婚約者が『あの人が悪口言ってたよ』と告げ口するタイプなので、その悪意を暴露します。
シャーロットは、幼い頃の思い出の品である魔法具の指輪が淡く光を放ったことによって急いで茶会をしている温室へと戻った。
すると親友と言っても差し支えないほど仲のいい友人であるルーシーがかつかつとこちらに寄ってくる。
涙を浮かべた彼女はきつくシャーロットのことをにらみつけ、ぱっと手をあげた。
……た、叩かれるっ。
咄嗟にそう思いシャーロットはきつく目をつむる。
しかしいつまで経ってもその手は振り下ろされることはなく、かつかつという足音が響き、彼女は侍女を連れて出ていく。
「っ、わたくし気分がすぐれませんの。失礼しますわ」
「ルーシー嬢申し訳なかった。……私がつい、本当のこととは言え余計なことを言ってしまったばかりに」
「いいえ。……ダレン……っ、ともかく失礼いたします」
そうして彼女は振り返ることなく去っていく。
その状況にシャーロットは帰ってしまった彼女を追いかけようかと咄嗟に考えた。
しかし、ダレンの言った言葉からして、シャーロットが席を外している間になにか問題が起こったからこうなってしまったと考えるのが自然であり、それを知らずして追いかけたところで意味などない。
すぐに元居た席へと戻って、シャーロットは今回集まってくれた領地が近い同世代の貴族令息、令嬢たちに視線を向ける。
けれど、その目線は多くの人にスルーされて、目が合うのは幼なじみで今回のお茶会にも参加しているデュークぐらいだった。
先ほど魔法具の指輪で合図を送ってくれたのも彼なので事情は分かるだろうけれど、こういった集まりで彼はあまり活発に話をする方ではないので、こちらからは話しかけない。
そして最終的に、近い席に座っている婚約者のダレンと目が合って言葉を交わす。
「あの、彼女はなぜあんなに怒っていたのでしょう。あなたの言った”余計なこと”って……」
「あら、ダレンさんは悪くないのではなくて? あなたが秘密裏にルーシー様の婚約者のエリック様と交流を持っていたことが問題よ」
「そうですわ。見損ないました、シャーロットさん」
「ああ、そうだな。それにしてもルーシーさん、かわいそうに。俺も今日はこれで失礼させてもらう」
そうして、彼らは口々にシャーロットに呆れたような怒ったような声でそう伝えて、席を立つ。
つい先ほどまでお茶会で盛り上がっていたというのに、あっという間に当事者ではないダレンとエリック以外の参加者は気を使って去っていく。
本来ならば楽しい気持ちで見送りをして、そのあとはルーシーと二人だけで遊ぼうと思っていたのにまったく違う状況に、シャーロットは唖然としていた。
しかし、そこでやっとエリックは顔をあげてシャーロットを見てそれからダレンの方へと視線を向けた。
それから、ためらいがちに彼はダレンに言った。
「たしかに、皆が言ったことは正しいと思うけれど、私は――」
「それよりも、エリック殿は早くルーシー嬢を追いかけるべきだと思うんだ。なんせほかの男の口から、別の令嬢と親しくして彼女の悪口を言っていたと聞かされたのだから、女の心として追いかけてきて欲しいと思うことが当たり前だろう?」
「っ、それは」
「むしろ、それができないということは、やっぱり後ろめたいことがあったんだと相手に思わせることになると思わないかな」
そうしてダレンはとても優しく、まるで彼のためを思って提案してあげているような体を取って、早く追いかけるように促した。
その言葉を否定することはできずに、エリックは「ごめん、シャーロット」と短く謝って従者を伴って温室を出ていった。
そうしてがらりとした温室の中、シャーロットは今までの人のやり取りを見ていて、やっとなにが起こったかを整理することができた。
それにこんな状況の被害者になったことはなかったけれども、今までもこういうことはあった。
それはいつもダレンを発端にして起こることである。
そして今回心当たりもある。それはエリックの母親が会うたびにルーシーが魔法を持っていないことについてなじる件についての相談を受けていて、あれこれと策を練るうちに彼女が魔法を持っていたら完璧なのにという話をした。
かくいうシャーロットも魔法を持っていない。
中級貴族でありながら魔法を持たないということは人よりも劣るということで、上級貴族であるルーシーはさらにそのことを多くの人に指摘されてコンプレックスに思っている。
