第六話:攻撃的生体調合の試験
静まり返った店内に、男たちの荒い呼吸音だけが響く。
客たちは壁際に身を寄せ、背後では、セラが俺のシャツの裾をギュッと握りしめている。
俺の手には、先ほどまでカクテルを混ぜていた銀のマドラー。これを置く暇もなかった。
「いらっしゃいませ。あいにく、暴力の予約は受け付けていないのですが……」
心臓が嫌な音を立てて跳ねる。前世の俺は荒事には関わったことすらないただのデブだ。
今の体は軽いが、喧嘩の作法なんて一つも知らない。
(システム、正直に言う。俺は今、逃げ出したい)
俺の弱気な内言に、冷徹な電子音が即座に割り込む。
【提案:個体名アルフレッドの戦闘技能は皆無です。しかし、固有スキル『暴飲暴食の聖域』および『精密魔力操作』の転用を推奨します】
(……転用? 調理用のスキルをか?)
【肯定:人体もまた、物質の混合体に過ぎません。神経伝達、筋肉収縮、循環器系……これらはすべて生化学的パルスと化学物質で制御されています。対象の「成分」を一時的に変質させることで、非破壊的な機能停止が可能です】
(人体を、カクテルと同じように扱う……?)
脳裏に、転生直後の解析データがフラッシュバックする。
あの時、システムは「物質の結合と解離の制御」と言った。ならば、相手の神経に直接「ノイズ」という名の不純物を混ぜればいいということか。
「ガキが、ナメやがって……! 死ねッ!」
先頭の男――顔のあちこちに赤い湿疹があり、酒焼けした声で吠える男が、錆びた長剣を振り下ろす。
【対象:暴徒A。詳細鑑定開始】
【診断:慢性アルコール性多発神経炎。右足首の反応速度に 0.4 秒の遅延を確認】
【指示:左斜め前 15 度へ踏み込み、右肘の内側「尺骨神経」へ魔力をステア(攪拌)して注入してください】
「うわっ……!?」
システムの指示通り、俺は無様に転けるように飛び込んだ。
空を切った剣の隙間に、マドラーを突き出す。男の肘の内側、骨のくぼみに銀の先端が触れた。
【術式:『パルス・シェイク』実行。神経伝達物質の信号を乱反射させます】
「ぎ、あああッ!?」
男の腕が、まるで見えない電気に打たれたように激しく痙攣した。そのまま剣を放り出し、自分の腕を抱えて床を転げ回る。
(いった、手が……痺れる……!)
【回答:『パルス・シェイク』に用いた魔力操作が甘かったため7%のバックフローが発生しました】
マドラーを伝った反動で俺の指もジリジリと熱い。なんとか成功したが、やはり素人の突進だ。冷汗が背中を伝う。
「おい貴様!、何をしやがった!」
次に動いたのは、体格のいい男。不摂生な肥満体だが、その分力はありそうだ。
彼は仲間がやられたことに怯み、慎重に距離を詰めてくる。
【対象:暴徒B。詳細鑑定】
【診断:高血圧、および心機能の低下。過度な興奮により心拍数が上昇中】
【指示:胸骨の正中線にマドラーを接触。心拍サイクルを『逆相』で上書きし、脳貧血を誘発させます】
男がタックル気味に突っ込んでくる。俺はカウンターの角を背にして、逃げ場を失いそうになった。
「あ……危ない!」セラの悲鳴が響く。
俺は咄嗟に身を屈め、男の太い腹をマドラーで突いた。いや、突くというよりは、システムの計算に間に合わせるために必死で「置いた」に近い。
【術式:『ブラッド・ステア』。血流の乱れを利用し、迷走神経を刺激……完了】
「お、うぇ……っ!?」
ドスン、と大きな音がして男が跪いた。顔から急速に血の気が引き、土気色に変わっていく。
急激な立ちくらみに襲われた彼は、そのまま嘔吐しながら這いつくばった。
【肯定:先程よりも魔力操作効率が上がっています。バックフローが2%まで減少しました】
(……うぇ、一瞬吐き気がした…はぁ。あと、一人……)
最後の男は小柄で、動きが素早そうだ。
彼は仲間二人の無惨な姿を見て、顔を引きつらせながら懐からナイフを抜いた。
「この、化け物め……!」
男は目にも留まらぬ早さでアルフレッドに肉薄してくる。
「うわっ…!」
咄嗟にマドラーを突き出した。
「その棒になんか仕掛けがあんだろ?当たりゃしねぇよ!」
難なく男はマドラーを回避した。
( こいつ、速すぎるぞ!!)
【回答:個体名アルフレッドの動体視力で運動能力では回避も攻撃も不可能です。……『ケミカル・トラップ』の使用を提案。足元の「こぼれたエール」と「皮脂」を再構成し、摩擦係数を 0 に設定します】
「えっ、足元……?」
俺が言われるがまま、足元の石畳にマドラーの先を走らせた瞬間。
踏み込もうとした男の脚が、まるで凍った湖の上を滑るように虚空を蹴った。
「あ、ぶっ!?」
盛大にバランスを崩し、無防備に宙に浮いた男のうなじに向けて、俺は渾身の力でマドラーを振り下ろした。
【術式:『スリープ・ショット』。小脳への信号を一時的に遮断します】
パチン、と乾いた音がして、男はそのまま意識を失い、床に沈んだ。
「…………ふぅ…死ぬかと思った…」
俺は全身の力が抜け、膝を突いた。マドラーを持つ手が震えている。
なんとか……うまくいったのか。システムの無茶苦茶なレクチャーがなければ、今頃俺の身体には風穴が開いていただろう。
「ア、アル坊……お前、一体……。何をしたんだ、今のは。魔法か? それとも……」
バッカスさんが恐る恐る近寄ってくる。
俺は荒い息を整えながら、なんとか営業用の「仮面」を取り繕って立ち上がった。
「いえ、……バッカスさん。こいつらは自分の体調管理を怠っていただけですよ。俺はちょっとお肉を味付けしただけです。……はは…」
茶を濁すような冗談を言ったが、バッカスさんは「あ、ああ……そうか……?」と納得いかない顔をしながらも、それ以上は踏み込んでこなかった。
俺は床に転がる男に問い詰めなければ。
「さて。……気分はいかがですか、お客様。……あなたたちに、この依頼をした人間はは今どこにいるんですか? 答えていただけないと、次の『レシピ』はもっと内蔵にくるやつになりますが」
男は恐怖に顔を歪めながら吐き出した。
「が、ガレン様は……西地区の、古い時計塔の下の診療所に……。頼む、助けてくれ……!」
「どうやら襲撃が失敗するとは疑ってすらないようですね…診療所、承知しました」
俺はセラを見た。
彼女は驚愕と、それ以上の深い信頼を込めた瞳で俺を見つめていた。
「……セラさん。仕上げに行きましょうか。君を縛っていた、その『病の根源』を叩き直しに」
初陣の安堵を胸の奥に押し込み、俺は夜の街へと歩み出した。
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