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3話

二度目のバトルから一ヶ月が過ぎた。


不良の三年生は、奇声を上げてゴミ捨て場に突っ込んだ後、数日学校を休んだだけで、今は大人しく学校生活を送っている。彼の能力は消え、ピカリスのリュックには、もう一つ灰色の妖精が加わった。


敵が現れない平和な日々。響は内心で安堵しながらも、常に警戒を怠らなかった。


(いつ、どこで、次の能力者が現れるか分からねぇ…)


俺は、すれ違う生徒、街行く大人、そして最も身近な星宮 葵に対してさえ、微かな疑心暗鬼を抱きながら日常を送った。葵が急に腕を組んでくると、「レッツダンス」の誘いかと身構える始末だ。もちろん、それをクールな装いで隠す。


「響~、早く行かないと、クラスの出し物見れないよ!」


「うるせぇ。どうせつまらねぇだろ」


今日は文化祭だ。クラスの出し物である喫茶店をさぼり、一人で屋上を目指していた響を、葵が追ってきた。


そして、文化祭の最後を飾るイベント、フォークダンスの時間になった。


(フォークダンス…! 女の子と触れ合える、数少ない時間…!)


クールな俺は「めんどくさい」「つまらない」という空気を出しながらも、心の中ではドキドキが止まらない。女子と手を取り合うなど、普段の日常では絶対にありえないイベントだ。


つまらなそうな表情を貼り付け、他の男子生徒に紛れて輪の中に入る。手が触れるたびに心臓が跳ね上がり、顔が熱くなるのを、必死にクールな表情で抑制した。


そして、パートナーが変わるタイミングで、俺の前に一人の女子生徒が立った。


その女子生徒は、俺たちよりも一つ下の、一年生のようだった。大きな瞳で俺を見上げ、屈託のない笑顔を向けてくる。


「次、よろしくお願いします!」


そして、その指が俺の手に触れた瞬間――女子生徒は、普通のフォークダンスの作法を無視し、いきなり指を絡ませる『恋人つなぎ』でがっちりと俺の手を掴んだ。


あまりにも突然で、俺のクールな装いは一瞬で崩壊しそうになった。心臓は爆音で鳴り響き、全身の血が頭に上るのを感じる。


(な、なんだこの距離!? さすがにドキドキマックスだ…!)


女子生徒は、俺の硬直した顔を見つめ、満面の笑みを浮かべた。そして、耳元に顔を近づけ、ごく小さな声で呟いた。


「…レッツダンス」


その言葉に、俺のパニック状態の頭は一気に冷静な戦闘モードへと切り替わった。


淡い期待は打ち砕かれ、戦闘に頭を切り替える


内心はパニックだが、顔には「全てお見通しだ」という強がりを張り付ける。動揺を悟られぬよう、俺は先に名乗りを上げた。


「俺は神鳴 響。能力は雷、『ライトニングボルケーノ』だ」


女子生徒は、俺の名乗りを聞くと、面白そうに笑った。


「え、なんですかそれ! 中二病みたい! クスクス」


女子生徒は、俺の二つ名を小馬鹿にするように言い放った。だが、すぐに引き締まった顔で、少しお高くとまったように言い放つ。


「でもせっかくだから私も教えてあげますよ。私は炎を操る『スカーレットデザイア』。一緒に、熱いダンスを踊りましょ」


やはり、結局同じ穴のムジナ、大層な名前を考えるタイプの能力者だ。


女子生徒は、バトル・フィールドへの転送が完了したのを確認すると、高らかに叫んだ。


「イリュージョン!」


女子生徒の周囲から、赤い炎が螺旋を描いて舞い上がり、体育館の中に熱気が満ちた。炎の幻影がいくつも生み出され、視界を遮る。しかし、炎自体に大したダメージはなかった。


(炎をまき散らしても、大した威力じゃない…チャンスだ!)


響は、幻影に惑わされず、突っ立っているであろう女子生徒に向かって、昨日開発したばかりの必殺技を放とうとした。


魔雷光まらいこう!」


しかし、雷撃は空を切り、手ごたえは全くない。その次の瞬間、響の背中に強い電撃の刺激が走った。


「ぐっ…!」


響は慌てて飛びのいた。背中には、何かが突き刺さったような痛みが残っている。


女子生徒は、高らかに勝利を確信したように叫んだ。


「もう術中にはまってしまっているわ! 何もわからずにあなたは倒れる!」


訳が分からず、響は一旦逃げ惑うことを選択した。能力の正体が不明な相手とは戦えない。文化祭が開催されている学校全体がバトル・フィールドと化しており、校内での追っかけっこが始まった。


