えばなんで私が君らの個人的な会話とか約束とか取り決めとかましてや携帯電話なんか持ってたのかまだネタばらししてなかったっけ」

 そう言いながら無造作にボールをけるような所作でアゴに蹴りを入れてくる。何気ない動作のようなのに恐ろしく強い。

「ぐがっ……痛ッテェ……」

「まーそんなに複雑な話じゃないよ。私の能力は姿かたちだけじゃなくて『対象の人物の記憶や所持品も再現できる』ってだけの話だから。まぁそこまでするには結構変身する人間のこと知らなきゃだめなんだけどねー、あと長い事コイツに変身してなきゃいけないってのもね、苦痛だったなぁ……朝起きて顔洗って鏡見たら一番見たくねー奴の顔なんだよ? ま、今の私にとってその女はライフワークだからここまで精度の高い変身ができたんだけど」

「んなこたどうでもいいんだよクソッタレ……」

 とにかく会話を続けようとする、恐らく人前だろうがなんだろうがこいつは何の躊躇もなく暴力で駿河先輩を傷つけようとするだろう、『ならば会話で何とかしてこいつの内面にとりいるしかない』

何とか人前では普通の行動をとる程度に理性を回復させないと俺たちの危機は去らないのだ。

「俺が知りてぇのはなんであんたがこんなに駿河先輩を嫌ってるのかってことだよ!」

 そう。核心はここなのだ。そもそも駿河先輩は人との付き合いが極端に少ないディスコミュニケーションの見本のような人だ。そんな人間がここまで誰かに恨まれる、と言うのは理解しがたい。そもそもそのような接点が生まれるとは思えないのだ。

「アンタ前に放課後駿河先輩と何か怒鳴り合ってたよな、そのことが原因かよ!?」

「へぇ、あの時のこと知ってる人間がいたんだ、まぁそうだね、その時のことも原因の一つかな?」

「その時『話し合ってあんたは相手にされなかった』だから感情がどんどん膨らんでそんなバカな超能力になるまで肥大しちまった、って俺は予想してるんだがどうだよ?」

 そう俺なりに奴の心に対して推測を立ててみた結果がこれだ。恐らく以前怒鳴り合っていた時も相川が『今と同じ状態』ならすぐさま殺傷事件にまで発展していてもおかしくない。

 ならばワンクッション置いて感情が膨らんだ期間があるはずなのだ。

「おおー凄いなー! 君心理学者になれるんじゃない? そうだね! 大体あってる! そうだね、あの時相手にもされなかったって事が確かに影響してるのかもね! それで」

 そこで相川の顔から表情が消えた、ヤバイ、これは危険兆候だ。

「それがどうしたのかな? それがわかったからって君らの運命は一切、まったく、全然、変わらないよ?」

 そこで俺は舌打ちをする、やはり駄目だったか。AFSの根幹は『感情』だと駿河先輩は言っていた、ならばその感情を何とかして抑え込めばこの行動も鎮静化するかと思ったのだがやはり楽観に過ぎたようだ。

「さてと、じゃあまぁその女を庇うっていうのなら一緒に死出の旅に出てもらおうかな」

 そう言い俺たちを階段から蹴り落とす相川、その衝撃で背負っていた駿河先輩を落してしまう、

「駿河先輩!」

「おそいよ、バァカ」

 相川が足を上げ、駿河先輩を踏みつけようと勢いを付け振りおろそうとし……

 

   突如その足が止まった。

 

「…………え?」

 相川は今まであれほど固執していた駿河先輩の方を見ていなかった。

 見ていたのは階段の踊り場から落とされ四階の廊下にたたずむ一人の人物。

 鋼哉先輩だ。

「へ? えっと、晃に駿河に、相川……?」

 当の鋼哉先輩はこの異常な状況、俺と駿河先輩が倒れ伏し、倒れた駿河先輩を相川が踏みつけようとするその状況に唖然としていた。

 そして、相川は……

「…………チッ」

 舌うちを一つ残すと、そのまま俺たちに何もせず走って立ち去って行った。

 そこに残されたのは呆然とする鋼哉先輩と、嗚咽を繰り返す駿河先輩と、何の役にも立てなかった最低野郎だけだった。

  