しかしだからこそ彼女はなんにでも挑戦し苦手意識だけではなく、自分の魔法を持たなくてもたくさんの魔力で魔法具を操る立派な貴族だ。
そんなことは二人の間では常識だ。だから話していたって悪意などないし……けれどもそのことを他人というかダレンに知られてしまったのはシャーロットの落ち度だ。
明確に相談を受けたという話をしたという意識はないが、ふいにそういう相談と交流をしたことを言ってしまったとするならばつじつまが合う。
けれどもダレンだってシャーロットの交友関係は理解しているはずだし、万が一にもそんな可能性はないとわかってくれると心のどこかで思ってしまっていた。
それが、いけなかったのだ。
「……ダレン」
「ん?」
「私は、誓って、ルーシーを傷つける様なことは言っていないし、エリックとももちろん彼女がこれ以上傷つかないためにどうするべきかって話をしていただけです」
「……」
「それなのに、その話を聞いてあんなに怒るなんて、どんな言い方をしたんですか。それにこういうことは……初めてではありませんよね」
彼はテーブルに肘をつきほお杖を突いたままシャーロットの話を聞いた。
その態度は真剣に受け取っているという印象ではなく、彼はふっと笑みを浮かべる。
「どうしてそう、私の周りの人間関係をかき回すようなことをするんですか」
問いかけつつも思いだす。
彼は先ほどまでのように、ついうっかりというような様子で人がよさそうな顔をしながら、いつだって余計なことを言う。
なのでこうしてお茶会に集まるシャーロットの友人たちの間には仲たがいが絶えない。
それでも領地単位でのご近所であり、交流を持つのが自然なことで、だからこそなんとかこれまでも修復してきた。
誰かが誰かの悪口を言っていたという話をうっかり流されれば、謝罪が出来る場所をセッティングしたり、こっそりと二人だけで旅行に行っていたことをばらされた彼らには、どういう事情があったのかと聞き事前に話を通して解決してから顔を合わせる。
そしてそんな修復作業にダレンもいつもそれに協力して、気にしている善人の振りを続けるので誰も彼の本性に気がつかない。
起点はいつもダレンなのに、みんな信じて、流されて今回だって同じだろう。
彼から言われたシャーロットとエリックの密会の話、それを聞いてルーシーはどれほど傷ついただろうか。デリケートな話だし、ルーシーが当事者で冷静になれないのも無理はない。
しかし友人たちはまた今回もまんまと騙されて、解決するのにも時間がかかるだろう。
「え? 人間関係をかき回すって、どの口が言うんだ? 私はただあったことを正確に、彼女のためを想って言っただけだ。婚約者がいながらも男女で密会、そしてルーシーの魔法のことを詰った君に問題があるだろ?」
「……」
「私はそれを知って彼女に言わないことがどうにも苦しく感じてね、親切心だったんだ。……これでも言い方には気を使ったんだよ、わかるだろう、君は私の婚約者なのだから」
「……分かります。その言葉を私が否定できないってこと」
「ああ、その通りだ。君はそうして取り返しのつかない事をした……くくくっ」
彼は声を押し殺すみたいにして笑って、言葉だけでは誠実そうに装いながらも、今までの出来事を楽しんでいただろうことは想像に難くない。
「それにしてもあの冷静沈着な、ルーシー嬢があれほど怒りをあらわにするとは、痛ましいことだな、シャーロット」
「……」
彼の声は言葉に似合わず楽しげで、その言葉を聞いてシャーロットは心底嫌な気分になった。
そしてジトっとした声で指摘した。
「……楽しんでいるくせに、性悪ですね」
「は? 私が何をしたっていうんだ? 全部悪いのは君らだろう? 私はただ親切心で言ってやっているだけだ、君がそんな風に私に怒りを向ける通りはないよ?」
愚痴を吐くように言うと、彼は今までの楽しげな表情から態度を一変させて、イラついた様子で隣にいるシャーロットの腕を掴む。
「っ」
「そうして文句を言って怒るのなら正当な理由を出せよ、シャーロット、理不尽に感情をぶつけていいなら私だって同じようにしていいんだな?」
「い、痛いです。っ、だって、あなたは私たちが真剣にどうしたらいいのか、考えていることをわかっていて、それでも面白がってそうしてルーシーとの仲を引き裂くようなことをしたのでしょう、流石に長年共にいれば分かりますよ」
強く握られた腕が痛いけれど、今度ばかりはシャーロットも堪忍袋の緒が切れてそうしてダレンに怒りをぶつけた。
すると彼は、そのシャーロットの言葉を聞いて意外そうな顔をする。
