竹槍の真価
「……で、どうして俺、ギルドの奥の部屋に呼ばれたんでしょうか? 卵、早く冷蔵庫に入れないと傷んじゃうんですけど」
冒険者ギルドの最奥。防音の魔術が施された重厚なギルドマスターの執務室で、レインは大事そうに紙袋を抱えながら、少し困ったように首を傾げていた。
先ほどの広場での騒動の後。
ゼーレ騎士団のバルド隊長が逃げ帰ったことで、街の人々から割れんばかりの歓声と拍手を浴びたレインだったが、本人は「ありがたいけど、目立ってしまって夕飯の買い出しの邪魔になった」としか思っていなかった。
そんな彼を、群衆から引き剥がすようにしてこの部屋へ連れ込んだのが、目の前の巨大なデスクに座る隻眼の男――ギルドマスターであった。
「まあ、そう急ぐな。お前さんにはさっきの騒ぎの借しもあるし、何より……少しばかり確認しておきたいことがあってな」
歴戦の戦士特有の鋭い隻眼が、レインの背中に背負われた『ただの竹槍』をねっとりと舐め回すように見つめている。
「……面白い」
ギルドマスターは低く唸るように呟くと、デスクの引き出しから、拳ほどの大さの透明な水晶玉を取り出した。
それは、王国でも数少ない高位の魔道具『鑑定の水晶』。対象者の秘められた才能や、正確なステータス数値を視覚化することができるという代物だ。主に貴族が自身の子供の才能を測るために使うほどの超高級品である。
「お前さん、自分の『本当の才能』を測ったことはあるか?」
「え? いえ、俺は平民の雑用兵でしたし、魔力測定の石版を触らされて『魔力ゼロの無能』って言われたくらいで……」
「だろうな。その薄汚い騎士団どもは、とんでもないダイヤの原石を泥水に捨てていったらしい」
ギルドマスターは水晶玉をデスクの中央に置き、レインに手をかざすように促した。
「いいから、触ってみろ。安心しろ、ただの才能鑑定だ。すぐ終わるし卵は腐らねぇよ」
「はあ。それならいいんですけど」
レインが言われるがままに、水晶玉に手のひらを乗せた瞬間だった。
――カッ!!!
執務室の中が、目を射るような強烈な黄金色の光に包まれた。
「な、なんだぁっ!?」
あまりの光量に、ギルドマスターは思わず残った片目を腕で覆う。
本来、鑑定の水晶は淡い光とともに空中にステータスを文字として浮かび上がらせる程度のものだ。これほどまでに暴力的で、水晶そのものがヒビ割れそうなほどの光を放つなど、彼の長い冒険者人生でも見たことがなかった。
やがて光が収まり、空中に浮かび上がった文字を見て、ギルドマスターは言葉を失った。
【 名前:レイン 】
【 職業:冒険者(元・雑用兵) 】
【 魔力: 0 】
【 剣術適性: 0 】
【 槍術適性: SS 】
【 身体能力(体幹): 測定不能】
【 身体能力(反射神経): 測定不能】
「……おい、なんだこのふざけた数値は」
ギルドマスターの額から、滝のような冷や汗が流れ落ちた。
魔力と剣術、普通なら少しは数値があるはずだが完全ゼロ。底辺中の底辺だ。しかし、槍術適性の『SS』という文字は、神話に登場する英雄や、建国期の伝説の武将クラスでなければ叩き出せない異常な数値である。
さらに彼を戦慄させたのは、その下にある身体能力の項目だった。
腕力や脚力ではなく、『体幹』と『反射神経』が測定不能。つまり、水晶の計測限界を遥かに超えているということだ。
「……お前さん、砦でどんな生活をしてたんだ?」
「え? 水汲みとか、薪割りとか、ネズミ退治とか……あ、あと、隊長たちが残した魔獣の骨や硬いスジ肉を、文句言われないように細かく砕いて煮込んだりしてました」
「それを3年間、毎日か……?」
「はい。1日も休まずに。あ、あと夜は暇だったので、毎日欠かさず一万回くらい槍の素振りをしてました」
ギルドマスターは頭を抱えた。
過酷すぎる労働環境と、本人の無自覚な反復練習。それが、極限のブレない『体幹』と、どんな動きにも対応できる神速の『反射神経』をこの青年に植え付けたのだ。それだけでなく、この子の天性の体もあるだろう。
「だが、解せねぇな」
ギルドマスターは一つの疑問に行き当たった。
「これほどの身体能力と槍の才能があれば、王国軍にいた頃から正規の『鉄の槍』や『鋼の槍』を使っていれば、無能扱いされるどころか、一瞬で将軍クラスに出世していたはずだ。なぜ、お前はそんな支給品の安っぽい『竹槍』を使っている?」
その問いに、レインは少し気まずそうにポリポリと頬を掻いた。
「それが……軍にいた頃、何度か正規の鉄の槍を持たせてもらったことがあるんですけど、全然うまく扱えなかったんですよね」
「扱えなかった?」
「はい。俺が本気で突いたり振ったりすると、鉄の槍だと重さのせいか遠心力で体が持っていかれそうになるんです。それに、急激に止めようとすると、金属の柄が俺の力に耐えきれずに『ボキッ』て折れちゃうか、ひん曲がっちゃって……」
「――――ッ!!」
ギルドマスターは息を呑んだ。
(なるほど……そういうことか!!)