  

  ◇◇◇

 

 

「で、なんでこんな状況になってんだよ」

「こちらもあんたに聞きたい事は結構あるんです、すみませんが先にそっちを話してもらいたいんですが」

 今は再び屋上に出て鋼哉先輩と駿河先輩と話している最中だ。昼飯を食べている奴はもういない。

 俺達が屋上に出た直後にはもちろんいたのだがすすり泣いている駿河先輩を見ると気まずそうに屋上から下へ降りて行く奴がほとんどで三○分もすると俺達三人以外には誰も居なくなった。

 まだ駿河先輩は時々ほんのかすかに泣き声を上げておりとても話しかけられる様子ではない。

「なんだよ俺に聞きたい事って……」

「あんた、相川薬利となんか関係があったんでしょ。それを洗いざらい全部教えてもらう必要が俺たちにはあるんです」

 そう、鋼哉先輩を見たとたん、相川は今まで何よりも執着を見せた駿河先輩を放り出し、その場から立ち去ったのだ。まるで逃げ出したかのように、

「なんでんなことお前にしゃべらなきゃなんねーんだよ……」

「俺らが相川薬利に危害を加えられてるからですよ、特に『駿河先輩に対して危害を加えるってハッキリ宣言された上で』」

 その俺の言葉に鋼哉先輩はうう……と少したじろいだ様子で沈黙する。

 明らかに、どう見ても負い目があるように見える。

「何があったんですか? 俺たちとも関係ない話とは思えません。相川が駿河先輩に執着……本人の弁で言えば『嫉妬』してるっていうのは……」

「……わかった、話すよ。流石にお前らにまで迷惑かけて知らんふりっていうのは無責任すぎる、駿河に固執してるってのも見逃せない点だしな」

 そう言い、鋼哉先輩はぼそぼそと話し始める。

「話すっつってもそこまで複雑な話じゃねーよ、俺が駿河を好きになってから数日たって相川から告白されたってだけの話だ」

 鋼哉先輩の話だと以前、駿河先輩に告白してから数日たってから相川は鋼哉先輩に告白したそうだ、だが……

「まぁ……うん。わかるだろ? あの時は俺駿河に一直線だったし……本人の前で言うのもハズいけどさ……」

「……でしたね……」

「その時のことはよくは覚えてないけど結構相川が……なんていうかその……言っちゃなんだけど粘ってたからさ……冷たい事ガツンと言ってきっぱりあきらめさせた方がどっちのためにもなるだろと思って……」

「思って……?」

「俺は駿河が好きなんだからいちいち付きまとうなうっとうしいって……」

 ……なるほど……一応相川が駿河先輩を嫌う理由が少し理解できた。

「えっとそれっていつのことですか?」

「先週の月曜日……かなぁ……多分そんくらい……」

 流石に言いすぎたと後悔しているのか頭を抱えながらうううう……と悩みぬく鋼哉先輩。

 ある意味発端はこの人だったのだしそこは大いに反省してもらってほしい。だが……

「でもそれだけが理由だとも思えないんですよね……」

「……どういうこと?」

 そこで今まで顔を腕にうずめてうずくまっていた駿河先輩がそのままの体勢で会話に入ってきた。

「あ……はい、それだとなんていうか相川がえらく行動を起こすまで時間がかかってるな……って思ったんです。相川が鋼哉先輩にフラれた事を根に持ってあんなコトにまでなったのに前に俺のところに来た週明けまで時間をはさむなんておかしいと思うんですよ。それにもう一つ……これは駿河先輩に対して聞きたい事なんですけど……」

 そこまで言い、言葉を止める。こんな打ちひしがれている駿河先輩に尋問のような真似をするのは流石に気が咎めたのだ。

「いい……何でも聞いて」

 しかし駿河先輩は顔を上げ、俺に先を促すように言ってくる。

 その顔には涙の跡がくっきりと残っていた。

「あ……はい、駿河先輩、前に相川と放課後に話していたことがあったじゃないですか、多分、その時の会話が相川が行動を起こし始めるきっかけだったと思うんです、だからその時の会話の内容を知れば何かがわかるかも、と思ったんですが先輩忘れてしまってるって言いましたし……何か一つでも覚えていることってありませんか?」

