第五話:教育と対価
「おはようございます。……気分はどうですか?」
俺が声をかけると、ベッドの上の美女――元・ガリガリの少女セラは、信じられないものを見るような目で自分の手足を見つめ、それから俺を見た。
「体、が……なんで?」
「毒は俺のスキルで中和しました。ついでに、君の体に足りなかった栄養を詰め込みすぎましてね。……その、サイズが変わったのは計算外でしたが」
セラが混乱しながら立ち上がろうとした、その瞬間。
パツッ、パツンッ! と乾いた音が響き、ボロボロの看護服の肩口と背中が派手に弾け飛んだ。急激な二次成長を遂げた彼女の肢体に、子供用の古着のような布地が耐えられるはずもなかった。
「あ……」
「お、おい! アル坊、まずいぞ。これじゃ目のやり場が……」
バッカスさんが顔を真っ赤にして背を向ける。俺は慌てて自分の予備のシャツとズボンを彼女に差し出した。
「これを着てくれ。……あ、いや、今すぐじゃなくていい、俺たちが部屋を出てから……」
言いかけた俺の前で、セラは無機質な瞳のまま、事もなげに服の残ったボタンに指をかけた。
「待て待て待て! そこで脱ぐな! 全く、ガレンの野郎、どんな教育してやがった……」
羞恥心すら削ぎ落とされた彼女の状態に、俺は奥歯を噛み締めた。バッカスさんの背中を突き飛ばすようにして部屋を出る。
「着替えたら下に来てくれ。……君のこれからの人生を祝う、初の『食育』だ」
◇◇◇
一階のキッチン。俺は袖を捲り、集中力を高めた。
この世界の食文化を根底から覆す、イタリアンフルコースの調理を開始する。
まずは『ジビエ鳥の澄明コンソメスープ』だ。
バッカスさんが仕入れた鳥のガラを砕き、香味野菜と共に魔力で加熱。
【精密魔力操作】でアクと不純物だけを分子レベルで吸着・除去し、水晶のように透き通った、黄金色のスープを抽出する。
次は『手打ちパスタのボロネーゼ』。
小麦粉に新鮮な卵を落とし、システムによる【最適化】でグルテンを極限まで整え、もっちりとした弾力を生む。
肉はジビエの赤身を粗挽きにし、魔力で熟成を早めたトマトと煮込み、濃厚な旨味のソースへと仕立てた。
さらにメインの『ロースト・ディア』。
鹿肉の表面を強火で焼き固めた後、魔力による定温加熱で中心までしっとりと火を通す。
バルサミコ風に煮詰めた果実酒のソースが、肉の野生味を芸術へと昇華させる。
やがて、俺のぶかぶかのシャツの裾を絞って着こなしたセラが降りてきた。
「……いい匂い。鼻が、痛いくらい……」
「さあ、座って。これが君の『快気祝い』だ」
まずはスープ。セラがスプーンを口に運ぶ。
「……っ!?」
一口飲んだ瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。雑味の一切ない、だが暴力的なまでの鳥の旨味が、飢えていた食道を優しく、かつ力強く温めていく。
続いてパスタ。
この世界にない「麺」の食感に戸惑いながらも、彼女はそれを口に含んだ。
「……はふ、……んんっ!」
噛みしめるたびに弾ける小麦の香りと、肉のソースの調和。セラは一心不乱にフォークを動かし始めた。
最後のアロストを口に運び、バルサミコの酸味と肉の脂が舌の上で溶け合う頃には、彼女の目からは大粒の涙が零れ、止まらなくなっていた。
「……おいしい。……こんな、温かいもの……世界にあるなんて、知らなかった……」
完食し、皿を舐めるように綺麗にした彼女は、椅子から滑り落ちるように俺の前に跪いた。
「アル様。……お願いです、私をあなたのそばに置いてください。あんな地獄には、もう戻りたくない……。掃除でも、毒見でも、なんでもしますから……!」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「毒見はもういいよ、俺には効かないし。……それより、バッカスさん。彼女をこの店で雇ってもらえませんか? 根は真面目のようだし、何より俺が彼女の『食育』を最後まで見届けたいんです」
バッカスさんは豪快に笑い、自分の頭を掻いた。
「ガッハハ! アル坊の頼みとありゃ断れねえな。それに、これだけの美人が看板娘になりゃ、店はますます大繁盛だ。セラと言ったか? 今日からここがお前の家だ!」
「……っ、ありがとうございます……!」
◇◇◇
それから数日。セラの働きぶりは、バッカスさんを驚愕させた。
ガレンに道具として扱われてきた彼女は、命令への忠実さと作業の正確さが異常に高かった。
それに加え、俺のチートによる「全細胞再構築」のおかげで、彼女の体力は今や無尽蔵。朝から晩まで完璧な接客と清掃をこなし、店は輝くばかりになった。
しかし、そんな平穏は唐突に破られる。
「おい、バッカス! 隠居したかと思えば、妙な小僧を囲って悪巧みか!」
店の扉が蹴破られた。
現れたのは、抜き身の剣を構えた三人の荒くれ者。
「ガレン様からの伝言だ。『毒が効かねえなら、物理的に臓器をぶち撒けてやる』だとよ!」
客たちが悲鳴を上げて逃げ出す中、俺はカウンターの中からゆっくりと前に出た。
背後でセラが、かつての主人への恐怖から、かすかに拳を震わせていた。
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