第四話:毒と救済のカクテル
ここ数日、セラは闇医者ガレンの命を受け、バッカスの店を監視していた。
路地の隅、ゴミ溜めの陰から窺う店内は、彼女の知る「汚物溜めのような酒場」ではなかった。
床は掃き清められ、窓は磨かれ、何より客が皆、憑き物が落ちたような健やかな顔で笑っている。
「……あの人が、アルフレッド……」
新しく雇われたという青年。物腰柔らかに客と話し、時折キッチンでバッカスに指示を飛ばしている。
セラは店から出てきた客に声をかけ、情報を集めた。
『あのお兄ちゃんの料理を食うと、腹の底から力が湧くんだ』
『昨日まで上がらなかった腕が、あいつに肩を揉まれただけで治っちまったよ』
そんなことがあるのかとセラは半信半疑に監視を続けた。
そしてある男が店の裏手から現れた時セラは驚愕した。
その男が店に入っていく時は今にも倒れそうな顔で仲間に支えられて居たはず…
それなのに何事もなかったかのように男は仲間と談笑しながら自らの脚で歩いていた。
◇◇◇
「以上です…先生。」
その報告を聞いたガレンは、診療所の机を叩き割らんばかりに激昂した。
「間違いない。何らかの、それも極めて高位の『浄化』なり『治癒』を使いやがっている。……生意気な。俺の商売を干上がらせるつもりか」
ガレンは引き出しから、赤黒い液体の入った小瓶を取り出した。
「セラ。これをそいつに飲ませろ。魔力草の根から抽出した猛毒だ。心臓を止める。……失敗すれば、お前の替えなどいくらでもいると思え」
セラは震える手でそれを受け取った。彼女に拒否権はない。逆らえば、待っているのはただの死よりも惨い折檻だ。
◇◇◇
その夜。
俺は屋根裏部屋で、バッカスさんが「うまくいった試作品だ!」と分けてくれた見違えるほど旨そうなサンドイッチ、自ら調合したエールで遅めの夕食を摂ることにした。
「野菜もみずみずしくなったし、なんたってこの店看板のジビエ鳥をミンチにして作ったパティにトマトソース。シンプルだが最高にうまいな!」
舌鼓を打っていると階下からバッカスさんの声が聞こえる。
「おーい!すまねぇアル坊、ちょっと来てくれ!」
アルフレッドは「またか…」と苦笑した。
良いことではあるがレシピ改造に精が入りすぎてこうして飯を食う時間にも度々声がかかる。
◇◇◇
…あの人はフレンチレストランでも始めるつもりなのか?
ってくらい凝ったことしようとしてたのでさすがに一蹴した。
「さて、と…飯の続きだ。」
やる気のあるバッカスさんをなだめるのは骨が折れるとエールを口に運んだ。
「――っ、……ごほっ、がはっ!」
喉を通った瞬間、焼けるような違和感が突き抜けた。心臓が早鐘を打ち、視界が急速に歪んでいく。
(システム……これは……!)
【警告:猛毒を確認。検体:魔力草由来の神経毒。致死量を超えています】
【固有スキル:『暴飲暴食の聖域』――自動解毒シークエンスを開始します】
俺はガクリと膝をつき、床に倒れ込んだ。
意識が遠のく中、部屋の隅にボロボロの少女の影が見えた。
だが、その影は逃げなかった。カチャリと小瓶握り締めると、その場に力なく座り込んだのだ。
「……これで、終わり。……幸せに生きたかったな。……」
少女は、小瓶に入った毒を、あるいは絶望そのものを飲み干すように、口へと流し込んだ。
「おい、ちょっと…待て!」
俺は跳ね起き、最短距離で彼女へ駆け寄った。
【自動解毒完了。個体名:アルフレッドのバイタルは正常に復帰しました】
システムの声を聞き流し、俺は倒れ伏した少女の体を抱き起こす。
間近で見る彼女の姿は、酷いものだった。
【生化学の眼:スキャン開始】
【検体:不明(15)】
【診断:急性毒性中毒。さらに重度の栄養失調、過労による多臓器不全を確認】
「……なんてことだ。ガリガリじゃないか」
俺の料理に毒を盛った犯人。だが、その瞳は死を受け入れたように虚ろだ。
「なにが幸せに生きたかった。だ…」
俺の「食への美学」が、激しい怒りに燃え上がる。
人生を謳歌するための食事を、殺人の道具に使い、あまつさえ「飢え」にさらすとは。
「死なせねぇよ。……たっぷり『健康』になってもらおうか。」
俺は彼女をベッドへ運び、指先から魔力を最大限に練り込んだ。
イメージは、命を繋ぎ、細胞を再生させる究極の「リカバリー・カクテル」。
「全力だ。毒を中和し、余剰エネルギーをすべて組織再生に回せ!」
【承認。固有スキル:『暴飲暴食の聖域』最大展開。】
【毒素中和…完了】
【細胞活性により本来の個体値を逸脱する可能性があります実行しますか?YES /NO 】
「んなもんYESだ!絶対に生きさせてやる」
【検体の魔力回路及び全循環経路を再構築…完了。】
【筋繊維トリミング最適化…完了】
【全臓器の悪性細胞の良性化を確認…処置完了。個体は深い睡眠状態に移行します】
とりあえず命は繋いだ。毒を魔力に変え、彼女の欠乏した体に流し込んでおいた。
俺は疲労から、そのまま椅子の背もたれで眠りに落ちた。
◇◇◇
翌朝。
屋根裏部屋に差し込む朝日で目を覚ますと、階段を上がってきたバッカスさんが、入り口で「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「だ、だだだ、誰だあんた!? アル、お前、なんで部屋にこんな見知らぬ美女を連れ込んでやがるんだ!」
「……え?」
俺は寝ぼけ眼でベッドを振り返った。
昨夜の、あのガリガリだった少女はいなかった。
そこにいたのは、艶やかな黒髪を枕に散らし、すらりと長い手足を伸ばした女性だ。
「……え?」
俺は絶句した。
ボロボロだったはずの看護服は、明らかにサイズが合わなくなってパツパツに弾けそうになっている。
昨日まで140センチもなかったはずの体が、今は160センチを優に超えているように見える。
【報告:昨夜の処置において、過剰な栄養補給と魔力供給が細胞の超高速成長を誘発】
【個体名:セラは、十数時間で数年分の発育を遂げました】
(……やりすぎた。メディカル・カクテル、効果が強すぎるだろ……)
やがて、少女――セラがゆっくりと目を開け体を起こした。
自分の手の白さ、そして視線の高さの変化に戸惑い、震える手で自分の体を確かめている。
「私……生きて、る……? なんで、こんな……」
「おはようございます。……気分はどうですか?」
俺は努めて穏やかに、バーテンダーらしい笑みを浮かべた。
さて、ここからが幸せ教育「食育」の時間だ。
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