 その俺の言葉に駿河先輩は目線を落し、考え込む。

「そいつを見て思い出したけど、確かそいつの名前が出てたと思う」

 そいつ、というのはもちろん鋼哉先輩のことだ。ちなみにそいつ呼ばわりされた鋼哉先輩は相当微妙な表情で居心地悪そうに座っている。

「じゃあやっぱりその時鋼哉先輩関連で何か相川の琴線に触れてしまった……って考えるのが自然ですよね……」

「それと晃。そいつを見てたらこの問題解決する方法思いついた」

「「え!?」」

 その駿河先輩の言葉に俺たちは駿河先輩へと目線を向ける。

「そいつの指でも二、三本ヘシ折って相川にみせて、これ以上こっちに何かするようなら次はこいつの首がこうなるぞって言えばいい」

「ちょ、ちょっと待った!」

 明らかに真剣(ガチ)本気(マジ)で言っている。

 その証拠に駿河先輩は立ち上がり、大きめの三キロほどもあるブロックを片手でとって鋼哉先輩の元へと歩み寄っている。

 慌ててその間に割り込み駿河先輩を止める、

「落ち着いて下さいって! そんなことしたら駿河先輩がつかまりますよ!?」

「私が捕まったくらいで晃が安全になるなら私はそれでもいいよ?」

 そして無邪気に駿河先輩は笑う。もしかしてこれはさっき相川が無表情になった時と同じAFS特有の危険兆候かなにかなのか!?

「と、とりあえず落ち着いて下さい、俺は駿河先輩にそんなことしてほしくないですし、鋼哉先輩も傷つけてほしくありません!」

「晃…………」

 何やら背後で鋼哉先輩が驚いたような声を上げているが今はとりあえず駿河先輩を落ち着かせるのが先決だ。

「ん……そう……」

 俺のその言葉に駿河先輩はあからさまにしょんぼりした顔で元の所に座りなおした。

 今。駿河先輩は『自分がおかしい行動をとっているということを全く自覚していなかった』以前先輩のAFSを見せてもらった時は全く怖いなどと思わなかったが、今なら『AFSの真の怖さ』というものが感覚的に理解できる。

以前駿河先輩が言った通り『手段を選ばない』と言うこともあるが、この二人に限ってみれば『圧倒的に狭視的』なのだ。

 自分の目的以外はどうでもいい、唯一つの事を成し遂げられればそれでいい、そういう思考回路が徹底している事が普通の人間と圧倒的に違う脅威なのだ。

「と、とりあえず鋼哉先輩をどうこうするのはナシって方向でとりあえず今日は解散……」

「でも解散したらもう……信用できない」

 その言葉に俺はハッした。そうだ、『相手はもうほぼこちらの確かめる手段を潰す術を持っている』記憶は盗まれ所持品もコピーされ、では本人確認をする術は全くないと言っていい。

