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糖尿病で死んだ元バーテンダー、異世界で生命を調合して病を完封する  作者: ケトジェニ


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第七話:死神の処方箋

西地区、古びた時計塔の麓。

 カビとえた薬品の匂いが充満する地下診療所に、俺とセラの足音が響く。


「……ようやくあの小僧の首を持って帰ったか」


 部屋の奥、手術台のような机に腰掛けた男――ガレンが、醜悪な笑みを浮かべて振り返る。だが、セラの隣に無傷で立つ俺の姿を見るなり、その顔が怒りに歪んだ。


「貴様、何故生きている……!それにお前はあのセラなのか!…あの猛毒をくらい刺客も放ったのになぜここにいる!?」


「残念ながら、私の胃袋は少々頑丈にできていましてね。……それよりガレンさん。往診に伺いましたよ。あなたの腐りきった性根を、少しばかり『調合』し直すために」


「抜かせッ! 死ね!」


 ガレンが右手をかざした瞬間、空気が爆ぜた。


「『着火イグニッション』! 『火球ファイアボール』!」


 並列起動。一瞬で生み出された三つの火の玉が、唸りを上げて俺に迫る。


(システム!)


【予測:着弾まで 0.8 秒。左へ回避後、鑑定を推奨】


 俺は床を転がり、熱波を間一髪で避けた。

鼻を突く焦げた匂いを感じながら、即座に【生化学のケミカル・アイ】を最大出力で解放する。


(こいつの「中身」を見せろ!)


【対象:ガレン(48)。詳細解析完了】

【診断:進行性肝細胞癌、および重度の僧帽弁閉鎖不全症。魔力による強制的な細胞活性化で症状を抑え込んでいるが、回路の負荷により臓器は崩壊寸前です】

【分析:ヒールによる自己修復が止まった瞬間、蓄積された全疾患が一気に顕在化し、劇症的な苦痛を伴うショック状態に陥ります】


(なるほど……。神官でもないのに無理やり自分を治し続けて、帳尻を合わせてるだけか)


「逃がさねえ! 『火矢ファイアアロー』!」


 先程のファイアボールよりも更に早く空中に形成された三十センチほどの火の矢が、鋭い音を立てて俺の肩を貫いた。


「ぐっ、あああああッ!」


 焼けるような激痛。肉が抉れ、骨が見える。


【警告:左肩部に第二度熱傷および貫通傷を確認。リソースを消費し、自己再生オート・リカバリを推奨します。】


(……やれ! 全部使え!)


 胃の中に溜まっていたエールや賄いで食べたサンドイッチの脂肪分が、凄まじい熱量で魔力へと分解される。傷口から溢れ出した光が、抉れた肉を「パチパチ」と音を立てて盛り上げ、数秒とかからず皮膚まで再生した。


(こんなに完璧に治るのか…これなら…)


「……なっ!? 上級治癒魔法だと!? 詠唱もなしにか!貴様何者なんだ!」


「なんてことないただの……食いしん坊ですよ…」


 俺はマドラーを構え、地獄の打ち合いへと踏み込んだ。


「ただの食いしん坊ごときにそんなことが出来てたまるか!」


 ガレンは火魔法を放ちながら、隙を見て鋭い指先を俺の頸動脈や関節に突き立ててきた。

闇医者として人体の急所を知り尽くしている彼ならではの、確実な「殺し」の技術だ。


「死ね! 『神経遮断パラライズ・タッチ』!」


 ガレンの指が、俺の喉元にある神経節を的確に捉え、負の魔力を流し込む。本来なら呼吸が止まり、心臓が麻痺する一撃。


 だが、俺は眉ひとつ動かさず、そのままマドラーを突き出した。


「な、……馬鹿な!? 私の麻痺が、効かないだと!?」


【報告:負の魔力干渉を検知。『暴飲暴食の聖域』が全神経パルスをリアルタイムで調律し、無効化しました。現在、個体名アルフレッドの神経伝達は完璧な定常状態を維持しています】


(俺の体そのものが「聖域」なんだよ。不純物ノイズの混じる余地なんてない!)


