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竹槍無双 ~追放された雑用兵、竹槍一本で最強になり貴族どもにざまぁする~  作者: 海森 リク


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2/11

森で出会った魔物

王国と隣国を隔てる『暴食の森』。

太陽の光さえまばらな鬱蒼とした樹海の中を、レインは軽快な足取りで進んでいた。

背負い袋はずっしりと重い。先ほど遭遇した巨大な熊――アイアン・グリズリーから剥ぎ取った分厚い銀色の毛皮と、上質な霜降りの肉がたっぷりと詰まっているからだ。


「とりあえず、今夜の食料は確保できたな。あとは、日が暮れる前に野営できそうな開けた場所を見つけないと」


右手に握った竹槍を杖代わりにしながら、レインは周囲を警戒する。

砦の兵士たちは「魔の森に入れば明日には骨になっている」と嘲笑っていたが、三年間の雑用生活で培った体力と、深夜の訓練場で研ぎ澄ませた感覚のおかげか、森を歩くこと自体にそれほどの苦痛は感じていなかった。 


むしろ、誰からも罵声を浴びせられない静かな環境が、今のレインにとってはひどく心地よかった。


(砦のみんなは、今頃どうしてるかな。今日の水汲み当番は誰だろう。薪割りのストックも、あと三日分くらいしか残してなかったはずだけど……)


自分が追放されたことによる砦の混乱など露知らず、レインは人の良い顔でそんなことを考えていた。

その時である。

カサッ――。

前方の鬱蒼とした茂みが、風もないのに不自然に揺れた。

同時に、鼻を突くような強烈な獣の悪臭と、明確な『殺意』が周囲の空気をピリッと張り詰めさせる。


「……何かいる」


レインは足を止め、竹槍の柄を軽く握り直した。

三年間の素振りで身についた、完全に脱力しながらも、いざという時には爆発的な力を生み出す自然体の構え。


『ギャ……グギャアアッ!!』


耳障りな金切り声とともに、茂みを突き破って飛び出してきたのは、緑色の醜悪な肌を持った小鬼――ゴブリンだった。

身長は子供ほどだが、その腕力は大人を凌ぎ、手には錆びついた粗悪な剣が握られている。単体ならば新米冒険者の登竜門とされる相手だが、決して油断していい魔物ではない。

ゴブリンは血走った目をレインに向け、獲物を見つけた歓喜の声を上げながら、その鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってきた。

錆びた剣が、レインの首めがけて振り下ろされる。


「――っ」


レインは息を呑んだ。

恐怖からではない。先ほどの巨大熊の時と同じだ。


(……遅い)


彼我の距離、剣の軌道、ゴブリンの筋肉の収縮。

そのすべてが、レインの目にはコマ送りのように『ゆっくり』と認識できていた。

日々の雑用で疲労困憊の身体を引きずりながら、毎日一万回繰り返してきた素振り。

いつしか彼は、ただ槍を振るだけでなく、自らの呼吸、筋肉の連動、重心の移動、そして周囲の大気(魔素)の流れまでを完全に掌握する『無の境地』へと至っていた。


その神域の感覚からすれば、ゴブリンの力任せの飛びかかりなど、止まっているに等しい。

レインは半歩だけ後ろに下がり、剣の軌道を躱す。

そして、流れるような動作で竹槍を構え直すと――無造作に、一突き。


ドスッ。

鈍い音とともに、手元に微かな感触が伝わった。


「グギャ……?」


空中に身を躍らせていたゴブリンは、目を見開いたまま地面に落下した。

その喉仏には、レインの放った竹槍が寸分の狂いもなく深々と突き刺さっている。頸動脈と気道を同時に破壊されたゴブリンは、ピクピクと痙攣したのち、すぐに動かなくなった。

血の付いた竹槍を引き抜き、レインは瞬きを繰り返した。


「……あれ?」


自分でも驚いていた。

ゴブリンという魔物と対峙したのは初めてだった。ゼーレ砦の兵士たちが「たかがゴブリン数匹に手こずった」と愚痴をこぼしているのを何度も聞いていたため、それなりに恐ろしい相手なのだと思い込んでいた。