謎が完全に解けた。
レインの圧倒的なスピードと、規格外の体幹から生み出される爆発的な『力』。それを一般的な金属の武器に乗せようとすれば、武器の側がその出力に耐えきれずに自壊してしまうか、金属特有の重量と剛性が邪魔をして、彼の神速の反射神経についてこれないのだ。
「でも、この竹槍は違うんです」
レインは背中の竹槍を愛おしそうに撫でた。
「竹はすごく軽くて、俺の動きたいスピードにぴったりついてきてくれます。それに、どれだけ強く振っても、急激に止めても、竹の『しなり』が衝撃を全部吸収してくれるから、折れないし、俺の姿勢(体幹)も全く崩れないんです」
ギルドマスターは、目の前の青年がどれほどの領域に達しているのかを理解し、背筋に悪寒すら覚えた。
ただの安物で、誰も見向きもしない雑魚武器。
しかし、常軌を逸した極限の肉体と反射神経を持つレインにとってだけは、竹の持つ『圧倒的な軽さ』と『究極の柔軟性』こそが、彼の力を100%、いや200%引き出すことができる、世界で唯一の『最適解』だったのである。
「……くくっ、ひゃははははっ!!!」
静まり返った執務室に、ギルドマスターの大爆笑が響き渡った。
「傑作だ! ああ、とんでもない傑作だ! 王国軍のエリート共は、自分たちの金属の武器でしか物事を測れず、この真のバケモノに『最弱の武器』を与えて追い出した! そしてその最弱の武器こそが、こいつを最強に至らしめる最後のピースだったとはな!!」
「あの……マスター? 大丈夫ですか?」
腹を抱えて笑い転げる巨漢を前に、レインはキョトンとしている。
笑いすぎたせいで目尻に涙を浮かべながら、ギルドマスターは力強くレインの肩を叩いた。
「レイン。お前は……もしかしたら、この国を揺るがす『英雄』になるぞ」
隻眼の奥に、確かな期待と畏怖を込めた真剣な声。
長年、数え切れないほどの冒険者を見てきた男の、絶対の確信だった。
しかし。
「ええ? いやいや、俺はそんなんじゃないですよ」
当のレインは、いつもの眠たげな表情でパタパタと手を振って、本気で否定した。
「俺はただ、平穏に暮らして、美味しいご飯が食べられればそれでいいんです。英雄なんて柄じゃないですし、そもそも俺、魔法も使えない雑用兵ですから」
「お前なぁ……」
「それより、早く帰って昨日討伐したクマ肉と特売の卵でシチューを作りたいんですけど、もう帰ってもいいですか?」
圧倒的な数値を突きつけられてなお、己の規格外さに微塵も気づいていない、超絶無自覚な青年。そこが弱点なのか?とギルドマスターは深い深いため息をつくと、
「ああ、もう好きにしろ」
とヒラヒラと手を振った。
「失礼しまーす」とマイペースに執務室を出て行くレインの背中を見送りながら、ギルドマスターは一人、ニヤリと口角を上げた。
「……英雄になる気はない、か。だがな小僧、世間がそれを放っておくわけがねぇんだよ。……嵐が、来るぜ」
かくして、自覚なき最強の竹槍使いの存在は、冒険者ギルドのトップに完全にマークされることとなった。
一方で、そんなことは露知らず、今夜も特製のクマ肉シチューの煮込み時間のことで頭をいっぱいにしているレインの平和な(?)日常は、さらに加速していくのである。