それから、はっ、と鼻で笑ってシャーロットにニヒルな笑みを浮かべて言った。
「なんだ、君もきちんとその小さな頭に脳みそが詰まっているんだな。そうだよ、確信犯でなければこんなこと何回も起るわけがないだろう? そのおかげで私の言葉にいつも敏感に反応する」
「……」
「長年かけて、翻弄してきたかいがあったってもんだろ。はははっ、まったく頭の悪いクズばかりだ。私の言葉でやれ怪しいと思っていただの、元から嫌いだっただの、かと思えば仲直りして……いつまでたっても進歩しないくだらない馬鹿どもめ。精々これからも掌の上で躍らせてやる」
「……それが本音ですか」
「ああ、そうだが? でもどうせ、君が私の本性を伝えることなんかできっこない。そうだろなんせお前も魔法も持たなければ、頭も回らない馬鹿筆頭なんだからな」
「……」
そう言って彼はシャーロットの頭をがっしりとつかんでそれから、乱暴にゆすって、適当に立ち上がって去っていく。
そうして彼が本性を現わしたとしてもまったくの驚きなどはなく、むしろ納得する気持ちの方が大きかった。
ただ思ったよりもずっと酷い事を言う自身の婚約者が少し怖くなってシャーロットはそれからちょっと泣いた。
一人きりになった温室を見て、せっかく今日のために美しい花々を入れて整えたというのにと思うと寂しくなった。
けれども彼が本性を現わしたからには、シャーロットはお馬鹿筆頭と言われようともできることはないかと頭を巡らせる。
そのくらい今回のことは許せなかったのだ。
ルーシーは友人というだけではなく、シャーロットに魔法がなくても、ふてくされるのではなくできることを探しなさいと教えてくれた素晴らしい人なのだ。
そんな彼女を傷つけたままではいられない。口も達者ではなく頭もいい方ではない。それでもシャーロットたちのあいだで起こってきた問題を一番近くでずっと見つめてきた。
だからこそ、解決する方法も見えてくるということがあるのではないだろうか。
彼の親切心なんて言う言葉で壊される人の関係を正しくする方法があるのではないかそう思ってシャーロットも温室を後にしたのだった。
魔法を持たないような人間は、魔法に関わるような仕事に就くことも、最低限以上の勉強をすることもおおむね無駄だと思われることが多い。
けれどもそうは言っても貴族の暮らしにも、平民の暮らしにも多くの魔法が関わっていてそれらとは無関係には生きることできない。
多くのことは変えられない事ばかりだ。
例えばシャーロットの生家であるハルソール伯爵家は、ほかの貴族たちに比べて貧乏というか、あまり贅沢な暮らしができる方ではない。
なので将来のシャーロットの地位は吹けば飛ぶような物であり、爵位継承者のダレルに対してシャーロットの立場は弱いものである。
でもその貧乏は変えられないとしても、将来の自分の道は自分で変えることができる。
父や母、姉など家族を変えることは難しくとも自分の努力で変えることができる物があることを知って、変えていこうと努力することは決して無駄なことではないだろうとルーシーは言った。
その考えをシャーロットもとても大切にしている。だからこそ今の状況を変えるために、素人ながらも魔法具を制作することにした。
その魔法具は、シャーロットのもどかしい気持ちを体現するようなもので、幼いころにデュークと遊んだ合図を送るだけの光りを放つ魔法具から着想を得た、素晴らしいものになるはず……だったのだが……。
「うーん、どうにもやっぱり音が小さい。拡声器の魔法具の魔法石の原理も合図の魔法具の原理もきちんと組み込んでいるのに……」
まだ作りかけのそれを弄って、机の上に転がっている美しい魔法石たちを順繰りに見つめた。
キラキラと色とりどりの光りを放つそれは魔力の宿った石であり、総称としては魔石だが、魔法がきざまれた物は魔法石、魔力を限界まで詰め込む用途の物は魔力石という名前になっている。
それらを組み合わせて魔法具は完成するのだが、どうにも思ったような効果が出ない。
それに、この魔法は風の属性の魔法なのだが、自分の属性の魔法ならばまだしも、まったく関係のない魔法をいじくりまわすのは頭がこんがらがりそうな作業だった。
煮詰まって仕方がないころ、侍女が私室への来客を告げてシャーロットは机から顔をあげて振り返るように入口の方を見た。
制作中の魔法具に少しでも改良を加えられないかと考えて呼んだ相手だったので、来てくれたことに少し嬉しくなってシャーロットは笑みをうかべた。