 再びその場が沈黙が満ちる…………

「……なぁ……もう説明してもらわなくても大体予想がつくんだけど……相川はやっぱり、普通の人間とは違う……のか?」

 三人ともがしゃべらなくなって何分たったか。五時間目の鐘もそろそろなろうかという時に今まで黙っていた鋼哉先輩が口を開いた。

「……らしいです……っていうかそうなんですけどね……」

「で、お前らはなんでんなことを知ってるの?」

 その鋼哉先輩の問いに俺は駿河先輩に視線を飛ばした。数瞬、駿河先輩はこちらを見つめていたが、コクン、とうなずいてくれた。どうやら話してもいいらしい。

「それは、駿河先輩も『同じ』だからです」

「へ……!? 同じって……」

「だから……先輩も同じような『力』を持ってるんですよ、どんな力かはいまいち知りませんけど……」

 そう言えば事ここにいたって俺は先輩がどんな『力』を持っているのかよくわかっていない。

 何回か実際に目にはしたが本人からは説明してもらってないのだ。

 しかし以前どんな能力なのか? と聞いたときは説明を拒否られたのでいまさら聞く気も起きない。のだが……

「え……? じゃあ駿河も……相川の変身……? みたいな力使えんの?」

 そんなことは知らない鋼哉先輩はサラリとそのことを聞いてしまった。

「……うん、使える」

 少しの間逡巡していた駿河先輩だったが、少し時間置いた末、そう答えた。

「へぇ……どんなの?」

 そう聞いた鋼哉先輩に駿河先輩はぷいっとそっぽを向き『言いたくない』と一瞥、

 どうやら別に俺ではなくても教えたい、というものではないらしい。

「晃、行こう。話すことは話したし、聞き出したい事は聞いた、コイツとこれ以上話してても意味ない」

 そう言い先輩は俺の襟首をひっつかみ、引きずっていく。

「あ、先輩! とりあえず相川には気を付けてください! マジで危険ですから! あとなんかあったら俺のメルアドにお願いします!」

 とりあえずそれだけを言い、俺は先輩に引きずられたまま階下へと降りて行った。

 

 

   ○○○

 

 

 私の頭の中は混乱していた、当然だ、あんな、あんな最低な形で私と晃を騙されて、暴力でも屈服させられて、それで平静でいられるわけがない。

 できることなら、今すぐあの女を這いつくばらせて殴りたい。晃と私に向けて謝罪させて心を根本からへし折ってやりたい。

 だがそれはできないことだ。『あの女は私よりも純然に自分の心に忠実で私より強いのだから』

 それが悔しくて、憎くて、やるせなくて、かなしくて、心が折れてしまいそうだった。

 でも。

「晃」

「なんですか?」

「昌ちゃんって呼んで?」

 まだ小さかったころみたいに、隣で歩いてくれる晃がいれば、なんだって耐えられる。そう思えた。

「え……!?」

「お願い、呼んで」

 晃は戸惑いの表情を浮かべた後に顔を赤くして…………

「昌ちゃん…………」

 そう言って顔を真っ赤にした、その晃の頬に……

「ありがと」

 そう言い私はほんの少し出た勇気でキスをした。そうだ。私は晃がいればどんなことにだって耐えられる。晃が傍にいてくれれば私は世界中が敵に回ったって別に構わない。傍にいてほしい、それだけが私の望みなんだ。

「今日晃の家に泊ってもいい?」

 気がつくと、そんなことを聞いていた、顔を真っ赤にしてぼけっとしながらうなずく晃と腕を組み晃の家へと向かった、

 

 

  ○○○

 

 

 なんでこんなことになったんだろう。

 俺は居間のソファで呆然としながら俺はキッチンから聞こえる声に耳を傾けた。

「いやー! 昌ちゃんホント料理うまいわねー! 私が一七の時なんて全然料理なんてできなかったのに昌ちゃんホント立派だわ」

「うちは母親がいませんから、掃除や洗濯全部自分でやらなきゃいけませんし」

「ホント立派だわぁ……ねぇねぇウチに嫁に来ない? あーでもウチのバカ息子が昌ちゃんに見合わないからなぁ……五年後とは言わないでも三年後には見れるようにしとくから……」

 女三人そろえば姦しいというが俺には二人でも俺には十分混乱させられる話の内容だった。

 と言うか何故母さんは当たり前のように俺と駿河先輩をくっつけようとして……

 さっき頬にキスをされたことを思い出した。

「ぐわァァァァァァ!」

 ちょっとなんで!? なんで俺あんなことされたの!? えまさか俺本当に駿河先輩に好かれてるとか!? そんなバカな! いやでもキスされたし……いやいや待て待て安直に考えるなこういう可能性もある。相川にファーストキス奪われた俺を憐れんであんな衝撃的なことをして上書きしてくれたと考え……

 でもそれじゃなんで俺に昌ちゃんなんて呼ばせたんだろう……それはつまり俺との距離を縮めたいからって俺は何を考えてるんだ!? 

「ぐっ……だ、ダメだ……頭がショートしそうだ」

 冷静に考えればウチに泊りに来たのはほぼ完璧に他人に変身できる相川との混同を絶対に避けるためと考えられる、が、さっきのは……? さっきのアレは……!?