階段を駆け上がり、響は「まさか女子トイレには入ってこないだろう」という中学生的な思考で、女子トイレへと逃げ込んだ。


息をひそめていると、リュックの中でピカリスが声を上げた。


「響、今だ! 逃げ回ってる間に、君の脳と僕の演算回路が繋がって、第二の必殺技のイメージができたよ! 今、君の頭の中に流れ込んでいるはず!」


言われた通り、響の頭の中に、電磁波を応用した新たな能力のイメージが流れ込んでくる。それは、敵の神経に直接作用するような、強力な幻覚操作の技だった。


響は、少し息を乱しながらも、静かに口元を吊り上げた。


「…わかった。第二の必殺技の名前は…『魔眼マガン』だ」


響は、再び女子生徒の前に現れるべく、体育館へと戻った。女子生徒は、響を見つけると余裕の笑みを浮かべた。


「馬鹿ね! また戻ってきたの!? だったら、今度こそ終わりよ!」


「イリュージョン!」


再び炎の幻覚が響を取り囲む。陽炎のように揺れる幻影に、響は一瞬惑わされかけた。


(炎の幻覚…そして背中の痛み…!)


響は、背中に走った刺激の正体を、一瞬で悟った。


(あの「イリュージョン」は、炎の幻覚で注意を引きつけている間に、裏口から物理的に回ってきて、スタンガンで背中を刺すための陽動技だ!)


女子生徒は、響が体育館に入ったのを見届けた後、裏口から回り込み、忍び足で響の背後へと近づいていた。今度こそ、とどめを刺そうと、手に握ったスタンガンを響の背中に突き立てる。


しかし、その手ごたえは空を切った。


「何…!?」


女子生徒が驚愕する中、響は振り返り、女子生徒の瞳を見つめた。


「これが魔眼の力だ」


響の瞳が、一瞬、雷光を帯びたように見えた。魔眼は、相手の視神経に強力な電磁波を送りつけ、幻覚を見せる技。女子生徒の目に映っていたのは、響がまだ幻覚に惑わされて突っ立っている姿だった。


「ひっ…!」


響は、女子生徒が驚きに固まった一瞬の隙を逃さない。


「くたばれ!」


響が魔眼で操作したのは、女子生徒の足元の地面だ。女子生徒の視覚に、地面が突如として大きくえぐれる幻覚を見せた。


「きゃっ!」


幻覚に驚いた女子生徒は、思わず足をもつれさせ、転倒した。手からスタンガンが離れ、体育館の床に転がる。


響は、仰向けに倒れ、恐怖で目をつぶった女子生徒の上に、静かに立ち尽くした。


「…とどめを刺せ」


女子生徒は、目を閉じたまま、震える声で呟いた。


その言葉を聞き、響は無言で腕を降ろした。


「…女の子に、手は出せないぜ」


響は、あくまでクールに、そう吐き捨てた。


能力者同士の戦闘は、どちらか一方が戦闘不能になるか、あるいは両者の戦闘意思が消失した場合に終了する。


女子生徒が目を開けると、体育館の風景は、文化祭のざわめきと共に、現実のものへと戻っていた。校庭の賑やかな騒音が耳に入り、自分が許されたことを理解した。


響は、倒れている女子生徒に目もくれず、静かにその場を去った。能力を二つも公開してしまった恐怖が、背中を冷たく突き刺す。


響の遠ざかる背中を、女子生徒は呆然と見つめた。自分を倒し、とどめを刺すこともできたのに、それをしなかった。その強さと、その裏にある優しさに、女子生徒の胸は高鳴る。


(…かっこいい…)


彼女は、自分が、たった今敗北した相手に恋に落ちたことを知った。


翌日の通学路。


いつものように、神鳴くんはクールを装って、隣にいる星宮 葵の世話焼きを鬱陶しがっていた。


「おい、べたべたすんなって…」


「もう! 響ったら、ほんとすぐ怒るんだから!」


その時、二人の目の前に、一人の女子生徒が飛び出してきた。昨日、響に敗北した一年生だ。


女子生徒は、迷いなく葵を押しのけ、響に抱き着いた。


「響先輩! 昨日からずっと、先輩のこと考えてました! 私と付き合ってください!」


突然の行動に、葵は「えっ!?」と固まり、響は一瞬、顔を真っ赤にしてフリーズした。


「や、やれやれだぜ…!」


心の中で、小躍りしながらも、響は精一杯クールな声を出す。


「…離せ。鬱陶しい」


女子生徒の熱烈なアプローチに、響の「クールな装い」は、また一層強化されていくのだった。

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