「ご足労頂きありがとうございます、デューク、この間は事件を知らせてくれてありがとうございました」
彼はなれた様子でそばまでやってきて、それから苦い笑みを浮かべてシャーロットに返す。
「すでに手遅れだったし、むしろ突然お前が戻ってきたから、あんなことになってしまった気しかしないが……どういたしまして、シャーロット」
「気にしないでください。特になにをされたという事でもありません、それに……問題は別のところにありますから」
机に手をついて転がっている魔石を見つつ言った彼は、幼なじみらしく仰々しい挨拶などは無しに会話を始められる。
彼の実家とも領地が近く、近隣領地同士の集まりの中でも一番古い付き合いなのだ。
そして彼もダレルのことをなんとなく理解していて、ある程度事情を伝えて魔法具の作成のために来てもらっているので、シャーロットの言葉の意味をすぐに理解して返した。
「そうだな。にしても思い切ったな。シャーロット、お前は魔法があるわけでもないし得意というわけでもないだろ」
「それはもちろんです。けれど、彼を言い負かしてその行動の悪意や彼の本性を全員の前で明らかにするような賢い方法を私は思い浮かびません。でもできることはあると思うのです。そういうことができるものがあれば……いいと思いませんか」
侍女が椅子を用意して彼は隣に腰かけ、魔法石に刻まれた魔法を見つめる。
魔法がこもる小さな文様を刻んで魔力を通すだけなので、魔法を持たないものにも簡単に加工が出来るがやはり、自分で持っていない魔法の式は思った通りの効果が出ないことが多い。
「……そうだな。もちろん、奴の思惑が分かるような……こうして人のすれ違いがいざこざを生まなくて済むようなものがあってすぐに言葉を交わせるならばきっと、悪いことにはならないと思う……思うが、よくやるよな」
「それ以外に方法が思いつきませんので」
「…………そうか? そうだな、お前はそういう感じか。まあ、いい。俺はそういうシャーロットがすごいと思うし、俺でできることならやろう。それで完成するかどうかは、別に考えて欲しいけど」
「ええ、もちろん。あなたの協力があったからと言って慢心するつもりはありませんし、あなたのせいにするつもりなどないのです。でも今ないからと言って絶対にできないとは限らないでしょう? それにすでにほら、耳を寄せてみてください」
そうしてシャーロットは片方の魔法石をデュークに渡して自分は口にもう片方の魔法石を近づけた。
すると素直に彼は耳元に魔法石を当てて首をかしげる。
『デューク』
小さな声で言うと、彼は肩をびくっと反応させて驚いて、すぐに耳から遠ざけて自分の耳を覆って視線を逸らした。
「っ、お、驚いた」
「でしょう? すでに原型は出来ていると思うのですよ。後はここからどういう外装をつけて完成させるかが肝になってきます。協力してくださいますか」
「お、おう。もちろん」
そうして彼は、魔力式を書いた書類をみて早速、自身の持つ風の魔法でそれを行うときにどんな魔法の構造をしているのかと解説し始めた。
がしかし、その耳が少し赤かったことについて、シャーロットは触れないまま作業を開始したのだった。
デュークは思わぬ大きな魔法具となってしまったソレを持って、ルーシーの家で行われる舞踏会へとやってきた。
多少なりとも入場する際に怪訝な表情をされて、ひやりとしたものの、ルーシーに対する贈り物だと嘘をついて従者に運ばせて何とかホールの中へとやってきた。
タイミングは合図の魔法具で知らせるとの約束だったが、いつ始まってもおかしくない状態だ。
ルーシーに会った時点で突然それをおもむろに取り出してできるだけ多く貴族たちに聞かせるというのは少々難易度が高かった。
先日のこともありルーシーがこの場に出てくるかという問題もあったが、中に入ってからデュークは彼らが集まっているところを見つけて幸先がいいなと思った。
……これなら、シャーロットの要望に応えられるが、なんだかんだ言って俺の扱いが雑だよな。シャーロットって。
だって適当にこう、なんとなくうまくやってほしいなんて雑以外の何物でもない指示だろう。
しかしその分彼女がデュークのことを信頼していて、やれるだろうと思ってお願いしていることはわかる。
そう思えば、そのぐらいの雑さなどまったくもって気にならないぐらいにはデュークは頼られていることがちょっとばかし誇らしい。
……しかし、なにに集まってんだ?