 今度は俺の番だ。ある程度防御は捨てていい事はもうわかった。


 一合。俺のマドラーがガレンの肘の神経を叩く。

 二合。手首の正中神経へ魔力をステアして叩き込む。


「ぐっ……! 『中級治癒ミドル・ヒール』!」


 ガレンの体が光り、俺が与えた麻痺を一瞬で上書きして解除する。

 

 十合。俺はガレンの脇腹にある神経叢を正確に突いた。本来なら悶絶し、一歩も動けなくなるはずの一撃。


 十一合。だが、ガレンは即座に自分にヒールをかけ、歪んだ顔を強引に元に戻して火矢を放ってくる。


「無駄だ小僧! 私にはヒールがある! 貴様が何をしようがその端から治してやる!」


 十五合。俺の肩が焼かれる。再生。

 十六合。俺のマドラーがガレンの膝を砕く。ヒールによる修復。


 互いに致命打を与え、それをコンマ数秒で「なかったこと」にする異常な消耗戦。


 ガレンの顔に、次第に焦燥が混じり始める。


「本当に何なんだ貴様は……! 私の攻撃は一切通じず、私の治癒も貴様の再生に追いつかない……! 貴様の魔力は底なしか!」


「いいえ。……そろそろ、あなたの『中身』が限界なだけですよ」


 二十合目。

 ガレンの魔力残量が底を突き、詠唱が一瞬遅れた。その隙を、俺は逃さなかった。


 俺は完全に防御を捨て、火傷から回復している最中の腕でガレンの首根っこを掴む。


「……なかなかいい火加減でしたよ、闇医者さん。」


「が、はっ……離せっ、焼き尽くして……!」


(精密魔力操作、最大出力。こいつの魔力回路に強烈なやつをワンショット叩き込め!)


【術式:『カクテル・シェイク』実行。対象の魔力回路をシェイクし短絡回路に調合します】


「ぎゃああああああああッ!!」


 ガレンの絶叫が時計塔の地下に響き渡る。


 俺が彼の回路を狂わせた瞬間、彼が魔法で無理やり抑え込んでいた「病」の蓋が弾け飛んだ。


 肝臓が悲鳴を上げ、僧帽弁が狂ったように逆流を始める。


 ガレンは口から泡を吹き、顔を赤黒く腫らしながら、自分の胸を掻き毟って床をのたうち回った。


「あ、が……は……熱い、内臓が……溶ける……! 何故だ……なぜヒールが、…使えない……!」


 かつてセラを「死に損ない」と呼び、使い潰そうとした男が、今は無惨に死にかけている。


「ぐ、ぐ…がぁ…頼むっ…治してくれっ…死んでしまう…」


「……ガレンさん。随分と苦しそうですね。あなたにセラが与えた苦痛の一つでも理解できましたか?…」


「ひ、ひぃぃ……あぁぁっ……殺せっ、いっそ殺してくれえ…」


俺は、懐から一瓶の液体を取り出した。


「これがなんだかあなたならわかりますよね?…」


 それは、ガレンが俺を殺すために調合した「魔力草の猛毒」だ。


「お望み通りに自らの罪で逝きなさい」


 ガレンが絶望に瞳を剥いたがその苦痛からか覚悟を決めたように小瓶を煽る。


「くそったれが…んくっ…ぐぅぁっ…」


 ガレンは苦痛に歪んだ顔を一瞬更に歪ませたが突如呼吸は劇的に楽になり、死を覚悟したほどの激痛が、嘘のように引いていった。


「……え? 痛みが、消えた……? 毒じゃないのか……?」


 ガレンは呆然と自分の腹をさすり、信じられないものを見る目で俺を見上げた。


 俺はマドラーをゆっくりと拭い、静かに告げた。


「毒と薬は紙一重です。」

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