 そんな感じで頭が沸騰してあー多分そろそろ脳内の水分全部蒸発して脳だけミイラになるなーなどと現実逃避ぎみの思考をしていると、飯がで来たぞーという母さんの声に俺はふらふらとテーブルに着き、駿河先輩と母さんが一緒に作ったメシをほぼ味も感じずに食べ、食器を片し、食前と同じようにソファでボケっとしていると母親に『テレビ見るのにジャマ』と放り投げられた。所在がなくなった俺はフラフラと自分の部屋に行き、そこで……

「……さてと、それじゃベッドの下を……」

 ベッドの下をあさろうとしていた駿河先輩の手に向かってダイビングし何とか凶行をやめさせた。こればかりは薄っぺらいと自覚はできるが、だからこそ最後の一線である俺のプライドにかけても絶対に見させるわけにはいかなかった。

「お願いします。勘弁して下さい、そこを見られたら俺はもう生きていけません」

「別に変だと思ったりしないよ? むしろなかったら心配」

「その高理解は男にとっては逆に刃なんですよ……」

 そう叫び、はぁ……とため息をつく。流石にここでトランプや人生ゲームを取り出してオールナイトで遊ぶなどという図太い神経は俺にはなかった。あのことについてキッチリ話をしなければ……

「えっと……それで……さっきの……あの事なんですけど……」

「キスのこと?」

 う……とあまりに直球と言えば直球すぎる言い方に少したじろぐ

「あーいや、まぁ……」

「やっぱり私にはあんなことやってほしくなかったかな? 相川にやられるのと大差なかった?」

「んなわけないじゃないっすか!」

 突如とんでもないことを駿河先輩が言いだしたの即刻否定する。

「俺が言いたいのは! 先輩が自分を大切にしなさすぎというか、俺なんかに同情してあんな」

「……そのことは、私も話しておきたかった」

 そう言い、先輩の目つきが剣呑な物になる。突如先ほどまでベッドをあさっていた時にほんの少しだけあった柔らかい感じが一瞬にして喪失した。

「晃は、私がそんなことをする人間に見える? 大体何故相川が晃にキスをしたのか、晃はわかってる?」

 突如、普段の会話にある先輩の間延びした感じが一切消え、真剣な声が俺に突きつけられた。

「何故告白をしたのが相川だと言われた時私が怒ったのか、何故一番最初に私じゃなく晃が狙われたのか、このいくらでもある要素から、晃は本当に私のいいたい事がわからない?」

 その一切稚気を感じない言葉に俺はたじろぐ。そして、次に紡がれた言葉に、俺は初めてではない二回目の衝撃を味わった。



「私は、晃が、好き」



 確実に、ニセモノではない彼女はそう言いきった。

「私はそう三日前に伝えた。昨日怒ったのはそれを『なかったことにされたから』相川が私じゃなくて晃を襲ったのは『私にとって晃は私自身より大事』だったから、さっきキスしたのは『相川なんていうクズに私を最も酷い形で侮辱された』から。これで晃が悩んでいる事は大体理解できた?」

 そう言いながら彼女は立ち上がり俺のTシャツの胸のあたりを掴んで顔を伏せる、

 まるで自分の顔を見られたくない、見せたくないと言うように俺に目を、表情を見せることを 拒む。

「私の、私のAFSは『手』、私が『手』を創れるのは誰よりもつながりを、『晃を』求めているから。だから私の力は相手がどこにいても私がつながりたいと思う人間を抱きしめるために、『捕まえる』ためにある」

 そう言い、彼女は震える声で慟哭する。

「だから、だから知ってほしくなかったんだよ、いやでしょ? 気持ち悪いでしょ!? こんな面倒くさくて重くて、自分でも身勝手すぎると思うくらいの願望でこんな代物を創りだしちゃった女なんて自分でも近寄りたくないって思うよ! だから知ってほしくなかったんだ! ねぇAFSはみんなこんな奴なんだよ! 身勝手で! 自己中心的で! そして狂ってる! 私が、私が初めてこの力を持ってから何度自殺したいと思ったと思う!? そして何度怖気づいて生にしがみついたと思う!? もうやだ! もうやだよ! 一人ぼっちはもう絶対に嫌!」