あんなことがあって気まずいはずの彼らが、一つのソファーセットに密集していてパーティーを楽しむこともなく真剣そうな眼差しで集合しているのだ。
それは意外な光景で、けれどもそばに寄ってみればすぐにそれが何のための集まりか理解することができる。
穏やかなワルツが流れる中でもその場所だけは妙に静かで、空気も重たい。
中心にはルーシーとエリックだけが向かい合うように座っており、エリックは必死になって彼女に事情を説明している様子だった。
「だからね、私もシャーロットも君に魔法がないが悔やまれてその、君にそれがあったらどれほどかって言う話をしていて」
「……」
「でもそれだって、君を悪く言おうとしてそういう話になったんじゃなくて、元はと言えば私の母が、君に対してあたりが強くてだからそのことがどんなふうに映るのかっていう相談と私はどうすればいいのかっていう話を……」
「……」
エリックは必死になってあの日のダレルの言葉を弁解しようと言い募っていた。
しかし周りからの視線も相まって状況は厳しそうだ。
それに当のルーシー自身の怒りが未だに収まっていない様子だった。
「それが事実かどうかわからないけれど、でもわたくしは、あんなふうに……真面目にやっていることを馬鹿にされるようなことをいわれて、そんなニュアンスではなかったと言われても到底看過できるものではなくてよ」
「それはたしかに私の気が動転していて、ついシャーロットに相談したくなってしまったのも悪かった! きっと突然やってきたから、ダレルに彼女も説明をしなければならなかったのだろうし、私が悪いことは重々承知している、けれど誓って君を見下してなんていないっ」
「そんなこと、こんなことがあってから聞いたってなんの意味もないわ。どうして……あの子に相談する前にわたくしに言ってくれなかったの? 言わなかったということは後ろめたいことがあったんだとダレルは言ったわ、その言葉をわたくしは否定することが出来ませんの!」
彼らの問答は堂々巡りで、それでもエリックはなんとか誠意を尽くそうと努力をしている。
しかしダレルの言った、後ろめたいことがあるから言えなかったのだという言葉によって何もかもが裏目に出てしまう。
……たしかに、直接ルーシーに言わなかったエリックも悪い。悪いが、ただその気持ちも分かるやつもいるんじゃないのか。
デュークは冷めたような気持ちでそう思った。
どう見たって、エリックはルーシーのことを大切にしている。それにシャーロットだってルーシーのことをないがしろにしたことなど一度もない。
だからこそ彼女が大切で、母がルーシーにつらく当たって、どうしたらいいか分からないとき気軽に話を聞ける相手に話を聞くことだって普通のことだろう。
それに、とデュークは思う。
……なんでこいつらは、いつも奴に翻弄されて誰が悪いとか、自分は嫌われているかもと思うんだか。他人の思っていることも、何が本音かもわかるもんじゃないのにな。
だからこそダレルが何を言って誰が、デュークのことを嫌おうと、デュークは特に気にしたことなどない。
それらのことをくだらないとも思っている。しかし、一番面倒くさい立場にいるシャーロットはそうではない。
彼女はどうにかしようと動いて、作って、翻弄されるだけでなく、いつだって必至だ。それがデュークがシャーロットを手伝う理由の大きな根幹の部分だった。
だからこそ、手を貸したくなる。彼女は自身のことを何も持っていないし、頭も回らないというが、そうして協力してもらえる才能が彼女の一番すごい所だろう。
そんなふうに思って、しみじみとしてそれから彼らの会話を止めてこれから何をするのか、説明をしようと手を伸ばす。
するとつけている指輪がすでに煌々と光りを放っていることに気がついてハッとした。
……やべっ。
「ちょっとどいてくれ、失礼するぞ。ルーシー、エリック、ともかくお前らはいいから、黙って聞いていてくれ!」
そうしてワゴンで運ばれてきたそれの箱を開けて、乱暴に取り出し平たい箱からラッパの先端部分の開口部がくっついた形をした魔法具をテーブルの上に置いた。
「な、なんですの。デューク、今は大切な話をっ」
「いいから、こっちも十二分に大切な話だっ」
そうして、箱の方に埋め込まれている魔法石に魔力を込める。
これは、貴族ならだれでも遊ぶ合図の魔法具から着想を得て作られた”伝声魔法”なるものらしい。
原理としては簡単で、合図の魔法具が一つの魔石を二つに加工して一つに魔力を込めるとその中に内包した魔力が時空を超えてもう一つの方へと光りを灯すという原理を使い、それを風に乗った振動、つまり音でも同じことをしようという原理だ。
それには少々風の魔法の補佐が必要になるのだが、それに加えて、多くの人にできるだけ正しい声と言葉を届けて、誤解といざこざがないように彼女が願ったので拡声の魔法も組み合わさった面白い代物だ。
「なんですの、これ……」
「いいから、聞いていてくれ」
困惑した声で身を引くルーシーにデュークは魔力を込め終わる。