しかし、実際に戦ってみるとどうだ。

槍が、まるで自分の腕の延長であるかのように、いや、それ以上に正確に動いた。

狙いすましたわけではない。体が勝手に「ここを突けば終わる」と判断し、最適な速度と角度で竹槍を繰り出していたのだ。


「まぐれ……か?」


そう呟き、竹槍の穂先についた血を振って落とした直後。


『ギギギ……!』

『グギャアアッ!!』

『キシャアアァァッ!』


仲間の血の匂いに惹きつけられたのか、周囲の茂みから立て続けに三体のゴブリンが姿を現した。

一体は錆びた斧を持ち、別の二体はひび割れた棍棒を構えている。彼らは倒れた同胞の死体を見ると激昂し、三方向から同時にレインへと殺到した。


「三体同時……!」


普通の人間なら、絶望して逃げ出すか、足をすくませて狩られるのを待つしかない状況。

だが、レインの心は奇妙なほどに凪いでいた。

深夜の訓練場。月明かりだけを頼りに、無限に続くかと思われた孤独な素振りの時間に比べれば、眼前の敵の動きなど児戯にも等しかった。


(右から斧、左から棍棒、正面は少し遅れて突っ込んでくる)


レインの脳は一瞬で戦況を分析し、最適な解を導き出す。

彼は深く息を吸い込み――動いた。

まずは右。

大上段から斧を振り下ろそうとするゴブリンの懐へ、まるで滑るように潜り込む。

相手の攻撃が届くより早く、下から上へかち上げるような鋭い『突き』。

ズパァンッ!

竹槍はゴブリンの顎下から脳天へと易々と貫通し、一体目を即死させる。


次いで左。

同胞が殺されたことにひるんだ棍棒持ちのゴブリンに向け、レインは竹槍を引き戻す勢いをそのまま利用し、横手へ力強く『払う』。

バキィッ!

鞭のようにしなった竹の腹がゴブリンの胴体を真横から薙ぎ払う。

ただの竹のはずが、圧縮された闘気と遠心力を伴ったその一撃は、鋼のメイスに匹敵する破壊力を生み、ゴブリンの肋骨を粉々に砕いて数メートル先の大樹まで吹き飛ばした。


残るは正面の一体。

恐怖で足を止め、逃げ出そうと背を向けた三体目の背中へ向けて、レインは静かに踏み込み、最後の一振りを放つ。

無駄な力みが一切ない、完璧な『突き』。

ドスッ。

背中から心臓を貫かれた三体目のゴブリンが、声も上げずに崩れ落ちた。


「ふぅ……」


わずか数秒の出来事。

レインは小さく息を吐き、構えを解いた。

周囲には、四体のゴブリンの死体が転がっている。彼自身の体には、傷一つ、血の一滴すら浴びていない。

静寂を取り戻した森の中で、レインはじっと自分の両手と、そこに握られた竹槍を見つめた。

先ほどの巨大熊は「的が大きくて柔らかかっただけ」と自分に言い聞かせた。しかし、すばしっこく立ち回るゴブリン三体を相手に、これほど流麗に、そして圧倒的な力で立ち回れたことは、もはやただの偶然では片付けられない。


「……突き。払う。突き」


先ほどの自分の動きを反芻するように呟く。

思い描いた通りの軌道で、寸分の狂いもなく槍が動いた。

剣を握らせれば鈍重な素振りしかできず、バルド隊長からは「才能の欠片もないゴミ」と罵られ続けたこの手。

魔法の才能である魔力は完全にゼロ。

けれど、三年間、たった一人で振り続けたこの『竹槍』だけは。


「もしかして俺……」


レインは、相棒である安物の竹槍の柄を、愛おしそうにそっと撫でた。


「……槍、向いてるのか?」


追放された雑用兵が、己の内に秘められた『最強』の片鱗に、ほんのわずかだけ自覚を持った瞬間だった。


(いや、でも相手は最弱クラスのゴブリンだしな。騎士様たちなら、剣の風圧だけで倒せるって言ってたし。まだまだ油断はできないぞ)


すぐにいつもの謙虚すぎる思考に戻り、気を引き締めるレイン。

バルドが語っていた「剣の風圧で倒す」などという武勇伝が、単なるホラ話であることなど知る由もない。


「さて、暗くなる前に早く森を抜けよう。……ゴブリンの魔石も、一応回収しておくか。少しはお金になるかもしれないしな」


レインは手際よくゴブリンから魔石を剥ぎ取ると、再び歩き始めた。

彼が歩む先には、己の常識外れな強さで運命を切り開いていく未来が待っている。

そして、彼を追放したゼーレ砦の面々が、失って初めて「誰が自分たちを生かしていたのか」を思い知り、絶望のどん底に叩き落とされるのは――もう間もなくのことである。

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