第二話:代金は「健康」で
「……お、おい。兄ちゃん、今の光景は何だ? その肉の照り、それにこの匂い……。ただの安いエールが、王侯貴族が飲むような極上品に化けてやがる」
親父さんがカウンターから身を乗り出し、食い入るように俺のグラスを覗き込んできた。
「……ふふ、少しばかり『工夫』を凝らしましてね。」
俺は口元を拭い、バーテンダー時代と同じ、穏やかな笑みを浮かべた。
心の中では「うめぇ!」と叫び出したい気分だったが、客商売を長くやっていると、人前ではこの「仮面」が一番落ち着く。
「なあ、どうやったんだ? 俺にも一口食わせてくれ。いや、そのやり方を教えてくれねえか!」
詰め寄る親父さんの勢いに、俺は内心で冷や汗をかく。
この世界の魔法やスキルの常識が全くわからない。ここで安易に「スキルだ」と言って、国に目をつけられたり処刑されたりするのは御免だ。
「申し訳ありませんが、これは企業秘密……いえ、秘伝の技でして。さて、ごちそうさまでした。お会計を」
俺は逃げるように席を立とうとした。
――が、そこで気づいた。
「……あ」
「……あ? 何だ兄ちゃん。まさか、金を持ってねえなんて言わねえよな?」
親父さんの目が、一転して鋭いものに変わった。
穏やかな笑みが引きつる。いけない。バーテンダーとして、無銭飲食だけは最も忌むべき行為だ。
(システム……今、俺に払える金はないか?)
【回答:所持金はゼロです。しかし、眼前の個体に対する『医療的介入』により、報酬を創出できる可能性があります】
システムが無機質に告げると同時に、【生化学の眼】が親父さんの体をスキャンし始めた。
【検体:酒場の店主(52)】
【診断:重度の痛風、および肝硬変の予兆。慢性的な腰痛を検知】
【提案:『メディカル・カクテル』による体内成分の直接調整を推奨します】
俺は小さく息を吐き、もう一度親父さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「親父さん。不躾ですが……左の足首、激痛が走りませんか? それに、夜は腰が疼いて眠れないはずだ」
親父さんの顔が、驚愕で固まった。
「な、なんでそれを……。確かにこの数日、まともに歩けねえほどに痛む。しかしそれがなんだってんだ?」
怪訝な顔でこちらを見る親父さんに俺は手を差し出した。
「では代金の代わりに、その『痛み』を消し去るってのはいかがでしょう?」
「なに言ってんだおめえは…まぁいい、出来るもんならやってみろ。本当なら今日の代金はチャラにしてやる。」
俺は親父さんのゴツゴツとした手を取り、指先から魔力を流し込んだ。
狙うは足首に溜まった尿酸の結晶、そして悲鳴を上げている肝臓だ。
(ステアじゃ弱いな…イメージはシェイク。体内の毒素を分解し、正常な代謝へと誘導する。……最高のコンディションへと調合してやる)
【固有スキル:『メディカル・カクテル』――対人医療モード起動】
【尿酸結晶の破砕・排出を促進。】
【肝細胞を残った正常な細胞と置換。魔力補助による強制再生を完了しました】
「……あ、ああ……?」
親父さんが声を漏らした。
みるみるうちに顔の赤みが引き、濁っていた眼球の白目が、若者のように澄んでいく。
「痛くねえ……。おい、腰の重いのが消えたぞ!? 体が……体が羽みたいに軽い!」
親父さんはカウンターから飛び出し、その場で足踏みを始めた。
体の内側から生命力が溢れ出すような感覚に、親父さんは感極まったように俺の手を握り締めた。
「兄ちゃん……あんた、聖者様か!? それとも伝説の宮廷魔道師か!?」
「いえ、ただの飲兵衛……もとい、しがない料理人ですよ」
「ただの飲兵衛だと!?医者でも治せなかったもんが治せてたまるかよ!」
俺は苦笑しながら、親父さんにこの世界の現状を聞くことにした。
「しかし今の症状、一部くらいは治せそうなものですが…この街のお医者さんや治癒魔導師はどのような治療を?」
「あぁそれはだな…」
◇◇◇
「大体理解しました。」
わかったのは、この世界の「魔法」や「医療」が、驚くほど遅れているということだ。
魔法は「火を出す」や「傷を塞ぐ」といった単純な現象に終始し、衛生管理や栄養学という概念すら存在しない。
「……なるほど。これでは病が蔓延するわけだ」
俺は腕まくりをした。
親父さんに恩を売るついでだ。
「親父さん、助けてもらったお礼に、少しレクチャーしましょう。まずはその……まな板と布巾の殺菌。それから、食材の保存方法について。……人生は食事です。不衛生な環境で出す料理は、毒と同じですよ?」
俺の言葉に、親父さんはまるで師匠を仰ぐ弟子のような顔で頷いた。
バーテンダーとして培ったホスピタリティと、チートにより開花した医療知識。
アルフレッドとしての第二の人生が、ようやく回り始めた。
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