最初はザザッと途切れたような音がしたが、すぐに人の声が聞こえて、それは普通の声音で話をしているのに、この場にいる誰よりも大きな音を出した。
『だから、私が謝罪をするわけがないだろ? 私は何も間違ったことは言っていない』
『でも悪意はあったはずです。ダレン、あなたはいつだって面白おかししく人の話を広めて、関係を悪くしたり人を操って楽しんでいる』
『……』
『それは、本来許されないことで私も許したくはない。でも謝罪をしてくださればみんなの前であなたがやっていることをつまびらかにしてくれるならば水に流すことが出来る!』
『……』
『あなたは私のことを馬鹿で、なにもできない愚か者だと言いますが、それ以上に他人を害するような人間は誰よりも底辺で誰よりも嫌われてしかるべきなんです!』
シャーロットの声ははっきりと聞こえてきて、デュークはシャーロットもいう時は言うのだなと少し安心したような気持ちになった。
『それをのらりくらりと自分は悪者にならないように立ち回って人を言いくるめて、不安にさせてそれで楽しいだなんてあなたは私たちの中の誰より頭がいいのかもしれません、でも醜い』
『だから、親切心で言ってやっただけだと――』
『そうだとするならばなおさら質が悪いですね。私はどちらにせよ、あなたが謝るべきだと思います』
ダレンの言葉をさえぎってシャーロットはそう続けた。
彼のその言い訳は、デュークもよく聞いたことがあるもので、それでも謝罪をするべきだという言葉もとてもまっとうなものに思えた。
しかし、ドンと大きな音が鳴って彼の態度は変わる。
それにその大きな音を出す魔法具に、多くの貴族たちは迷惑そうにこちらへと視線を向けている。
この場にいるのは、良く集まる友人たちが多いが、若い令嬢令息たちが、場の雰囲気を壊すことをしていることに注意するための保護者達も集まってきた。
『下手に出ていれば調子に乗って……シャーロット、君はどうやら私を糾弾する権利があって、そうさせることができると思っているようだがそれはまったくの間違いだ』
『間違い……ですか?』
『私がこの間君に本音を話したから、そうして私に対して謝罪を要求しているのだろうが、言っただろう君にはなにもできないと思っているから言ったんだ』
彼の雰囲気はがらりと変わり、いつものデュークたちに見せている善人らしい気を使った話し方もなりを潜めて、注意にやってきた騎士をルーシーは止めてその声に聞き入った。
『君の馬鹿な友人が傷つこうが、疑心暗鬼になって糾弾し合おうが私はまったく困らないし、誰も私を疑うようなことはしないだろ。それにそんなに善人でいてなにが楽しい』
『……』
『少しぐらい彼らがいざこざを起こして泣いたり笑ったりするのだって人生ほんの少しのスパイスだろ? 直接聞いたわけでもないのに誰かの言葉を勝手に信じて、被害者ぶっておかしいったらない。元々は奴らが間抜けなことが悪いんだ』
『そんなことはありません。騙そうとする人、酷い事を言う人が悪いだけです。酷い事を言われたら誰だって不安になります』
『いいや違うな、そもそも腑抜けているんだ、君もこうして私に真っ向から要求してそれが通ると思ったか? 貴族は賢く相手を出し抜いてこそのはずだ』
「…………」
ルーシーはなにも言わずにその言葉を聞いていて、ルーシーの両親も貴族たちも、今日は欠席しているダレンの親であるシューリス子爵までもがやってくる。
いつの間にか大ホールに集まっていた貴族達は一つのソファーセットへと集まっていて密集状態だった。
……案外、子供が何をしてるんだって騒いで止める奴もいないんだな。
そんなふうにデュークが意外に思っている間にも、ダレンは声を荒らげて笑いながら続けた。
『父はよく言っているぞ、下級貴族として生きる人間はそれだけでは食われるだけだと。人を翻弄し自分が主導権を握り、いつしか王家すら手玉にとれるぐらいの影響力を手に入れるのだとな!』
『お、王家?! ととんでもない、話ですよ?』
『そんな考えだから君はこうして私になんの策もなく正義を振りかざして損をする。君なんて私に婚約破棄されれば将来どうなるか分かったものではないだろう、父に言ってやろうか? 君は私にふさわしくないと』
『そ、それは』
『私は成人すれば、ああして信用を勝ち取った奴らを配下に置き、いずれは目障りな上級貴族どもを蹴落として王家に牙をむいてやる……ふっはは、この私ならば造作もないことだとわかるだろう?』
そこまで言ったあたりで周りの貴族たちがどよめく、そしてシューリス子爵は視線を受けてさあっと顔から血の気が引いていき、どもりながら声をあげた。
「んなっなんだ、なんなんだ! そもそもなんだそれは、そんな魔法具なんて聞いたことも見たこともないぞ! ダレンではない! そんな、わしらはまったくもってそんな恐れ多いことなど考えてはおらぬ!!」
「…………」
「ほ、本当ですぞ、わしらはただつつましく下級貴族としてですな……公爵閣下どうか後慈悲を……」
ルーシーの親に見つめられて、シューリス子爵は蛇に睨まれた蛙のように硬直して許しをこうた。
しかし、すぐにその審判は下る。