 そう一気にまくしたて、駿河先輩は隠しもせずに泣き声を上げた。

 その独白に俺は呆然とするしかなかった。

 

 俺にとって駿河先輩は『完璧』だった。

 

 勉強も運動もでき、美人で、人から好かれて、そして、あんな超常的な力まで持っている。

 家族の事で身を引き裂かれるような心の傷を負ったことは知っていたが彼女はもうそれは乗り越えて強く生きている、だから俺と関わる必要などもうないと思っていた。

 だが、違ったのだ。

 今まで俺が『完璧』だと思っていたものは何一つ。駿河先輩が望んで手に入れたものではなかった。欲しくもないものをいくら持っていたところで意味がなかったのだ。

 一番大切な、心の中心に絶対になくてはならないモノが欠けていたのだから。

 その『何か』が何なのか、本人ではない俺がわかるはずもない。だが、それは俺が隣にいることで満たされる。そう駿河先輩は信じていた。そして、本人にとってそれが真実である以上、それは絶対に真実なのだろう、

「先輩……」

「もうやだ! 一人でいるのはもうやだ! 傍にいてよ! 一緒にいてよ! もう私の声が届かないのはやだ!」

 そう言い、駿河先輩は俺に抱きついてきた、強く、強く、柔らかい抱きつき方ではない。絶対にもう離さないという思いを持って痛いほどに強く必死に抱きついてきた。

「先輩……」

「何もしゃべらないで! お願いだから何も、何もしゃべらないで! 拒絶しないでよ! もう、もうやだよぉ……!」

 そう言いながら彼女はしゃくりあげながらうつむいた。

 恐らく彼女は『拒絶される』ということに対して過剰に恐怖を感じているのだろう。

 拒絶されれば私はもう必要とされない、もう私にだれも振り向いてくれない、そんな思いが彼女の心の奥の奥に沈殿し、固まっている。

 家族が死んで、一人になって、つながりがあった俺とも疎遠になって、その気持ちが大きくなっていって、先輩のいうところである、『AFSの異常な感情』になった。

 俺は先輩を安心されるために先輩と同じくらい先輩を抱きしめ返した。言葉を並べたてるより行為で示した方が彼女は安心する。そう思っての行動だった。

 

 何十分そうしていただろうか、

 

 背中にまわした手から伝わる震えが収まり、こちらを掴む力がほんの少し緩まった頃、本当に小さい声で先輩は再び言葉をつなげた、

「告白したのは事実、だからあの時の約束も無効にはさせない、三日後に必ず答えは聞かせてもらう」

 そう言い、先輩は緩やかに俺を離し、俺の部屋から出ていった。

 

 

   ○○○

 

 

 ついに言った。言ってしまった、自分の中にある一番身勝手な部分をさらけ出してしまった。

 ある種の、爽快感のようなものと、それの数万倍の不安があった。

 階段を降りながらおばさんに涙の跡を見られないように拭って下に降りるとおばさんがニヤニヤしながら私を見ていた。

「青春ねぇ……」

「…………」

 無言でぷいっと横を向く。流石にからかわれて面白いものではなかった。

「ごめんごめん、別に子供っぽいなぁとか思ってるわけじゃないんだって、ただ懐かしくてね」

「懐かしいっていうのは……?」

「晃が小学校……四年生くらいの時かなぁ……あいつね泣いて帰ってきたことがあったのよ」

「え?」

 その事に私はほんの少し驚いた。私の知る限り昔から晃は友達が多くて喧嘩をすることはあっても持ち前の社交性で帰る前までには仲直りしていた。

 少なくとも自分の知る限り泣いてもその場だけ、家に帰るまでには涙を拭いて弱いところを見せまいとしていたような印象がある。

「そんなこと幼稚園以来だったしホント驚いたわよ。そいでなんで泣いてるの? って尋ねたらさ、大笑い」

「何があったんですか?」

 そこでおばさんはぷぷっと笑いをこらえながら言った。

「昌ちゃんに嫌われたーだってさ」

「へ?」

 柄にもなく間抜けな声を出してしまった。晃が小学4年生くらいなら私は五年生くらいだ。

 そんな時期に晃と喧嘩をするようなことなんてあっただろうか?

