第O話 Prologue
血をぶち撒けたような空。
手を伸ばそうとして、諦める。届くはずのない無限遠の色彩が、網膜にその美しさを訴えかけてくる。
いつか見たあの日の空と酷似する風景。風はなく音もない、世界のすべてが秒針を止めたような停止した美しさ。
諦めるな。それが、彼の口癖だった。
ひたすら、ただひたすら前へと進まなければならない。前進をやめれば地へと落ちてしまうからだ。
心を硬く内へと閉じ込めて進んできて、それでも少女は至ることができなかった。
悔しい、と少女は思う。何もかもを置き去りにしてまで進み続けて、それでも少女には辿り着くことができなかったのだから。
それなのに涙は出ない。悲しいし悔しいし、声をあげて泣きたい気分なのに泣くことはできない。
『終幕のときだ、リズ』
「まだ、よ」
視界の端で子供が語りかけてくる。甘い囁きに屈しそうな心を捻じ曲げて、少女は立ち上がる。頭の中をかき回されるような痛覚に歯を食いしばりながら、手足に力を込めて。
地獄を思わせる焦土の広がりの彼方、世界は理不尽な終焉を遂げようとしている。
世界は汚物にまみれて、人は泥濘に生きている。
すべてを消してしまえばきれいになる。当然の帰結だがそこには空虚しか残らないだろう。
憎悪と汚穢を除くことは不可能に近い。人の営みが生み出す中には、矛盾や汚点は無数に含まれている。
それでも、すべては尊いのだ。それを否定する権利は、誰にもない。
「私は、あきらめない」
流れでる深紅が土へと浸み込んでいく。幕切れまでの残り少ない時間、少女は命を主張し続けることを改めて決意する。
すべてが終わろうとする今だからこそ果たさなければならない生命の義務。
憎悪の中心で生存を選択するのが、少女の生まれてきた理由なのだから――。
怨嗟と憎悪に満ち足りた世界に人は産み落とされる。
負の感情の海原に放り出された少女は自己を環境に適応させ、今このときまでを生きてきた。
世界は可能性にあふれている。何もなかった少女をこれほどまでに充足に至らせたのだ。できないことなど、何もない。
遥か前方、彼はまだ戦っている。
体はもうぼろぼろで、今にもくず折れそうな体を奮い立たせて。この瞬間を『彼』は臆することもなく前進しているのだ。
私とは違う。彼は強い。少女は、そう思う。
私も、そうなりたい。だから、私はまた立ち上がることができるのだ。少女は、そう思う。
――手を伸ばす。
未来を掴み取るために。
《確率干渉係数臨界値に到達。保護システム起動により『賛歌』を顕現します》
響奏のレコンキスタ -Avenger on the A-
旧作「朱ノ月-ruin and eclipse-」を再度改稿した作品です。お付き合い頂ける奇遇な方、おられましたら読んでやってください。