「そうは言われましても、ここには其方らが反逆を企てている事実に対する証人が山ほどいる、これを隠ぺいすることは不可能だろう。捕らえろ、私の近隣領地から王族に害をなしたものなど出すわけにはいかぬ」
「ひ、ひぃっ、お助けを! どうか! たわけの息子が申したことですから! どうか!」
そうしてシューリス子爵は捕らえられ、貴族たちのざわめきは収まることはない。
しかし一方ではハルソール伯爵家で行われている話し合いも留まることはなく何がどうなったのか『っ、ダレンッ、やめてください!!』と大きな悲鳴が会場内にこだました。
「シャーロットッ!!」
ルーシーがすぐに声をあげ、シャーロットの声を聴き、彼女の両親はすぐにホールの出口へと向かう。
そうして、大勢の人間がそのまま舞踏会を放り出し、ハルソール伯爵家へと向かうことになったのだった。
「は?」
「ですからね、この声はすべて対になっているもう一つの魔法具にすべて転送され大きな音で流されるようになっているんですよ。魔法具作りの熟練者というわけではありませんが、協力してくれる方もいて何とかかたちになりました」
「なに言ってるんだよ」
「やればできるってことですね。発想の勝利です」
「じゃあなにか君は、私の今までの発言もすべて、そのルーシーの邸宅で開かれる舞踏会でまるきこえだったとそう言いたいわけか?」
「その通りです!」
シャーロットはわざわざ二度目、確認をした彼に自信満々に答えた。
まさか、一から十まですべて話したうえで、あんなことまで言うとは思っていなかったし今後の彼がどうなるかは知らないが、それでも作戦が大成功を収めたのでとても嬉しい気持ちだったのだ。
しかし彼は呆けていて「え?」「は?」「ありえない」と口にしている。
その様子にシャーロットはあり得ることなのだと伝えるために伝声の魔法具のそばによって説明した。
「ほらここに、ついているのが魔法石でここから音を拾っているんです今だって、きっとこちらの声が聞こえていると思いますよ、原理を説明しましょうか?」
「いい、やめろ。……いや、そんなわけが……でも……」
「あなたが謝罪しないことなど、私だって理解していましたよ。だから、あなたがやっているのと同じことを私はしただけです。あなたはいつも、うっかり良かれと思って親切心で他人に言わなくてもいいことを伝えてましたから」
シャーロットは笑みを浮かべて彼に問いかけた。
その瞳の色は段々と変わっていき、信じられないものを見る目でシャーロットのことを見つめている。
それでも続けていった。
「これは、そういうあなたの行動ですれ違う人が出ないように声が、誰にでも届いたらいいなと思って作ったものです。まだまだ実用は難しいですけれど、でも今は、こうして間違いなくあなたの言葉は多くの人に正しく届いた」
「し、仕返しのつもりかっ、シャーロット……」
シャーロットの言葉を聞いてダレンはそんなふうに問いかけた。
しかし、そういうわけではない。そんなことをしたところで彼はきっと改心しないし心から変わったりしないだろう。
怒って許すことはできないと思ったけれど、復讐なんかではない。
ただ、現状を変えたいと願って、こんなことは起こらない方がいいと思ったのだ。
だからこれは……。
「ええと、違いますよ。私はただ、”私も”ただの親切心ですよ? あなたの言葉を届けて、今までの悲しいことも気にしなくていいしもう翻弄されないようにという親切心。……あなたが伝わらなくてもいいと思ったことまで伝わってしまったのは、うっかりです。わかってくれますか」
「は、はぁ? ふざけるんじゃないぞ、このっ~」
シャーロットは彼が、他人に対して言っていた言葉を使って返した。
復讐なんかのつもりではない。
これからは起らないようにただしく人の言葉が届くようにシャーロットの願いはそれだけである。
しかしそんなシャーロットの思いは伝わることはなくともかく、自分がシャーロットのせいで窮地に立たされていると知ったダレンは邪魔な机をどかしてシャーロットの元までやってきて胸ぐらをつかんだ。
「っ、」
「このよくもやってくれたな!!」
「っ、ダレンッ、やめてください!!」
彼が拳を振りかぶる様子を見てシャーロットは咄嗟にそう叫んだ。それは自己の保身のためでは無かった。
シャーロットの悲鳴のような声を聴いてもダレンは拳を振り下ろす。しかし胸ぐらをつかんでいるその手を外し、すぐさまシャーロットはかがんで彼の足を払う。
バランスを崩したところで、逆に顔面に一発お見舞いし、彼は鼻血を吹き出しながら背後に綺麗に倒れていく。
「……ああ、やめてくださいと言ったのに……」
魔法がないながらもシャーロットは様々な努力をしてきた。
それはもちろん魔法の勉強もその一つであるし、武術だって立派なシャーロットのこれからの為に必要な素養である。
そう簡単に人を変えることはできない、だからこそ環境を打破するために自分を変えていき、より良い生き方をつかみ取るのだとルーシーと約束したのだ。
……彼女には、きちんと今回の話の真相が伝わりましたかね。