「えっと確か理由を聞いたらさ、花火を見るために昌ちゃんの家の屋根に上って降りてきたら口きいてくれなくなったとか何とかいってたっけ、晃は自分だけいいところで花火見たから嫌われたんだとか的外れなこといってたけど」

「あ……」

 思い出した。確かあれは小学五年生の夏休みの終わりの方だった。

 この街から見える位置で花火大会がある。ということだったのでせっかくだから高いところで見よう。ということで私の家で見ることになったのだ。だが、今度は落下防止の柵の方が見るのに邪魔になってしまったのだ。

 私としては晃と一緒に遊べるだけで満足だったので家の中で遊ぼうということを提案したのだが晃は諦めきれず、屋根に上ってみようということを提案したのだ。

 もちろん、私は危険だからやめてと言ったのだが晃はそれを無視して、家の屋根に上ってしまった。

 一五分くらいして降りて来たのだが、その間中降りてという私の言葉を無視し続けたのに腹が立ったので私は晃を無視して家の中に引っ込んでしまったのだ。

 その後晃はお母さんと何かを話した後帰ったのだが、まさかそんなことがあったとは、

「ま、そんな昔の事を持ち出して何が言いたいのかっていうと、他の友達にちょいと嫌われても不機嫌になるくらいだった晃が昌ちゃんに限ってはあーんな大泣きしたって事」

「へ…………」

「晃にとっても昌ちゃんは特別って事よん。頑張って落としちゃってねー、ウェディングドレス、私が着てたのがあるからさ」

 そう言いおばさんはさーて寝よ寝よ、と言いながら寝室に引っ込み、すぐにドアを開けて、

「あ、昌ちゃんソファじゃやっぱりつらいよね? 布団リビングに敷いてあるから」

 そう言い、ドアを閉めてしまった。

 フラフラとリビングに行き、敷いてあった蒲団にバタン……と倒れ込む、今は、今だけは何も考えたくなかった。

 晃が私の事を特別に思ってくれている、そんなことは考えたこともなかった、

 もっとも、何を持って特別なのか、それが私の望む形なのかは分からない、そもそも私が小学五年生、六年も前の話だ。今も変わらずその気持ちを持ち続けて居てくれるとも限らない。

 でも、でもその気持ちは『在った』そのたった一つの事実だけで私は、私は本当にうれしかった、救われた、希望が持てた。

 そしてだからこそ、

「何とかしなくちゃ……」

 そう、だからこそ、だからこそ相川を何とかしなければいけない、そう思い、私は眠りに就いた。

 

  

   ○○○

 

 

「まさかあんなことになってるとはな……」

 家のベッドに寝転び天井を見上げながら、一週間前、アイツに冷たい態度を取ったことをいまさらながらに俺、鋼哉重春は後悔した。

 面倒になったから、では断じてない。俺の軽率な行動で好いた人間や後輩に危害を与えてしまったことにだ。

 さっき駿河は俺をダシに相川を脅迫すればいいと言ったが、そういう暴論を言われても仕方のない状況かもしれない。

 だからこそあの時晃が庇ってくれた時は驚いた

「あいつは結構俺のこと嫌ってると思ってたんだけどなぁ……」

 嫌われてもしょうがないとは思っていた。勢いとはいえ色々とふざけたことをしてしまった事を薄っぺらい先輩としてのプライドが邪魔して軽くでも謝れなかったのは少々負い目だったのだ。

 それにいまさら駿河を口説こうという気は完全に失せていた、晃と一緒に居る駿河を見ていたら、駿河を晃から引きはがすのなんて到底不可能なことに思えてしまったからだ。

 そのことを思い出しながらあの時駿河と晃から聞かされた話も考え決断する。

「仕方ない……か」

 たとえ危険でも仕方がない、今からでも相川にあいつらを害するのをやめてくれと言うしかない。

 俺が手酷い扱いをしたのが発端なのだ。

 その後始末くらいは自分でしなければ。

 そう思い、俺はゆっくりと眼を閉じた。



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