倒れて目を回している彼を見ながらシャーロットはそれが少し不安になった。
しかしほどなくして、屋敷は騒がしくなり、急遽帰ってきた両親とともに彼女がいる。
馬車を降りた彼女に、シャーロットは少し複雑な気持ちになった。
決して怒らせたかったわけでもないし、彼女を馬鹿にしていたわけでもない。けれどもシャーロットはやっぱりあまり頭のいい方ではなくて警戒していてもダレンに話をしてしまうことがあるし、それが原因で今回のことが起こったのだ。
だからこそ、うまく彼女の方を見ることができずにエントランスで屋敷の中に引っ込んでしまいたい気持ちに駆られた。
しかし駆け寄ってきたルーシーは、即座にシャーロットを抱きしめて、勢いそのままに抱きしめられたので少し後ずさりしてしまったが、しっかりと受け止めることができた。
「ごめんなさい、シャーロットッ、怪我はない? わたくしが大人げなく怒ったせいで、あなたをこんな危険な目に合わせてしまってっ、わたくしは、なんて、ああ本当に意固地で……馬鹿だったの」
その声が震えていて、シャーロットは静かにルーシーの背中を撫でた。
彼女はとてもいい人でシャーロットの指標になってくれるとても気のいい友人だけれども、プライドが人一倍高い人で許せないと思う感情だって当たり前のことだろうと思う。
だからまったく彼女に謝られる謂れなどない。
「いいえ……ルーシー。本当のことが正しく伝わったのならいいのです。私はずっとあなたを尊敬しているのですから」
「っ、ごめんなさい、シャーロット」
そうして伝声の魔法具を使った一件は幕を閉じて、ダレンの話に翻弄される日々はそれと同時に終わりを告げた。
ただ、残った友人たちの中でも結局、仲たがいが起こっていくらかの人が離れていくことになった。
そこでやっと彼がいなくとも起こりえることだったのだなとシャーロットは納得することができた。
結局、人は劇的に変わったりすることはなく、集まりは今までよりも小規模なものになったけれど、それでも離れていった人たちにはどんなものだったら届くのだろうかとシャーロットは考えつつも日々を過ごしていった。
その後、シューリス子爵家がどうなったかというと、彼らは爵位を没収され、一家離散し今ではどこで何をしているのかわからない。
自分に捨てられたら将来どうなるか考えてみろと言っていたダレンだったが、よっぽどシャーロットの将来よりも悲惨な現状になっているのではないだろうか。
しかしもちろんシャーロットも新しい相手を探す必要があり、うまくいかないようならば一人で生きていく覚悟を決めて、武闘の道を突き進むことも視野に入れていたのだが……。
「なんでも自分の手で道を切り開いて進むところ、悲観せずにできることを探すところ、それから友人を大切にするところ、あとは――」
「いえ、もういいです。もう……それ以上は必要ありません」
「なんでだ。これでも一応覚悟を決めてきたんだ。幼なじみっていう立場から脱却して俺も自分の望むものを自分の覚悟で手に入れたい」
デュークはとても真剣な顔をしてそう告げる。
彼の告白にシャーロットはまったく状況を飲み込めずにいた。
昔から恋愛感情を持っていたと言われても信じられそうもない。
でも、好きなところを次々とあげられて、シャーロットは羞恥心に耐えられなくなって彼の言葉を止めた。
しかし彼は引く気がないらしく、前のめりになって告白を続けた。
「シャーロットじゃなければだめなんだ。本当はずっとあの男から奪い取ることを考えてた。けれどそうしてお前が喜ぶとも思えない。だからずっと手をこまねいて無害な幼馴染を気取ってた」
「…………」
「でも障害はなくなって今は、同時に楽な立場でいる言い訳もなくなった。ここで俺はシャーロットに気持ちを伝えられないようなら、ずっとこのままお前とは違ってつまらない人生を送ることになると思う」
「そ、そんな、大層な……」
「そんなことはない。静観するばかりで何もしてこなかった俺にとっては一世一代の今後を決める決断なんだ。シャーロット、俺と一緒に人生を歩んでほしい」
デュークの頬は赤く染まっていて、彼も羞恥心を持ちながらもなんとか口にしているのだとわかる。
そんな様子をみているとシャーロットの方までなんだか緊張してしまって恥ずかしくてたまらないような気持ちになってしまう。
それでも真剣に彼がまっすぐに思いを伝えてくれたからには、答えなければいけないだろう。
それに彼はシャーロットが一人で勝手に何でもできると思って、なんでもできる超人のように言ったけれどまったくそんなことはない。
……伝声の魔法具もあなたに協力してもらって作りました。私にはそうして協力してくれる人がいてこそ一人前になれる、足りない人間ですから。
だからこそ、一緒に歩いてくれる人がいるなら大歓迎であるし、それがさらに見知った彼ならば願ったりかなったりである。
そうたっぷりと時間をかけて考えて、やっと笑みを浮かべて、シャーロットは彼に「はい」と短く返事をしたのだった。
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